米大統領選に関する社説・コラム(2024年7月25日・8月4・7・8・9日・9月12・13日・10月13日) (original) (raw)

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11月の米大統領選挙に向けて、民主党のハリス副大統領(59)=写真(右)、ロイター・共同

週のはじめに考える 大統領選は新南北戦争か(2024年10月13日『東京新聞』-「社説」)

米大統領選が11月5日に迫ってきました。民主党ハリス副大統領(59)=写真(左)=と共和党トランプ前大統領(78)=同(右)、いずれもロイター・共同=が激しく競り合います。当選者が就任するのは2025年。第2次世界大戦が終わり80年の節目ですが、時代が逆戻りするかのような不安も覚えます。

今年5月、トランプ氏のSNSで公開されたPR動画に「統一帝国(Unified Reich)の樹立」と記されていました。なぜか「Reich(ライヒ)」というドイツ語。かつて「第三帝国(Drittes Reich)」と自称したナチスを連想させるとの批判を呼び、動画は1日で削除されました。

米報道や書籍によると、トランプ氏は大統領在任中の18年、首席補佐官に対し、数々の独裁者を称賛。経済再建などを挙げてナチスを率いたヒトラーも「良いことをした」と発言したそうです。

ユダヤ人を大量虐殺(ホロコースト)したヒトラーナチスは「絶対悪」とされてきましたが、肯定的な側面を認めようとする言説は、世界中で後を絶ちません。

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経済再建は「良いこと」の例によく挙げられますが、ナチス以前の政策の効果もあったそうです。

トランプ陣営は「ライヒ」の記述などについて、スタッフのミスと主張したり報道を否定したりして、ヒトラーを評価しているわけではないと繰り返してきました。

トランプ氏を嫌う人たちが、ヒトラーと結び付けようとしているとの指摘もあります。

インターネット上で議論が長引くと、相手を否定するためにヒトラーになぞらえる人が出てくるという「ゴドウィンの法則」です。米国の弁護士ゴドウィン氏が1990年に提唱しました。その場合、ヒトラーを持ち出す側は深く考えていないため、議論に負ける例が多いとされます。

ただ実際には、トランプ氏は集会で、不法移民が「米国の血を汚している」と言ったり、政敵を「害虫」と呼んだりしています。ユダヤ人を敵視し尊厳をおとしめたヒトラーと同じ言葉遣いです。

法則を提唱したゴドウィン氏は「トランプ氏は、意図的にヒトラーと比較されるような発言をしている」「偶然ではない」と断言しています。

英シェフィールド大学のヘンク・デベルク教授も、著書「トランプとヒトラー」で、トランプ氏を「『形式的な』ヒトラーだ」と評しました。トランプ氏には、ヒトラーが抱えていた「殺人鬼的な邪悪さはない」ものの、宣伝や弁舌の手法といった「形式」に多くの共通点があるといいます。

政策については米国やドイツを「再び偉大に」とあいまいな言葉で語り、虚偽情報や陰謀論を駆使して敵対勢力をつくり、過激な言葉で有権者の心をつかむ。デベルク氏は「自由な民主主義の価値や制度に対する真の脅威となりうることは明白だ」と指摘します。

対立が対立呼ぶ悪循環

トランプ氏を「民主主義への脅威」とする批判は、バイデン大統領(81)やハリス氏もよく使う表現です。実際に、トランプ氏の落選後、同氏の支持者は議会を襲撃したり、民主党幹部議員の自宅に押し入って家族にけがを負わせるなどの暴挙に出ました。

しかし、トランプ氏が自らの暴力的な発言を省みることはなく、自身が7月と9月に銃口を向けられる暗殺未遂事件に遭っても、ハリス氏らが批判するからだと主張しています。対立が対立をさらに激化させる悪循環です。

米国は第2次世界大戦では、ナチスの独裁に立ち向かい、民主主義を守るために欧州戦線に加わりました。その勝利の80年後に、ヒトラーになぞらえられる人物が再び大統領に就くとすれば-。

分断により内戦に陥った米国を描いた映画「シビル・ウォー アメリカ最後の日」が多くの観客を集めたのも、19世紀に奴隷制を巡って国を二分した南北戦争(シビル・ウォー)に重ねているからです。他国のことだからと傍観してはいられません。

(2024年9月13日『新潟日報』-「日報抄」)

よどみなく自信たっぷりな口調だったり、整然と並んだ活字だったり。そういったものから得られる情報は確度が高いと信じがちだ。けれど、そんな情報の中にも誤りは混在する

▼各種情報の真偽を検証する「ファクトチェック」という用語が知られるようになって久しい。本紙に初めて登場したのは2016年9月。トランプ氏とクリントン氏が対峙(たいじ)した、米大統領選の討論会の記事だった。トランプ氏の言葉には事実関係の誤りが多く、クリントン氏にも不正確な発言があったと報じていた

▼8年の時が流れトランプ氏の相手がハリス氏に代わっても、そうした状況に大きな変化はなかったようだ。ただ今回は、司会を務めたキャスターが事実関係の誤りを度々指摘していた

▼「(不法移民が)犬や猫など住民のペットを食べている」とトランプ氏が述べた際は、司会者がすかさず「当局に確認したが、移民にペットが傷つけられたという信頼できる報告はない」と述べた。米メディアが日頃からファクトチェックに取り組んでいる姿をうかがわせた

▼わが国では自民党の総裁選が告示され、立憲民主党も代表選のただ中にある。雄弁に政策を語る候補者の発言に不正確な情報はないか。耳を澄ませ、目を凝らしたい

▼米国の若者に影響力がある人気歌手テイラー・スウィフトさんは交流サイト(SNS)への投稿で今回の討論会に言及し、こう書き込んだ。「誤った情報に対抗する最も簡単な方法は真実にある」。そうであると信じたい。

米大統領選討論】分断回避へ論戦をさらに(2024年9月13日『高知新聞』-「社説」)

米大統領選は投開票まで2カ月を切った。現職撤退を受けた異例の短期決戦は激しい競り合いとなっている。分断や憎悪を乗り越えた社会をいかに築いていくのか、論戦を充実させる必要がある。

民主党候補ハリス副大統領と共和党候補トランプ前大統領は、初のテレビ討論会で意見を戦わせた。

6月の討論会でバイデン大統領は精彩を欠き、交代論が高まった。撤退を受けてハリス氏が急きょ後継候補に立ち、結果を左右する激戦7州の世論調査は両候補の支持が拮抗(きっこう)している。暗殺未遂事件でトランプ氏に大きく傾きかけた流れを引き戻した格好だ。

ただ、当初ハリス氏に寄せられた強い期待感は落ち着いてきた。副大統領とはいえ存在感はさほど高くなく、もっと人物像を知る必要があるとする意見もある。ハリス氏が正式な記者会見を開かないのは、当意即妙な受け答えに不安があるからとの見方が出ていた。

