ぴろりのくせになまいきだ。 (original) (raw)
はじめに
作ろうと思ってから完成までに半年以上かかったキーボードについてのオタクの早口を書いていきます。
最終的にこんな感じのキーボードができあがりました。
KX-52M(愛称"Tochka52")完成図
雑に打鍵音を録音してみた様子はこちら。
適当に打鍵動画を撮ってみましたが、実際に聞いているのとかなり違うので難しい pic.twitter.com/A1deI5NMnD
— ぴろりどん (@piroridon) November 7, 2024
以下、こだわりポイントとか経緯を書いていきたいと思います。
構想段階からデザインの決定まで
このキーボードの配列を考えていたのは確か2024年2月頃だったと思います。
直前に作ったキーボードがオーソリニアのキーボード*1だったんですが、その一つ前に作ったキーボードの配列に若干の違和感を覚えていました。
若干の違和感を覚えていたキーボードとは、"Paren48"ですが、指をほとんどまっすぐ伸ばして上段のキーを取りに行くスタイルが正しいのか、ということを考え始めたのがきっかけでした。
piroriblog.hatenablog.com
オーソリニアのキーボードは、横一列にキーが並んでいるため、かなり指を立てて構えることになります。
ここで気づいたのは、指を立てた方が打鍵速度自体は早いのでは? ということです。
このあたりのバランスを取った配列を模索していかないとな、と当時は思っていました。
そこで、小指側の下がり幅はやや大きめであるものの、控えめなずれ量(当社比)のカラムスタッガード配列*2の線を引いていました。
なんか作り始めてしまった。色々ゆっくり煮詰めるつもりだけど pic.twitter.com/SMx09oN0y5
— ぴろりどん (@piroridon) February 8, 2024
この配列ですが、そのようなずれ量の調整もしつつ、単純な形状の外形に収まるように調整したのもポイントの一つです。
配列ありきというよりは、かなりデザインありきで調整した部分もあります。
その折、本当に6列ないといけないのか、というテストも兼ねて小さいキーボードを作ったりしていましたが*3、結局6列でいいよね、ということになりこの配列で設計をスタートしました。
キーキャップとの出会い
個人的にKATプロファイルと呼ばれるプロファイルが好きなのですが、そのプロファイルで心惹かれるキーキャップを発見してしまいました。
セールになったのをいいことにキーキャップを増やしている様子が見受けられます。
また私は新しいキーキャップを買いましたの札を首から下げている pic.twitter.com/CSRftcQVdd
— ぴろりどん (@piroridon) March 9, 2024
届いてみて、確かにこれは良いなと思ったので、ぜひこれに合うキーボードを設計しようと決意しました。
キーキャップの雰囲気的に重厚な感じにしたいなと思ったので、またアルミを削り出すか、と考え始めていました。
配列・スティックスイッチの実証
上記の配列は、多分使えるだろうとは思ったのですが、さすがに何の検証もせずにアルミを削るのはおっかなかったので、あまりコストをかけずに実証機を作ってみました。
それが"KX-52A"です*4。
piroriblog.hatenablog.com
上記の配列を考えるうち、結構余白があるなと思ったので、いろいろ仕込んでみようと思い、スティックスイッチ*5と呼ばれる部品や、マウス用のマイクロスイッチを仕込むアイデアが出てきました。
ちょうどその頃、少しだけチルト&テントしている左右分割のキーボードがいくつか出ていたので、その要素のテストも兼ねていました。
作ってみたところ、スティックスイッチやチルト&テントの感触がよく、現在も家用のキーボードとして使っています。
ケース形状の修正
KX-52Aを試してみて、じゃああとはアルミケースをちゃんと作るだけ、というところまで来たのですが、ケース形状の違和感が拭えずにいました。
その頃、上記画像でもわかるように、垂直に押し出した構造の形状としていました。
これは、Tofuシリーズ*6のケースのような、あまり飾り気のない単純な形状からくる力強さのようなものに一種のあこがれがあり、それを目指していた部分がありました。
画面上はまあなんとなく垂直の押出でもいいかなと思っていたのですが、KX-52Aのケースにガムテープを巻いて実際にその形状を作り、様々な角度から眺めていたところ、コレジャナイ感が強まってきてしまいました。
ここで、改めて先人のキーボードからデザインのエッセンスを得ようとしていたところ、Yak40*7、Vixen*8、henge40*9のインスパイア元のMenhir*10等の存在を思い出し、コスト度外視でテーパーをつけたデザインにすることにしました。
最終的には、10度の角度をつけて押し出しを行ったはずです。
マウススイッチの位置調整
KX-52Aでは、親指部分に2つのマイクロスイッチを仕込んでいました。そうすると、親指で押すキーが5つになってしまっていました。
使ってみてはいましたが、さすがに迷う場面が多くあり、せっかくクリック等を迷わないようにした意味を没却しかけていました。
そこで、今回は、一つは左手でいうところのGキーの左あたりに配置するようにしました。この位置であれば問題はなさそうです。
一応解説しておきますが、キーボードの黒いバー(短いやつと長いやつ)は両方ともスイッチになっています。
長い方の下にはマイクロスイッチが仕込まれており、短い方の下にはタクトスイッチ(登録商標)が仕込まれています。
電気的な設計
今回、TRRSケーブル(イヤホン用ケーブル)での左右通信はやめようと思い、USB type-Cケーブルでの通信としました。
PCとの通信用のコネクタもtype-Cではあるため、差し間違えを考慮するとあまりよくはないですが、私以外に使わないのでまあいいかと思って採用しました。
あまりに使わないピンが多いのでもったいない気もしつつ、まあいいかでピンアサインを決めました。
また、今回は音響設計の関係上、スイッチが実装されるメイン基板と、マイコンボードが実装される基板をフレキシブル基板でつなぐ形としました。
メイン基板にマイコンを実装することも考えたのですが、それなりの面積を食うため、音響的な影響を考慮してこのような構成となりました。
ボトムケースにマイコンボードとフレキシブル基板を取り付けた図
ちょっと設計を失敗したのが、このフレキシブル基板です。
マイコンボードのピンをフレキシブル基板のランドにはんだ付けする設計としていたのですが、ランド付近を引っ張ると、はんだ付けした部分が動かず、ランド付近にかなりの応力が作用し、付近の配線が破断することがわかりました。
言われてみればそりゃそうだという話なんですが、皆さんも気を付けてください。
おとなしくコネクタを2つ実装してフレキシブルフラットケーブル(FFC)で接続したほうが安牌です。
良い子のみんなはマネしないほうが良い実装
立体キーボードでフレキシブル基板を使う場合があると思いますが、ランドではんだ付けをする部分は可能であればスティフナー(補強板)を設けた方が良いと思いました。
あとは、少なくとも可動側に配線を出さない、という工夫はしておいた方が良いと思います。
ちなみに0.5 mmピッチの手はんだにチャレンジしましたが、意外と何とかなるもんだなと思いました。
ちょっとだけはんだをつけたこて先でランドと足との間をなぞっていって、フラックスを塗ってブリッジを解消していく、という方式でやりました。
慣れてくると、ブリッジが解消されていく様が結構楽しいです(?)
