【CK3】異聞戦国伝・伍 信長包囲網編(1572-1576) (original) (raw)

1560年の臼木ヶ峰の戦いにおける今川軍への勝利以降、破竹の勢いでその勢力拡大を成功させている尾張の大名、織田信長

1572年には室町幕府を滅ぼした天下人・三好長慶を敗北せしめ、京周辺から摂津丹波に至るまでの広大な勢力圏を築き上げることに成功した。

しかし当然、この織田の急拡大を快く思わない勢力は確実に現れており、彼らはやがて、連合して織田に対抗する意思を表し始める。

それは、織田信長に対する「包囲網」という形で結実し、今まさに彼を捕えんとするところであった。

果たして信長は、この危機を乗り越えることができるのか。

そしてその先に見る、景色とは――。

Crusader Kings Ⅲ Shogunate AAR/プレイレポート「戦国」編第伍回。

物語は、新たな局面を迎えることとなる。

目次

※ゲーム上の兵数を10倍にした数を物語上の兵数として表記しております(より史実に近づけるため)。

Ver.1.12.5(Scythe)

Shogunate Ver.0.8.5.6(雲隠)

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最後の時間

1572年晩秋。すっかりと冷たくなった風に身を震わせながら、竹中重治はゆっくりと馬を進め、やがて少しずつ形を成しつつあった巨大な城の麓にまでやってきた。

そこに集まる一団と、その中心に立つ男の背中を確認し、重治は馬を降り、近づいていく。足元に溜まる落ち葉が鳴らすカサカサという音に気づいて、男は振り返る。

「おお、竹中殿。お越しになられるならば一声頂ければよかったのに」

「何かとお忙しい様子でしょうからね。変に気を遣われても仕方ないですから。木下殿・・・いや、今は丹佐たんざと名乗られておられるのでしたか」

「ええ、我が範を取るべき織田家重臣・丹羽殿と佐々殿から一字ずつ名前を頂きました」

そう言って快活に笑う秀吉に、重治も思わず笑みを溢す。かつてはそう笑う性格でもなかったし、人と交わることは決して得意ではなかったのだが、この男と過ごすと自然と笑顔が生まれる上に、書簡で済むような用件でもこうしてわざわざ直接会いに来たくなるようになってしまった。

もう少し早く、この男と出会えていれば、自分の人生もまた違ったものになったのかもしれないが。

「立派な総構えですね。ここを暫く、拠点にするおつもりですね」

「ええ。亀山城と名付けました。ここを拠点に、西国に向けて勢力を拡大していく。それが中国方面軍として上様から申しつけられた儂の使命だと思っておりますから」

そう語る秀吉の目はキラキラと輝き、野心に満ち溢れていた。ある意味、今このタイミングだからこそ、自分はこの男の成長と栄達を見届けられているのだし、そのきっかけを手助けすることができた――それは実に幸福だったのかもしれない。

「竹中殿も、若狭国を与えられたとの由」

「ええ・・・勿体無い限りでは御座いますが、任された以上はこれを存分に護りきる所存」

「・・・今や、上様はこの日ノ本における最大の勢力と言っても過言ではない。それが故に、敵となる勢力も多い。

西国も尼子がいるとはいえ毛利の動きは怪しく、東国も上杉は今混乱状態にあるとは言え、いつこの越後の龍が再び動くか知れたことではない。南方の三好、畠山も同様だ。

拡大した分、各勢力の連携の困難さと重要さは計り知れない。竹中殿はまさに、その中で北陸の佐々殿と我々、そして近江の浅井殿とその先の岐阜とを結ぶ、非常に重要な連結点を任されたというわけですな」

「ええ、その通りーーそして、此度私がこちらに参ったのも、まさにそのことに関連してのこと」

そう言って重治は顔を近づけ、声を顰める。

「近く、本願寺に動きあり」

むう、と秀吉は唸る。本願寺が動くということ、それはすなわち、全国に散らばる無数の門徒を敵に回すということ。それこそ、大坂、伊勢長島、そして越中加賀・・・ありとあらゆる方向から、織田を包み込みかねないということ。