それだけに、討論会では大統領としての資質を印象付けられるかが鍵となった。冒頭にハリス氏からトランプ氏に歩み寄り握手を求めたことは作戦通りだろうが、主導権獲得につながったように思える。攻勢でトランプ氏をいら立たせる場面があり、想定を上回る出来栄えとの評価もある。とはいえ、激戦州での現政権への反感を払拭するには至らなかったと見られる。

主要論点の一つである人工妊娠中絶について、権利擁護を掲げ支持拡大を狙うハリス氏は、トランプ氏が在任中に最高裁を保守化させ女性の権利を奪ったと批判した。トランプ氏は各州の判断に委ねるとかわし、争点化を避ける姿勢を見せた。

トランプ氏はハリス氏への個人攻撃は控えめだったが、証拠がない情報に言及して挑発した。質問に答えながら、話を中南米からの不法移民問題にすり替える場面もあった。有権者の関心が高い不法移民問題に、ハリス氏が副大統領として対応しながら満足な結果を出せていないと見る有権者を意識したのだろう。

インフレや失業率を巡っても、互いの経済実績を批判し合った。富裕層の優遇か、中間層の生活水準向上かは重要な論点となる。トランプ氏は関税強化による国内産業保護を訴え、ハリス氏は関税強化が物価高騰を招いて負担増をもたらすと主張する。法人税への姿勢も異なる。しかし政策の詳述はせず、議論が深まることはなかった。

ハリス氏は化石燃料関連産業が盛んな重要州を意識して、環境に悪影響を与えると指摘されるシェールガス・オイル採掘手法「フラッキング(水圧破砕法)」に反対から容認に転じた。トランプ氏は、中絶規制を巡り保守派が望む全米での一律禁止には踏み込んでいない。激戦州や無党派層を取り込もうとするこうした対応を、本来の支持層がどう受け止めるかも結果に影響する。

外交姿勢の違いも鮮明だ。選挙結果は日本にも影響する。同盟関係は変化するか警戒を怠れない。

11月の米大統領選に向けた討論会で、民主党候補のハリス副大統領と共和党候補のトランプ前大統領が初めて対決した。

支持率が拮抗(きっこう)する中、関心が高い経済や移民問題、対外政策を巡り激しい応酬となった。

6月の討論会ではバイデン大統領が精彩を欠き、高齢不安が広がり撤退につながった。

今回はハリス氏が挑発し、トランプ氏がいらだつ場面もあった。非難合戦もあり、国内外の難題に向けた双方の政策が明確になったとは言えない。

米社会の分断は極めて深刻だ。ロシアのウクライナ侵攻や中東情勢など国際秩序も不安定な情勢が続いている。

直接対決は今回が最後となる可能性がある。どちらが超大国のリーダーにふさわしいか。あらゆる機会を通じて、さらに踏み込んだ政策論争を求めたい。

外交・安全保障政策で両候補の違いは鮮明だ。

ウクライナ支援に消極的なトランプ氏は、終結国益だとして就任前に協議して終わらせるとしたが、実現性は見えない。

米国第一主義では国際社会の不安定化を招きかねない。

バイデン政権の路線を継承する方針だが、多国間協調をいかに実現させるか。さらに明確な方策を示してもらいたい。

パレスチナ自治区ガザでの戦闘について、トランプ氏は自身が大統領なら衝突はなかったとしつつ、根拠は示さなかった。

ハリス氏は即時停戦を訴え、イスラエルパレスチナの2国家共存を目指す考えを示したものの、具体性を欠いている。

ガザの死者は4万人以上だ。イスラエルを説得して直ちに蛮行をやめさせる必要がある。

両候補は中国に厳しく臨む姿勢では一致している。

トランプ氏は在任中に中国に高関税をかけたことを誇示し、さらに規制を強化するとした。ハリス氏は米国の技術に投資し、人工知能(AI)などの開発競争に打ち勝つとした。

双方とも自由貿易の推進に後ろ向きな姿勢が懸念される。

経済政策で、ハリス氏は起業や中小企業重視を掲げ、大企業中心の法人減税を打ち出すトランプ氏との違いを強調した。

トランプ氏はバイデン政権が史上最悪のインフレを招いたとして、ナンバー2だったハリス氏を批判したが、深刻な経済格差の対策には触れなかった。

分断解消の方策が喫緊の課題であるのを忘れてはなるまい。

米大統領選の討論会 世界で果たす役割見えず(2024年9月12日『毎日新聞』-「社説」)

非難合戦に終始した印象は否めない。11月の米大統領選に向けた民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領による討論会である。

6月の討論会で精彩を欠いたバイデン大統領が撤退し、代わって参戦したハリス氏が臨む初の直接対決だ。期待されたのは本格的な政策論争だった。

しかし、経済問題では、減税政策やインフレ対策について互いの欠点をあげつらい、「無策だ」と非難の応酬を繰り広げた。

移民問題ではトランプ氏が「犯罪者を入れ、この国を破壊した」とバイデン政権の施策を批判し、ハリス氏はトランプ氏が政府の移民対策を妨害したと主張した。

人種問題でも火花を散らした。黒人とインド系の血筋を冷やかしたトランプ氏の過去の発言について、ハリス氏が「人種を利用して国民を分断するのは悲劇だ」と苦言を呈する場面もあった。

ハリス氏の挑発にトランプ氏が怒りをあらわにしたり、トランプ氏の虚偽の主張にハリス氏が激しく反論したりする場面が続き、論戦がかみ合うことはなかった。

とりわけ残念だったのは、混迷する国際社会の中で、米国が果たすべき役割について議論が深まらなかったことだ。

ロシアのウクライナ侵攻について、トランプ氏は「戦争を終わらせるための仲介をする」と述べたが、具体策は示していない。

懸念されるのは、ロシアに有利な妥協をトランプ氏が主導することだ。米欧と対立する専制国家が勢いづく契機にもなりかねない。

欧州各国が武器輸出を制限する中、イスラエル寄りの米国に国際社会の批判が高まっている。ハリス氏の姿勢にも失望が広がる恐れがある。

米中問題について両氏とも強硬姿勢を示した。協調の余地は狭まるばかりだ。これでは緊張はより高まるだろう。

退潮が指摘される米国だが、経済力では中国の1・5倍、国防費では3倍に上る。国際社会での影響力を踏まえた責任ある外交政策の論戦を、今後期待したい。

米大統領選討論 批判合戦から新局面の論争へ(2024年9月12日『読売新聞』-「社説」)