音響に関する設計
今回のキーボードの分解図を示します。
この分解図を見てわかるように、非常に特殊な構成をしています。
分解図
特徴的なのは、PCBの下側にベニヤを配置していることと、スイッチプレートの1.5 mm厚を構成するものが、1.0 mm厚の真鍮と、0.5 mmのシリコーンシート*11である点です。ちなみにシリコーンシートの上に乗っている1.0 mm厚のステンレスは、シリコーンシートを固定するための役割と装飾が主です。
実際に積層した図
この構成は、音をいかにコントロールするかを念頭に置いています。
音響設計に関しては、非常に長くなるうえ、有用と思われる考察ができそうなので、別の記事に譲るとします。
簡単に言えば、アッセンブリの表側では極力音を発生させず、裏側でのみ音が発生させ、その発生した音をケース内で反響させて、こもったような残響音が残るようにしたかった、というのがコンセプトです。
特に、表側はアルミのケースとシリコーンゴムを介して接触しているうえ、アルミケース自体がそこそこ分厚いので鳴りにくく、そもそも真鍮のボトムケースが非常に重く鳴らないので、アッセンブリからの音が内部で鳴っている状態とできました。
片手分で1.6 kgと非常に重くしているのは、ひとえに音響設計のためです。
楽器や音に関する論文を読んでいたところ、一番外側の素材がどのような特性であるかが重要であると考え、このような構成にたどり着きました。
もはや道楽の領域ですが、今までに聞いたことのない打鍵音がするキーボードになったし、音のコントロール方法が明確になってきたので非常に有意義なチャレンジでした。
今は非常にうるさいスイッチをつけて打鍵音を楽しんでいますが、基本的には低音が鳴るキーボードではあるので、いろいろスイッチを付け替える楽しみもありそうです。
ちなみに、机との接点であるゴム脚部分には、ソルボセインを仕込めるようにしています。
他の材質のゴム脚とも比較してみましたが、こういった防振系の素材を間に挟むと、机が鳴ることを抑える効果があると感じました。
打鍵感に関する設計
打鍵感については、やや硬めとなるようにしています。
分類としては、上側はクッションがなく、下側にクッションがある、ハーフガスケットマウントに分類されると思われる構成としました。
これは、上記音響設計を考慮した結果、トップマウントのようにあまりにケースとアッセンブリを直結してしまうと、本当に音が鳴らなくなってしまうので、トップケースとの音響的結合度は高めつつ、下側はある程度クッション性を持たせた方がよい、と判断したためです。
具体的なマウントの方法としては、ボトムケースに3Dプリンタで出力したナイロンの橋を生やして、その先にシリコーンチューブを取り付け、その弾力でマウントする、という方式としています。
これは、GEONWORKSのF1-8X*12のマウント方式からヒントを得ました。
一応取り付けるチューブを交換すれば、弾力感等を調整可能です。
現状は、押してもほとんど沈みが目視できないくらいの状態にしています。
多分硬い方だとは思うのですが、音のせいか思ったよりは硬さを感じず、ソリッドなのに高い音と低い音が同時に鳴る、というある種混乱するような打鍵感と打鍵感になっています。
見た目のこだわりポイント
トップケースの厚みを調整し、キーキャップのエッジが斜めから見ても完全に見えないようにしています。
ご参考までに、スイッチプレートから8.0 mmの高さとすると、ちょうどこれくらいの高さ関係になります。
また、かわいいインジケーターをつけました。
ようやく諸々の問題が解決したので感謝の寿司打をした。そしてこれは今回のお気に入りポイントの一つ pic.twitter.com/DOv6xaUF53
— ぴろりどん (@piroridon) November 3, 2024
なお、アルミの削り出しはJLCに依頼し、ビーズブラスト+ハードコートアルマイトのナチュラルの表面仕上げをしています。
色を特別付けているわけではなく、厚めにすると出てくる色なので独特の質感があります。
感想
ところで、使おうと思ったキーキャップ使ってないじゃん、ということに気づかれた方もいるかもしれません。
私も合うことを期待したのですが、つけてみたところ、色が微妙に合わず、ややクリーム色がかったレジェンドのキーキャップにしました。
グレー付近の色は、細かい違いでも人間の眼だと判別できてしまう、というのは本当なんだなと思いました。
ということでこのキーキャップはどうするかめっちゃ悩んでいます。
打鍵音、打鍵感、配列、使いたい電子部品等、全体的にはやりたいことを集大成的に詰め込んだキーボードができあがって満足です。
ケース全体が傾いており、特殊なボタンも多いので設計自体はまあまあ大変でしたが、形状確認用の3DPを行うことなく無事に組みあがって一安心です。
おわりに
やりたいことを詰め込みまくったらお財布が軽くなりましたが、満足感と知見は大きかったので良いこととします。
ところで、めちゃくちゃ重いので持ち運び用にハードシェルケースを買いました。
ハードケースに収められた図
これ持って歩いてたら職質されそう……?
