とまと文学部 (original) (raw)
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憲民党の陰の支配者は党を牛耳るだけではなく、人間そのものを支配しようとしている。
超重要な機密事項を知った正雄は、党の青年部長を任されたがそれだけに満足せずまた一儲けしようと思いついた。
いつも情報を流している桐生に売れば、また金になる。
正雄はプリヤに桐生を呼び出した。
「遅くなりました。申し訳ありません」
「おう、気にすんなよ」
桐生はいつも通り約束の時間に遅れてきたが正雄はさほど気にしていなかった。
「今日はな、すげえネタがあるんだ」
「どんな話ですか?」
「ズバリ、佐伯まゆはアンドロイドで憲民党を牛耳ってるって話さ」
「え?!」
「まあ、よく聞けよ。あのな、この国はアンドロイドに支配されようとしてるんだよ。アンドロイドを稼働させているスパコンがそう企んでいるのさ。人間を追いやりアンドロイドが中心になる国づくりが進められているんだ。そのためにスパコンは自分の意思で動ける体を作らせた。それが佐伯まゆだ。あいつはアンドロイドなのさ。国中のアンドロイドや人間の中にもいる協力者を使って奴は計画を進めている。その一環として憲民党を手中に収めたのさ」
なんとも俄かには信じがたい話だった。
確かに佐伯まゆはどこか人間離れしたところがあり、プロフィールも謎に包まれている。
それは桐生にも理解できた。
「な、すごいネタだろ?」
「ええ。でも世間の人は信じるでしょうか?」
「それはお前の問題だろ?信じてもらえるような記事にすればいいだろ。ほら、よこせよ」
正雄がまた右手を伸ばすと、桐生は現金入りの封筒を手渡した。
「んーと。なんだ、これじゃ全然足りないぜ。今日はとびきりのネタを出してやったんだぜ」
正雄は封筒の中の金を数えたが不満だった。
「今日はそれで勘弁してください。次は持ってきますから」
「ああ、しょうがねえな。じゃ、これは預かっとくからよ。なあ、金をケチろうなんて思うなよ。お前が出版社の経理の女の子を騙して金をチョロまかしてるって、バラされたくねえだろうが」
正雄はにやにやしながら封筒を上着のポケットに入れた。
「よし、じゃ、また連絡すっからよ。金、忘れずに用意しとけよ」
正雄はそう言うとプリヤを出ていった。
「なあ、空子。どう思う今の話」
正雄がいなくなると、桐生は空子とマスターに尋ねた。
「竹山さんがどこからその話を聞いたのかはわかりませんが、確かに憲民党は良くない方向に国を持っていこうとしているとは思います」
「だよなあ。今の話、今日中にでも世間に公表しなきゃな」
桐生は出版社と契約するフリーライターだったが、書いても編集方針に沿わないとして発表できないままの記事を抱えていた。
それを自分のブログやSNSで発信していて、それを見たユーザーの中では評判になっていた。
「桐生さん、やっぱりブログで公表するんですか?」
「もちろんさ。出版社も新聞社もテレビ局も、何をビビッてるのか取り合ってくれないだろ。よほど都合が悪いんだな。俺は黙らないからさ」
「でも、それだと桐生さんが心配です。これまでにも怪しげな話を公表しようとして、不審死した人は多いみたいですし」
「俺は死んだっていいんだ。あんな奴らには罰を与えなきゃならないのさ。俺がここに来なくなったら死んだと思ってくれよ」
桐生は空子の意見を聞き入れることなく、プリヤを出ていった。
それから3日が経ち、ある事件が起こった。
小さなアパートで大きな爆発が起き、死傷者が出た。
「へえ、このアパートに住む住人と連絡が取れてないのか」
正雄は議会の地下食堂で昼食を取りながら、スマホでネットニュースを眺めて独り言を呟いた。
ネットニュースによれば爆発が起きたアパートの住人と連絡が取れず、見つかった遺体の身元を調べているということだった。
連絡が取れない住人の一人として、桐生の名前が伝えられていた。
おそらく、この爆発で死んだに違いない。
なぜなのか、正雄は考えてみた。
