フミコフミオの夫婦前菜 第1回「リゾート感のある朝食をプロデュースするゼーット!」 (original) (raw)

過日。土曜日の早朝7時に車を飛ばして鎌倉を離れ、海岸通りR134を東へ向かったのは、都会の喧騒から離れたいからでも、本当の自分を探したいからでも、イニシャルDに憧れたからでもなく、ある朝の食卓において、妻から僕の数々の欠点、失態を列挙されたあと、「私はもっと楽しくて文化的な生活を送りたい」と言われたからである。

不透明な勤務先の経営状況。連夜の大量飲酒。隔週のキャバクラ通い。イビキ。歯ぎしり。そのような些細な僕の失点をクローズアップして何になるのかよくわからないが、とにかく不満らしい。ひとことでいえば甲斐性がないらしい。しゃらくさいことだ。いわれのない非難と否定を受けた僕は激高し、イビキで腫れてしまった喉で「わかった。お願いだから別れないで。1人にしないで。1人で生きていくのは寂しくてつらいから。1人で死んでしまう動物もいるらしいよ。うん。そうだ。文化的で楽しい生活を送ろう。文化人の夏といえばリゾートだね。1日中リゾートは正直厳しい。先ずは朝だけ。そうだね。週末からリゾートな朝を送れるよう務めようじゃないか。こんな狭いマンションなんか飛び出そうじゃないか」と強気な姿勢を打ち出し、有言実行の結果、僕は休みの日の早朝からハンドルを握るはめになったのである。

とはいえリゾートも現実と繋がっていて世知辛い状況。具体的にはレギュラーガソリン168円。それが何を意味するかというと、遠方のリゾートへ行けば行くほどガソリンを消耗し、ガス欠を避けるための給油が必要となり、給油をすればすれほど僕の小遣いは減る。悲しい。それはイヤだ。僕は自分の経済を守るために、助手席に座る妻に「不思議だね。意外と近くにリゾートってあるものなんだね。カーナビゲーションによると所要時間20分だって。慌ただしい生活の中で見落としてしまいがちだけどね、僕はね、そういった日常の片隅に埋もれている宝物を見つけて生きていきたいと思うんだ。僕が全人類数十億人のなかで君という宝物を見つけたようにね」と言った。そのときの涙を湛えて潤んだ妻の瞳を、僕は一生忘れないだろう。同時にそのとき耳にした「眠い」という妻のぼやきを僕は忘却の彼方に追いやった。

目的地は神奈川県逗子市にある「なぎさ橋珈琲逗子店」。なぜ、リゾートを求めてそのお店にしたのかというと、以前、独身時代に、懇ろにしていたキャバクラ嬢が「リーズナブルでリゾート感超あっていい感じなの~」と絶賛していたからだ。当該キャバクラ嬢は僕があれだけ貢いだにもかかわらず忽然と姿を消してしまった。もしかしたら。消えたキャバクラ嬢を見つけられるかもしれない。奪還できるかもしれない。彼女から僕が貢ぎに貢いだ金品を。そんな淡い期待を抱いて僕は「なぎさ橋珈琲」に向かったのである。男四十才。大人の男には陰の部分があるものだ。許してほしい。

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なぎさ橋珈琲到着。リゾート感がハンパない。店の作りもさることながら表記が『なぎさ』ではなく『NAGISA』で、ほとんどEXILEメンバーのようでかっこいい。店に入る。店の奥のガラス窓の向こうに白い日射しのなかにテラス席が並んでいた。パラソルが百合の花のように咲いていて、眼下には逗子海岸とキマグレン。「リゾ~~ト」僕は圧倒的リゾート感への感嘆を、素直に声に出して表現してから屋外のテラス席に向かおうとした。

しかし肝心の、リゾート感を味わってもらいたい妻が付いてこようとしない。妻は、日射しが強すぎる、とだけいうと室内の無難な席に向かおうとする。僕は食い下がる。手を伸ばせばすぐそこに文化人らしいリゾートがあるのに、なぜ室内なんだ。楽しい生活を送りたいと言ったではないか。こんなエアコンの効いた部屋でリゾートを満喫した気分なんてよくないよ。よくないよ。よくないよ、と。すると妻は、騒々しいなあ、と前置きしてから、顎でテラス席を指し示し、あなた本当にあそこに行けるの?その目でよく見てみなさいよ、という。

僕はテラス席を見た。頭上に広がる青い空を見上げてから、その下に花のように咲いた白いパラソルの下にいる人たちを見た。洒落た花柄のシャツ。ブランドもののバッグ。ナウい麦わら帽子。バッチリなメイク。ちょい悪なヒゲ。iPad。イケてるデザインのサングラス。圧倒的なリゾート感、キテる感が人々から放出されていた。恐らく日の出前にメイクアップを済ませてマイホームを出立したのだろう。彼らのリゾート感の正体は気合いであった。早朝とはいえ夏の強い日射しのなか、熱せられた空気の中で汗を滝のように流しながらも、皆何事もなかったかのよう涼しげにサンドイッチやパスタを食べている。

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翻って僕らはどうだ。そこに気合いはあるか。覚悟はあるか。リゾートを生み出してやるという決意があるか。起床して30分で現地着。眉毛を描いてない妻は四谷怪談で、僕はといえばヨレヨレの白Tシャツにユニクロのステテコ、ポケットの中にはニンテンドー3DS。妻は諦念の表情を浮かべ、もう少し空気読もうよ、場違いなんだよと僕に教えてくれていたのである。

窓からは夏の日射しが燦々と降り注いでいた。散々な僕らは無難な屋内席に座ると、リゾート感のある朝食をとるために、「水出しブレンドコーヒー」と「ピザトースト」と「クラブハウスサンド」を頼んだ。こちらのトーストは葉山トーストというご当地のものを使っているそうである。そのせいだろうね、ピザトーストもクラブハウスサンドも見た目の重厚さに反して、食感は軽く、トーストからはほのかな甘みが感じられ、朝に食べても胃もたれがしない。味は、これ、ピザトーストやクラブサンドのようなシンプルな料理では、案外重要だと思うんだけど、見た目とギャップのないもの。ザ・王道。奇をてらうようなものはリゾートにふさわしくないのである。水出しブレンドコーヒーは、すっきりしていて、飲んだあとに喉に残るような後味がないので、今回は注文しなかったけれどメニューにあるワッフル類によく合いそう。まあ、「なぎさ橋珈」琲何よりのご馳走は眼下に広がるビーチなのだろう。室内にいる僕からはビーチはほとんど見えなかったけれども。

リゾートは場所ではなくそこに向かう人々の気合いによって形成されるらしい。僕はリゾートでのブレックファストを甘くみすぎていた…反省しきりの僕に「ねえ」と妻が言う。「私たちそろそろちゃんとセイサンしないといけないと思う」清算?精算?生産?すべてが離婚に繋がるような数多のセイサンが僕の頭の中を巡った。葉山トーストのほのかな甘さだけが苦々しい現実にいる僕を救済してくれている気がした。(続く)。

なぎさ橋珈琲 逗子店

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フミコフミオ

f:id:g-gourmedia:20140811094752j:plain海辺の町でロックンロールを叫ぶ不惑の会社員です。90年代末からWeb日記で恥を綴り続けて15年、現在の主戦場ははてなブログ。内容はナッシング、更新はおっさんの不整脈並みに不定期。でも、それがロックってもんだろう?ピース!

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