timelesz projectに渡辺くんが友情出演した話 (original) (raw)

もうあのときのことを振り返ることなんてないと思っていた。だけど、せっかく自担である渡辺くんが今改めて話してくれたので、あの頃の自分の気持ちをここ書いて供養しようと思う。先に言っておくと、5年前も今と変わらず能天気に楽しくおたくをやっていた。

2019年1月17日。忘れもしない、6人のSnow Manがこの世から消えた日。そして9人のSnow Manと出会った日。
包み隠さず書いてしまえば、2018年もなんか結構色々とアレな一年だった。初のアリーナ公演があったものの契約書がどうのこうのでデビューがほぼ絶望的であることを感じ、どこからともなく流れてきたあれそれでSnow Manが5人増員して11人組になるとかなんとかって話が出て、その上渡辺くんが出演していた外部舞台はびっっっっっっっっっくりするほどつまらなかった。今ならもう書ける。始まる前から察してはいたけど、渡辺くんが出ていても絶望的なくらいつまらなかった。正直に言うとストーリーなんてほぼ覚えていない。そのレベルの虚無舞台だった。ただ、6人全員が何かしらの外部仕事をしていたから今すぐ辞めるとかまでは思っていなくて、いつまで私はSnow Manを、渡辺くんを、表舞台で見ていられるんだろうなぁ、みたいな漠然とした不安だけはあった。
そして今回、渡辺くんの口から事務所に退所を相談していた人がいたことが明かされて、それは要するにSnow Manの解散を意味するわけだから、おたくが思っていたよりも事態は深刻だったのである。舞台班としてなんとか6人でやっていこう、というモチベーションすらなかったということで、その背景を知ると事務所というかあの人が増員へと動いたのにも納得できる。

さすがの私も増員発表当日は動揺した。5人じゃないことにもびっくりしていた。悲しかったし悔しかったし、これから先渡辺くんを応援し続けられるかわからなくて怖かった。滝沢歌舞伎ZERO南座公演のチケットを何度も手に取って、どういう気持ちで観に行けばいいんだ、と悩みもした。だけど私の長所は能天気でポジティブで嫌なことは寝たら忘れられるところなので、増員のことも10日くらいで諦めがついた。このときはまだ諦めだったけど、「起こってしまったことは仕方ない!南座と横アリと新橋演舞場はちゃんと行こう!そもそもデビューさせる気のないグループにこんな大がかりなテコ入れするような事務所でもないだろ!」と思えるようにはなった。そう思えるきっかけがあったからこそではあるけれど。
そうして冷静になってくると、今度は3人のことを考えるターンになる。私は6人のSnow Manが大好きだったけど、3人のことが嫌いなわけではなかった。目黒くんのことは渡辺くんのお友だちだと思っていたし宇宙Sixのことも見てきていたから、むしろなんで兼任なんて酷なことさせるんだって思ってた。今までこの事務所の兼任が上手く行ったことあったか?今までのデータはなんの糧にもなっていないのか??って不思議で仕方なかった。ラウールくんに関しては、中学生になんてものを背負わせる気なんだ、って怒りさえ湧いてきたのを覚えている。アラサーの先輩たちの人生を15歳の少年に背負わせるのか、11歳も上の先輩たちと共に人生を賭けてくれっていうのか、って腹立たしかった。可哀想で、申し訳なかった。
そして向井くんに関しては、どうにもこうにも複雑だった。あまりここで言ったことはないけど、私はSnow Manの現場以外だと松竹座によく通うおたくでもあった。春も夏も冬も、私が松竹座に行けば向井くんがいた。大阪城ホールにもいた。向井くんが嬉しいときは私も一緒に喜んだし、向井くんが悲しいときは一緒に泣いた。向井くんが泣くのを我慢しているときも代わりに泣いた。だから、向井くんがグループに入ることは本当に嬉しくて、それがSnow Manであるが故に喜んであげられないことが悲しかった。寂しがり屋の向井くんにメンバーができる、人が好きな向井くんに仲間ができる、そんな喜ばしいことが喜べなくて苦しかった。いい子なんです、じーこは大切な人をちゃんと大切にできる優しい子なんです、仲間のためなら歯を食いしばって腹を括れる子です、Snow Manに入ってもきっと頑張れるはずです、だからどうかじーこのことも大切にして傷つけないで。昔の文章を読み返したらこんな感じのことが書いてあった。泣きながら書いたことを覚えている。好きな人と好きな人が一緒になって好きになれないことがあるんだ、ってこのとき初めて感じたんだった。

私の場合はこんな感じでそもそも3人に負の感情がなかったこともあり、南座の千秋楽を迎える頃には「渡辺くんがいいならいいか!渡辺くんが辞めないならなんでもいいか!減るんじゃなくて増えるだけなんだから、そんなに悲観することでもないだろ!渡辺くんの味方が増えることは悪いことじゃないよね!」って思っていた。もちろん感情の上がり下がりはあったけど、新橋演舞場では逆さになって客席の上を移動するラウールくんに必死に拍手を送っていた。私はあなたの敵じゃないよって思いながら、ラウールくんの耳にたくさんの拍手が届くようにって願いながら、手がじんじん痛むほど拍手をした。それでももっとたくさん拍手すればよかったなって、渡辺くんの言葉を聞いた今は思う。私の手で涙を拭ってあげることはできないけど、不要な雑音を掻き消すことはできたかもしれない。あの頃3人のためにもっとできたこと、きっとあったと思う。