この記事はTochka52でゴキゲンな音を響かせながら書きました。
長いので3行の要約
- ハウジングとステムに使われる素材がやわらかく、ステムの先端が丸いと音が低くなる傾向にあると考えられます。
- ロングスプリングは押し始めと押し終わりの差が小さい特性になって押し間違いを軽減しやすいといえます。
- 重さ、トラベルは自分の好みに合ったものを探しましょう。
目次
キースイッチの種類多すぎ問題
メカニカルキーボードにおいては、キースイッチの交換が可能である仕様となっている場合があります。このような仕様は「ホットスワップ」*1と呼ばれます。
キースイッチは、メカニカルキーボードにおいて打鍵感(押し心地)および打鍵音を左右する重要な要素であることはご想像に難くないと思います。
ホットスワップが可能な意義としては、もちろんキースイッチが故障した際に簡単に交換が可能であるということに加えて、キースイッチの交換により、打鍵感・打鍵音のカスタマイズができるという点も大きなメリットとして挙げられます。
昨今、デファクトスタンダードとなっていた「Cherry MX」シリーズ*2の互換スイッチが多く出回っています。
詳しくはこちらの記事をご参照ください。
www.itmedia.co.jp
以前は精々数種類しかなかったわけですが、現在では非常に多くの種類のスイッチが出回っています。試しに、キーボード関連のパーツを多く取り扱う遊舎工房さんのサイトを見てみましょう。
Switchesshop.yushakobo.jp
他にも、JIS配列のメカニカルキーボードも取り扱うkeychronさんのECサイトも見てみましょう(以下は2社のキースイッチのリンクです)。
Gateron スイッチkeychron.co.jp
Kailh スイッチkeychron.co.jp
見ていただければわかると思いますが、もはや選び切れないほどの種類です。
ここで、いざキーボードを買おう、ちょっと不満があるから他のスイッチにしよう、と思っても、これだけ多くの選択肢があると、選びにくいと思われます。
また、各スイッチのページには何やらスペックが書いてありますが、どのスペックを重視すれば自分の好みに近づくのかを理解するには非常に時間がかかるといえます。
私自身、そんな思いをしながら様々なキースイッチを少しずつ買ってみて、試してみるという検討を2年ほど重ねてきました。
その備忘録も兼ねて、いったんその結果をまとめておければと思いました。
皆さんのキースイッチ選びにおいて、「どのスペックを重視すればよいか」という指針になるといいなあと思っております。
なお、今回の記事においては、いわゆるMX互換のスイッチについて取り扱います。
今回取り扱うスペックとパラメータ
それでは実際にスイッチのスペックを眺めてみましょう。以下は遊舎工房さんのサイトのリンクで、Gateron社の「Dual-rail Lunar Probe Switch」のページです。
Gateron Dual-rail Lunar Probe Switchshop.yushakobo.jp
仕様部分の記載を引用すると、
- リニアスイッチ
- ハウジング:PC(トップ) / ナイロン(ボトム)
- ステム:POM
- 5ピン
- 総トラベル:3.6mm Max
- 作動トラベル:1.8mm±0.5mm
- 作動フォース:45±15gf
- ファクトリールブ:あり
とあります。
まず、基礎知識として、一般的なメカニカルスイッチは、接点部分を固定する「ボトムハウジング」、接点部分に接触して上下に動き、その上部が十字になっていてキーキャップを取り付ける「ステム」、ステムとボトムハウジングの間に配置されてステムを押し上げる「スプリング」、ステムを押さえつけて蓋をする「トップハウジング」から構成されます(図参照)。
分解図(遊舎工房さん上記ページより引用)
具体的には、黄色い部品がステムで、透明な部品がトップハウジング、水色の部品がボトムハウジングです。
また、以下は遊舎工房さんのサイトのリンクで、Durock社の「White Lotus / Light Tactile」のページです。
Durock White Lotus / Light Tactileshop.yushakobo.jp
仕様部分の記載を引用すると、
- タクタイルスイッチ
- ハウジング:改良されたPCとUPEブレンド(トップ) / ナイロン(ボトム)
- ステム:改良されたPOM(ロングポール)
- 5ピン
- 総トラベル:4 mm
- 作動トラベル:2 mm
- 作動フォース:46 gf
- ボトムアウトフォース:56 gf
- スプリング:日本製の高品質なステンレス鋼に金メッキされた長いスプリング
- ファクトリールブ:最新の進化したファクトリールブ
とあります。
海外のECサイトも見てみましょう。以下はUnikeysさんのサイトのリンクで、HMX社の「GAME 1989 CLASSIC LINEAR SWITCH FACTORY LUBED EDITION」のページです。
HMX GAME 1989 CLASSIC LINEAR SWITCH FACTORY LUBED EDITION (10PCS)unikeyboards.com
仕様部分の記載を引用すると、
- Switch Type: Linear
- Designer: 80 Retros
- Manufacturer: HMX
- Stem material: T5
- Top Housing: PC
- Bottom Housing: P4
- Operating Force: 45±2g
- Bottom-out Force: 53±2g
- Pre-travel: 2.0mm
- Total Travel: 4.0±0.2mm
- Spring: 22mm KOS single-stage extended
- Factory Lubed: Yes! mixed GPL105&GPL205 on leaf spring, stem feet, and bottom housing rails.
とあります。
この記事では、上記のように記載されるこれらのスペックやパラメータをどのように読むか、またこれらのスペックやパラメータが変化すると、どういう方向性の変化が生じるかについて記載していきます。
具体的には、以下の項目について扱います。
- スイッチのタイプ(Switch Type)
- トップハウジング
- ボトムハウジング
- ステム
- 作動フォース(Operating Force)
- ボトムアウトフォース(Bottom-out Force)
- 総トラベル(Total travel)
- 作動トラベル(Pre-travel)
- スプリング
さらに、キースイッチレビューの動画*3においては、ステムのグラつき(wobble)を評価している場合があります。今回の記事では、ステムのグラつきについても言及します。
なお、私個人の感覚に基づく記載もありますので、その点はご了承ください。
スペックの説明と感触の変化
スイッチタイプ
スイッチタイプには、大きく分けて、
- リニア
- タクタイル
- クリッキー
の分類があり、リニアタイプおよびタクタイルタイプにおいては静音タイプもあります。
リニアタイプは、押下量(押し下げた距離)に従って徐々に重くなるタイプです。スッと押し下げられます。メカニカルキーボードならではの感触です。
タクタイルタイプは、押し下げる途中で一度重くなり、そのあと軽くなるバンプが存在するタイプです。つまり、打鍵時に触覚的なフィードバックがあります。この感触のことは「タクタイル感」とも呼ばれます。
なお、静電容量無接点方式のスイッチは、この分類を行うとタクタイルタイプに分類されます。また、メンブレンタイプ等もこの感触があります。
クリッキータイプは、打鍵時に音が鳴ります。つまり、打鍵時に音響的なフィードバックがあります。若干のタクタイル感がある場合も多いです。