「もしも本願寺が動くのであれば、こちらもすぐさま対応する必要があります。越中加賀に対しては北陸の佐々殿、長島に対しては伊勢の丹羽殿、そして大坂に対しては、貴殿ーー丹佐殿となります」

重治の言葉に、秀吉は唾を飲み込みつつ頷く。早速、重大な任務が与えられようとしていた。

「此度は私も連絡役として若狭を離れるわけにはいかず、お傍でお力を貸すこともできませぬ。何卒、ご武運をお祈り致します」

「あ、ああ・・・いや、問題ありません。儂には頼れる仲間たちがついておりますからな」

そう言って笑って見せた秀吉に、重治も安心する。もしかしたらこれが最後に見る彼の姿となるやも知れず、それが不安に満ちた表情であったならばどうしたものかと、この任を授けられたときには感じたものであった。

その安心故に張り詰めていた気持ちが緩んだのか、途端に重治は咳き込み始めた。

「大丈夫ですか?」

「ええーーゴホ、いや・・・ちょっと秋の風に当たり過ぎたのかもしれませんね」

「間も無く暗くなってしまうでしょう。今日のところはここ亀岡で泊まっていってはどうですか」

「いえ・・・ゴホ、お気遣いありがとう御座います。しかしそう時間に余裕はありませんし、すぐに京へ向かいたいと思います」

そう言って重治は薄い笑みを浮かべ、馬のところへと戻っていく。

その背中がどこか寂しそうなもののように感じて、秀吉は思わず声をかけた。

「竹中殿」

重治は立ち止まり、顔だけで振り返る。その表情は西陽の陰になってしまっているが故か、青白く光っているように見えた。

「・・・今度、時間あるときにぜひ、貴殿の知る古来の戦術戦略を御教授を願いたい。儂もこれからもっともっと大きな存在になるために、貴殿の智識にはまだまだ頼らねばならぬと思っております」

秀吉の言葉に、重治は笑った。心からの笑顔であった。

「有難う御座います。是非とも・・・次にまたここを訪れるときには、そのようにしたいと思います」

約束ですぞ、という秀吉の言葉に重治は頷き、そして自らの馬に跨った。

二人の間に、それ以上の言葉はなかった。長く伸びた秀吉の影だけが遠ざかる重治の馬の姿を追いかけ、二人の友人は静かなる永遠の別れを交わすこととなった。

そして、時代は激動の波の中へと突き進んでいく。

槙島の戦い

1572年11月8日。

大坂・石山本願寺にて門徒1万5千名が一斉蜂起。

同時に加賀越中・伊勢長島でも門徒らが蜂起し織田家に反旗を翻すが、事前に構えていた織田家各方面軍はすぐさま是に対応。とくに越中・長島の門徒らは早々に佐々・丹羽各方面軍によって制圧される。

一方で大坂の石山本願寺については、本願寺勢力の本拠地だけありその軍量・質共に他拠点よりも優れており、特に本願寺軍総司令官を務める下間頼廉の手腕によって、制圧を試みた丹佐軍が壊滅させられるという事態までもが引き起こされることとなった。