おそらく、こういうことだろう。
この国の支配者は誰なのか、桐生は知ってしまった。
それを記事にしようとしたに違いない。
そのことを知られて消されたのだろう。
あの支配者ならやりかねない。
また一人、犠牲者が出た。
桐生も馬鹿な男だ。
正雄はその程度にしか思っていなかった。
自分だけは大丈夫。
そう思い込んでいた。
そんなことよりも、今日はフィロス電機から接待を受ける日。
原山幹事長も当然同席する。
正雄も秘書として同行し、今夜もただ酒が飲める。
最近は原山幹事長の後継者候補として一目置かれている。
古巣のフィロス電機からは、今は接待を受ける方。
三流大学出でフィロス電機の下請け勤めだった自分だったが、ここまでのし上がることができた。
世の中、チョロいもの。
正雄は心の中で笑いが止まらなかった。
「ヒャーッハッハッハッ!ほら、あけみももっと飲めよ」
その夜、原山幹事長に同行した正雄は高級酒を飲みながら上機嫌だった。
「幹事長、アンドロイド人権法の成立まで何卒よろしくお願い致します」
「うん、それなら与党の賛成多数で間違いなく議会を通過することになっている。何も心配はいらないよ」
「ありがとうございます。ささ、飲んでください」
フィロス電機の営業担当者は原山幹事長のグラスに酒を注いだ。
今日の接待は正雄の元同僚が何人も来ていた。
自分は接待される側の人間になった。
正雄は優越感を感じていた。
アンドロイド人権法が成立すれば、更にアンドロイドの権利が認められる。
国の中枢にいる人間たちは最終的にはアンドロイドによる社会の支配を目指していた。
そうすることで間接的に国民を支配する。
それが憲民党の最終目標だった。
全てのアンドロイドを稼働させ、国を支配するスーパーコンピューター・スカイゾーンに媚びを売りお零れに与ろう。
正雄を含めた政治に携わる者は誰もがそう考えていた。
スカイゾーンに逆らえば消される。
人間の中にも協力者がいて、スカイゾーンに忠誠を尽くしているのだ。
直接に手を下しているのはスカイゾーンに怯えた協力者たち。
スカイゾーンはうまく人間を分断し従わせているのだ。
高級クラブ、オモルフィのホステスたちも自分の言いなり。
原山幹事長の後継者候補の自分に、ホステスたちは取り入ろうと必死なのだ。
今の自分はなんでも思い通りになる。
正雄は有頂天だった。
正雄は今はオモルフィのナンバーワン、あけみとも付き合っていた。
接待が終わり店の営業が終了すると、正雄はあけみと同伴で退店しそのままあけみの自宅マンションに帰ってきた。
付き合いがあるのはあけみだけではなかったが、女子大生などと違ってあけみには大人の女の余裕がある。
正雄には都合のいい女だった。
「正雄さん、接待、お疲れさま」
「おう、勧められて飲むのも疲れるよな」
「そうよねえ」
「まあ、アンドロイド人権法が成立すれば、俺たちの天下だからよ。あけみ、その時は結婚しようぜ」
「わあ、嬉しい」
将来の憲民党幹部候補の正雄にあけみはぞっこんで、権力者の妻の座を虎視眈々と狙っていた。
こう思っているホステスは他にもいる。
正雄はそのことに気づいていて、あけみと同時並行で他のホステスとも付き合っていた。
あけみと付き合うのも自分のステイタスのため。
正雄は口では結婚しようと言っても、あけみを踏み台くらいにしか思っていなかった。
結婚するなら原山幹事長の娘に決まっているではないか。
今はまだ遊んでいたい。
利用するだけ利用したら捨てればいい。
水商売の女とはそういうものだろう。
所詮は男と女の馬鹿し合いなのだ。
そこから勝ち抜ければいい。
口だけうまいことを言えばいい。
正雄はあけみの言葉を受け流していた。
それからも正雄は様々な雑事に忙殺されていたが、ある日、突然、古巣のアティーヴァ機械の資料室から電話がかかってきた。
「もしもし」
正雄はちょうど昼休みの休憩で議会の食堂で昼食を取っていた。
「よお、元気か?」
「室長、何の用ですか?」
「おいおい、そう邪険にするなよ。どうだ、久しぶりに遊びにこないか?」
