ディーン・フジオカが背負った『ラストマイル』のテーマ “感情”を抑えた表現で持ち味発揮 (original) (raw)
残暑が厳しい9月上旬。今夏最後の“夏休み映画”として公開された『ラストマイル』が絶好調だ。日本が誇るエンターテイナーが一堂に会し、彼ら彼女らが繰り広げる熱きドラマが、多くの観客に支持されているようである。
良質な人間ドラマというのは、程度の差こそあれ、登場人物は善人ばかりではない。本作でディーン・フジオカが演じている五十嵐道元はまさにそのような人物だ。ここでは彼にスポットを当ててみたい。
本作はご存知のとおり、法医学の世界で奮闘する者たちの姿を描いた『アンナチュラル』(2018年/TBS系)と、警視庁の機動捜査隊の活躍を描いた『MIU404』(2020年/TBS系)の脚本家である野木亜紀子と監督の塚原あゆ子がタッグを組んだ最新作。しかも、この2作と世界観を共有する、シェアード・ユニバース作品である。
そんな『ラストマイル』が描くのは、日本の“物流”をモチーフにしたサスペンスドラマだ。流通業界最大のイベントである「ブラックフライデー」の前夜に、世界規模のショッピングサイトの関東センターから配送された段ボール箱が爆発する事件が発生。これがやがて連続爆破事件へと発展し、日本中を震撼させることに。関東センターに配属されたばかりのセンター長・舟渡エレナ(満島ひかり)と入社2年目のチームマネージャー・梨本孔(岡田将生)は、警察などと共闘しながら、この未曾有の事態に立ち向かっていくのである。
ディーンが演じる五十嵐とは、この巨大組織におけるエレナの上司であり、日本支社の統括本部長だ。スマートな佇まいでスキがなく、どんな状況にあってもクール。これは脚本に記されているキャラクターの設定なのだろうが、ディーンの体現ぶりはさすがである。ほんのワンシーンだけで、五十嵐がどのような人物なのかを端的に示してみせる。もちろん、衣装や彼を取り囲む美術の力は大きい。けれどもすべては装飾品だとも言える。キャラクターの核となるものが観客に伝わるかどうかは、やはり演じ手であるディーンの細かな表現の一つひとつにかかっているのだ。
五十嵐のスマートでクールな性質は、言い換えれば、冷酷無情な性格の持ち主だということでもある。思い切って言ってしまえば、人間らしさが希薄だということ。一瞬たりとも止めてはならない物流業界を絶えず動かし続けるには、効率こそが正義で、人間らしい心など無用の長物なのだろう。そうだ、“感情”はヒューマンエラーを誘引することにも繋がりかねない。それならば自らの心をも物流の世界のシステムに組み込んでしまえばいい。しかし、このような考え方は狂っている。鑑賞中に観客の多くがそう気づくはずである。
本作が内包するテーマはいくつも見つけられるが、もっとも大きなものに関して言えば、それは物流業界の負の側面だ。けれども私たちのいまの生活は、この物流業界が当たり前に機能しているからこそ成り立っている。自分の望んだモノが、望みどおりに手元に届くのが当たり前の社会だ。すべてはシステマティック。しかしこのシステムを司っているのは紛れもなく人間だ。人間らしさを失ってしまっている人々である。それはつまり、五十嵐のような。