オフィスや静かな場所で使うのはおすすめできませんが、打鍵していて楽しいスイッチです。
静音タイプ(静音リニア、静音タクタイル*4 )は、ステムとハウジングの接触部分において衝撃吸収機構(例えばゴム系素材によるクッション)が備えられており、打鍵音を抑制します。
静かな場所で気兼ねなく使いたい場合には、静音タイプもおすすめです。
ボトムハウジング
ステムを下まで押し切ったとき(ボトムアウト時)には、ステムとの衝突する部分があります。よって、ボトムハウジングの素材および構造は打鍵音(主にボトムアウト時の音)に影響します。
また、ボトムハウジングにはステムのスライダーが備わっており、打鍵時にはステムと摺動します。よって、ボトムハウジングの素材、表面の滑らかさなどは、打鍵時の感触に影響します。
さらに、ボトムハウジングとステムの間の隙間は、ステムのぐらつきの量と関係があります。
素材について
ボトムハウジングの素材が変化すると、ボトムアウト時の打鍵音・打鍵感に変化があります。
具体的には、ボトムハウジングの素材が硬くなると、音が高音寄りになる傾向があると言ってよいと考えています。裏を返せば、ボトムハウジングの素材が柔らかくなると、音が低音よりになる傾向があると言ってよいと思います。考察については脚注*5に記載します。
また、気持ち程度ですが、ボトムハウジングの素材が硬くなると、ボトムアウトの感触が若干硬く感じられるように思います。
各種エンジニアリングプラスチックについては、検索すれば物性の代表値が出てきますので、各種素材の物性を比較してみます。
硬さ(引張弾性率または曲げ弾性率*6 )についてみると、以下の傾向があるといえます。なお、各種条件によって値は変動するため、あくまで代表値での比較であり、実際の序列となっているわけではない可能性があることはご承知おきください。
↑柔らかい
UPE(超高分子量ポリエチレン):390-590 MPa*7
POK(ポリケトン*8 ):1450 MPa*9
PA66(ナイロン66):1200-2800 MPa*10
PC(ポリカーボネート):2400 MPa*11
PA6(ナイロン):2600 MPa*12
POM(ポリアセタール):2800-3600 MPa*13
↓硬い
また、メーカーによって特殊な呼び名の素材が使われていることがあります*14。
例えば「LY」という素材は、以下のベンダーのコメントを信用すれば、POMとUPEのブレンド素材であるようです。
HMX DEEP NAVY LINEAR SWITCH FACTORY LUBED EDITION | 10-Pack Cherry MX Compatible Mechanical Switches
配合比などは不明ですが、おそらくPOMとUPEの中間的な物性になることが予想されます。
後述しますが、衝突するステムの素材等の組み合わせによって、最終的な音が決まってくるといえます。
トップハウジング
ステムを押したあとは、スプリングによって元の位置までステムが押し戻されます。ステムが押し戻される際には、ステムとトップハウジングが衝突する部分があります。よって、トップハウジングの素材および構造は打鍵音(主に戻り時の音)に影響します。
また、トップハウジングにもステムとの摺動部分があります*15。よって、トップハウジングの素材、接触部分の構造なども、打鍵時の感触にわずかながら影響すると考えられます。
さらに、トップハウジングとステムの間の隙間も、ステムのぐらつきの量と関係があるといってよいでしょう。
上記のボトムハウジングと同じく、ステムの材料との組み合わせで戻り時の音が決まるといえます。
余談ですが、潤滑を行う際には、ボトムハウジングとステムが衝突する位置に潤滑剤を塗布すると、戻りの音が抑えらえます。
ステム
ハウジングと摺動しつつ、ハウジングに衝突する部品ですので、ステムの状態は打鍵音・打鍵感に影響を及ぼします。
ステムは、ロングポールと呼ばれるタイプと、そうでないタイプが存在します*16。
ロングポールと呼ばれるタイプは、ステムのポール部分(長く伸びた部分)の先端がボトムハウジングと衝突します。昨今販売されているスイッチでは、比較的ロングポールタイプのもののほうが多いです*17。
一方、そうでないタイプでは、サイドレールと呼ばれる部分(横側の出っ張り)の下部分がボトムハウジングと衝突します。こちらのタイプは、Cherry MX等のクラシカルなスイッチに多いといえます。
ここで、上記の素材のところに記載した考察において、平板に対して球が衝突する際に発生する音においては、衝突する球の直径が大きいほど、平板と球の接触時間が短くなり、高い音が鳴りやすいと考えられることを述べました。
つまり、ポール先端の形状も音に影響があるといってよいでしょう。すなわち、ポール先端が平らである(球の直径が大きい)か、ポール先端が丸まっている(球の直径が小さい)かで、ボトムアウト時の打鍵音に影響があるといってよいと考えます。
先ほどの理論が正しいとすれば、ポール先端が丸まっていると、低い音が鳴りやすいといってよいと思います*18。
ステムのポール先端の形状が明確に図示されていることはあまり多くないのですが、分解図があったら注目してみてください。
なお、ステムの素材としては、摩擦係数が小さくなりやすい素材が選択されることも多くあります。
例えば、UPE、POM等は、摩擦係数が低くなりやすく、なめらかな打鍵感が得られると謳われることがあります。
実際には、素材だけでなく、潤滑の状態および表面の粗さ等も関係してきますので、一概には言えませんが、特にUPEについては、非常にスムーズな感触が得られる場合が多いと感じています。
スプリング
スプリングは、打鍵音自体にはほとんど影響せず*19、主に打鍵感に影響します。
スプリングの反発力の強弱によって、どれくらい打鍵時に力が必要かが変化します。
重いバネ、軽いバネ、のように表現されることも多いです。
スプリングは分解して交換することもできますので、重さ以外は気に入ったんだけど、という場合には交換してしまうのも手です。交換用のスプリングは販売もされています。
MX Supreme Seriesshop.yushakobo.jp
Durock Gold-Plated Springsshop.yushakobo.jp
スプリングの長さ
さて、スプリングのパラメータとして、スプリングの長さが記載されていることがあります。これは、スイッチに組み込んだ際に、バネのどの領域を使うかが変化するためで、ロングスプリング(おおよそ20 mm以上の場合)になると、「スロー」な特性になります。
スローな特性とは何かというと、押し始めから押し終わりまでの反発力の変化が小さい特性のことを指します(上記のリンクの1つ目参照)。
スイッチにおいてスプリングが格納されるスペースは決まっているため、ロングスプリングを格納すると、より押し縮められた状態が初期状態となります。スプリングはフックの法則(F=kx)に基づいて反発力(F)が生じるわけですが、xの値(自然長からの縮み)が大きいところからスタートするため、初期状態が重くなるわけです。
スローな特性は、初期押下力が大きいので、押し間違いが減ることも期待できます。
これは個人的な意見ですが、スローな特性は、動き始めるまでにある程度の力が必要なため、弱いタクタイルのような感触である、とも言えます。
また、スローな特性は、戻り時の反発も最後まで大きめの状態になりますので、「スナッピー」「snappy」と表現されることもあると認識しています。さらに、陶器製のキーキャップ、および、金属製のキーキャップもありますが、そういった場合にも、戻りを遅くしないという効果が期待できます。
ただし、戻りも速いので、戻りの音が大きくなりやすいとはいえます。
一方、通常のスプリングでは、初期のタッチが軽くなるため、特にリニアでは、スッと入っていく感触があり、これはこれで好みが分かれるといえます。
ダブルステージとは?
