【映画と決算】ディズニーの“確変”?急成長中のスポーツ賭博市場に参入 (original) (raw)
映画と決算 第7回[バックナンバー]
創立100周年、ディズニーの“確変”?
傘下のチャンネルが急成長中のスポーツ賭博市場に参入
2023年11月24日 15:00 2
ディズニーとスポーツ賭博。まったく関連のないような並びにも思えるが、アメリカ現地時間11月14日、ディズニー傘下のスポーツ専門チャンネルが年間8兆円も売り上げる急成長中のスポーツベッティング市場に参入した。米ロサンゼルス在住のライター・平井伊都子がエンタメ企業の決算を読み解く連載、第7回。ボブ・アイガーCEOの電撃復帰後、創立100周年にして大きな変革を迎えたディズニーの2023年を振り返る。
文 / 平井伊都子
“強いディズニー”の復建
2020年春のパンデミック以降、最も激しい乱気流を味わっているのはウォルト・ディズニー・カンパニーかもしれません。この連載の第3回で「ディズニープラスはNetflixを超えた?」(2022年9月)と題して、ディズニーの配信戦略を追いました。その2カ月後、ディズニープラスで生中継されたエルトン・ジョンのコンサートの最中に起きた電撃CEO更迭劇があり、2023年に入るとケーブルテレビの大手チャーター・コミュニケーションズとの番組の放映契約をめぐる対立や、フロリダ州のデサンティス知事との経済特区をめぐる訴訟など、厳しい局面も見られました。マーベルやピクサー、ルーカスフィルムなどのスタジオ買収を経て“IP大国”を築いたボブ・アイガーCEOが復権を賭けたディズニーの2023年はどんなものだったのでしょうか。
2月に行われた第一四半期決算報告で、アイガーCEOは彼が歩んだディズニーでの15年間をこう言い表しました。
「2005年に初めてCEOに就任して以来、ウォルト・ディズニー・カンパニーを2つの大きな変革へと導いてきました。1つは、クリエイティブチームにより大きな権限を与え、優れたブランドとフランチャイズを築き、新しいテクノロジーを用いて国際的に拡大すること。それがピクサー、マーベル、ルーカスフィルムの買収につながりました。2つ目の変革は、ディズニーが真のデジタル企業になるための基盤を築くこと。2016年に21世紀フォックスを買収し巨大なライブラリーを手に入れ、2019年にディズニープラスがスタートしました。それから3年、ディズニープラスの急成長はメディアビジネス史上最も成功した展開の1つと考えられています」。
そして「現在の予測では、ディズニープラスは2024年度末までに黒字化を計画しており、それを達成することが私たちの目標です」と宣言しました。つまり、ディズニー創立100周年とアイガーCEOの復帰が重なった2023年は、15年の間に彼が築いた“強いディズニー”の復建でした。
米Huluとディズニープラスの統合
5月に行われた第二四半期決算報告では「余談ですが『ザ・スーパーマリオブラザーズ・ムービー』の大ヒットは、世界中の人々が映画館でエンタテインメントを楽しむことを愛していると証明し、映画ビジネスについて楽観的になる理由を与えてくれました」とライバル会社の成功を祝福し、映画興行の先行きを「明るい」としました。
その一方で、ディズニーのバンドル(組み合わせ)の1つである、Huluの完全買収を仄めかしていました。米国のHuluは、2007年にユニバーサル(NBC)、ニューズ・コーポレーション(FOX)、ディズニー(ABC)が資本を持ち寄り、広告付き見逃し配信プラットフォームとして立ち上げたものです。2019年、ディズニーはFOXのエンタテインメント資産買収の一環としてHuluの過半数の所有権を得て、2023年11月にはNBCを通じ所有権を保有していたコムキャストから株式を買い上げ、完全所有権を取得しました。
アイガーCEOが年初から語っていた計画通り、来年春には北米のディズニープラスとHuluは統合されて1つのアプリになると、11月の第四四半期決算で発表されています。日本など北米以外ではディズニープラスにSTARブランドが組み込まれHuluの作品群が配信されていますが、北米ではディズニープラスとHuluは個別のサービス。
アイガーCEOは「視聴者は1つのアプリを終了して別のアプリを開く必要がなくなります。オールインワンのサービスによって解約率が下がり、より魅力的なプラットフォームになると信じています。ディズニープラスの『スター・ウォーズ:アソーカ』とともに、Huluオリジナルシリーズで最も視聴された『カーダシアン家のセレブな日常』や、大ブレイク中の韓国オリジナルシリーズ『ムービング』などを同時に楽しむことができるようになるのですから」と自信のほどをうかがわせます。
“ルビコン川”を渡ったディズニー
アイガーCEOのもう1つの肝入り案件は、スポーツ専門チャンネルESPNの収益化でした。本コラム第4回で、Netflixのテッド・サランドスCCO兼CEOの「大型のスポーツ配信権は、現時点では利益を生む道筋が見つけられていません。それは、スポーツ中継の有料配信とストリーミングの収益モデルが異なるからです。スポーツ中継に否定的なのではなく、収益化の道筋を探る段階です」という発言を取り上げました。ところが、Netflixは11月14日(北米時間)に、初のスポーツ中継番組を生配信しています。
この「Netflix Cup」は、普通のゴルフトーナメントではなく、Netflixの人気ドキュメンタリーシリーズ「Formula 1: 栄光のグランプリ」と「フルスイング: その一打が勝負を分ける」に登場するF1ドライバーとPGAツアープロが組んでトーナメントを競うイベント。ラスベガスにオープンしたばかりの球体ライブ施設スフィアを効果的に使った画作りや、「イカゲーム」のキャラクターを模したチャレンジホールなど、Netflixらしい遊びがふんだんに取り入れられた番組でした。Netflixはライブスポーツのドキュメンタリー性とリアリティTVの効果を掛け合わせ、番組宣伝をちりばめる方法に費用対効果を見出したのでしょうか。
「The Netflix Cup」予告編
一方、ディズニーは大きな賭けに出ました。欧州先進国に続いて2018年にアメリカでも合法化されたスポーツの試合を対象にした賭博、スポーツベッティングの市場に参入したのです。ディズニーはオンラインスポーツベッティングを手掛けるPENNエンターテインメントと独占ライセンス契約を締結し、ESPNブランドを急成長中のスポーツ賭博市場に拡大することを発表しました。ESPNのベッティングサイトとアプリ版のESPN Betは、「Netflix Cup」のライブ配信と同日の11月14日に、アリゾナ州、イリノイ州など17の州でサービス提供を開始しています。アイガーCEOは11月に行われた第四四半期決算において、こう述べました。
「ESPNとスポーツベッティングを組み合わせると視聴者数が増えることは明らかです。若い視聴者とESPNとの関わりを大幅に拡大する機会がここにあると信じています。ESPNを卓越したデジタル・スポーツ・プラットフォームに成長させることでしょう」。
2023年にボブ・アイガーCEOが推進したディズニープラスとHuluの統合、スポーツベッティングへの参入は、ファミリー向けエンタテインメント企業であったディズニーが“ルビコン川”を渡り、より幅広い消費者に向けてエンタテインメントを提供していく決意表明のようです。101年目を迎えたディズニーは、新しい未来に向けて大きく舵を切ったと言えるでしょう。
平井伊都子
アメリカ・ロサンゼルス在住。映画雑誌の編集や任期付外交官(文化担当)を経て、現在は映画ライター、ジャーナリストとして活動する。2021年からゴールデングローブ賞を選考するハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)に所属。
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