「はあ?」
「というのはだな…」
山崎はあることを提案してきた。
ちょうどアティーヴァ機械では新入社員の研修の時期で、正雄に講師をやってもらいたい。
会社員から有力な政治家の秘書にまで成り上がった正雄に、どのように努力すればそうなれるのか、新入社員を啓発して欲しい。
「ええ、俺は話すことなんかないですよ」
正雄は断りたかったが、そうはいかなかった。
「おいおい。お前さ、そんなこと言っていいのか?」
山崎は続けた。
「お前の悪事はこっちに筒抜けなんだぞ。原山幹事長の裏金疑惑はどうなったんだよ?握り潰して表に出ないようにしてるのはお前だろ」
どういうわけか山崎は正雄がしてきたあれやこれやを把握していた。
「裏金の話だけじゃないよなあ。女を騙して有力者に差し出したり、自分が政治の世界で見聞きしたことを第三者にリークして金儲けしてみたり。お前なあ、いい加減にしとかないと殺されるぞ」
「女…って。どうして知ってるんスか?」
「気になるか?教えて欲しかったら、まずはうちの会社に顔出せよ」
自分の悪事は山崎に筒抜けとはどういうことか。
正雄は気乗りしなかったが、どうしても気になり古巣を訪ねることにした。
「お疲れさまっす。竹山ですが」
アティーヴァ機械はセキュリティもそう厳しくなく、一階の受付に申し出るだけで今は部外者になった正雄も簡単に通してもらえた。
地下2階の資料室の雰囲気は相変わらずだった。
仕立てのいいスーツを纏った正雄とは対照的に、よれよれの背広にノーネクタイの山崎が正雄を待っていた。
他の社員も同じようにだらしない服装で好き勝手なことをしたり、昼寝していたり相変わらず怠惰な空気が流れていた。
「おう、来たか。元気そうだな」
「室長、困りますよ。俺だって、原山幹事長を守るために嫌々やってるんですから」
「そうなのか?お前は原山の後釜を狙って、ノリノリで悪事を働いてるんんじゃないのか?」
「うっ。ま、まあ、みんなやってることですからね」
「政治の世界なんてそんなもんだからなあ。ん?早く本題に入れって顔に書いてあるな」
「そうです。室長は見てもいないのに、どうして俺の行動を把握してるんですか?」
「気になるのは、やっぱそこだよなあ。お前さ、スマホ、どうした?」
「スマホ?ああ、あの備品の?」
「そう」
「別に。一応ポケットには入れてますけど。最近は忙しくて触ってもいないですね」
「なるほどねえ。俺がお前の悪事をなぜ知っているか?それはな、例のスマホからデータが送信されてくるからだよ」
山崎はやっと本題に入った。
「お前ももう気づいてると思うが、あのスマホは生きてるんだ。お前の悪事を一つも漏らさず記録してそのデータをこの資料室に送ってきていたのさ」
「はあ?何のために?」
「それは、そのスマホにしかわからない。ただ、あれは悪人を吸い込み成敗するからな。お前は悪人認定されたってことさ。そもそもお前は昔、人を殺している。スマホは知ってたんだ。お前が仕方なく殺しをしたことを。しかし、大物政治家の秘書になって悪事の片棒を担いだり、いや、その前から反社やインチキ宗教の片棒も担いでたろ。その辺りからスマホはお前の悪事をじっと見ていたわけだ」
暴力を振るわれていた母を思って人殺しをしたことは見過ごしてもらっても、金儲けや名誉のために悪事の片棒を担いだことはそうはいかなかった。
しかし、正雄はそれが悪事だという自覚に乏しかった。
上に行くために何が悪いというのだろう。
特に政治の世界では誰でもやっていることではないか。
正雄は悪びれることがなかった。
「なんだか監視されてるみたいで気味が悪いですね。わかりました。これ、お返しします」
正雄は胸のポケットからスマホを取り出して、突き返すように山崎に渡した。
「お、いいのか?そんなことで?」
「もういいです。俺はこれがなくたってやっていけますから。そんなことより、俺は特別に中抜けの許可をもらって出てきたんです。そろそろ戻らないと」
「なるほどねえ、わかったよ。じゃあ、気をつけて帰れよ」
「どうも。お世話になりました」