スプリングのスペックにおいて、「ダブルステージ」「double stage」「two-stage」などと記載されている場合があります。
これは、スプリングの中央部分に非圧縮部が設けられている状態のスプリングを指します。
この効果については、統一的な見解がない状態であり、基本的にはスプリングの長さとバネ定数(k)が重要である、と認識しています(例えば下記参照)。
www.keebtalk.com
上記のスレッドにリンクが投稿された動画を参照すると、確かに折れ曲がってしまうことを防ぐ効果があるようにも見受けられます。
とはいえ、実際にダブルステージのスプリングが搭載されたスイッチを触っていて、何か上記の効果に関する恩恵を感じたことは正直ありません。
一方で、以下は私の個人的な見解ですが、よりロングスプリングの効果を増幅する作用はあるように思っています。
ダブルステージでは、中央部分に非圧縮部分があります。この部分は、圧縮前はそこまでの長さではありませんが、スイッチに組み込んで押し縮められると、それなりの割合を占めることがわかります(上記スレッドの動画参照)。
すなわち、この非圧縮部分の長さだけ、予めスプリングが押し縮められた状態にならないか、ということです。
そうすると、ロングスプリングの理屈に従って、さらにスローな特性になると考えています。
実際に、トリプルステージという酔狂な仕様のスプリングを試したことがありますが、重いはずのスプリングよりも初動がかなり重く感じました。
ともかく、ロングかロングでないか程の差はありませんので、そこまで気にする必要はないと個人的には思っています。
プログレッシブスプリングとは?
プログレッシブスプリングと呼ばれるタイプも存在します。例えば以下のスイッチで採用されています。
Durock Ice King Linearshop.yushakobo.jp
プログレッシブタイプは、途中で巻き数の間隔が変化しているタイプです。
これに関しては、最初に巻き数の間隔が狭い部分が押し縮められ、その後に巻き数の間隔が広い部分が押し縮められる、という挙動になります。つまり、軽いバネと重いバネが複合されているバネといえます。
プログレッシブスプリングは、例えば車やバイクの足回りに利用される機構で、細かい振動は軽いバネの部分で、重いバネの部分で大きな荷重を吸収する、という思想のようです*20。
これをキースイッチに採用すると、押し始めは軽いが、ボトムアウトに向かって急に重くなる、という感触になると考えられます*21。
なぜ金めっき?
スプリングのスペックを見ると、なぜか金めっきされたものがあります。他の金属でめっきされているものもたまに見かけます。
これも統一的な見解はありませんが、引っ掛かりが抑えられる、らしいです。上記スプリングの販売ページには、表面が平滑になるとされています。
一方で、この恩恵をあまり感じたことは正直ありません。金めっきされていると、透明スイッチでちょっとカッコいい、というくらいです。
金めっきの有無は、そこまで気にすべきスペックではないと個人的には考えています。
作動フォース
メカニカルスイッチにおいては、トラベル(押し始めから押し終わり)の約半分の部分で接点が接触し、スイッチが押されます。
この接点が接触する押下量における押下力を「作動フォース」と呼びます。
リニアタイプにおいては、スイッチがONになるのに必要な最小の力です。
タクタイルタイプにおいては、スイッチがONになるより手前にバンプが存在するため、スイッチをONするために必要な最小限の力が、作動フォースよりも大きい場合が多いといえます。
作動フォースは、45 gf程度に設定されていることが多いといえます*22。
この値が小さい場合には、軽い力で入力が可能ですが、少し触れるだけでも反応してしまうため、誤入力が発生しやすいというデメリットがあります。
押しやすさとある程度の重さのバランスが重要と考えます。
これに関しては、実際にしばらく使ってみて、自分に合っている値がどの程度かを見極める必要があると思います。
ボトムアウトフォース
読んで字のごとく、押し切ったとき(ボトムアウト時)の押下力です。
打鍵スタイルによりますが、押し切ってしまうことも多く、実際にメカニカルスイッチを押す際には、ボトムアウトフォース分の力が必要になる場合が多いです。
ボトムアウトフォースは、60 gf程度に設定されている場合が多いといえます。
よって、55 gf, 48 gfといったものは軽めのスイッチで、67 gfといったスイッチは重めのスイッチです。
この重さも好みがありますので、いろいろ試していただくのが最も早いと思います。まずは標準的な60 gf程度のものからお試しいただければよいのかなと思います。
総トラベル
押し始めから押し終わりまでの移動距離(押下量)です。
Cherry MX準拠の4.0 mmが一般的でしたが、それよりも短いトラベルのものも多くあります。
トラベルが短いと、次の動作までの時間が短くなり、より早打ちに向いていると考えられます。短いものでは約3.0 mm程度のものも存在します。
一方で、トラベルが長いほうが好みという人もいるようなので、これも触ってみて色々試していただくのが良いと思います。
なお、タクタイルタイプのスイッチにおいて、大きなバンプがあるタイプで、かつ、総トラベルが短いもの(3.5 mm前後のもの)においては、バンプを越えた後にすぐ底打ちするような感触があり、独特の打鍵感になります。Panda系と呼ばれるタイプはこのような特徴を有している場合が多いです。
作動トラベル
推し始めからスイッチがONになるまでの移動距離(押下量)です。「Pre-travel」と記載されることもあります。
これが短いほど、押し始めてからすぐに反応します。
ゲーミング用途等の即応性が求められる用途向けに、作動トラベルが短く(例えば約1.0 mm程度に)設定されているものもあります*23。
一般的には2.0 mm程度に設定されている場合が多いといえます。
ステムのグラつき
ステムのグラつきは、スペック上は確認のしようがありません。
一方で、打鍵感に影響を与える要素ではあるため取り上げました。
ステムとハウジングは、ピッタリのサイズに設計されていると、引っかかって動きません。ある程度の「遊び」が必要です。
この「遊び」がステムのグラつきとなります。ステムのグラつきが少ない場合には、「タイト」であると表現される場合もあります。
ステムのグラつきですが、少なければ少ないほど良い、というわけではないと個人的には考えています。
例えば、ステムのグラつきが極端に小さい場合には、斜め方向からスイッチを押した場合(例えば、キーキャップのコーナー部分を押してしまった場合)に、引っ掛かりを感じる場合があります。
特に、背の高いSAプロファイル*24等のキーキャップを取り付けた場合には、少しでも斜めから押してしまうと引っ掛かりを感じやすくなってしまいます。
また、ハウジングの側面とステムが接触しながら押下されるため、摺動時の抵抗感を感じる場合もあります。