接戦が予想される米大統領選の行方を決定づける得点や失言はなかったが、候補の特性や政策の違いははっきりした。

どちらが米国の指導者としてふさわしいかを、有権者が落ち着いて判断する材料になったのではないか。

11月の大統領選に向けたテレビ討論会が行われた。6月の前回討論会後に民主党のバイデン大統領が撤退し、後を継いだハリス副大統領と、共和党候補のトランプ前大統領が初めて対決した。

冒頭、ハリス氏はトランプ氏に歩み寄って握手を求めた。だが、いったん討論が始まると、トランプ氏の発言の矛盾やウソを鋭く指摘し、攻めの姿勢に転じた。

ハリス氏は党予備選を経ずに大統領候補に決まった。その後は記者会見を開かず、大統領としての資質は「未知数」とされた。今回の討論会は、ハリス氏が真正面から所見を示す機会となった。

一方、トランプ氏はメディアへの露出が多く、大統領候補としての討論会は今回で7回目となる。ハリス氏は経験豊富なトランプ氏に果敢に論争を仕掛け、ハリス氏自身の資質に対する不安を 払拭 ふっしょく することに一定の効果を上げた。

ハリス氏は、自身を「未来」、トランプ氏を「過去」を体現する候補だと位置づけ、前向きなメッセージを出すことに腐心した。

経済や物価対策をめぐり、ハリス氏は「中間層や労働者層の生活を引き上げる計画を持つのは私だけだ」と述べ、トランプ氏は富裕層や大企業優先だと批判した。

トランプ氏は、ハリス氏の政策は「バイデン氏のコピー」だと断じた。バイデン政権を副大統領として支えたハリス氏には「変化」を実現できないとも反撃した。

外交政策でも違いが際立った。ロシアのウクライナ侵略について、トランプ氏は「大統領になる前に終わらせる」と述べたが、根拠を示さず、説得力を欠いた。

ハリス氏は、トランプ氏の発言はロシアの侵略を認めて「諦める」ことだと批判し、ウクライナ支援や北大西洋条約機構NATO)との協力を継続する考えを示した。同盟国重視の姿勢は、日本にも安心材料となるだろう。

討論会後、若い世代に絶大な人気を誇る歌手テイラー・スウィフトさんがハリス氏支持を表明した。有権者の約2割とされる、投票先を決めていない穏健派や無党派層の動向が勝敗を左右する。

今回の討論会を機に、政策の方向性や実行力で支持を競い合う選挙となることを期待したい。

米大統領候補はこれで論戦終わらせるな(2024年9月12日『日本経済新聞』-「社説」)

超大国のかじ取りを誰に託すのか。11月の米大統領選に向け、判断する材料がある程度はそろってきたものの、なお物足りない点があると感じる有権者もいるだろう。投票日まで可能な限り政策論争を深めてほしい。

民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領が討論会で初めて直接対決した。6月の論戦でバイデン大統領は精彩を欠いたが、ハリス氏は支持者に安心感を与えることにおおむね成功したといえる。

インフレや不法移民といった幅広いテーマについてよどみなく答えただけではない。検察官出身らしく、連邦議会占拠事件や人工妊娠中絶などでトランプ氏を攻め立てる場面も目立った。CNNの世論調査によると、討論会でハリス氏が勝ったとの回答は63%、トランプ氏は37%だった。

予備選を経ずに候補の座を譲り受けたハリス氏には、政策について十分に説明していないとの批判がつきまとう。討論会前の調査で有権者の4分の1以上がハリス氏のことをもっと知る必要があると感じている。その点でいえば、不満が残る内容だった。

エネルギー政策や医療保険制度の考え方を上院議員時代から変えた理由を問われ、いずれも正面から答えるのを避けたのが典型だ。副大統領として取り組んできた不法移民対策がなぜうまくいかなかったのかという疑問にも、説得力ある回答ができていない。

しばしば質問をはぐらかしたのはトランプ氏も同じである。とりわけ私たちや欧州の同盟国を心配させたのが、対ロシアで「ウクライナの勝利を望むか」との質問を2回もかわしたことだ。

欧州にウクライナ支援の大幅な拡充を要求しながらも、「戦争を止める」というかねての主張を肉付けする説明は相変わらず乏しかった。残念というほかない。

トランプ氏はこれ以外にも「(不法移民が)犬や猫を食べている」といったウソや誇張を織り交ぜる訴えを繰り返した。根拠のない言説で国民の不安をあおるのは厳に慎まなければならない。

世界が注目する課題で両候補が議論を尽くしたとは言いがたい。たとえば、対中国政策は制裁関税を巡って応酬したくらいである。大統領候補の討論会は複数回開くのが通例だ。米メディアによると、2人とも再討論に前向きとされる。ぜひ開催してほしい。

米大統領選討論会 再度の機会で対中議論を(2024年9月12日『産経新聞』-「主張」)

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10日、米フィラデルフィアで開かれた大統領選の候補者討論会で握手する共和党のトランプ前大統領(左)と民主党のハリス副大統領(ゲッティ=共同)

語られたことより、語られなかったことに対して懸念が募る。

米大統領選の民主党候補、ハリス副大統領と共和党候補のトランプ前大統領によるテレビ討論会が行われた。経済や移民、人工妊娠中絶問題などをめぐって応酬があったが、今の世界秩序を力で変更しようとする専制国家に、米大統領としてどのように対応していくかについては、ほとんど言及がなかった。

投票まで2カ月を切り、米国民の関心が高い内政問題が討論会の主要テーマとなったのは自然である。

だが、米国は世界一の軍事・経済大国だ。世界秩序安定のカギを握るインド太平洋地域が討論会のテーマとならず、台湾が中国から威圧を受けている問題について両氏から自発的な発言がなかった点は憂慮せざるを得ない。米国のこの地域への関心が低下していると見なされるようになれば、地域覇権を狙う中国が勢いづきかねない。

両氏は、再度討論会の場を設け、専制国家の脅威から世界の平和と安定をどう守っていくかについて議論してほしい。

討論会はハリス、トランプ両氏が初めて直接対決する場として注目された。バイデン大統領の撤退を受け、急遽(きゅうきょ)大統領候補となったハリス氏は、記者会見やインタビューに応じたことがほとんどなく、どのような国家観や外交安全保障観を持っているのか不透明とされてきた。

トランプ氏は、イスラエルのネタニヤフ首相の米議会演説にハリス氏が欠席したとして、「ハリス氏が大統領になればイスラエルは2年以内に消滅する」と批判した。

ウクライナ支援をめぐっては、トランプ氏は欧州は米国と同じ金額を出すべきだと強調した。自身なら大統領就任前に戦争をやめさせられるとしたが、根拠は語らなかった。

90分という時間的制約があったとはいえ、不十分である。両氏には、米国が世界の安定に資する影響力を発揮し続けることが、国益にもつながるのだともっと意識してもらいたい。

米大統領選 討論会をさらに重ねて(2024年9月12日『東京新聞』-「社説」)

