三木義一 著『日本の納税者』を読んで (original) (raw)

もうかなり以前の話になるが、ある人気タレントが税務調査を受けた際、当局が高額の所得隠しの指摘し、それに従い修正申告と追徴税を支払った。その会見の際、彼は植毛治療を経費にしていたと弁明したが世論はそれを受け入れず、彼の芸能生活は事実上の終焉を迎えた。私は彼の人柄が好きだったので同情的だった記憶がある。

彼の弁明と報道とは多少の齟齬はある。マスコミの報道では架空発注すら行っていたと言う。

そのため割り引かないといけないが、作り上げたイメージを保つために容姿の維持が必要な芸能人にとって、植毛の費用は経費と当人は考えるのは無理のない発想だし、税理士もそこに異議を唱えなかったので長年経費として申告してきたのではないだろうか?

このケースから、日本の税の問題点を本書に依拠することによって指摘することができるのではと思う。

まずはこの報道を行ったマスコミを含めて日本の納税者の多くは給与所得者であり、彼らは源泉徴収と年末調整により、勤めている会社が申告を行っているため、税に対する問題意識を育むことが困難な事である。

給与所得者は所得控除の額が年間所得額によって決まっており、何を経費にするかということに意識を割かなくて良い。そのため、このケースにおいて単純にこのタレントの金銭感覚はせこいと断罪するだけで終わってしまいかねない。

次に税法の条文で書かれている日本語が難しすぎて、専門家でも条文の理解が及ばないケースがあるということだ。そのため国税局の通達?(こっちは実務的)によって実務家は経費になるかどうか判断するが、それでもそれに従うことによって常に完璧な申告をすることが出来るという訳では無い。

まだまだあるがもう1つ指摘すると、当局と意見が食い違っても、争うとなるととてつもないハードルがあるということだ。単純に裁判所に行けば対応して貰えるという訳では無いのだ。

端折って言うと、まず当局に異議を申し立てないといけないが、そこでそれを問題だと判定するのは大部分が税務職員であり申立てが受理される可能性も高くない。詳しく書く能力が無いのでその辺は本書を読んで欲しい。さらに負けると延滞税もかかり、これが高額である。

このため彼が争うことは損得勘定から判定すると明らかに損であり、全面的に当局の指摘に従った方が穏便に済むのだ(結果的に彼の失うものは大きかったが)。実際に争う方たちは本人の意地でやっているケースが多いらしい。

このように行政に極端に有利な税制度を利用して、一芸能人の芸能活動を終焉させたというのは我々にとって不都合なことではないかと思う。

要するに行政に歯向かったら後で何されるかわからないぞということである(別に彼が反権力的だったという訳ではないだろうが)。彼らの裁量で自分の社会的地位が追われるとなればどういう行動を芸能人はしているかと想像するのは容易だろう。

本書の序章において国民主権の日本において税の所有権者は我々国民であり、自分の所有物は自分で決めることが出来る権利を持つと述べられている。しかし実際は選民意識を持つ行政官や一部の政治家が密室で税制のあり方が決められている。国民主権の国で生活する我々市民が税の問題に正面から向き合うことは必須だ。財政が逼迫して久しい現状の日本で暮らす我々が本書を読むことによって得られる知見は大きいだろう。