そてつ 旅行ブログ (original) (raw)

どもども、夏休み明けのそてつです。 (なんなら明けて1ヶ月・・・)

夏休みというのはなんとも筆が乗らないもので、このようにだらだらと過ごし続けた結果、最繁忙期であるにも関わらず、ブログの更新数がゼロというポンコツ具合を露呈させているわけであります。

夏に休みを作ったのが悪い!!これは日本の教育の敗北だ!!

まぁ、そういうこと。

んで、夏休みも序盤も序盤の8月2日、3日に、富士山に登頂してきました〜!!

いや、え、、、?

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事項紹介記事はこちら

8月2日昼も過ぎて14時、富士山富士宮口水ヶ塚駐車場に到着。

にしても漢字だらけだなぁ。

富士山富士宮口水ヶ塚駐車場、声に出して読みたくなる漢字な感じ。

水ヶ塚駐車場での出発前フォト

ここは富士山0合目にあたる地点。

ここから五合目まではマイカー規制により、帰省であっても通行はできない

もうすぐお盆なのに、需要を考えてないなんてやーね。

ということで富士急バスが運行するバスに乗って目指す。

元々、特定輸送をやっていた痕跡なのか、はたまた冬は特定輸送に就くのか、幼稚園バスのマークがついていて上からガムテープで隠されていた。

期間限定でトランスエイジとして富士急バスから認められ、無事に幼稚園生のおっさん、おばさん、そしてトランスエイジじゃなくても通用するガキンチョが誕生したのであった。

車内は補助席使用もあるほどの盛況ぶりで、富士山が人気なことは結構なのだが、一体、この量を収容する宿場があるのか、不思議でならない。

私たちは新七合目の御来光山荘を確保、とりあえず今日はそこまで登るとのこと。

案外体が軽く、そうかそうかという感じだった。

常に標高700mにいた山梨時代から遠く離れ、今では標高3m地帯みたいな地の底で仕事をしているのでパタンと紙のように倒れてしまうのではないかと懸念していたが案外どうにかなっているようだ。

登山口で事前登録の証明と**保全金を納める**。

お金を納めると証明として木札をいただける、「寄付だ」とかけているのか?

登山者の中でするりするりと先行する方々の登山鞄を見てみると、みな前のシーズンの木札をつけていて人によっては神社の絵馬が風に揺れているようなカラリカラリという音を立てるものさえいた。

ここでは敬意を表し、神主と呼んでおくことにしよう。

保全金納付証明も兼ねた木札。裏面にはスタンプ可能。

外国人も予想通り、多く、中にはスラッとしてヘソだしファッションで登る者さえ現れた。

こういうのが問題なのでは?と思いながら服装みたいな簡単なことも指摘できない静岡県に「なんぞ?」という感想さえ抱く。

金さえ取れればお前はそれでいいのか??

登山口から入ると早速富士信仰だろうか、托鉢姿の坊さんが現れた。

五合目登山口の看板。

本当はありがたいお話を聞きたいところではあるのだが、今捕まってしまうと回り回って明日以降の予定にさえも響くので・・・。

足元こそ悪いもののそれ以外はそれほどでもなく、比較的いいペースで上に上がっていく。

思えばこの時の慢心が翌日に響いたのかも知れないがそんなこと知る由もない。

登山口すぐの様子。道は九十九折りに近く、上に先行の登山者が見える

六合目と新六合目がくっついている山荘で小休止。

隣は団体さんでガイドさんが上手だった。

「この場所はまだ低いので絶対に酸素は吸わないでください!ここで濃い酸素に慣れてしまうと上でさらに苦しくなります!」

原理としては理解しているのだが、やはりこう、なんというか富士山らしいなぁという感想さえ湧いてくる。

登山として経験がある者はツアーには入らず結果的に初心者山行になるゆえ事故のリスクも大きい。

しかしツアーが成り立っているという点でその需要の大きさをついつい認識してしまうのである。

六号目の山荘にはなんと記念スタンプがあったので記念に押印してみたり。

外国人はどこもかしこもスタンプという文化が好きだからそれ狙いかな?

