不思議を科学する (original) (raw)

水面を滑るようにくるくると回っているミズスマシ。ミズスマシの大きさは種類によって異なりますが、体長7ミリメートル前後の黒い色をした水生昆虫です。昔は池や沼のよく見かけましたが、最近数を減らしており、絶滅危惧種になっています。

ミズスマシが棲む水面はとても危険。水草などがない場合、水面はまわりからよく見えるので天敵から見つかりやすいのです。そのうえ水面では上空からは鳥が、水中からは魚が襲ってくるので、油断ができません。

危険がいっぱいなのに何を好んで水面に棲んでいるのでしょうか。おそらくはエサが容易に得られるからだと思われます。水面に落ちてきた昆虫などをいち早く見つけて食べることができます。

水面で光が反射や屈折をするため、目が水上にあると水中は見えにくいし、水中にあると水上はよく見えません。特に水面が波立っている場合はさらに見えにくくなります。四方八方から襲ってくる敵を発見するためにミズスマシはどうしているのでしょうか。

昆虫の目は人と同じように2つですが、ミズスマシには目が4つあります。頭の上と下にそれぞれ二つずつ。頭の上についている眼は水面から出ていて、上空から襲ってくる鳥を見張っています。頭の下についている目は水面下にあって水中から近づいてくる魚を監視しているのです。そして襲われそうになると水中にすばやく逃げ込みます。

目が4つある魚というとアマゾン川の水面に棲むヨツメウオが有名です。名前が表すように目が4つあるように見えますが、実際は2つです。瞳孔が目の上側と下側に2つずつ、計4つのあるのです。それぞれの瞳孔を通してミズスマシと同じように水上と水中を見て、天敵である水鳥などが襲ってこないか警戒しています。

ミズスマシと同じように水面をすみかとする昆虫にアメンボがいます。水面をなめらかに動くアメンボですが、水中から魚が襲ってくると飛び跳ねながら一気に逃げていきます。毛のように細い足のどこにそんな力があるのかと不思議です。

ミズスマシ、ヨツメウオ、アメンボはいずれも昆虫などのエサが豊富ゆえに水面に棲んでいるのでしょう。しかし、いつも危険と隣り合わせです。そのため水面は、監視や逃避に特別な能力を進化させた動物だけが棲める場所になっているようです。

参考文献:アンヌ・スヴェルトルップ=ティーゲソン、昆虫の惑星、辰巳出版(2022)

失敗したり恥ずかしい出来事があったりすると、憂鬱な気分になり落ち込みます。それは月日が経つとともに薄れていき、ほとんど気にならなくなりますが、何かのきっかけで思い出すとまた気持ちが沈んでしまいます。

一方、人は重大な問題に直面したとき不安を感じます。問題がすぐに解決すればいいのですが、なかなかそうもいかず、落ち着かないに日が続くこともしばしばです。

こんなふうに憂鬱になったり、不安を感じたりすることが断続的に訪れてきます。毎日楽しい気分でいられたらどんなにいいかと思ってしまいます。できれば落ち込んだり不安を感じたりすることを避けたいのですが、なぜできないのでしょうか。すべての人の感情の中に大小の差はあれ落ち込みや不安があるのが不思議です。

調べてみると、これらには人が生きていく上で重要な役割があるそうです。

落ち込みがあることによって、人は冷静に状況の変化を把握できるようになり、今進行している計画ややり方を良い方向に変更することができます。それが人にとって利益をもたらし、損失の回避につながることになります。いつも楽しい気分だと自己抑制が効かなくなって、暴走してしまう恐れがあるのです。

また不安を感じることによって、危機的な状況に陥らないように、危険を予め回避することができるようになります。それによって身を守り、人の生存率を高めることにつながります。

このように落ち込みや不安は人にとってなくてはならないものなのです。そんなふうに考えると、落ち込みや不安をプラス思考で捉えることができ、それらが必要以上に大きくなることも避けることができるのではないでしょうか。

アメリカンフットボールや野球の選手がまぶしさを防ぐために目の下に黒いラインを塗ったり、黒いテープを貼ったりしているのを見かけます。アイブラックと呼ばれるのがこの黒いラインやテープです。

太陽光や夜の照明光が頬に反射して目に入るとボールが見えにくくなるので、アイブラックで反射光を減らすことにより、コントラス感度が上昇すると言われています。コントラスト感度とは、明るさの差を見分ける能力のことです。コントラス感度が上がればよりわずかな明暗の差を見分けることができます。すなわち、まぶしい太陽光や照明の下で、ボールが見やすくなる可能性があるということです。

頬で反射して目に入ってくる光は直接目に入ってくる光に比べてわずかです。視線を下に向けたときには頬での反射光が目に入りやすいかもしれませんが、視線を正面に向けているときに頬で反射して目に入射する光はどの程度あるのか疑問です。アイブラックにはボールを見えやすくする効果が本当にあるのでしょうか?

