悪夢へようこそ! 読書感想『鋼鉄紅女 IRON WIDOW』 (original) (raw)

『鋼鉄紅女 IRON WIDOW』を読んだので感想を。すごく面白かった。

作者は中国系カナダ人女性作家のシーラン・ジェイ・ジャオ。英語圏でバカ売れしているヤングアダルト小説だ。

あらすじ:華夏ホワシアの辺境の娘、則天(ゾーティエン)は、異星の機械生物・渾沌(フンドゥン)と戦う人類解放軍に入隊する。巨大戦闘機械・霊蛹機に搭乗し、人類を滅亡させんとする渾沌と戦うのだ。霊蛹機は男女一組で乗り、〈気〉で操るが、ペアの女子は多くが精神的重圧から死ぬ。ある密計のため、則天はあえてパイロットに志願し、過酷な戦いに身を投じるが……。中国古代史から創造された世界で、巨大メカが戦場を駆ける! 英国SF協会賞受賞の傑作アクションSF。

(公式サイトより引用

巨大変形戦闘機械が戦場を駆ける! シーラン・ジェイ・ジャオ『鋼鉄紅女』発売!|Hayakawa Books & Magazines(β)

)

作者は日本アニメからの影響を公言しており、特に本作は『ダーリン・イン・ザ・フランキス』の後半の展開に覚えた不満がひとつの原動力になったそうだ。フランキスを観たことがなくても、日本のアニメ好きなら本作が受けている無数の影響を拾えるだろう。本作に出てくる巨大変形ロボ”霊蛹機“は男女一対のパイロットを必須とし、女性パイロットが操縦席に座ると、男性パイロットが後ろから女性側を抱くように座る。そんな日本のロボットアニメが古いジェンダーロールとエロ演出のために作り上げたタンデム操縦席が、海を渡ってカナダの作家の手でフェミニズム文学としてのテーマに変換される。国境を超えるアニメの力と、作家という生き物の強さが見えてくる。

全編通して男尊女卑、典型的な家父長制社会の描き方は中国的に見えるがその実はっきりとどこの社会にも存在するそれだ。支配的な男性社会はそこに支配のトップ層の男たちによって女性だけでなく男性も蝕み、さらに女性が女性を踏みにじる構造まで創り出す。そのおぞましさへ苛烈に反発する主人公の武則天の姿は熱い。

それでいながら本作はかなり王道のロボットアクションの構造から逸脱しない。巨大変形ロボ、必殺技アリ、パワーアップイベントあり、どこかでみたようなパイロット二人の息をあわせる特訓あり、三角関係あり、さらには怪物とのバトルから発展した人間対人間があって、ラストには最近の日本の作品でよく見る“隠された世界の真実”まで現れる。そんな典型的な、ベタなアクションものの構造を取りながら、その構造のままで女性主人公の反権威ストーリーが作ること自体が、ヤングアダルトの定番に対するアンチとしての姿勢が示されている。本作で主人公は「悪者にとっての悪夢」として社会規範をぶち壊す過激な英雄になるが、本作それ自体が、既存の価値観を子供たちに植え付けるこれまでのエンタメをひっくり返そうと言う大きな挑戦になっている。これまでの定番の物語がそのままの形で中を変えても成立するという事実、それは既存の物語こそ正しいとする価値観に対する悪夢だ。素晴らしき悪夢、大歓迎。

いわゆる『頭空っぽにして楽しめるロボットアクション』としても読めるし、空っぽの頭に本作が詰めてくれたものを眺めてじっくり再度楽しむことだってできる。よい本だ。

反家父長制としての女性主人公像自体は既に既存のものがあるとは思うが(日本では少ないけれど)、そこからさらに手を広げて主人公と彼女を取り巻く二人の男の関係がポリガミーになっている点はかなり新鮮だった。とことんやってやるという作家の意欲が見えて楽しい。

本作はヤングアダルトなのだが、ハヤカワで出ているからか文章や単語のチョイスは大人向けというか、ちょっと固い気がする。英語がわからんので向こうのヤングアダルトの文体がわからないが、日本向けに出すなら一回いまのヤングアダルト(またはラノベ)の作家が書いてみてほしいなとは思った。斜線堂有紀とか。

非常に面白かった。おすすめ。