編集者おすすめ 新明解国語辞典の“考えさせられる語釈”とは? (original) (raw)

独特の語釈で知られる新明解国語辞典の編集者のおすすめは、コロナ下で意識した「生活態度」や「幸福」の説明。「『こんな意味が本当は隠されていたんだ』と考えさせられ、時に反発を覚えたり、改めて自分にその言葉を投げかけてみたりする機会を与えてくれます」。 #新明国

三省堂辞書出版部の吉村三恵子さん

改めて気づかされた「生活態度」「幸福」

――気に入っている語釈などはありますか。

山本さん 吉村のおすすめは「生活態度」「幸福」など。

第8版=三省堂提供、以下同

吉村さん 新型コロナウイルスによるさまざまな影響で生活について考えたり、生活態度を改めたりした方も多いでしょう。こんな項目があったんだって、改めて驚きだったところです。

「何も考えないまま」っていうのもまた、ここでコケるんですけども(笑い)、ここまで書かれるとちょっと考えさせられてしまいますね。

第8版

山本さん 「幸福」というのも、人によっては解釈が割れるかもしれません。この語釈について、「私はこうは思わない」と感じる人もいるかもしれませんが、こうして踏み込んで書かれると、いやがうえにも考えさせられますよね。

吉村さん 「それ以上を望まない」。現状で満足しているから「幸福」という言葉を使えるんだ、ということですよね。ああそうか、言葉で説明するとこうなるのかって、改めて気づかされたりします。

反発を覚えたり、振り返って考えたり

――言葉で説明するのが難しい概念を説明していますね。

吉村さん 普段はこういった言葉をわざわざ辞書で引くことはあまりないと思いますが、引いてみると「この言葉にはこんな意味が本当は隠されていたんだ、なるほどね」と考えさせられることが多いです。語釈を読んで、時には反発を覚えたり、改めて自分にその言葉を投げかけてみたりする。そういう機会を与えてくれる辞書だと思います。

――語釈を読んで「これは違う」と思った人は、その人自身が〝考えている〟ことになりますよね。

吉村さん そうなんです。その言葉について、自分で考えているわけです。SNSでの言葉のやりとりによる行き違いだったり、ヘイトスピーチなど言葉が攻撃性を持ったり、近年はさまざまな問題がありますよね。辞書を引いて改めて言葉に注目し、自身を振り返って考えて、多様な人々とコミュニケーションをとっていく機会になればいいなと。そういう思いも込めています。

山本さん 「幸福」もね、「幸せであること」と言ってしまえば、間違いではありませんが、そこで終わってしまうと思うんです。「幸福」という言葉を使うときの、言葉が持っている背景や、人々が使うときの心のありよう、そういうところまで踏み込まないと、その言葉の本当の意味は描けないと思います。今流にいうと〝刺さらない〟というか。

「他人は同じ意味で使っていないかもしれない」

山本さん そうした点で新明国は「考える辞書」だと思います。語釈を読んで時に反発を覚える。自分なりにこうだと考える。自分はこう思うけれども、もしかしたら他人はこの言葉を自分と同じ意味で使っていないかもしれない、と思いをはせる。そうすると読みの深さも変わってくるでしょう。すべての国語辞典がこういうものでなくてもいいと思いますが、こういう辞書もあってもいい。ぜひ使ってみてほしいと思います。

吉村さん 特に(新型コロナの影響がある)この時期、対面コミュニケーションよりもメールやSNSなどのテキストでやりとりする機会が増えて、思わぬ誤解を招くことがあります。そんなつもりで言ったわけじゃないのに、って、相手からの返事を見てがくぜんとしたことが私もあります。自分ではわかっているつもりの言葉でも、辞書で引いてみると、新たな発見があるかもしれません。

山本さん 言葉の意味は、簡単に他の言葉に置き換えて表すことはできません。人によって解釈の違いがあり、幅もあります。それを意識せずに使うのは非常に怖いことでもあります。新明国を読むことで、そういうことをどこか意識してもらえるといいなと思います。

【まとめ・塩川まりこ】

〈新明解国語辞典8版インタビュー〉

「言葉が表すものを描ききる」新明解国語辞典の精神とは

2020.11.11

トウモロコシの実は「ハモニカの吹き口のようにぎっしり詰まって出来る」。今月第8版が発売される新明解国語辞典は「語釈が面白い」といわれますが、編集者は「別に笑いをとろうと思って語釈をつくっているわけではなくて、真剣に語の意味を突き詰...

新しい言葉や使い方、新明解国語辞典はどう判断する?

2020.11.15

「古地図の沼」「恋人たちの聖地」など最近使われる言い方も盛り込まれた、19日発売の新明解国語辞典第8版。「忖度(そんたく)」も「近年のあれこれを受けて」説明を増やしたといい、「政治家の意向を忖度し、情報を隠蔽する」という #新明国...

ヘイトスピーチは「卑劣きわまる」 新明解国語辞典は踏み込む

2020.11.18

「ヘイトスピーチ」は「卑劣きわまる言動」、「おやじギャグ」は「ひんしゅくを買う」――言葉の直接の意味に加え、一歩踏み込んで語の社会的な評価や背景を書くのが新明解国語辞典の特徴。編集者は「そこを無しにすると、言葉を描ききるというとこ...

性別や性的役割分担の記述、全面的に見直した新明解国語辞典

2020.11.21

「一本の傘を(相愛の)男女が一緒に差すこと」だった「相合傘」。今回そこも「男女」から「二人」に変えた新明解国語辞典の編集者は「多様な性の存在が広く認知され、受け入れられる社会になってきていますよね。辞書にはまだ古い面があったので全...