11月の米大統領選挙に向けて、民主党のハリス副大統領(59)が初の候補者討論会に臨んだ。

大統領候補が直接論戦する討論会は数回行われるのが通例で、有権者の重要な判断材料になってきたが、米メディアによると、次回討論会のめどは立っていない。

バイデン大統領(81)の撤退を受けて大統領候補に急きょ指名されたハリス氏はその後、記者会見などを開いていない。人物像や政策が十分周知されないまま、有権者に国際情勢に重要な影響を与える選択を迫っていいのか危惧する。

米紙ニューヨーク・タイムズの集計によると、ハリス氏は討論会で話した38分弱のうち17分強をトランプ氏への批判に費やし、トランプ氏がハリス氏を攻撃した13分を上回った。

自らの人物紹介や中産階級対策など政策の説明より、元検察官らしく「選挙結果を認めず、民主主義のルールや司法を攻撃している」と舌鋒(ぜっぽう)鋭く迫った姿が印象的で、トランプ氏は防戦に追われた。米CNNなどの調査によると視聴した有権者のうち63%はハリス氏が優勢だったと判断した。

トランプ氏は、ハリス氏に対するこれまでの個人攻撃が支持率上昇に結び付いておらず、討論会では中傷は抑え気味だった。

それでもトランプ氏は、移民が米国で「住民のペットを食べている」という当局が否定したデマを持ち出して移民への敵意をあおり「民主党は不法移民に投票させようとしている」などと主張。司会者に誤りを指摘されても「何かで読んだ」「テレビでそう言っている」と、根拠のない主張やうそを繰り返した。

両氏の支持率は拮抗(きっこう)しており、討論会をさらに重ね、どちらが大統領として適格かを有権者が見極める機会が必要だ。トランプ氏がうそや虚偽情報を垂れ流したままの今回だけで、候補者討論会を終わらせるべきではない。

両候補には、批判やうそをばらまくのではなく、論戦を通じて自らの政策を有権者に、そして国際社会に説明するよう期待したい。

米大統領選挙の候補者によるテレビ討論の出来というのはその後…(2024年9月12日『東京新聞』-「筆洗」)

米大統領選挙の候補者によるテレビ討論の出来というのはその後の支持率とはあまり関係がないそうだ

▼もちろん例外はある。2008年、民主党オバマ氏は共和党のマケイン氏との討論会後、急速に支持を伸ばし、最終的に当選したが、最近は討論会後に支持率が劇的に変化することはないという

▼今回はどうだろう。民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領の初顔合わせとなったテレビ討論会。ここまでの支持率は互角かハリス氏がわずかにリードというところか

▼討論会の出来だけでいえば、ハリス氏に軍配を上げる方が多そうだ。トランプ氏のうそやほころびを丹念に突き、世代交代や団結を訴える姿勢は効果的だったかもしれぬ。口八丁のトランプ氏が受け身に回る場面もあった

▼討論会後に支持率がさほど変わらない理由は誰に投票するかを有権者は既に決めており、その候補が討論会でたとえ打ちのめされたとしても支持し続けることにあるようだ。分断の時代。おいそれとは支持先は変わらない

▼トランプさんもそれが分かっている。移民問題などで相も変わらぬ差別的な発言を展開した。新たな支持の拡大より、こうした発言で自分のファンを喜ばせ、支持層をさらに固めるのが狙いだろう。大統領選挙まで2カ月を切った。今後数週間の支持率の変化が気になる。ハリス氏は新たな例外となれるか。

米大統領選討論 深みを欠いた直接対決(2024年9月12日『信濃毎日新聞』-「社説」)

11月の米大統領選に向け、民主党のハリス副大統領と共和党のトランプ前大統領がテレビ討論会に臨んだ。支持率が拮抗(きっこう)する候補による初の直接対決だ。

自分が大統領にふさわしく、相手は不適格だと印象付ける「イベント」とはいえ、政策論議は深みを欠いた。

米メディアは、ハリス氏が勝者だとの緊急世論調査の結果を伝えるが、投票先を決めかねている有権者や米国の動向を注視する世界各国に、判断材料を十分に示せたとは言えない。

ハリス氏は、トランプ氏が社会の分断を深め、女性から人工妊娠中絶の権利を奪った―と攻勢をかけた。「後戻りはしない」として未来志向を強調し、トランプ氏の対極に立つ大統領像を打ち出すことに重点を置いた。

バイデン政権の路線をなぞる姿勢が目立つ中で、物価高対応や経済政策では独自色も出した。乳児がいる世帯への減税や中小企業支援を訴え、トランプ氏を「億万長者と大企業に減税し、財政赤字を増やす」と非難した。

だがハリス氏の政策は、財源が不明確で財政悪化を招くとの懸念が根強い。経済財政運営の全体像は語られなかった。バイデン氏の保護主義的な姿勢を維持するのか、通商政策も不明確なままだ。初舞台を無難に乗り切ったとはいえ、政策の説明は物足りない。

トランプ氏は移民政策や物価高対応を巡るバイデン、ハリス両氏の「失政」の追及に躍起で、自身の政策を訴える場面はさらに乏しかった。経済政策の討論で、ハリス氏の移民政策への批判に発言が脱線する一幕もあった。

敗北した前回選の結果を認めず、支持者が連邦議会を襲撃した事件の責任にも言及しなかった。個人攻撃を抑えはしたが、体系立てた政策や、分断を修復する意思を語ることもなく、ハリス氏は無策だと批判を繰り返した。

双方には外交や安全保障の骨太な論争も欠けていた。トランプ氏は就任前にウクライナ戦争を終わらせると豪語したが、方策を語らないままだ。ハリス氏もパレスチナガザ地区の戦闘を速やかに終わらせるとするが、具体的な道筋を示さなかった。米国は世界でどのような役割を担うのか、国際社会の懸念に応えていない。

ともに再討論に前向きな姿勢を示している。大国の指導者を決める選挙だ。1回きりの討論会によるイメージ勝負で終わらせず、政策と資質を吟味する論争を残る期間で深めてほしい。

米民主候補はハリス氏 多様性の価値示す論戦を(2024年8月9日『毎日新聞』-「社説」)

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ボランティア団体の集会でスピーチする米民主党大統領候補のカマラ・ハリス副大統領=米ヒューストンで2024年7月31日、AP