ちなみにこんな感じでしたよ。

新七号目に向かう途中には荷運びと救急搬送を兼ねているブルドーザーがつけた轍が残っている。

通称ブル道というらしい、「ブルドー」かな?笑

轍は人間用の登山道よりもより直線的に、しかし急勾配を登っていっている。

あれに乗ってみたいなとオタク的視点では思ってしまうのだが、あんなのにお世話になるような登山をするようならば圧倒的に迷惑なのでやめたほうがいいと「山人(やまんちゅ)」的な視点では思ってしまう。

少し登るとガスがかかってきて、小さい水分が体に触れる。

果たしてこれは霧なのかはたまた雲の中に私が入り込んだのか。

小学校一年生の光村国語の題材に「くじらぐも」という作品がある(中川りえこ 作)

小学校の体育の授業中に現れたくじらの形をした雲に皆でジャンプして飛び乗るという話だったと記憶しているが、私が小学校一年生の時のその話に対する感想は「雲なんざのれっこない」といういかにも嫌な子供という感じだった。

いざ高校生になってみて、さらには富士登山という機会を得て、その感想が覆されていく瞬間を目の当たりにしているのであった。

ということで16時40分、新七号目御来光山荘に到着。

これをもって1日目の活動は終わりとなった。

正直、軽い頭痛はあるがその程度・・・。

チェックイン。

部屋はいわゆるドミトリーだとかカプセルホテルに近いような形態で、私たちは2人だったので2人部屋に通された。

早速一眠り。

同行者からは早いと言われたがまぁよろしいでしょう、眠いんだもん

夕ご飯のタイミングで声がかかり起きる。

時間にして17:00ごろ。

この日の夜ご飯はカレー、中華丼、牛カルビ丼(?)から選べたが私たちは中華丼に落ち着いた。

なんだか、隣から「げ〜レトルトかよ〜」という若い男性の声が聞こえたが・・・。

黙れ、ガキども。

ここまでレトルトを荷役するのにどれくらいの労力が掛かっているのか知らないのか、。

まして生野菜などもってきたらすぐダメになるだろ。

ちなみに、めっちゃうまかったです。

レトルトって食べる場所によって味とか情景を変えられるから魅力的なんですよね^^

僕史上驚くほど早い時間でこの日は就寝。

すでに体には疲労が溜まっていて、案外辛い。

深夜に一度起きた時に友人や先輩に暑中見舞いの手紙を書き込む。

暑中見舞い、霊峰富士山頂より。

おおかた、こういったことを書いた記憶がある。

絵葉書にしたら案外文字を書ける場所が多くなくて唯一困ったところだった。

翌日の富士山頂郵便局で差し出そうと思う。

おはよう、朝の霊峰

こんな時間に起きたの、元気だった小学生以来だ。

朝から相当数すでに登っている人がいる。

元気だなぁ、と言いつつ。

これからの自分の登頂に自信がなくなる感覚まで覚えるが。

登山道をのぞいて、高山植物のような小さい植物が生えている。

ちょっと緑でかわいいなぁと思いつつ。

朝日を見て、朝食。

朝食はお弁当。

これは、早くに出発する人も遅めに出発する人も用意せずにご飯が食べられるということらしい。

宿泊した新7号目からの朝日を見て、励まされ、登山をすることおおよそ2時間。

ようやっと8合目は池田館にたどり着いた。

平地であれば1時間もかからない距離なのだろうが、さすが高山。

体には常にデバフがかけられているような状態で快と不快の間を目まぐるしく行き来している気がしてくる。

空気を吸えば快なのだが、空気を吸う瞬間にも普段より吸っている量が少ない気がして不快になる。

簡単に表現するとそのような状態になってしまう。

よく赤子は感情の表現が快か不快かしかなく、成長に伴って感情を表す状態が増えていくと言われているが、高山登山は自分自身が赤子に戻れる唯一の時なのかもしれないとさえも思った。

