サイボーグ出生奇譚 (original) (raw)

リンク Apple Music P-MODELの"サイボーグ" P-MODELの"サイボーグ"をApple Musicで聴こう。1985年年。時間:3:32

Susumu Hirasawa @hirasawa

書道家、平沢峰石のつてで海岸まで数メートルの場所に建つ一軒家を借りられるというのでそこで曲を作ろうと思い立ったのだ。 真夏だ。 同じ真夏のビーチでもまったく爽やかでなく、かつ軟派な風情も無く、難解で、冒頭から「諦めに行こう」などと唸る都都逸が生まれえることを主はお示しになられた。

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海岸沿いの一軒家と言えば聞こえはいいが、夜になると発覚するその惨憺たる隣人の仁義なき発狂。 端的に申し上げますとチン▽ピラ■ヤ〇クザが毎夜のごとく酒盛りとカラオケでどんちゃん騒ぎするため、家主が逃亡した一軒家であった。

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その当時、曲を作ると言えば物々しい機材を持ち込むのだろうと想像される時代。だがデジタルの人民解放の入り口にあった時代でもある。 私はたった一大のオールインワンシンセ CASIO CZ-5000を持ち込んだだけだった。 お隣は一升瓶と割りばしと茶碗で奏で、私はCZ-5000を奏でた。

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CZ-5000という機材。デジタルシンセ黎明期の魑魅魍魎から脱却の兆しを見せていたうえに、デジタル技術をフルに生かして複数トラックのMIDIレコーダーを備えていたため、一台でOKの使えるミニマリストであった。

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サイボーグの建築に先立ち、この機材がどれほど「使えるデジタルシンセ」なのかを「お仕事」で検証した。 「使えるデジタルシンセ」という言葉は「使えないデジタルシンセ」に腹立ちを覚えた人間にはウケる言葉だった。 まじ、つかえねー。が勢ぞろいしていた時代。

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つまりこういうことだ。 当時CMの録音では山ほど楽器を積み上げ、スポンサーに「どうです?すごい装備でやる気まんまんでしょ?」と、機材で威圧して予算を獲得するみたいな物量主義が主流であった。 その日のスタジオはまるで TESLA モデル 3の室内のようだった。

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「バックをですね、あのがっちりデジタルで固めてですね、あのその上にシンプルなピアノ一本乗せるみたいなのがけっこう新しいアレンジなんですよね」 とか言っちゃってるプロデューサー。 シンプルなピアノなのね。 そんな風にCZ-5000は修羅場をくぐってきた。

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CZ-5000の脆弱な筐体は運搬時に生じるわずかなねじれで基盤のどこかに亀裂が入り音が出たり出なかったりするようになる。 浜辺の家屋に設置されたCZ-5000は底面の二か所にゲタを履かせてねじれを生じさせ基盤の割れを一時的にごまかしながらの作業だった。

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それから先の数日間はレコード会社の担当者やプロデューサーに聞かせるデモ歌を歌うための仮歌詞 を作る作業に変更した。 曲のタッチをつかんでもらうために仮の歌詞で歌ったデモはたびたび作られる(私の場合)。 お偉いさんたちはなるほどと言ってアルバム全体の雰囲気をつかむのだ。

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しかし、仮歌のデモというものは諸刃の剣なのである。 「なるほど、こういう曲か」と感触をつかんでもらうのは良いが、仮の歌詞から離れられなくなり、本歌詞に違和感を感じ、元に戻してほしいと、とんでもない理不尽なことを要求されることがあるのである。

Susumu Hirasawa @hirasawa

その後はプロデューサーと大もめである。 「いやいや、仮歌のインパクトがすごすぎるんでね、あれどうしても生かしたいよね」 「コミックソングじゃないんですけど。そりゃふざけて作ったんだからインパクトはあるでしょうけど」 お偉いさんはすぐ「インパクト」と言う。