11月の米大統領選で民主党の候補にハリス副大統領が決まった。副大統領候補には中西部ミネソタ州のワルツ知事を選んだ。

ハリス氏は、初の黒人女性、アジア系の大統領候補だ。今回の選挙戦は「我々の未来をかけた戦いだ」と訴えた。

共和党の正副大統領候補には、返り咲きを狙うトランプ前大統領と中西部オハイオ州選出のバンス上院議員が決まっている。

トランプ氏への銃撃事件、バイデン大統領の撤退という異常事態が相次いだ。投票まで3カ月と迫る中で候補者が差し替わる異例の展開である。

トランプ氏優位の情勢は変化しつつある。支持率は伯仲し、激戦州でもハリス氏が盛り返す。追い風が吹いているのは確かだ。

「反トランプ」の明確な姿勢が奏功しているようだ。だが、激戦を風だけで乗り切ることはできない。政策面での力量が問われる。

課題は山積している。景気後退の懸念が強まり、不法移民の流入も続く。対処する責任は副大統領のハリス氏も負う。

インフレ対策など経済政策では、影が薄い。移民対策は中米各国への支援を主導したが、目に見える成果は乏しい。

ともに激戦州では大きな争点だ。効果的な政策を打ち出せなければ影響は避けられまい。

外交でも、ウクライナ戦争への対処や、弱体化した同盟ネットワークの再構築は、バイデン氏が率先してきた。「ハリス外交」の姿は見えてこない。

副大統領としての業績には、学生ローン返済の一部免除などがある。党内の慎重論を押し切って成し遂げた。

人権を優先するスタンスは一貫している。イスラエルの攻撃で被害を受けたパレスチナの子どもたちに強い同情を示す。

米国社会の分断は深まるばかりだ。多様性を重視し、女性や人種的少数派、若者らの権利を守る姿勢は、その修復に有益だろう。

トランプ氏とは非難の応酬が続く。まっとうな政策論争を通じて、米国の未来を描いてほしい。

個人攻撃超え国家像語れ/米大統領選構図決まる(2024年8月8日『東奥日報』-「時論」)

民主党のハリス副大統領は、11月の大統領選挙に向けた自らの副大統領候補に中西部ミネソタ州のワルツ知事を選んだ。両氏は共和党のトランプ前大統領とバンス上院議員の正副候補と、政権の座をかけた対決に臨む。

今選挙戦では7月、政権返り咲きを目指すトランプ氏に対する暗殺未遂事件が発生、現職の民主党バイデン大統領は、高齢不安から再選を突如断念した。暴力と波乱が影を落とす中、急きょ後継候補となったハリス氏は米国で初の女性大統領を目指す。

母がインド系で父が黒人と多様性を象徴する人物でもある。米国の政治に新風を吹き込み、ワルツ氏と共に米国だけでなく世界の民主主義を守り抜く覚悟を語ってほしい。

そう期待せざるを得ないほど、米国の現状は暗い。英誌エコノミストが毎年公表する世界の「民主主義指数」で、米国はトランプ氏が初当選した2016年に評価が「完全な民主主義」から「欠陥のある民主主義」に降格。22年には06年の集計開始以降で最低となる30位に転落した。

同誌は「社会の分極化が依然として最大の脅威だ」と厳しく指摘した。現実は「世界の民主主義リーダー」という米国の自国像と大きく懸け離れている。

暗殺未遂を受けて、トランプ氏はつかの間、分断修復に踏み出すそぶりを見せたが、すぐにバイデン政権を「史上最低」とののしった。さらにバイデン氏が勝利した20年の前回大統領選挙が不正だったという持ち前の陰謀論を展開。ハリス氏の黒人支持者離れを狙い「(ハリス氏は)以前インド系だと言っていたのに、突然黒人になった」とやゆするなど、なりふり構わぬ分断スタイルを復活させた。

半面、元高校教師で州兵でもあったワルツ氏の候補入りで固まった構図に、希望も見いだせる。ハリス氏は検事でトランプ氏は富豪、バンス氏は作家と兵士の経歴を持つ。多様な人材がホワイトハウスの頂点を目指す政治の姿は、米国の活力を映し出す鏡でもある。戦争をはじめ強権国家の横暴が際立つ現在、米国の安定的な力強さは、世界が必要とするところだ。

ハリス氏は候補指名を確実にした後の選挙演説で「自由と慈悲の国か、恐怖と憎悪の国、どちらに住みたいか?」と繰り返してきた。また「民主主義の美は、一人一人がその問いに答える力があることだ」と選挙制度と投票の大切さを語る。

ワルツ氏は候補に選ばれた直後の演説で、銃規制や環境問題など州知事として取り組んだリベラル政策を貫く姿勢を強調。ハリス氏は未来志向の政治を提唱した。理想を実現するためにも、2人には近く行われる見通しの討論会を主要舞台に、社会の分断を修復する具体的な道筋の提示を期待する。

ライバル批判は必要だろうが、連邦議会襲撃事件を含む四つの事件で起訴されうち1件では有罪となったトランプ氏を、“犯罪者”として扱う対立姿勢一辺倒であってはならない。個人攻撃を超えた国家ビジョンを語るべきだ。

そうした原則の尊重を民主、共和の両陣営に求めたい。4氏が外交や不法移民対策、最近の株価変動や失業率増加で再燃した不安を払拭する政策議論を展開することが、米国の経済的繁栄と指導力を維持するための道となるだろう。

米大統領候補 短期決戦だからこそ政策語れ(2024年8月8日『読売新聞』-「社説」)

11月の米大統領選は、民主党のハリス副大統領と、共和党のトランプ前大統領が戦う構図がようやく決まった。

投開票日まで100日を切る異例の短期決戦となる。どちらが超大国のリーダーにふさわしいかを有権者が見極められるよう、両候補はめざす国家像や政策を競い合ってほしい。

今回の大統領選は、再選をめざしていたバイデン大統領が7月に撤退し、情勢が一変した。民主党は19日からの党大会前にオンライン投票を行い、ハリス氏が新たな大統領候補に指名された。

党内の混乱を収拾するには、バイデン氏が推したハリス氏でまとまるしかなかったわけだが、民主党の戦略は今のところ奏功している。支持率でハリス氏がトランプ氏を上回る世論調査もあり、トランプ氏の優位は消えつつある。

81歳のバイデン氏から59歳のハリス氏に世代交代したことや、当選すれば女性、アジア系として初の米大統領が誕生することが、若者や無党派層に好意的に受け止められたのは間違いない。

ハリス氏は、副大統領候補にミネソタ州のティム・ウォルツ知事を選んだ。中西部出身の白人男性の起用で、労働者層や農村部への支持を広げる狙いだろう。

これまでの大統領選では、各党の予備選から本選まで1年近いレースを通じて、大統領候補の資質が吟味されてきた。ハリス氏はこうしたプロセスを経ていない。経済や外交・安全保障など包括的な政策を示してもらいたい。

一方のトランプ氏が、7月の暗殺未遂事件直後には抑制した個人攻撃を再開したのは残念だ。

インド系の母とジャマイカ系の父を持つハリス氏について、「インド系から、急に黒人になった」と決めつけた。副大統領候補のバンス氏も、女性を 侮蔑ぶべつ するような過去の発言が明らかになった。