池田館を過ぎて少しのぼるとそこには絶景の中でそびえ立つ一つの鳥居があった。

「天空の鳥居」というらしい。

天空の鳥居にて。なんか・・・すごい。

見ると「独」という漢字が脳裏によぎる感じがしてなんだろう、不思議な感覚さえ覚える。

皆が記念撮影をしていくが、これは、、、逃せないなと私ももれなくシャッターを切ってしまった。

確かに登っている人は多いのだが、この鳥居の写真だけは昨今の「オーバーツーリズム」を微塵たりとも感じさせない。

そんな姿に感動してしまった。

さらに1時間、朝8時。

普段であれば今頃夜勤のスタッフと交代している頃合いだろうか。

9合目、万年雪山荘に到着。

標高はだいぶ上がって3460mとのこと。

富士山は既知の通り3776mの最高標高を誇る山岳なので、あと310mほどあがれば山頂ということになる。

一方で昨晩から徐々に体を侵していた高山病はこの辺りでだんだんキツくなってくる。

3000m峰ではあるので高山病といっても私は吐き気はなく、症状的にはごくごく軽いものだったが、休憩を軽く取って出発ということになった。

この先は富士山最後の難所と称される「胸つき八丁」が待っているからだ。

胸突き八丁はさらに上の9合5勺、そのものずばりの胸突山荘の辺りから頂上までの間をさす言葉で、この区間だけでおよそ170 m の標高差があるほか、これまでの登山である程度体力が削られたあたりで到達することになり、体力的にも少々無理が生じるポイントとなる。

そのためこのポイントが最も辛いとも言われるわけで。

もちろん慣れている人にはするする登れる場所だろうが。

胸突き八丁付近、先行の場所で標高差がわかる

いや〜、久しぶりの富士山、胸突き八丁がキツ過ぎて。

もう、 分インターバルで休憩挟んでいた(笑)、これ冗談抜きで。

でもそんな僕でもなんとか1時間ほどでクリア。

元々のペースが1合あたり1時間だったことを考えるとおおよそ2 分の1 のペースになる。

これが久々の胸突き八丁ということで。

頂上には入り口に鳥居があり、ようやっとここまで来たなぁと達成感に浸ることができる。

が、なにぶん人が多いので1枚パシャっと写真に収めたら、すぐ上にいく。

頂上の鳥居。神の宿る山なんだなぁと改めて。

ということで、霊峰!!!富士山!!!登頂!!!!!!!

いや〜よくやりましたよ、本当に。

とりあえず、富士浅間神社の建物の前で一旦座り込む。

いやー、感慨に浸る余裕さえもない。

頭がぼーっとしてしまってダメなのだ。

よくある、風邪をひいて復活した翌日みたいな。

脳みそが雲に包まれるみたいな感じ。

今日の目的地、富士山頂郵便局。

(現状)日本で最も高いところにあり、自然環境を理由とする、というものであるとすれば日本一訪問が難しい局かもしれない。

一方で、道がしっかり整備されているのでその点は白馬よりも簡単か?とも。

局内は決して広くはなく、局員さんが 3 とたくさんのお客さんだった。

記念の切手類やらなんやらもたくさんあるのだが、ちょっと手持ちの現金が尽きてしまい、ここでは購入に至らなかった。

しかし、自分のスタンプ帳にはしっかり富士山頂郵便局にいった証は残ったし、無事に訪問ということになったのである。

富士山頂郵便局の局舎、神社と合造

そして神社の方でとある方🦉からのご依頼である御朱印帳と御朱印を書いていただき、これにて頂上でやることは一旦終わりとなった。

富士館に入り、少し休憩とする。

若干高いがおでんを注文、同行者と2人で分け合う。

体に染みる味でなおよろしい。

何回も言うが、レトルトというのは食べる場所によって細かい味とか情景をプラスチェンジできるから魅力なのですよね。

舌鼓を打って、ご馳走様。

塩分ということで汁まで飲み干してしまった(笑)

本当は最高峰の剣ヶ峰まで登ろうかと迷ったが、次回にお預け。

体力的な問題もあるし、時間的な問題もあるので。

ということで、登山レポートはこんなところで。

下山まで書くかとっても迷ったが景色は変わらないので、ダイジェスト的にフォトギャラリーを毎度のごとくこの下に置いておくのでそれでお許しくださればと思う。

ちなみに、3回コケた。

頂上での記念写真、多分年賀状にする、かな?(笑)

登山とは、下山なのですよ。という写真

ガスってこわい、何も見えない

富士山の自販機。ちなみに我が高校はお茶90円とかです笑笑

下山フォト

我ながら遅すぎだろ…。

まるっと一週間空きまして、日曜日に慌てて書いている計画性のなさ。

普段はIpadで書いてからそのデータをパソコンに送ることで負荷をなくしているのですが、そんな暇がない。

そこのあなた!そてつは18時に更新間に合ってますか??

