「『科学』と『執念』で暴かれた偽造文書」吉田公一著 (original) (raw)

署名や押印などを偽造して犯罪を起こすといった事件は多数発生しています。

ところがその正偽を明らかにする鑑定というものが科学的に行われるようになったのはさほど古いことではありません。

そういった点について、戦後早い時期から科学警察研究所およびその関係機関で研究と実務に当たってきた著者が、詳しく説明しています。

古文書が偽造されたものかどうかを判定する必要性は昔から存在しており、それに通じていると見なされる人物が鑑定をするといったことが行われてきました。

しかしそれは形や雰囲気から何となく判定するといった程度の根拠しかないものがほとんどでした。

しかし犯罪捜査といった分野で実施し、その結果をもって裁判を行うとなると曖昧な根拠では困ります。

そこで戦後に国家地方警察本部科学捜査研究所が誕生し、さらに警察庁科学警察研究所と改組されてきました。

そこでは、筆跡鑑定(専門用語では筆者鑑別)、印章鑑定、不明文字鑑定、複製文字鑑識、通貨鑑識といった分野について様々な科学的根拠ある方法の検討などが行われてきました。

なお、その専門の研究者もいますが、実際に事件が起きた時の裁判のための鑑定ということを行うには人数が不足しており、大学教授などに依頼して鑑定するということが数多く行われているようです。

これを著者は「私的鑑定人」と呼んでおり、その鑑定手法には疑問が多いとしています。

本書の中では随所に私的鑑定人の鑑定方法について否定的に書かれており、よほど恨みが溜まっているように見えます。

本書では数多くの実例が紹介されていますが、巻末の海外関係の話が興味深いものでした。

海外で犯罪が起き、それに日本の文書や印章、通貨などが関係すると日本に協力要請が来ることが多いようです。

1972年にドイツから依頼されたのが、東京オリンピックの1000円記念硬貨の偽造らしいものが大量に出回っているというものでした。

非常に精巧なもので、真貨との差が厚さで0.05㎜、直径で0.2㎜、重さで0.25gとわずかなものでした。

ただし実体顕微鏡で拡大して観察すると一部にわずかに鋳型の傷らしい痕跡があるため、真貨のようにプレス製造されておらず、偽造であることは間違いなさそうです。

しかし先方の希望で決定的な証拠が欲しいということになり、電子顕微鏡で検査したところ、表面にデンドライトという鋳物が冷える時にできる結晶が見られたため、プレスの日本貨幣ではあり得ないとして結論付けたそうです。

なお、他の事件でも数多く海外出張をしてきたそうですが、先方で裁判まで付き合わされることが多く、帰るといっても帰さないと出国禁止措置が取られ長期滞在させられたことも何度もあったそうです。

ただし、そのつもりで滞在しているといきなり「帰って良い」ということになり、司法取引で裁判中止などと言うことになったという例もありました。

司法体制の違いというものが実感できるものでした。

非常に興味深い分野の詳しい話ではありましたが、これが参考になるという人はほとんどいないだろうな。誰が読むのかそれが不思議な本でした。

「科学」と「執念」で暴かれた偽造文書