次のアカデミー賞は日本関連が少なそう。可能性高いのは伊藤詩織監督のドキュメンタリー(傑作です!)か 斉藤博昭映画ジャーナリスト(2024年10月20日『Yahooニュース』) (original) (raw)

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『Black Box Diaries』イギリス公開のHPより

今年(2024年)3月の米アカデミー賞は、『ゴジラ-1.0』や『君たちはどう生きるか』の受賞、役所広司主演の『PERFECT DAYS』のノミネートなど、かつてないほど日本のメディアも盛り上がった。2年前も『ドライブ・マイ・カー』の受賞があり、このところ日本映画の躍進が目立つが、では次回(2024年度)のアカデミー賞はどうなのか? そろそろアカデミー賞に向けたレースが始まり、予想記事も出てきたので情勢が見えてきた。そこから判断すると、前回のように日本映画が複数部門でノミネート、受賞する可能性は低そうだ(もちろん情勢は変わるが、昨年の『ゴジラ』のような急速躍進はなさそうな気配)。

まず、つねにノミネートの期待がかかる長編アニメ映画部門。なにせ、監督別で最多ノミネートを誇るのが宮崎駿である。ただ今年度は『インサイド・ヘッド2』と『野生の島のロズ』という、メジャースタジオ作品が“2強”として君臨。一応、『劇場版ハイキュー!! ゴミ捨て場の決戦』など資格を有する日本作品はあるが、過去の例からしてノミネートは難しそう。「日本関連」ということで、やや可能性があるのは、Netflixの『Ultraman :Rising(ウルトラマン:ライジング)』だが、日米合作とはいえ製作のメインはアメリカである。

次に、こちらも近年、『万引き家族』、『ドライブ・マイ・カー』、『PERFECT DAYS』と、高い確率でノミネートされる国際長編映画部門。今年度の日本代表は黒沢清監督の『Cloud クラウド』なのだが、この部門は例年以上にハイレベル作品が各国から集まり、かなりノミネートは厳しいのが実状。Variety誌の現段階(10/20)の予想順位で『Cloud』はベスト20にも入っていないので、ノミネートは絶望的だ。

意外な部門としてここ数日、ニュースでも報道されているのが短編アニメ映画部門。アニメということで、たまに日本作品のノミネート・受賞があるのだが(2013年度『九十九』がノミネート、2008年度『つみきのいえ』が受賞、2002年度『頭山』がノミネートなど)、この10月、アカデミー賞を主催する団体による学生アカデミー賞が発表され、日本人の金森慧監督の『Origami』が銀賞を受賞。この結果によって、アカデミー賞の選考対象作品となり、ノミネートの期待が高まっている。

ただし、学生アカデミー賞からアカデミー賞へ進むケースは極めて稀。2年前、学生アカデミー賞で金賞のアニメが、アカデミー賞へのノミネートに至った例はあるが、『Origami』は銀賞なのでさらに狭き門だろう。この学生アカデミー賞は過去にロバート・ゼメキス、ピート・ドクターら、その後の巨匠への登竜門。彼らの受賞作すらアカデミー賞には到達していないので、金森監督の大逆転劇を夢想したい。

こうした状況の中、日本関連でノミネートの可能性が高い部門がひとつある。長編ドキュメンタリーだ。Variety誌の現時点の予想ランキングで3位に入っている『Black Box Diaries』。

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Varietyの予想ランキングより

ジャーナリストの伊藤詩織氏が監督し、自らの性被害問題を世に知らしめるドキュメンタリー。テーマとしてもアカデミー賞にふさわしいうえに、今年1月のサンダンス映画祭でお披露目の後、同作は圧倒的に高い評価を受けている。実際に事件の詳細が丁寧に再現され、本人がどのような状況に追い込まれたのかを、できるだけ冷静な視点で語った作りによって、観る者を没入させる。事件当夜のタクシー運転手の証言、ホテルに連れ込まれる瞬間の防犯カメラの映像に加え、当時の安倍政権の思惑が偶然とはいえない事態を引き起こすプロセスまでが伝わってくる。クライマックス近くでは、不覚にも胸を揺さぶるエピソードがあり、高評価は納得の一作だ。

『Black Box~』は、イギリス・アメリカ・日本の合作なので、アカデミー賞にノミネートされれば日本でも大きな話題となるだろう。日本は『新聞記者』などのスターサンズが製作に関わっているので、今後の賞レースの動向によって日本での公開が早く正式発表されるといいのだが……。

ジャニーズ問題もそうだが、この伊藤詩織氏の事件も、ドキュメンタリー作品による海外の反応が、当事国の日本に問題の深刻さをブーメランのように返していく。この現状が打開されるべきという意味でも、次のアカデミー賞授賞式で伊藤詩織監督の姿を見られることに今から期待したい。

斉藤博昭

映画ジャーナリスト

1997年にフリーとなり、映画専門のライター、インタビュアーとして活躍。おもな執筆媒体は、シネマトゥデイ、Safari、スクリーン、キネマ旬報、VOGUE、シネコンウォーカー、MOVIE WALKER PRESS、スカパー!、GQ JAPAN、 CINEMORE、BANGER!!!、劇場用パンフレットなど。日本映画ペンクラブ会員。全米の映画賞、クリティックス・チョイス・アワード(CCA)に投票する同会員。コロンビアのカルタヘナ国際映画祭、釜山国際映画祭では審査員も経験。「リリーのすべて」(早川書房刊)など翻訳も手がける。連絡先 irishgreenday@gmail.com