そのあとサマパラや8.8を経て、私の気持ちも諦めから納得へと変化し始めたころ、少年たちが始まった。渡辺くんが話していた「3人のことを悪く言うのは俺が許さない」って言った公演が、私にとっては大きな区切りとなる。当時のレポを探してもらえればもっと詳しくわかると思うんだけど、その次の公演で「俺には何を言ってもいいって言ったけど、本当に手紙に書いてありました。……うるせー!!」みたいなことを言っていたんですよ。うろ覚えで大変申し訳ない。でもそのときに、憑き物が落ちたようなっていうと大袈裟だけど、はっと目が覚めたような気持ちになった。3人のことを守ろうとしてる渡辺くんに文句を言う人はSnow Manのおたくなんだろうか、って思った。その人たちは何を手に入れたくて何を守りたくて誰と戦っているんだろう、ってようやく思えるようになった。それまでは増員に対して色々言ってるおたくを見ても、全く気持ちがわからないわけではないし、気が済むまでそっとしておくしかないのかな…って思うだけだったんだけど、いやもういい加減うるせー!!のフェーズに入ったよなって気づいた。夢見ていたデビューがようやっと決まって、改めて9人で頑張っていこうって思っているときに、6人がいい6人じゃなきゃ嫌だって無理難題を押し付けられてもね、そりゃそうだよね。あのとき、デビューが決まって退路を絶たれた9人が、そういう人たちにしてあげられたことってあるんだろうか。

これが、6人のSnow Manを見続けてきた私が9人のSnow Manと共に前を向くまでのお話です。約8ヶ月間のこと。6人のSnow Manと過ごした日々を忘れることなんて1日もないし、一緒に見たたくさんの景色は今も私の宝物だ。だからこそ、そんな思い出を作ってくれた6人のことが今日も変わらず大好きで、その6人が大好きな3人のことも大好きだって思う。まあ、実際は文章にするよりももっと能天気に楽しくおたくしてたけどね。私にとって何より大切なのは、「6人Snow Manであること」じゃなくて「6人Snow Manであること」だって気づいたから。

今回の対談も予想通り色々言われているけど、渡辺くんがおかしなことを言っているとは思っていない。というか、渡辺くんが6人時代のSnow Manをないがしろにしているというような論調を見るたびに私は思う。あの日のことを、あの日のすの日常を忘れちゃったのかなって。まさにこれが10日で諦められたきっかけでもあるんだけど、1月17日に増員が発表されて、その直後のすの日常の更新は渡辺くんが担当だった。4日後の1月21日のことです。渡辺くんのことだからもちろんスルーするわけがなく、ブログの後半で増員について触れてくれた。その中で渡辺くんは「ずっと好きでいてほしい」と書いていた。「ついてきてほしい」「これからも応援してほしい」とも書いていた。おそらくおたくから反感を買うのもわかっていて、3人のことも話してくれた。忘れるわけがない。何度も何度もすがるように読んで、こういうことを書くの珍しいなと思って、こういうときに書くのずるいなって思って、泣いた。目が腫れるほど泣いた。このときの渡辺くんの言葉は今でも私の中に残っていて、このブログがなかったらここまでおたくを続けていなかったかもしれないとさえ思う。あれは、悲しんでいるおたく、戸惑っているおたく、泣いているおたく、怒っているおたく、全てのSnow Manのおたくへ手を差し伸べるための言葉だった。渡辺くんは誰一人置いていくつもりなんてなかったはずだよ。全員まとめて掬い上げるつもりだったと思うよ。でも渡辺くんがどれだけ手を伸ばしても、その手を掴んでくれないならどうしようもなかった。渡辺くんの腕、伸びないし。握力もそんなに強くないし。そういうこともあり、増員から5年経った今「わかりあえないならしょうがない」「俺たち6人が大好きな3人のことを受け入れられないのは俺たちのことも好きじゃないんじゃないか」っていう思いに至っているのだろうということはここに書いておきたい。
そしてちょっと国語的な話をしたいんだけど、「受け入れる」という言葉を辞書で調べたことのある人はいるだろうか。

人の主張や要求を聞き、それを承知・容認すること。聞き入れること。

おそらくどの辞書でもこんな感じのことが書いてあると思う。見てわかるとおり、どこにも「好きになること」とは書いていない。「受け入れる」=「好きになる」ではないはずなのに、なんで箱推しだのなんだのって話になるんだろうか。「受け入れてほしいんですけど…」って言葉の返答が「わかりました!好きになります!」だったら話通じてねーなって思うよ、私はね。そこまで言ってねーよ、って。もちろん全員好きになってほしいっていうのも本音だろうけど(そもそもそう思えなかったらグループとして終わってる)、彼らが「9人全員好きじゃない人はファンじゃありません」なんて言ったことはないし、ずっと求め続けているのは「表立って批判しないこと」であるはずだ。好きじゃないメンバーがいることも興味ないメンバーがいることも、おたくをやる上でなんの問題もない。Snow Manどころか誰にもとやかく言われる筋合いはない。誰にも迷惑かけなければ特定のメンバーだけを応援していていいじゃないか。そんなの個人の自由だよ。だからこそ、「受け入れる」っていうのは「表立って批判しない」程度のことでいいはずなんだよ。テレビの前でどれだけ罵っても、ノートに憎しみをつづっても、彼らに届かなければ好きなだけやっていい。私はそれで十分「受け入れる」ことになると思う。彼らも心ない言葉に傷つく人間だってわかっていれば、それでいいんじゃないかな。

このブログでもXでも、自分がSnow Manに対して過保護なのは自覚している。そしてきっとそれは、贖罪なのだとも思う。あのとき守ってあげられなかったから、何もしてあげられなかったから、今できる限りのことをしてあげたい。叩かれているのを黙って見ていることはしたくない。
大好きな人の大切な人を大事にしたい。この核の部分が揺らいだそのときが、私がおたくを辞めるときなのだと思う。