人種や性別をめぐる攻撃は、白人労働者層に訴える戦術かもしれない。だが、不適切であるだけでなく、急追するハリス氏を引き離す狙いとは逆効果ではないか。

9月には、両大統領候補が直接対決するテレビ討論会が予定される。トランプ氏は、事前の取り決めとは違う日程や他局での開催を一方的に主張している。論戦を避けている印象は否めない。

米国では景気減速への懸念が強まり、欧州や中東の情勢は緊迫している。両大統領候補は、国内外の課題にどう向き合うつもりか。相手候補への不毛な中傷に時間を費やしている場合ではない。

民主党は米国覆う難題に処方箋を示せ(2024年8月8日『日本経済新聞』-「社説」)

キャプチャ

民主党の正副大統領候補となったハリス副大統領(写真㊧)とワルツ・ミネソタ州知事=AP

一時的な党勢の回復に終わらせることなく、共和党の政権奪還を阻めるか。それはインフレをはじめ米国が直面する難題への処方箋を示せるかにかかっている。

民主党が11月の大統領選に向けてハリス副大統領、中西部ミネソタ州のティム・ワルツ知事を正副大統領候補に正式に指名した。バイデン大統領の撤退に伴う混乱を抑え、今月下旬の党大会を前に挙党態勢を短期間で整えた。

非白人や女性の支持に強みを持つハリス氏が、中西部出身の白人男性ワルツ氏を選んだのは選挙戦略としては理にかなう。勝敗を左右する中西部の激戦州で白人労働者層の掘り起こしにつながるとの期待がある。

「すべての米国人のための政治をする」。ワルツ氏とさっそく始めた激戦州の行脚で、ハリス氏が分断の修復にこう意欲を示したのは評価したい。そのうえでいくつか注文がある。

一つはバイデン氏が解決できずにいる課題をどう前進させるか道筋をできるだけ早く描くことだ。

インフレはなお多くの米国人を悩ませ、景気が後退する兆しもでてきた。副大統領として責任を担う不法移民対策は成果を出せていない。有権者の関心が高いこれらのテーマでハリス氏の説明は「中間層の強化」といったスローガンにとどまり、十分とはいえない。

政権の最大の課題であるインフレの鎮圧に加え、ここにきて高まってきた景気の下振れリスクにどう対処するかについて自分の言葉で具体的に話すべきだ。質疑応答を交えた記者会見を含め、あらゆる機会をとらえてほしい。

外交・安全保障は国際協調を重んじるバイデン氏の路線を踏襲するとみられる。どのように欧州や中東の戦乱を沈静化させ、中国と向き合うのか、発信を期待する。制裁関税などバイデン氏がとってきた保護主義的な通商政策は再考すべきではないか。

「不人気」の評価が定着していたハリス氏は若者らの支持をにわかに取り戻している。党内にはこうした状況を「非合理的な熱狂」(オバマ元大統領の選挙参謀だったアクセルロッド氏)と冷静にみる声もある。

バイデン氏から後継指名を受けたハリス氏は、有権者らの厳しいチェックにさらされる予備選を勝ち抜いてきたわけではない。だからこそ先行する期待に内実を伴わせる努力が欠かせない。

民主党は11月の大統領選に向けて、ハリス副大統領(59)を候補者に正式指名。ハリス氏はミネソタ州のワルツ知事(60)を副大統領候補に選んだ。これに対し共和党候補のトランプ前大統領(78)はハリス氏を中傷し、憎悪に火を付ける手法で攻撃している。

うそや差別は、分断を煽(あお)る危険な刃(やいば)となる。民主主義国家を守るには、うそや差別を許さず、中傷合戦から脱する必要がある。

選挙情勢はバイデン大統領(81)の選挙戦からの撤退で一変。ブルームバーグ通信などが7月30日に公表した世論調査結果では、選挙の行方を左右する東部ペンシルベニアなど激戦7州全体の支持率はハリス氏48%、トランプ氏47%と競り合う展開になっている。

こうした状況に危機感を抱いたのか、トランプ氏は7月31日、インド系の母とジャマイカ系黒人の父を持つハリス氏を「これまでインド系だとアピールしていたが、急に黒人(とのアピール)になった」と攻撃した。

しかし、ハリス氏は以前から黒人の血を引くことを公言しており、トランプ氏の発言は人種差別だとの批判を招いた。

トランプ氏を支持する実業家マスク氏は、保有するX(旧ツイッター)でハリス氏をおとしめる偽動画を拡散。誤解を招く合成画像の共有を禁じたXの規約に自ら違反した疑いがある。共和党副大統領候補バンス氏(40)は3年前、夫の子どもの継母であるハリス氏らを「子どものいない女性」で「みじめ」と発言していた。

政敵への中傷は共和党に限らない。民主党支持者の間でも、トランプ氏への銃撃は、同氏が求心力を高めるためのでっち上げだったとの偽情報が出回った。

米国は民主主義国家であり、主権者たる国民が政策の是非を議論し、判断する。前提となる情報が虚偽であれば判断を誤り、差別は分断を煽り、対話を阻む。

独裁的な国家が広がる中、米国が引き続き民主主義国家群の指導的役割を果たし続けられるのか。世界中が注目していることを、米国民には忘れてほしくない。

異例の展開をたどる米大統領選は、投票まで100日を切ってから対決の構図が固まった。中傷合戦ではなく、民主主義の大国にふさわしい政策論争を強く望む。

民主党の大統領候補に、ハリス副大統領(59)が正式指名されることが確定した。黒人女性で、アジア系でもある政治家が主要政党の大統領候補になるのは初めてだ。注目された副大統領候補には、中西部ミネソタ州知事のワルツ氏(60)が選ばれた。連邦下院議員を12年務めた白人男性である。

高齢不安が取りざたされて選挙戦から撤退したバイデン大統領(81)の後継候補選びは、現実的な選択肢が限られたとはいえ、予想外のスピードで進んだ。共和党候補のトランプ前大統領(78)の再選を阻むには一刻も早く挙党態勢を築くべきだ、という民主党の強い危機感のあらわれにほかならない。

ハリス氏は、演説で自身を未来志向だと述べている。「米国を再び偉大に」とのスローガンを掲げるトランプ氏を「過去に目を向ける人物」と表現し、有権者に「未来に向けた選択を」と訴える。民主党が特に期待するのが、女性や若者、黒人の支持拡大だろう。

報道機関などの世論調査で、ハリス氏とトランプ氏の支持率は拮抗(きっこう)している。ただ、ハリス氏への熱気がこのまま高まり続けるかは見通せない。超大国の大統領としてどのような未来像を描くのか、ハリス氏は信念や政策を明確に示し、短期間で有権者を納得させる必要がある。