一方で、ステムのグラつきが小さい場合には、安定感があって、吸い込まれていくような独特の感触があるため、好みが分かれる点であるといえます。
なお、BOXタイプと呼ばれるステムのキーキャップ取り付け側の形状(例えば下記のスイッチで採用)は、押下時のステムのグラつきを低減する効果があるとされます。
Kailh Midnight Silent V2 Switch / Tactileshop.yushakobo.jp
スイッチの例
以下、スイッチについて一言コメントとともに紹介します。
売り切れとなっている場合もあるかと思いますが、その点はご容赦ください。
リニアスイッチ
Gateron Smoothie Switch
Gateron Smoothie Switch Set
ハウジング、ステムがPOM製のスイッチです。やや硬質な音(若干高めの音)で、気持ちの良い音が鳴るスイッチです。
各種スペックのバランスが良く、安価でおすすめしやすいスイッチの一つです。
Roller Linear Switches
Roller Linear Switches
ハウジングとステムの接点部分にベアリングボールが配置されている特殊な構成のスイッチです。ステムのグラつきが少ないだけでなく、斜めから押した際の引っ掛かりが全くと言っていいほど感じられないスイッチです。
タイトめがいいけど背の高いプロファイルのスイッチも使いたい、なめらかさとタイトさを高い次元で両立させたい、という場合にはお勧めです。
Pearlio™ Switches
Pearlio™ Switches / Linear
UHMWPE(UPE)がステムに採用された、非常に滑らかなスイッチです。
ボトムハウジング等において、ステムとの摺動部分に研磨処理が施されているらしいのですが、触ってみるとその滑らかに感動すると思います。
1個200円以上の超高級スイッチですが、その値段にも納得させられるクオリティです。
ただし、一般的なスプリングに交換が難しいという難点はあります。
タクタイルスイッチ
GATERON Mini i Switch
GATERON Mini i Switch
バンプがそれほど大きくなく、軽めのタクタイルスイッチです。
音はやや高音寄りで、気持ちの良い音が鳴ります。
軽めのタクタイルはあまり選択肢がなく、有力候補の一つです。
おわりに
非常に長くなってしまいましたが、キースイッチの各種パラメータとその効果についてまとめてみました。
もう一度3行でまとめると、以下の通りです。
- ハウジングとステムに使われる素材がやわらかく、ステムの先端が丸いと音が低くなる傾向にあると考えられます。
- ロングスプリングは押し始めと押し終わりの差が小さい特性になって押し間違いを軽減しやすいといえます。
- 重さ、トラベルは自分の好みに合ったものを探しましょう。
自分の好みのスイッチを探すためのパラメータについて、少しでも理解を深めていただけたなら幸いです。
と言いつつ、最後にちゃぶ台をひっくり返しますが、キースイッチのみで打鍵音・打鍵感が決まるわけではなく、キーキャップ、キーボード自体の構造・採用されている素材、場合によっては机等によっても打鍵音・打鍵感は左右されますので、その点はご留意ください。
一番の近道は、ちょっとずつ気になるキースイッチを買ってみて、実際に使いたいキーボードに取り付けて、キーキャップもつけた状態で打鍵して比較してみることです。百聞は一打に如かず、です。
スイッチを好みのものにしたからといって、打鍵音・打鍵感が好みの状態になるとはいえない点が、おもしろくもあり、難しくもあると感じています。
理想のスイッチ、さらには、理想のキースイッチとキーボードの組み合わせを追い求める旅はまだまだ続きそうです。
この記事は、White Lotusで軽快な音を鳴らしながらQuokkaで書きました。
はじめに
前々から構想を練っていたのですが、やっぱり作って使ってみないとわからないということで、概念実証モデルとしてマウスポインタの操作がある程度できるキーボードを設計してみました。
使用状態
名前は、概念実証である点から、Xプレーンっぽい名前にするかな、と思っていたところ、スイッチと呼べるものの数が両手で52個であり、ちょうどX-52が欠番であるのをいいことに、「KX-52A」としました。「A」はアクリル(Aclylic)のAです。
最初は、ジョイスティック(アナログスティック)を採用しようと思っていたのですが、面積の関係上、比較的コンパクトに収まるスティックスイッチと呼ばれる部品を採用してみました。
また、配列を調整しつつ、チルト*1しつつテント*2している点も特徴です。
以下、詳細について紹介します。
設計の経緯
概念実証モデルと言っているのは、配列のデザインと、筐体全体のデザインはこんな感じかな、というものを図面に起こしたものが既にありました。
構想中のキーボードのレンダリング
このキーボードはチルトしつつテントしているのですが、これは、例えば、あらしさんのCorchimに影響されたもので、ちょっとテントさせると実は使いやすいのでは? と考えるようになったためです。
kbd.arashike.com
実際に、この角度でチルト&テントしているのが使いやすいかどうか、というのは試してみないとわからないと思っていました。
また、マウス操作ができると嬉しいのか、というのも使ってみないとわからないと思っていました。
よって、実際にレンダリングのものとほぼ同様のものをアクリルのサンドイッチ等で簡単に設計し、実際にしばらく使ってみよう、というのが経緯です。
なので、今回は打鍵音等はほとんど考慮せず、可能な限り加工費等が安くなるようにしつつ、手持ちのパーツで作りやすい設計としています。
配列
今回の配列は、特に湾曲などさせず、比較的オーソドックスなカラムスタッガード配列*3としています。
上面図
ここで、今回は珍しく配列が設計の中心ではなく、外形デザインを重視して配列の設計を行っています。見ていただくとわかりますが、全体の外形を平行四辺形になるようにしつつ、余白等のバランスがちょうどよくなるように配列の検討をしました。
比較的小指列の下げ幅を小さめにして、その分、親指クラスターを内側に寄せています。
また、小指列の上には独立したキーを置くスペースを設けています。このキーは、薬指を伸ばして取りに行くことを意図して配置しています。
なお、いつものごとくロータリーエンコーダが手のひらの下に配置されるようにしています。
全体としては、ケース全体がチルトすることを考慮して、下げ幅等が極端にならないように調整しました。
ケース
今回はアクリル等を用いたサンドイッチマウントのケースです。
ただし、一般的なサンドイッチマウントとは異なり、スイッチを固定するプレートの上に、さらにトッププレートを配置しています。これにより、キーキャップのエッジが隠れるように調整しています。
チルトの様子とキーキャップのエッジ
アクリルの厚みは3 mmのものを使用し、スイッチプレートの上面から、トッププレートの上面までの距離を約7.5 mmとなるようにしています。
