駅西の小さなご飯屋 (original) (raw)

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私はカウンターの椅子に座ったままぼんやりとしていた。
小さく切り取られた窓から夜汽車が見える。
人の影もまばらな夜の列車が映画のワンシーンのように流れていく。

私が神様だったら絶対あんな悪戯なんかしないと断言できる。

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扉がガラッと開く音がして久田さんは慌てて身体を放し、私も驚いて目を開けた。

私は一瞬何がおこったのか分からなかった。
そこには呆然と立ちつくした木嶋さんの姿があった。
「開さん、違うの」
私は喉の奥で声にならない声をあげながら身体は硬直したままだった。
木嶋さんは何も言わずに扉を閉めて雨の中に出ていった。

「すみません。お客さんびっくりされましたよね。どうしよう、ぼく追いかけて釈明してきます」
子供がいたずらを見つかったときのような久田さんの必死な顔に、私はふっと張り詰めた気持ちが緩んで
「いいんですよ、気になさらないでください」と答えた。

私は久田さんを振りきって木嶋さんの後を追いかけるべきだったのだろうか。
でもそんなことをすると何も事情を知らない久田さんに恥をかかせることになってしまう。
後できちんと説明すれば木嶋さんはきっと分かってくれるはず…

久田さんを見送って、私は直ぐに木嶋さんの携帯を鳴らした。
何度目かのコールの後にやっと木嶋さんが出てくれた。

「開さん、ごめんなさい。あの人はお店のお客さんで、今日急に…。何から説明していいか分からないんだけど、あの人とは何でもないの」
「ああ」
「今、どこ? いつものホテルよね。お店の片付けが終わったら直ぐに行くから待ってて」
「いや、もう駅だよ。やっと仕事が一区切りしたから、急に行ってびっくりさせようと思ったんだけど、慣れないことはするもんじゃないね」
「だから、あの人のことは誤解しないで。何もないのよ」
「分かってる。なおさんがそんないい加減な人だとは思ってないよ」
「じゃあ、どうして待っててくれないの」
「分かってるけど、今なおさんに会うとひどいことを言ってしまいそうで自分が恐いよ。頭を冷して出直してくる」
「きっとよ。すぐに来てね。ちゃんと連絡してね、待ってるから」
「ああ」

私はまだ何か言おうとしたけれど、電話は切れてしまった。

頭の中で今起きたことを整理しようと思っても、霧の中で道に迷ったように私はぼんやりとしたままだった。
あの時、私はどうすればよかったのだろう。
久田さんに恥をかかかせることになっても、木嶋さんを追いかけるべきだったのだろうか。
いいえ、そんなことはできない。
木嶋さんはきっと直ぐに連絡をしてくれる。

私は重い心を払拭するように厨房を丁寧に磨いて、お店を閉めた。

小説

by syun

メモ帳

人物紹介

奈緒子…ご飯屋「なお」の女将、離婚暦あり、45歳

結子…奈緒子の親友

ひろ…奈緒子の大学時代の恋人

慎介…別れた夫

原田くん…幼馴染み

たみちゃん…大学3年生。月曜日と金曜日のアルバイト

河野さん…保険代理店
小川さん…地元の建築会社の社長

他お客さんいろいろ。

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