アイブラックの効果についてこれまでに行われた研究の中から、比較的信頼できると思われるニューハンプシャー大学のBenjamin R. Powersの実験を紹介しましょう。

実験ではアイブラックを塗った場合と塗らなかった場合のコントラス感度の差を調べています。被験者は18歳から33歳の男性18人、女性28人です。被験者の目の下0.5インチの位置に、2インチ×0.75インチの大きさの黒いラインが塗られました。コントラスト感度を調べるためにペリーロブソンチャートが使われました。ペリーロブソンチャートとは、白地の紙にアルファベットの文字が印刷されており、上から下に徐々に薄くなるように文字が配置されています。文字が薄くなると読みにくくなります。どのくらい薄い文字まで読み取ることができるかを調べました。実験は晴れ日の13:00~14:00屋外で実施されました。

アイブラックを塗った場合と塗らなかった場合では統計的に差があり、塗った場合にコントラスト感度が増すという結果になりました。コントラスト感度が上がるということは対象物を見やすくなっているということです。しかしその差はわずかで、貼った時のこのコントラスト感度の対数値(注1参照)が1.85、貼らなかった時が1.79でした。

上の二つの数値は、識別できる最も薄い文字を並べて見ても区別が難しいくらいの差です。ボールを捕球するときや打つときに、この差がどのくらい影響するか、または影響しないのかははっきりしません。仮に影響するとしてもわずかな差だと思われます。

注1:コントラスト感度の対数値=log(Lb/(Lb-Lo))

_Lb_:白い紙の部分の輝度

_Lo_:読み取ることができた最も薄い文字の輝度

参考文献

Benjamin R. Powers, Why Do Athletes Use Eye Black?, Inquiry Journal(2005)

ハキリアリはアメリカ大陸のアマゾンなどの熱帯地方に生息するアリです。蜜や虫を主食とする他のアリと違って、ハキリアリはキノコを餌としています。でも野生のキノコを採ってくるのではなく、自ら栽培をするという変わり者です。

ハキリアリはその名前が示すように、草木の葉や花を切って巣に運びます。自分より大きな葉を切り取り、長い行列を作って巣まで運ぶので、まるで切り取られた葉が動いているように見えます。巣に運んできた葉や花を細かく砕き、それに菌を植え付けて餌であるキノコを栽培するのです。このキノコを食べて女王アリは卵を産み、幼虫は成長します。

餌となるキノコを栽培するということは農耕をしていることになります。狩猟や採集をしていた人類は約1万年前に農耕を始めました。ところが、ハキリアリはなんと5000万年前から農耕をしていることになります。

ハキリアリは農耕だけでなく、土木作業もします。切った葉や花を運びやすいように、採集場所から巣までの通り道に生えている草などを刈り取ります。つまり道路の整備をしているのです。

人が一か所に定住し、農耕を始めたことが、やがて文明の発生をうながしました。農耕の始まりは人類が高度な文明を築き上げる上で重要な一歩だったわけです。しかし、人類よりもずっと早くに農耕と土木作業を始めた動物がいるということ、そしてその動物が人よりずっと下等だと考えられているアリであることは、奇跡のような気がします。

農耕により、安定して餌を得ることができるハキリアリは、アメリカ大陸で繁栄を誇る動物の一つとなっています。ただし今のところ文明を築くには至っていないようですが。

タケはよく見かけるけど、タケが花を咲かせるところを見たことがある人は少ないのではないでしょうか。それは、日本のマダケやハチクは120年ごと、モウソウチクは67年ごとにしか花を咲かせないからです。タケはイネ科の植物で、イネの穂のような花を咲かせます。

タケは通常は地下茎を伸ばし、タケノコで増えていきます。したがって、竹林のタケ全体は地下茎でつながっています。タケノコが肉厚で柔らかく、好んで食べられているモウソウチクは、竹林全体のタケが一度に花を咲かせます。なぜ一度に花を咲かせるのでしょうか。

一度に花を咲かせると、たくさんの種が一度に実ります。タケの種を食べるのはネズミですが、量が多いと食べきれず、一部の種を残します。そうすると残された種が発芽し、次の世代につながるのです。

さらにモウソウチクは実を付けた後、すべて枯れてしまいます。そうすると、その場所は日がよく当たるようになります。芽吹いた子供のタケは、日の光を十分受けてよく育つことができるのです。10年もすると元のような竹林が形成されます。