この距離を7.5 mmにすると、cherryプロファイル等の背が低いキーキャップでは、打鍵時にトッププレートに指が触れてしまう可能性がある点は注意してください。
また、キーボード全体が所定の方向に傾斜するようにしています。
実は、最も長い平行四辺形の対角線を軸として6 °になるようにしており、そうすると、テント角が約3 °、チルト角が約4 °となります。
これはデザインをいろいろやっていてこの値に落ち着いたのですが、方向は若干異なるものの、Corchimとおおよそ同様の角度に落ち着いています。
やっていただければわかりますが、6 °以上の傾斜を斜め方向につけると、ちょっと美しくないのです。
さて、今回はアクリル板を用いてケースを作ったわけですが、このように斜め方向に傾斜させるのは、アクリル板のみでは簡単ではありません。
そこで、今回は3Dプリント品の脚でこのような角度をつけることにしました。
アクリル板に脚だけがついた状態
脚を押し出してから所定の平面でバッサリ切る手順で作ったので、当たり前にピッタリになるわけですが、実際にやってみた瞬間はかなり気持ちよかったです。
なお、アクリルは遊舎工房さんの廃番アクリルカットセールを利用させていただきました。
エッジグリーンという品番らしいですが、程よい透明感がある緑色で、廃番になるのが惜しいくらいのきれいさです。
廃番アクリルカットセール(2023/05)shop.yushakobo.jp
スイッチプレートは、POMの端材を遊舎工房さんでカットしてもらいました。
レーザー加工サービス クリアランスセールshop.yushakobo.jp
スティックスイッチ
今回、マウスポインタを操作するためのデバイスとしては、スティックスイッチと呼ばれるものを採用しました。
物としてはこちらの「RKJXL100401V」です。
RKJXL100401V 製品情報 | RKJXLシリーズ | スイッチタイプ | 多機能操作デバイス | 電子部品検索 | 製品・技術 | アルプスアルパイン
もう生産中止らしいですが、都合のいい特徴があったため採用しました。
このスティックスイッチですが、動作力がジョイスティックと大差なく、かつ、倒れ角がジョイスティックの半分程度、という特徴があります。
省スペース化を考えると、倒れ角が小さいというのはメリットです。また、現状で生産されている部品で、似たようなもの*4はあるのですが、やや動作力が大きいようで、採用を見送りました。
今回採用したものは、8方向に接点があるようで、それぞれの方向に倒すとその方向が導通するようです。
また、間の方向に倒した場合には、その方向の両隣の接点がONになるようです。
最初、QMKのMouse keyを採用すれば一発じゃん、と思っていたのですが、ここには大きな罠がありました。
docs.qmk.fm
せっかく斜め方向にも接点があるのだから、その方向にも動かせるようにするかと思い、独自のキーコードを用意して、例えば上方向と右方向を同時に押したことにすればいいじゃん、と思いました。
実際にやっている方もいましたので、参考にさせていただき、実装自体はすぐでした。
210-203-213-118.ppps.bbiq.jp
一方、実際に使ってみると、スイッチがONになる位置にしているはずなのに動かない、ということがありました。
上記のように書いてしまうと、例えば右上方向と上方向が同時にONになり、その後に右上方向がOFFになると、同時に上方向もOFFになってしまうためでした。
これは困ったということで、上記のページを参照して、QMKで用意している「report_mouse_t」という構造体にマウスの移動量をぶん投げるということを行ってみました。
確かに動きはするのですが、上記の記事でも言及されているように、確かにドラッグができません。
これは、上記の「report_mouse_t」が定義されているQMKのコードを参照すると、構造体のメンバーに、xyのレポート以外にマウスのスイッチのレポートが含まれていることから、xyのレポートのみを単独で投げてしまうと、スイッチが押されていることがレポートされないためと思われます。
qmk_firmware/tmk_core/protocol/report.h at 7aa2ce2b38e7cf38f148d0781eae525d72260b8b · qmk/qmk_firmware · GitHub
これも困ったということで、クリックのキーコードが押されているときにフラグを立て、フラグが立っているときにはxyのレポートと同時にクリックのレポートも送ってしまう、ということで一応の解決をみました。
(プログラマでもなんでもないのでお作法等の間違いがあったらご容赦ください。)
bool process_record_user(uint16_t keycode, keyrecord_t *record) { switch(keycode){ ..... case KC_BTN1: if (record->event.pressed) { is_MS_BTN1 = true; }else{ is_MS_BTN1 = false; } break; .....
void matrix_scan_user (void) { report_mouse_t mouse_report = {0}; ..... if (!is_MS_move) && (!is_WH_move)){ //process_record_user関数内で取得したポインタの移動と //ホイールの移動のフラグが両方とも立っていなければ mouse_move_on_timer = 0; // ポインタの移動が開始されてからの経過 mouse_wheel_on_timer = 0; // ホイールの移動が開始されてからの経過 mouse_state.x = 0; //構造体の移動関係の値をリセット mouse_state.y = 0; mouse_state.v = 0; mouse_state.h = 0;
if (is_MS_BTN1) { //クリックが押されているか否か
mouse_state.buttons |= 1; //押されていれば1bit目を1に
}else {
mouse_state.buttons &= ~1; //押されていなければ1bit目を0に
}
host_mouse_send(&mouse_state); //いったんレポートを送り付ける
}
..... if (timer_elapsed(mouse_timer) > REPEAT_INTERVAL){ //マウス関係のボタンが押されてから所定の時間が経っていたら ..... (ポインタの移動関係の処理) ..... if (is_MS_BTN1) { //クリック状態を判定して mouse_report.buttons |= 1; }else{ mouse_report.buttons &= ~1; } .....
host_mouse_send(&mouse_report);
//移動の状態とクリックの状態を合わせてレポートを送り付ける
.....