この報せは、すぐさま信長のもとへと届けられた。彼はこのとき、領国の中央に位置する南近江・観音寺城に在陣していた。

「――サルめ、抜かったか」

信長の号令と共に、彼の直属の精鋭部隊である赤母衣衆・黒母衣衆ら合計2万3千の部隊は淀川を下り、大坂へと向かう。

そしてこれを見計らっていたかのように、更なる動きが巻き起こる。

「――注進ッ!注進ッッ!!」

高槻城に到着し、眼前に石山本願寺とその精兵たちを前にして布陣を開始した信長に、馬を潰す勢いで駆けつけてきた伝令が鬼気迫る勢いで報告する。

「ーー畠山軍が槙島にて挙兵ッ!! 直ちに京に攻め上り、我らの退路を防がんとしておりますッ!!!」

「ぐぬぅ――己れ、小癪なッ!」

信長はすぐさま取って返し、淀川沿いを逆に上り返して行く。

これを見て、畠山軍は反転し、大和の方へと逃れようとする。

彼らの目的は織田軍を翻弄させること。すでに本願寺門徒らによって淀川の渡し舟は隠されており、信長軍はこれを渡り畠山軍を追うことはできない、はずだった――

――が。

「――高政様ッ! 織田軍が川を渡り、間も無く背後に迫ってきているとのことッ! 会戦は避けられませぬ!」

「な――何故なにゆえッ!? 本願寺勢が舟を隠していたのではないのか!?」

「そ、それが・・・織田信長自ら馬ごと川に入り浅瀬を確認。その先導で全軍の渡河を完了かせてしまったとの由・・・!」

「なん――だと」

想像もしていなかった織田軍の行動により、完全に不意を突かれた形となった畠山軍。

さすがの無理な渡河敢行により織田軍も疲弊していたものの、それでも軍量・質共に畠山軍を圧倒。

この「槙島の戦い」は見事織田軍の勝利にて終わることとなる。

「さすがだな――織田信長。やはり魔王たる者には、人間の常識は通用しないということか」

「だが、ここまでは我々の想定の範囲内。

貴様を仕留める為の、最後の一手を打つべきときが来た、というわけだ」

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1573年2月19日。

大坂を包囲し、本願寺勢力を降伏させるべく徹底した重圧をかけ続けていた織田信長軍。

ここに、急を知らせる早馬が届けられた。

「――上総介様ッ! 御注進ッ!