親のタケは自ら一斉に枯れることにより、子どものタケに良い環境を残します。次の世代を育てるためには、潔く身を引くことが大切なのかも知れません。

月は太陽の光を反射して光っているのに太陽よりも黄色く見えます。これは月の表面の岩などが、波長の短い青い光をあまり反射せず、波長の長い黄色い光や赤い光をたくさん反射するためです。惑星も月と同じように太陽の光を反射して光っているため、惑星の表面の物質によってその色が決まってきます。例えば火星は、表面に酸化した鉄が含まれるので反射した光は赤色です。

物体に当たった光に対して反射する光の割合を反射率と言います。月の表面は黒い玄武岩などで構成されていて、反射率は低く、約7%です。この反射率が月の明るさを決めています。一方、地球の反射率は30%くらいです。もし、月に水があり、その一部が雲で覆われていると反射率は地球と同じように高くなり、今より約4倍明るい月になります。

一方、月から見た地球の大きさは、地球から見た月の大きさのおよそ3.7倍、面積で13.5倍です。面積と反射率を合わせて考えると、月から見た地球は地球から見た月より50倍以上も明るいことになります。満月による地球表面の照度は約0.2 ルクスですが、満ちた地球による月表面の照度は約10 ルクスです。10 ルクスというと夜間の道路照明によって照らされた路面の照度くらいであり、新聞の文字も十分に読めます。月は地球によってとても明るく照らされているのです。

月から地球を眺めると、海は青く、陸地は緑や茶色に、雲に覆われている部分は白く見えます。海や陸地より雲の方が太陽の光をたくさん反射するので、雲にたくさん覆われているほど地球は明るく見えます。

月から見た地球も地球から見た月と同じように29.5日で満ち欠けを繰り返します。月から見た地球が地球から見た月との最も大きく違うのは、時刻によって動かず、いつも同じ場所に見えることです。それは月の自転と公転が同じためです。月はいつも同じ面を地球に向けているので、半分の面からしか地球を見ることができません。地球が月の空のどの位置に見えるかは月の場所によって異なります。図の月面の位置Aから見える地球が天頂近くです。また、月面の位置Bからはいつも地球が地平線近くに見えます。同じ位置で29.5日をかけて満ち欠けを繰り返すのです。したがって月では、「地球の出」や「地球の入り」はありません。

なお、月には大気がないため昼間でも空は真っ暗です。地球で昼間空が明るいのは、太陽光が大気で散乱され、その散乱された光が人の眼に届くためです。

図 月からの地球の見え方

多くの動物の眼は、頭の正面か側面についています。

他の動物を餌とする動物を捕食動物と呼び、捕食動物の餌となる動物を被食動物と呼んでいます。目が頭の正面についているのはライオンのような捕食動物です。目が正面についていると二つの眼の視野が重なり、立体視ができます。立体視によって獲物まで距離を把握することができると、獲物を捕らえるのに有利です。

眼が側面についているのはシマウマのような草食動物であり、被食動物です。眼が側面についていると二つの眼の視野の重なる範囲が狭くなり、立体視ができにくく、距離を上手く測ることができません。しかし、二つの目でとらえることができる視野が広く、真後ろを除いてほぼ全周が見えています。視野が広いと天敵の捕食動物を早く見つけ、逃げることができます。被食動物にとって、敵までの距離を知るより、存在を知ることが重要なのです。

動物の中には目が頭の正面や側面でなく、上についている動物がいます。例えばワニがそうです。眼が上についていると、体を水中に隠し目だけを水上に出すことで、水辺に近づいてくる陸上の獲物に気づかれずに待ち伏せをし、捕らえることができます。

魚のなかで目が頭の上についるのがヒラメやカレイです。海底の砂や泥に身を隠し、ワニと同じように目だけを出して小魚などの獲物を待ち伏せします。

ワニの眼のもう一つの特徴が、瞳孔がネコのように縦長のスリット上になっていることです。スリット状の瞳孔はその大きさを変えやすく、目に入ってくる光の量の調整範囲が広くなります。薄暗いところから非常に明るいところまで対応しやくなります。しかしその代わりに、ピントの合う範囲が狭くなるのが欠点です。

一方、人やライオンの眼の瞳孔は円形です。円形の瞳孔は大きさを変えられる範囲が狭くなりますが、明るいところでは瞳孔の大きさが小さくなり、ピントの合う範囲が広くなります。

追いかけて狩りをするライオンなどは広い範囲にピントが合っていた方が獲物を捕らえやすくなるので、円形の瞳孔が有利です。待ち伏せ型の捕食動物であるネコやワニは、ある距離まで獲物が近づいてくるのを待ち一気に襲うので、その距離にピントが合っていれば狩りができます。つまり待ち伏せ型の捕食動物の瞳孔はスリット状でも不都合はありません。

捕食動物の種類によって狩りの方法はまちまちです。しかし、このように目のついている位置や瞳孔の形から、狩りの方法をある程度知ることができるのです。