早稲田大学で起こった「非常勤講師雇い止め紛争」その内幕 (original) (raw)

名門・早稲田大学で、2017年4月まで続いていた、大学と非常勤講師の4年間にわたる闘争をご存知だろうか。

3000人以上いるといわれる非常勤講師を5年で雇い止めすることなどを目的に、2013年3月に突如、強引な手段で就業規程の導入を試みた早稲田大学。これに対して、非常勤講師らが、刑事告発や刑事告訴といった手段で対抗。早稲田大学の「違法行為」が露呈した結果、2017年4月、非常勤講師側の勝利に終わったのだ。

急速な少子化と国からの予算削減などで、厳しい経営を強いられる私立大学が増えているなか、大学の教師・講師の「雇い止め」という問題が深刻化している。早稲田大学が非常勤講師の雇止めに踏み切ろうとしたのには、一体どのような背景があったのか――。

非常勤講師は5年でクビ…?

「早稲田大学は、非常勤講師との契約を全員5年契約に変えて、雇い止めしようとしているのではないか」

早稲田大学のごく一部の非常勤講師のなかで、そんな噂が飛び交ったのは、2013年3月初旬のことだった。文学学術院で週に2コマフランス語を教えている大野英士さんも、その一人だ。

大野さんは東京大学を卒業後、30歳を過ぎて早稲田大学の大学院に進学し、フランスの大学で文学研究の博士号を取得した。2000年に帰国したが大学に職はなく、なんとか探し当てたのが、早稲田大学の非常勤の仕事。2002年から始めて、第二文学部(当時)で非常勤講師として2コマ授業を持つにいたった。

それから10年以上が経過しても、常勤になるどころか、担当する授業は1コマも増えなかった。早稲田大学だけではとても生活ができないため、他にも複数の大学で非常勤講師をしながら暮らしていた。この時、58歳。

そんな時に耳にしたのが、自分を含む非常勤講師を「5年で雇い止めにする」との噂だった。

早稲田大学に籍がある非常勤講師は3700人、実際に教えているのは2700人とみられている。全員を5年で雇い止めにするのは、大学の運営上考えにくく、大野さんはその噂をにわかには信じられなかった。

一方、この年(2013年)の4月1日、非常勤講師を含む非正規労働者に大きな影響を及ぼす法改正が控えていた。改正労働契約法の施行である。

この法改正では、有期の労働契約について、画期的なルールが新たに3点定められた。

1点目は、非正規労働者の契約が更新されて5年を越えた時には、労働者から申し入れがあれば、期間の定めがない無期労働契約に転換すること(18条)。
2点目は不合理な条件による雇い止めを制限すること(19条)。
3点目は、有期契約労働者と無期契約労働者の労働条件を、不合理に相違させることを禁止する(20条)。

ごく簡潔に言えば「5年以上同じ非正規労働者を同じ職場で雇う場合、無期労働契約にしなさい」とするもので、正規雇用を促す法律といわれる一方、無期契約雇用はしたくないという会社側(経営側)が、5年をめどにその労働者との契約をストップ、つまり「雇い止め」をするケースが増えるのではないかと懸念されていた。

それまで、早稲田大学の非常勤講師は1年契約で、特に問題がない限り、70歳まで契約更新して働くことができた。改正されても単に「1年契約」が「無期契約」になるだけなので、非常勤講師に影響はほとんどない。だから、早稲田大学にとっても自分にとっても、この法改正はあまり関係がないだろう――大野さんはそう思っていたという。

ところが3月19日になって、驚くべき連絡が入った。早稲田大学が、4月1日から非常勤講師の雇用契約期間を「上限5年」とすることと、それまで制限のなかった、担当できる授業の数を「上限4コマ」にすることを表明した。噂は本当だったのだ。

改正労働契約法が施行されれば、5年後には大学は非常勤講師との「無期契約」を結ばざるをえなくなる。だから、施行前に、非常勤講師全員を5年契約に変えることで、それを阻止する考えだったようだ。

(労働条件は変わらないのに、なぜ大学はそんなことをするのだろう)

大野さんは理解に苦しみ戸惑う一方、自分の身を守るためにも情報収集に動きはじめた。