武田軍3万8千ッ!! 美濃東部へ侵入――木曾福島城並びに岩村城の包囲が確認されましたッッ!!」

それは陣に座する全ての武将たちを皆、震撼させた。

誰もが知る最強の軍団。信長が決して戦わぬと誓った最凶の敵。

それが、織田家との同盟関係――かつて同じ同盟関係にあった松平家を裏切ってまで維持したそれ――を一方的に破棄し、恐るべき勢いで国境を侵犯し侵入してきたというのだ。

「――尼子は」

「前年から続く隣国・毛利との戦いに劣勢となっているようで、こちらに兵を回す余裕はないとのこと」

側近の言葉に、信長は暫し押し黙る。

側近たちもまた、黙って彼の決断を待つ他ない。

無間とも思える時間が過ぎた後、信長はゆっくりと口を開いた。

「――東へ向かうぞ。一旦、京は捨ておけ。まずは武田を倒す」

いよいよ、織田信長の生涯における最大の戦いが始まる。

岩村城の戦い

1573年3月31日。

織田軍は各地に散らばっていた各方面軍と共に岐阜城への集結を完了させた。

将兵たちは皆、早速、東に向けて進軍するものかと思いきや――信長はそれを否定した。

「今、この不足する兵にて立ち向かったところで、敵うはずもない。まずは万全を期すべく、兵を休ませ、一人でも多くの兵に働かせられるようにすべきだ」

「その間に――内蔵助」

「は」

「貴様はその時に備え、兵たちの訓練を実施せよ」

「は――」

「五郎左」

「は」

「奴等が岩村城を陥とすまで、どれほどの猶予がありそうだ?」

「そうですね――かの城は竹中殿の弟君が城代を務める堅城。おそらくは最低でも3ヵ月は保つかと」

「良し。岐阜からかの城まで、全速力で駆け抜ければ1ヶ月も掛からぬ。2ヵ月――この2ヵ月で可能な限りの準備を整え、全力で武田に当たるのだ」

は――! 居並ぶ重臣一同は平伏し、やがてそれぞれの為すべきことのために足早に退室していった。

ただ一人、丹佐秀吉だけは、信長に命じられ残されることとなった。

「サル」

信長の言葉に秀吉は肩を振るわせ、慌てて低頭平身に謝り倒す。

「せ、先達ての大坂での敗北、誠に申し訳なくーー」

「そんなことはどうでも良い。それよりも、今回、貴様には別の任務を言い渡す」

は、と秀吉は驚いた顔で頭を上げる。

「後ほど、求官より渡された今回の策についての詳細を渡す。それを確認し、確実に実行せい」

「竹中殿が・・・承知しました。しかしその竹中殿はいずこに?」

今回の場にも出ておらず、しかし作戦立案には協力しているとのこと。どういう状況なのか。

「彼奴あやつは少し体調が優れぬと言って休んでおる。奴の策を確認しつつ、サル、貴様が一人でこなすのだ」

「ーー承知仕りました。必ずや成功させてみせます」

そして、竹中殿に成功の報を届ける。そう、秀吉は心の中で誓った。

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1573年6月1日。

ついに、信長は決断を下し、3万7千にまで膨れ上がった織田全軍を岐阜城から発出させる。

6月17日。**可児郡金山城**に到着した信長軍は止まることなくさらに落城寸前の岩村城へと向かう。

岩村城自体には秋山虎繁率いる1万9千弱の兵しか駐留はしていないものの、すでに北方の木曾福島城から武田信玄率いる1万8千の後詰が迫ってきているとの報せ。当然このままでは、織田軍の敗北の可能性が非常に高い。

しかしここで、信長は金山城にて傭兵を雇用する。その為の資金は、信長が所有する財宝の類を売却することで賄っていた。

これで総勢5万の兵に達し、戦況はようやく互角にまで持ち込めることに。

そして6月25日。

運命の「岩村城決戦」が幕を開ける。

「ムウ――織田上総介め。兵の数だけは存分に用意してきておるようだな」

「御屋形様は全力でこちらに向かってきているようですが、もう暫し、時間がかかるとのこと」

伝令の言葉に、虎繁はフ、と笑みを零す。

「構わぬ。命の危機を覚えるほどの戦況は、むしろ至極の愉しみでさえある。存分に味わいたいがため、御屋形おやじにはゆっくりと来るよう伝えておけ。

さあ、行くぞ者共――!」

虎繁の号令と共に、「最強」武田軍団は、数の上で勝る織田軍に対し、勇猛果敢に突撃を繰り返す。

その中で次々と織田軍の将兵たちも傷つき、そしてさらには赤母衣衆の一人、稲葉一鉄も戦いの中で討ち取られるなど、その被害は甚大なものとなりつつあった。

「――これが武田の底力か・・・それでこそだ。我が武勇、知らしめるには絶好の機会!」

稲葉一鉄の寄騎として仕えていた藤堂平八郎高虎は、怯む友軍を尻目に自ら前に出て、次々と敵を屠っていく。

彼は後に、稲葉一鉄の二つ名を継承し、「尾張の猛牛」と呼ばれるようになっていく。

その高虎の活躍で勢いを取り戻した織田軍は、着実に武田軍を追い詰めていく。

もはやこれまで――武田軍の多くの兵がそう思いかけていたとき、その報せが戦場に響き渡る。

「信玄公――着到ッ! 着到ッッッ!!!」

「待たせたな、秋山よ。それではこれより参る――武田の戦いを、見せてやろうぞ」

大将の到着により、再び武田軍は息を吹き返す。まだ数的には大きな差があれど、武田軍の士気には凄まじいものが感じられた。

だからこそ――これを断ち切る必要がある。

織田信長が三顧の礼で迎えたという「剣聖」――柳生宗厳が向かってくる武田軍の前に立ちはだかった。

そして、織田のその他の武将たちも、この運命の一戦に必ずや勝利をもたらすべく――身命を賭す勢いでこれに立ち向かっていったのである!