今回の旅行は前泊必至だった。

というのも東京から丹波篠山にどう頑張っても朝8時20分までに到着するすべがないからだ。

移転改称で式典がないことはほぼ確実とはいえせっかくならば8時30分前にはついておきたいものである。

ちなみに今見てみたらば、東京からの直通は最速で9時30分とのことでやっぱり・・・。という感じだった。

今回の前泊地はプラザホテル三田。

若いんだから野宿しろ!という過激派にいつもどやされるのだが、僕の雨男スキルをなめているな?当日料金で損した経験あるから雨男脱却まではホテル取っちゃうの!!

前日晩、今回の同行者様と夜ご飯に行って帰ってきた。

ちょっと作業してから寝ようかなとベッドで携帯をいじっていたらば。

寝ていた。

バタンキュー過ぎてダメ、本当に。

んで、しっかり何時間も寝たくせに寝坊。

おいおいだよな、本当に。

本来なら8時に篠山口駅で同行者様と集合の予定だったが起きて速攻電話して8時15分に・・・としてもらった。申し訳ないです。

寝坊したホテル。寝心地が悪いのがいけないんだ!!

とりあえず、徒歩5分とかからない三田駅までダッシュ

と、意外と早くついてしまった。

寝坊しているからとどこにもよらなかったが朝ごはんぐらい購入できたか??

まぁいいや。

きちんとスタンプも回収っと。

間に合う範囲でやってますからね!!

各駅にとまる丹波路 快速 に乗車し、篠山口駅まで。

ダッシュで駅前に降りて局に向かうことになったのである。

ちなみに、篠山口の駅スタンプは前回訪問時に回収したのでヨシ!!

8時30分、到着!!

この日は郵便趣味者も出足が遅く、この時間になっても3番目だった。

もちろんMさんは一番だけれど。

景観配慮の白っぽい局舎で一見しただけでは局とわからず苦労した。

いわゆる「コンビニ型」の平屋局舎になっており、局のみが入居しているのだなぁとしっかり伝わる。

局前のポストはいつの間にか外側のシートがはがされ開局前ながら投函はすでに可能になっていた。

ポスト番号は「'221065」なのだが、先頭の「’」に特別な意味はあるのだろうか、とふと考えてしまった。

8時58分頃に局内のシャッターが開いて応援の局長が現れた。

毎度のごとくMさんによる一声がかかり呼ばれたここの局長が現れ、9時を待った。

9時になり、開局宣言ということで、局長が口を開いた。

「それでは丹波山東吹郵便局、2024年6月24日、ただいまより開局いたします」

と。

皆でいつも通りおめでとうございます!!と局内に入ることになった。

局内では順に貯金を進めていく。

遅く来た人が割り込もうとするイレギュラーはあったものの、ほかの全員が各々の到着順をきちんと覚えていたのでなんとかなった。

局名印はノーマルのみ。

風景印はなく、とりあえず消印を押印いただく。

和文
丹波山東吹にD欄使用で兵庫と書いてある

〇欧文印

ローマ字で「TAMBASASAYAMA HIGASHIBUKI」にD欄使用でHYOGOと書いてある

そこに局番号のハンコと局名印を。

ここまで長いから欧文印に関しては「HIGASHIBUKI」とかに省略されるかと思っていたのだけれどな。

次に小切手を振り出していただき主務者印をいただく。

〇主務者印

丹波山東が1段目で2段目に吹郵便局長と入る。

局名が偶数なので局長のあとに「印」は入らない。

ということで今回の訪問は終わった。

祝い花① 篠山西部会

祝い花② 上山建設 雪岡様/ユアサエステート 湯浅様/摂丹地区局長会

祝い花③ かんぽ生命保険 神戸支店長 荒木様

祝い花④ ユーティ 村上様

そして祝い花全体像

祝い花⑤ 篠山東部会

局名入り記念品 マグネット