心理的安全性の「誤解」 (original) (raw)
心理的安全性という用語は、「心理的に安心で快適な職場」と誤解されている向きがある。本来の意味を理解しておかなければ、社員の創造性や生産性の向上にはつながらない。
快適さを意味しない
人的資本への関心とも相まって、「心理的安全性」という用語をそこかしこで聞くようになりました。心理的安全性が重要と言う人が多い中、言葉のイメージが先行し、その意味合いを誤解して使われる傾向もあるように思います。
心理的安全性は、米ハーバードビジネススクール教授のエイミー・エドモンドソン氏が提唱した心理学用語です。エドモンドソン氏は心理的安全性によくある誤解として、「気軽さや心地良さを指すものではない」「相手に感じ良く振る舞うことではない」「相手の意見に賛成することではない」「性格の問題ではない」と著書(※1)に列挙しています。そうではなく、むしろ建設的に「反対意見を言い合う関係性」を指すのです。
この点を誤解して、誰に対しても優しく気軽に接する心地良い職場をイメージする人が多いようです。日本でこの用語が急激に共感を得るようになった背景の1つには、「和をもって貴しとなす」という日本人に多い価値観とマッチすると誤解される点が影響しているように感じます。
心理的安全性は、「率直に発言したり、懸念や疑問やアイデアを話したりすることによる対人関係のリスクを人々が安心して取れる環境」と定義されます。ポイントは、「対人関係のリスクを取る」です。例えば、相手と異なる意見を言ったり、ミスを指摘したりしても、非難されたり恥をかいたりせず、不明点を質問し、率直に議論できることです。
ミスや問題点は隠されずすぐに報告され、修正されます。このような職場では、メンバーは新しいアイデアを出し合って活発に議論できるので、ウェルビーイングに関わる創造性や生産性が向上します。
この概念の元になったのは、エドモンドソン氏らによる病院の医療ミスの調査研究です。心理的安全性が高い医療チームでは、日頃から小さなミスや懸念点を率直に報告し合っており、報告の数と反比例するように医療過誤が少ないことが分かりました。一方、患者の安全第一というモットーはあるものの心理的安全性が低い医療チームでは、スタッフは日頃のミスや懸念点を報告せず、医療過誤が発生していました。
エドモンドソン氏は心理的安全性の誤解として、「信頼と直接の関係はない」とも述べています。率直な指摘や議論は仕事に必須であり、「まずメンバー同士の信頼関係を十分に構築して、それから初めてミスを報告する」ようでは遅いのです。労働災害で、ヒヤリ・ハットや赤チン災害を積極的に報告し合って重大災害を減らす構図と同様です。
だからこそ、問題点の指摘を社員の義務としている会社もあります。日本では特に、「黙っていたい」「波風を立てたくない」という習性の人が多いので、仕組み化するか義務として求めるくらいの姿勢でないと、本来目指す心理的安全性の効果は得られにくいと思います。
※1 『恐れのない組織――「心理的安全性」が学習・イノベーション・成長をもたらす』(英治出版)