「――頃合いか」

戦況を覆せぬと判断した信玄は、側近に指示を出す。

そして、戦場に高らかに武田軍の退却を示す法螺貝の音が鳴り響いた。

勝ったのだ――あの最強武田軍団を・・・織田軍は、見事打ち負かしたのである。

「で、どうするんだ、御屋形おやじ。」

躑躅ヶ崎館へと統率の取れた退却を指揮する秋山虎繁は、傍らの信玄に問いかける。

「此度は確かに敗北したが、それでもまだ我々の兵は十分に残っており、そして西の本願寺や畠山も健在だ。一度や二度の勝敗で何かが変わるわけではない。時間をかけてゆっくりと、織田を絞め殺すのみだ――」

そう告げた信玄のもとに、早馬がやってきて急報を告げる。

「――御注進ッ! 越後の関東管領・上杉が家臣に謀反を起こされ、追放ッ!」

「越後は能登の大名たる新発田綱貞の支配下に落ちることとなりましたが、この新発田氏は織田上総介と昵懇の関係との由ッ!」

「――御協力感謝致す、丹佐殿。我らはかつて刀を合わせた間柄なれど、共に武田という共通の敵を相手に、改めてこの北陸の平和を守り抜くべく手を取り合おうぞ」

綱貞の言葉に、この謀略を背後から手引きし、成功に至らしめた丹佐秀吉は満面の笑顔で応じる。

「こちらこそ、新発田殿。これ以上の武田の伸長を許してはなりませぬ。新発田殿の御協力あってこそ日ノ本の静謐は成り立ちまする。その意味、しっかりと上様にもお伝え致します」

「うむ――何卒、頼むぞ」

笑顔を浮かべながら、秀吉の内心は衝撃と哀しみとで荒れ狂う思いであった。

つい先ほど、この策を秀吉に授けた織田家随一の策略家にして、秀吉の親友とも言える関係になりつつあった男――竹中重治が、没したという報せが届けられていた。

(竹中殿・・・貴公の作品、確かに形に残しましたぞ。安心して・・・あの世で気楽な日々を送ってくだされ・・・)

七尾城を後にした秀吉は、青く澄み切った夏の空を見上げ、その向こうにある何かを、ずっと見つめ続けていた。

一つの結末

かくして、脇腹に突然の敵を生み出された武田信玄は、信長からの和睦の申し出を受け入れることを決断。

東の脅威を取り除くことに成功した信長はすぐさま西に取って返し、1573年11月4日の茨田の戦いで畠山軍に快勝。当主・畠山高政の身柄も確保し、降伏に追い込む。

さらに本願寺勢力との戦いも1575年2月10日の天王寺砦の戦いで撃破。砦に立てこもっていた7,000名の信徒たちを虐殺してみせた。

これで戦意を失った本願寺宗主の光寿は降伏を受け入れることを決断。3年間に及んだ大坂合戦はついに終わりを迎えることとなった。

そしてこの包囲網勢力を支援した比叡山にも兵を出し、これを占領。

延暦寺は閉山させられ、座主・応胤も退去を強いられ、畿内の二大宗教勢力は織田信長の手によって壊滅させられることとなったのである。

こうして――織田信長は、名実共に天下を手中に収めた。

畿内の各勢力は次々と信長への臣従を申し出、また三好勢力からの「寝返り」も相次ぐ。

そして、1575年11月4日。

信長の滞在する京都・二条屋敷に、一人の貴人が来訪した。

「――かくしてお上は上総介殿に将軍職をお譲りしたいとのお考え」

当代の後成務天皇の叔父にあたる覚恕。延暦寺座主を務めていた時期もあり、これを滅ぼした信長に対しては決して友好的な気持ちは抱いていなかったであろうが、朝廷の権威維持がための最重要課題を任す上での最善の人事として、内心を押し殺し信長に相対していた。

3年前の京都制圧以降、朝廷からは信長に対し何度となく官職の申し出を行ってきたが、未だに彼は上総介ないし尾張守を自称するのみで、正式な官職の獲得は避けてきた。

しかし先の包囲網勢力への勝利をもって、いよいよ天下を手中に収めることが確実視された信長に対し、いよいよ朝廷も最大のそれを差し出す心積もりを決めたのである。これを、信長は引き受けるか否か――。