内政では不法移民問題が重要争点の一つとなろう。ハリス氏は副大統領として南部国境付近の不法移民対策を担当してきたが、現地になかなか出向かないなど国民の不評を買った。トランプ氏は「外国人の『侵略』を招いた」などと非難しているが、外国人排斥をあおるような言動は厳に慎まねばならない。

欧州や中東の情勢が不安定化する中、国際社会は対外政策を巡る議論を注視している。トランプ氏は依然として「自国第1主義」を唱え、孤立も辞さない構えに映る。一方、ハリス氏はバイデン政権の国際協調路線を継承する姿勢だが、アジア政策を含め具体像はまだ見えない。

民主党共和党のどちらが勝っても、中国に対して強硬路線を取る可能性は高い。将来、その傾向は強くなっても弱まることはない」と安全保障が専門の簑原俊洋・神戸大学大学院教授はみる。

日本はアジア地域の安定を主軸に置いた上で、米国との関係を構築するべきだ。誰が大統領になっても、冷静かつ柔軟に対応できるよう備えることが肝要である。

ハリス氏指名 分断修復へ政策論争を(2024年8月7日『北海道新聞』-「社説」)

米国の民主党は11月の大統領選候補に、ハリス副大統領を正式指名する。

主要政党で黒人女性、アジア系が候補になるのは初めてだ。

19日からの党大会に先立つオンライン投票で指名に必要な代議員数を獲得した。対抗馬もなく、異例の選出方法だ。

高齢不安で撤退したバイデン大統領に代わって急きょ出馬したことで、結束を強めたのだろう。党内は活気づいている。

女性や若者を中心に支持が広がり、勝敗の鍵を握る激戦州でも共和党候補のトランプ前大統領を追い上げている。

ハリス氏はバイデン政権の政策を継承するとしているが、具体策はあまり示していない。

社会の分断や各地の戦乱など内外に難題が山積している。トランプ氏が掲げる米国第一主義にどう対抗するか、公約を踏まえた本格論争を期待したい。

ハリス氏はジャマイカ出身の父、インド出身の母を持つ移民2世だ。カリフォルニア州司法長官などを経て、2016年の選挙で上院議員に当選した。

20年の前回大統領選に出馬し早々に撤退したが、バイデン氏から副大統領に選ばれた。女性、黒人、アジア系のいずれにおいても初の副大統領だった。

米国の多様性を体現していると言えよう。だからこそ社会の分断解消につながる方策を示すことが求められている。

選挙戦では検事出身の経歴を前面に出し、有罪評決を受けたトランプ氏を「犯罪者」と断じて対決構図を際立たせている。

「反トランプ」をあおるだけでは党派対立がますます激しくなることを忘れてはならない。

ハリス氏はバイデン氏よりリベラルとされ、人工妊娠中絶の権利擁護や中間層の底上げを打ち出している。ただ、減速が懸念される経済への対応には言及が少ない。また副大統領として担当した不法移民対策も成果を出せなかったと指摘される。

不法移民は急増しており、国民の関心は高い。移民排斥を掲げるトランプ氏と異なる、包摂的な政策を示すべきである。

外交もバイデン氏の協調路線を継承するとしている。ハリス氏はイスラエルのネタニヤフ首相との会談でガザの民間人被害に深刻な懸念を示したが、軍事支援をやめるかは不明だ。

ウクライナ侵攻を続けるロシア、台頭する中国など、国際秩序は不安定化している。ハリス氏は国際協調を主導する具体策を早急に示す必要がある。

両候補による討論会は日程が折り合っていない。複数回実施して政策を競い合ってほしい。

米大統領選 中傷をやめ具体策を競え(2024年8月5日『信濃毎日新聞』-「社説」)

11月の米大統領選に向け、民主党候補にハリス副大統領(59)が指名されることが確定した。

共和党候補のトランプ前大統領(78)と争う構図が決まり、残り3カ月の短期決戦に入る。

米国社会に横たわる溝を広げたまま迎える大統領選である。

前回選はバイデン大統領(81)とトランプ氏の激しい中傷合戦に終始し、支持者間の感情的な対立が深まった。選挙結果を認めないトランプ氏支持者が連邦議会を襲撃する事態に至っている。

■深まる分断の中で

バイデン氏は就任時に社会の分断を克服すると宣言したが、排他的な空気はなおも濃い。

民主、共和両党支持者は感情的に鋭く対立している。新型コロナで経済が疲弊し、インフレも収まらずに経済格差は広がった。

トランプ氏は在任中、連邦最高裁の判事に保守派3人を送り込み、人工妊娠中絶を憲法上の権利と認めた判決を覆した。中絶の是非は米国を二分し続けている。

こうした社会の分断が、大統領選の対決構図にそのまま反映されている。

バイデン氏を継いだのは女性で黒人、アジア系のハリス氏。前回同様に白人高齢男性が争う構図は一変したが、トランプ氏の過激な言動は変わらない。ハリス氏のルーツに目を付け、人種差別的な発言で個人攻撃を強める。泥仕合が再現される恐れがある。

トランプ氏が演説中に銃撃され、異例の展開をたどる。事件の真相は分からないが、過度な中傷合戦が支持者をあおり、分断を修復不可能にしないか。暴力を容認するムードを高めないか―。

だからこそ必要なのは、冷静に真正面から、米国や世界を導く政策を論じ合うことだ。

■道筋を明確に語れ

「自由と慈悲の国家か、恐怖と憎悪の国家かを選ぶ選挙だ」。元検事のハリス氏は、議会襲撃など四つの事件で起訴されたトランプ氏を「重罪人」と見立てて攻勢をかける。

ハリス氏に求められるのは「反トランプ」の主張だけではない。その先に見据える米国像や自身の政策を伝えなければ、復調した支持率はすぐに剥がれ落ちよう。

米国の多様性を体現した存在であるなら、幾重もの溝をどう埋めるつもりか。米国社会に響くメッセージを発するべきだ。

富裕層や大企業を優遇しているとトランプ氏を批判するハリス氏自身は、中間層の生活向上に注力すると訴えている。

バイデン氏も中間層重視の立場だったが、長引くインフレで不満は収まらない。ハリス氏は政権の一員として責任をどう受け止め、どんな対策でインフレを抑えるのか考えを示してほしい。

副大統領として成果を上げたとも言い難い。担当した不法移民対策で指導力を発揮できなかった。外交経験の不足も指摘される。

そしてウクライナの戦火をどう終息させるのかも問われる。米国や世界を安定させる道筋を、国民や国際社会に向けて明確に語らなければならない。

トランプ氏は無軌道な言動を繰り返し、法人税所得税などの減税提案を乱発する。ノーベル経済学者16人は、返り咲けば「世界での経済的地位は低下し、国内経済も不安定化する」と警告する共同書簡を公表した。