(2024.6.27 追記)
前回のコードでは、ドラッグも可能ですし、継ぎ足しのドラッグが可能でした。
しかし、ドラッグ後、マウスボタンを離し、その後何のマウス関係の動作も挟まずにポインタを動かすと、範囲選択が解除される(マウスのクリックが送信される)という事象が発生していました。
様々な検討を行いましたが、マウスの移動処理がされていないときに、レポートを投げていないとうまくいかない、ということがわかりました。
上記のコードで、ドラッグもできるし、継ぎ足しのドラッグもできるし、ドラッグ後、直ちにポインタを移動しても範囲選択が解除されない(クリックされない)ということは確認しましたので、上記のコードを修正版とし、コメントも追記しました。
(追記ここまで)
また、マウススイッチと似たような方法で、各方向のスイッチが押されているかのフラグをprocess_record_user関数内で立て、matrix_scan_user関数内でそのフラグをもとにどの方向にマウスを動かすか、というレポートを出力する、というまあ愚直な実装をしました。
この方法により、8方向接点のうち、隣り合う2方向がONになっている場合には、その間の方向(22.5 °方向)にカーソルを動かす、という実装にし、一応16方向に動くようにしました。
これらの実装については、mouse key自体の実装も参照しながら行いました。
正直結構大変でしたが、とりあえず思い通りに動くようになって良かったです。
あと、スティックのキャップも3Dプリント部品ですが、もうちょっと形状は工夫できたかなと思うので、また調整したいと思います。
マイクロスイッチ
親指クラスタの下に謎の形状の穴と部品らしきものがあるのはお気づきになったでしょうか。
この下にはマイクロスイッチを仕込んでいて、マウスのクリック、ちょっとしたショートカット等を仕込めるようにしています。
薄型のマイクロスイッチ*5があったので、これを採用してみましたが、ちょうど高さが3.5 mmであったため、スイッチプレートに切り欠きを作って、それを押すことで動作するようにしています。
このように独立したマウス用スイッチを設けたのは、慣れるかもしれませんが、レイヤー切り替え等で対応するとなると混乱する可能性があると考えたためです。
また、既存のキーボードからのキーマップをあまり変更したくなく、このように付加する形としています。
(ぶっちゃけた話、デザイン上スペースができたので仕込もう、と思ったというところもあります。)
ロータリーエンコーダ
いつも通りロータリーエンコーダを搭載しているのですが、今回は回路的にチャタリング対策をしています。
これは、五月雨さんから頂いた基板で、そのような対策がしてあり、確かに効果があると思ったためです。
回路自体は五月雨さんのものを参考に、時定数はメーカー推奨の値にしてみました。
note.com
機械式のロータリーエンコーダを多用していると、回しているのに入力が入らない、という現象に遭遇することがあります。
具体的には、右回転をしたはずが入力が入らず、さらに右回転を入力すると、ようやく右回転の結果が出力される、という状態です。この状態で左回転と右回転を交互に1回ずつ入力すると、どちらも入力されない、という状態になります。
EC11系のロータリーエンコーダでは発生頻度は高くありませんでしたが、確かに発生することはあったので、ロータリーエンコーダを多用する身としては、ハード的に対策してみるか、と思った次第です。
いただいた基板で検証したところ、意地悪なほど高速回転しても上記のような現象は発生せず、そこまで必要な部品も多くないしやっておくか、と思いました。
現状この文章を書いている時点では上記現象が発生する様子もなく、快適に使用できています。
この場を借りて五月雨さんにはお礼申し上げます。
使ってみた感想
まず、チルトとテントの角度についてですが、おそらくちょうどよさそう、という感触です。
ちょっと予想外だったのは、やや筐体が厚めなので、パームレストは使うんだろうなと思っていたのですが、パームレストなしでも違和感なく使えるという点です。
また、このようにややチルトすることで、下段のキーを打つ際に指を曲げる空間があり、窮屈な感じが解消されるということがわかりました。今まで平置きを前提にしていましたが、多少はチルトさせた方がいいのかもしれないと思い始めました。
何事も試してみるものですね。
テントについては、実は最近メインのキーボードもテントさせて使用しており、それと同じくらいの角度であるため、特に違和感なく使えています。
親指側が少し上がった状態で構えることになるため、無理に内旋する感覚もなく、疲れにくい印象です。
実際に仕事で使ってみて、疲労度等をみて、実際にこの角度で行くかは検証したいと思います。
次に、スティックスイッチですが、さすがにCADの操作はやりたくないですが、通常の操作はそこそこの精度でできるかな、といった感じです。
さすがにマウス(トラックボール)の方が速いので、連続してマウスポインタを操作をする場合にはマウスの方がよいと思いますが、文章作成の合間にマウスをちょっと触りたいという用事の場合にはこれで事足りるかな、といった感触です。
元々、ヘビーなマウス操作を意図したものではないので、これくらいでOKかもしれないと思いました。頑張って操作の挙動を実装した甲斐があったというものです。
また、スティックの位置は、人差し指をちょっと曲げた状態でアクセスでき、上下左右のどの方向でも操作しやすい位置としたつもりでしたが、位置としては正解のような気がします。
一方で、スティック自体の形状ですが、もうちょっと調整の余地があるかなと思いました。触って中央位置がわかりやすいように突起をつけましたが、位置は確かにわかりやすい一方、思ったよりこの突起が指に食い込むので、形状を調整したいと思います。
マイクロスイッチですが、こちらの位置が若干窮屈ではあるのですが、親指を曲げれば無理なくアクセスはできるし、ここ以外に配置のしようがないというのが正直なところなので、もう少し軽く押せるように機構を工夫したいと思います。
板を曲げる形式だと、曲げるための板の長さが確保しにくかったという面はありますが、やや重たくなりがちだなと思いました。
位置に関して言えば、押し間違いは思ったよりしにくく、分離しておく意味はあるかなと思っています。
おわりに
概念実証くらいのスタンスで、まあマイコンボードの実装方法が多少トリッキー*6でもいいでしょ、という無茶苦茶な部分はありますが、見た目も含めて思ったよりデバイスとしての完成度が高く、結構満足しています。
マイコンの位置に注目
配列およびチルト&テントの角度についても組み合わせのバランスがよくできたと思っています。
今までに設計したキーボードの中には、下段のキーの打ちにくさを感じる場面がありましたが、このキーボードはチルトのおかげか下段も打ちやすく、ちょうどいいバランスに仕上がったと思います。
外形に関しては、単純な形状の方がカッコいいのでは? という雑な思想に基づいてデザインしてみましたが、おおむねその通りで、単純な形状の持つある種の力強さみたいなものは大切なんだなと思いました。
さて、なかなかよさそうということがわかってくると、打鍵音とか打鍵感にこだわった同じ設計のキーボードが欲しくなってきてしまったので、構造の検討を続けていこうと思います。
実は、レンダリング画像のケースについていえば、発注できなくもないという段階まで内部の構造等も詰めてあったのですが、さすがにこのままGOするのはちょっと……と思って試作してみました。
内部構造はともかく、形状と配列などはよさそうということが確認できたので、詳細を詰めていこうと思います。
この記事は、マウス操作も含めてKX-52Aで書きました。