「余程必死と見ゆるな」

小さく頭を下げさえした覚恕に対し、信長は尊大な態度を崩すことなく告げた。その口元には小さな笑みが浮かびさえしていた。

「我を取り込まば、禁中諸共食い物にされると、恐れておるのか?」

覚恕は無言でこれを見据える。目の前の男は、比叡山ですら何も心動かされることなく潰した男。よもや、このような官職如きで、操れるものなどと――。

この任を引き受けたことを後悔し始めていた覚恕に、信長は告げた。

「だが――良かろう。そのような仮初かりそめの権威でも、利用価値はあろうからな」

ともかくも、役目は果たした。

覚恕は思わず頭を下げつつ、信長の心が変わる前にとでも言うようにそそくさとその場を辞した。

かくして、織田信長は征夷大将軍に任命された。

これは確かに、新たな時代の幕開けを意味する出来事であった――はずだったのだが。

1576年8月。

激動の包囲網戦終結から1年。征夷大将軍として朝廷の権威を後ろ盾にすることができるようになった織田軍は、各方面軍による一斉侵略に向けた準備を着々と進めつつあった。

西方、中国方面軍の丹佐秀吉は播磨国侵攻に向けて。

東方、北陸方面軍の佐々成政は武田信玄による攻撃を受けつつある新発田氏への後詰めに向けて。

そして南方、伊勢方面軍の丹羽長秀は、信長三男で紀伊を与えられていた織田信孝の後見役として、その三好掃討戦に向けた準備を進めていた。

もはや、天下に織田の敵なし。信長は岐阜城にて長閑な日々を過ごすことさえ許されていた。

「――これを、悩ましいと思う我は愚かと言うべきか」

信長はそう、向かい合う一人の僧に語りかけた。

僧は柔和な笑みを浮かべ、応える。

「上総介様はまさにこの戦国の世が求められ生み出されたもの。その手によってこの時代が治まりいくことは必然であると同時に、それはその身を自ら蝕んでいくのと等しいものと言えるでしょう」

「フン・・・蛇が自らを喰むが如きか」

「蛇であることを止めれば、そう思い悩むこともありますまい。人はその身を大きく変えることはないと思われがちですが、実は誰しも、脱皮するが如くその心の様を大きく変えていく生き物で御座います」

僧は信長の目を覗き込む。

「上総介様も、いつまでも悪童のままの心持ちでは居られないということです」

「ハ――儂にそのようなことが言えるのは貴様くらいだな」

ハッハッハと快活に笑う信長。しかしやがてため息と共にその表情を暗くする。

「だが、そうはいくまい。それが必要と分かりつつも、あの時の心を忘れ、新たな人間となって残り僅かの生を生きる積りにもなれぬのだ。

――天海よ。我に道を示し給え。この儂が儂であることを保ちつつ、この戦国の世を歩み続ける途みちを」

燃えるような瞳で僧を睨みつける信長。彼の言葉が紛うことなき本心であることを僧は悟り、そして口を開いた。

「承知仕った、我が主。されどその道は、決して止めることの能わぬ永劫の車輪でもある。自らの尾を喰む蛇の生に、終わりなど無いのですから。その御覚悟は、お有りか?」

勿論だ――信長の言葉に僧は頷き、そして立ち上がった。

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1576年8月5日深夜。

岐阜城の寝室にて眠る織田信長のもとに、とある「客人」が訪れる。それは彼を永劫へと導く天の遣いであったのか、それとも。

――いずれにせよこれで、「織田信長」という人間の物語はこのとき終わりを迎える。

彼の下で終焉に向かうはずだった戦国の世は、今暫くの継続あるいはさらなる混乱を宿命づけられることとなった。

果たして、その先に待ち構える運命とは。

次回、第陸話。

「**岐阜会議**」編へと続く。

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