2018年9月○○日 酢橘ポン酢 (original) (raw)

2018年 09月 30日

2018年9月○○日 酢橘ポン酢

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真夜中の小さな部屋に酢橘の匂いが充満している。
結子の電話を切ったあと、私はひたすら黙々と酢橘を搾り続けた。
酢橘は柚子やカボスや橙に比べるととても小さく、5キロのそれは絞っても絞っても終わりが見えなかった。
それでも私は搾り続けた。
全て絞り終えてポン酢に仕込み、皮も綺麗にして野菜庫に閉った時にはもう夜が明け始めていた。

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それからぼんやりと床に座り込み暫くすると携帯が鳴った。
結子からだった。
「なお、大丈夫? 今日はお店やすんだら?」
「全然大丈夫。私ね、5キロの酢橘を全部ポン酢に仕込んだの。今度結子にもあげるわね。いっぱい仕込んだのよ」
「なお…。何言ってるの、あとでお店に行くから」

やはりあれは夢ではなかったのだ。
私は昨日の夜の結子の電話を思い出していた。

「なお、なおがマンションに帰ってくる時間まで待ってたんだけどね。あの、あのね、亮から連絡があってね。それでね、いやだ! 何て話していいか分からない…」
結子はその性格のままに語尾まできちんと話す喋り方をするのだけれど、今日の結子は何を話しているのか全く要領を得なかった。
「結子、何を言ってるのか分からないよ。亮くんから連絡があったのね。それでどうしたの?」
「あのね、ひろがね、ひろが麹町の交差点で車に、車に跳ねられてね…。それでね、でもね、でも全然苦しんでなんかないって。顔もね、綺麗なままだったって」
結子は泣いていた。

「そう…」
「そうって…、なお、ちゃんと聞いてるの?」

私は夢の中にいるようだった。
その夢は深い霧に覆われていて、いくら目を凝らしても焦点が合わなかった。
サイドボードの上に置いたひろの忘れ物のボールペンだけが銀色に光っていた。

涙は出なかった。
ただ結子の言葉だけが壊れたレコードのように、ぐるぐるぐるぐると頭の中で回り続けていた。

それから一晩中、私は酢橘を搾り続けていた。

今日のひと品。

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酢橘ポン酢の仕込み

材料
酢橘の搾り汁 200cc
濃口醤油 150~180cc
(醤油の塩分、好みで加減)
味醂 30cc
出汁昆布 5cm角1枚
鰹節 ひとつかみ

①材料を全て合わせてボールに入れ1日おく。
②①を濾して消毒をした瓶に入れて、2ヶ月ねかせる。

日を追うごとになれて美味しくなる。

小説

by syun

メモ帳

人物紹介

奈緒子…ご飯屋「なお」の女将、離婚暦あり、45歳

結子…奈緒子の親友

ひろ…奈緒子の大学時代の恋人

慎介…別れた夫

原田くん…幼馴染み

たみちゃん…大学3年生。月曜日と金曜日のアルバイト

河野さん…保険代理店
小川さん…地元の建築会社の社長

他お客さんいろいろ。

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