財政規律を無視した減税によってインフレ再燃の懸念があると指摘している。自国産業を保護するために課すという高関税も、輸入品の高騰を招く。インフレを終わらせるとの主張に矛盾する。

■内向きなままでは

インフレ抑制のため、化石燃料を増産してエネルギー価格を下げるという。気候変動対策を軽視する姿勢は鮮明だ。バイデン政権の電気自動車(EV)普及策も就任初日に終えるとする。

「米国第一主義」を唱えて国際協調に背を向け、温暖化対策の枠組み「パリ協定」からは再び離脱する可能性がある。

ハリス氏を「過激な左翼」と決め付ける。副大統領候補に選んだバンス上院議員(39)も、ハリス氏を含めた出産経験のない女性らを中傷した過去の発言で、世論の強い批判を浴びている。

大衆迎合的な主張や内向きな姿勢が米国の利益になるのか。政策の中身を検証する論戦を望む。

トランプ氏は討論会で、選挙結果を受け入れるか問われると「公正で合法なら」と返した。議会襲撃事件の責任からも逃れ、民主主義の根幹を成す選挙を軽視する姿勢は変わらないように見える。

民主主義国の盟主を自任する米国が自ら機能不全をさらせば、求心力を失うばかりか、世界の民主政治が揺らいでしまう。世界の行方を大きく左右する選挙だ。

米大統領候補は政策を堂々と競い合え(2024年8月4日『日本経済新聞』-「社説」)

キャプチャ

バイデン氏の撤退を受け、米大統領選はハリス副大統領とトランプ前大統領が対決する構図に一変した=AP

米大統領選はハリス副大統領が民主党候補の指名を受けることが確定し、共和党のトランプ前大統領との対決が決まった。バイデン大統領の撤退で仕切り直しとなった選挙戦は11月5日の投開票日まで3カ月の短期決戦となる。

両陣営は討論会などを通じて政策を堂々と競い合い、どちらが超大国のリーダーにふさわしいのかを判断する材料を有権者に積極的に提供すべきだ。

81歳のバイデン氏から59歳のハリス氏へと世代交代が進み、民主党はにわかに活気づいている。世論調査の支持率は対バイデン氏で明白だったトランプ氏の優勢がそがれ、ハリス氏が持ち直す結果もでている。高齢によるバイデン氏の健康不安を懸念した支持層が戻ってきたとの分析がある。

民主党は複数の候補を競わせて後任を選ぶ選択肢をとらなかった。非常事態を受けてハリス氏をいち早く擁立し、挙党態勢の演出につなげた戦略はいまのところ奏功しているかに映る。

後任選びで党内対立が深まる展開を避けられたという意義だけではない。トランプ氏の暗殺未遂事件から続く大統領選の混迷を早く食い止めなければ、米民主主義がさらに傷つく恐れがあった。

ハリス氏は副大統領として不法移民対策などを担ってきた。とはいえ、経済や外交・安全保障政策でどんな考えを持っているかはそれほど知られていない。

それを明らかにする格好の機会が、両候補が直接対決するテレビ討論会だ。検察官出身のハリス氏は弁が立つとの評もある。精彩を欠く言動でバイデン氏の撤退につながった6月末の討論会をみればわかるように、振る舞いを含めその資質が厳しく問われる。

米大統領選の討論会は選挙戦終盤の9〜10月に複数回を開くのが通例だ。今回も同様の措置をとるのが筋である。

黒人女性のハリス氏はインド系移民の母親を持ち、米国の多様性を体現する。トランプ氏はこうした出自のハリス氏を「ずっとインド人だったのに突然、黒人になった」などとあげつらう発言をしている。このような人種差別的な言辞は許されない。

おりしも米景気は後退する懸念が強まってきた。欧州や中東の戦乱も収束には程遠い。こうした環境で、分断をさらに深めるだけの中傷合戦を米国の有権者は望んではいまい。


ハリス副大統領が描く未来(2024年7月25日『山陽新聞』-「滴一滴」)

米大統領選で現職のバイデン氏が撤退を表明し、後を託されたハリス副大統領が民主党候補となりそうだ。その晴れやかな笑顔を見て、一編の詩を思い出した

▼〈さあ、武器(アームズ)を置こう。たがいの体に腕(アームズ)をまわせるように〉。2021年1月、大統領就任式のために当時22歳の詩人アマンダ・ゴーマンさんがつづり、朗読した

「わたしたちの登る丘」(鴻巣友季子訳)

である

キャプチャ

▼直前には連邦議会議事堂への襲撃事件があった。トランプ前大統領の敗北を認めない者らが、やりやナイフを手に暴れる映像は忘れようもない。だが詩は鼓舞する。〈わたしたちは建て直し、歩み寄り、立ち直る〉

▼3年半がたち、被った傷はどこまで修復されただろう。民主党支持者と共和党支持者の考え方の差はますます広がり、真ん中で価値観の重なる部分は少なくなる一方と聞こえてくるが

▼人工妊娠中絶の是非などと並び、国を二分する論点には「表現の自由」もある。特に保守派の市民が有害と感じる本、例えば黒人差別の歴史をつまびらかにしたようなものを図書館から排除する運動が続いているとか

▼分断の融和を訴えるゴーマンさんの詩集でさえも一部学校で禁書になったというから驚く。ハリス氏はどんな言葉で米国の未来像を描いてみせるのか。大国のリーダーを選ぶのにふさわしい議論を期待したい。

「確トラ」から「ハリかも」(2024年7月25日『中国新聞』-「天風録」)

耳から流血しながらも拳を突き上げる―。銃撃された際、トランプ氏は力強いリーダー像を国民にアピールしてみせた。衝撃の事件は10日ほど前に起きた。その数日後、現職のバイデン大統領はコロナに感染して自主隔離に入る

▲対照的に映り、トランプ氏優位は決定的と見られた。型破りな前大統領が返り咲く場合に備え、日本でささやかれていた「もしトラ」の言葉。さらに「ほぼトラ」や「確トラ」へ進み、もはや勝負あったとする声まで

▲ところが潮目が変わる。大統領選を撤退する現職からハリス副大統領が後継指名を受けた。早速すごい勢いで求心力を高めている。陣営によると、1日で127億円もの献金が集まった。ハリウッドの映画スターたちも加勢する

▲78歳の前大統領が59歳の副大統領と争う構図になりそうだ。バイデン氏を「老いぼれだ」とののしった高齢批判は、ブーメランとなって今度はトランプ氏自身に刺さるだろう。初の女性大統領が誕生するかもしれない

▲凶弾に屈しない姿を見せた、たくましい候補へと吹いた風。一時は確トラの情勢が、ここにきてハリス氏が2ポイントリードとの世論調査もある。「ハリかも」に風向きは変わるだろうか。