【映画】侍タイムスリッパー (original) (raw)
映画日誌’24-47:侍タイムスリッパー
introduction:
幕末の侍が現代の時代劇撮影所にタイムスリップし、時代劇の斬られ役として奮闘する姿を描いた時代劇コメディ。『ごはん』『拳銃と目玉焼』の安田淳一が監督・脚本・撮影・照明・編集などを手がけ、自主制作作品でありながら東映京都撮影所の特別協力によって完成させた。テレビドラマ「剣客商売」シリーズなど数々の時代劇に出演してきた山口馬木也が主演を務め、冨家ノリマサ、沙倉ゆうの、紅 萬子らが共演する。(2024年 日本)
story:
幕末の京都。会津藩士の高坂新左衛門は、「長州藩士を討て」という家老じきじきの密命を受け、暗闇に身を潜めていた。標的の男と名乗り合い、両者が刃を交えた瞬間、落雷によって気を失ってしまう。やがて目を覚ますと、そこは現代の時代劇撮影所だった。新左衛門は行く先々で騒動を起こしながら、江戸幕府が140年前に滅んだことを知り愕然とする。一度は死を覚悟する新左衛門だったが、心優しい人たちに助けられ、生きる気力を取り戻していく。やがて新左衛門は磨き上げた剣の腕だけを頼りに「斬られ役」として生きていくため、撮影所の門を叩く。
review:
監督の貯金や補助金、車の売却費でかき集めた2600万円の低予算で撮られた自主制作映画が大ヒットしているという。2024年8月17日に池袋シネマ・ロサの一館のみで封切られたが、口コミで話題が広まったことから同年9月13日からはギャガが共同配給につき、新宿ピカデリー、TOHOシネマズ日比谷ほか全国100館以上で順次拡大公開され、カメ止め再びと言われている。映画を観た身近な人からも面白かったという声を聞くようになり、日本映画を全然観ない勢だが劇場に足を運んだ。平日の午後にも関わらず、満席に近い。前方に時代劇を観に来たおばあちゃん3人組がおり、ずっと喋っている。周囲の人が「シーッ」って言ってたけど、無視して喋り続ける。おい。
まず、映画としての完成度の高さに驚かされる。とにかく脚本が巧いし、演じる役者も上手い。画づくりもしっかりしているし、撮影や照明技術のクオリティも高い。というかセンスがいい。お約束を地でいくようなセリフや演出もちょいちょい出てくるが、これが全くシラけさせないのである。実力のある役者がやりきっている、という側面もあろうが、洗練されてなさ(野暮ったさ)みたいなものも含めて面白いのである。その説得力を生んでいるのは、画づくりがしっかりしていること、それに尽きる気がする。クライマックスの殺陣なんて、カメラワークと殺気立つ役者の渾身の演技に息を呑む。江戸末期の侍がアラビア数字を読めるのはご愛嬌。
コロナ禍で資金集めもままならず、父の逝去により実家の米農家を継ぎ、慣れない稲作に時間を取られて映像制作業もままならず、で、安田監督が諦めかけていたとき、「脚本がオモロいから、なんとかしてやりたい」って救いの手を差し伸べたのが東映京都撮影所だったそうだ。「10名たらずの自主映画のロケ隊が時代劇の本家、東映京都で撮影を敢行する前代未聞の事態」っていうのは、本当にそうなんだと思う。安田監督の真摯な映画づくりに動かされた人々の情熱で、ここまでの作品に昇華できたっていうのがなんかいい。監督・脚本・撮影・照明・編集・他、ぜんぶオレっていうのがいい。
映画完成時の監督の銀行預貯金は「7000円と少し」となり、監督曰く「地獄を見た」らしいけど、こんな楽しい地獄はないよね。やはり自分の信念に基づき、リスクを取ってやり遂げようとする人間のことはみんな応援せざるを得ないのである。好きなことをひたむきに、愚直に続けることの大切さみたいなことを教えてくれる。安田監督、中年の星。そういう背景のストーリーも含めて、いや、含めなくても面白かった。劇場にいる観客みんなでドッと笑える映画は、文句なしにいい映画なんだろうと思う。おばあちゃん3人組がずっと喋ってたけど、そんなことを忘れさせるくらい夢中にさせてくれた。エンドロールで拍手したかったなぁ。