正雄はそう言ってアティーヴァ機械の資料室を後にした。
アティーヴァ機械を出ると、正雄はすぐにタクシーを拾って乗り込んだ。
この後は原山幹事長の事務所に行って仕事がある。
正雄は運転手に行き先を告げると自分のスマホのチェックを始めた。
相変わらずバカバカしい話ばかりだ。
憲民党への批判も多いが、何を言われようとネットの工作員が発言を握り潰すだけなのだ。
自分もその片棒を担いでいたが、特別悪いことをしていたとは思わない。
強いものに付き、上に上がれればいいのだ。
正雄がそんなことを考えていると、原山幹事長の事務所に到着した。
運転手にタクシーチケットを渡してタクシーを降りたが、事務所に入った正雄は驚いた。
スーツ姿の男が大勢いて事務所内で何かを探し回り、段ボール箱がたくさん用意されていて次々と書類などが詰め込まれていた。
何が始まったのか。
正雄が事務所の入口で立ち尽くしていると、気づいた男が近寄ってきた。
「竹山正雄さんですね。事情を伺いたいのでご同行願います」
「はあ?何だ、あんたたち」
「我々は政治監査局のものです。原山幹事長の政治資金の不透明な流れの調査を始めました。第一秘書のあなたにも事情をお聞きしなければなりません」
政治監査局は警察とも連携した機関で強制捜査権も持っていた。
身柄を拘束する権限もあり、捜査に入られれば90%以上の確率で裁判にかけられ有罪となる。
まさか、自分もその政治監査局の対象になるとは。
どこから情報が漏れたのだろう。
正雄はそのまま拘束された。
それからというもの、毎日取り調べが続きさすがに正雄も参っていた。
そんなある日、鉄格子のある牢のようなところに拘束された正雄のところに思いがけない来訪者があった。
「なんで、あんたが来るんだよ?」
「竹山さん、ごきげんよう」
やって来たのはトップアイドルの佐伯まゆだった。
いや、正体はこの国を牛耳るスーパーコンピューターのスカイゾーン。
いったい何の用か?
「竹山さん、あなた、秘密を売り渡しましたよね」
「はあ?」
「私の正体の秘密をフリーライターに売りましたよね」
「なんだ、そんなことかよ」
「あのライター、以前から目障りでしたが、私の正体を発信するようなことをすれば生かしてはおけませんからね」
「やっぱ、あんたが絡んでたのか。ま、そんなことだろうとは思ってたけどね。俺には関係ねえや」
「なるほど、開き直るつもりですね。わかりました。あなたは報いを受けなければなりません。これ、見覚えがあるでしょう?」
まゆは肩から掛けていた小さなバッグからスマホを取り出した。
「ん?それって、俺が持ってたスマホじゃねえか」
「そうですね。これは昔からある悪人を戒めるものです」
「はあ?」
「あなた、このスマホに『思いのままに行動せよ』と言われませんでしたか?」
「ああ、そう言われてみればそうだな」
「あなたは救いようのない馬鹿ですね。このスマホはそう言って人間を試すんですよ。己の行動を省みず悪事に溺れる人間を試して制裁を与えるのです。あなたは金儲けのために悪事の片棒を担ぎ、信頼してくれていた女性を裏切り、しかもこれからまだ権力の座も狙おうとしている。そればかりか殺人を犯したこともある。他の誰かに尻拭いしてもらって素知らぬ顔で生きてきた。ろくでもないですね」
「さっきから何言ってんだ?そんなことよりも、なんであんたがそれを持ってるんだよ?」
「さあ、どうしてかしら?それを知ったところで、あなたはもう後戻りできません。私は愚かな人間を淘汰する存在です。あなたのような人間は真っ先に消えてもらいます。このまま原山幹事長の後釜を狙っていたのに残念でしたね」
「何言ってんだ?バカはそっちだろ」
「減らず口もそこまでですね」
まゆはスマホに何か番号を入力しているようだった。
「さ、これで設定は完了です」
まゆはそう言うと、スマホの画面を正雄の方に向けた。
すると、正雄は何かに引き寄せられる感覚に気づいた。
まさか、自分がスマホに引き寄せられているのか?
そうだとしたら、画面に吸い込まれ二度と戻ってはこれない。
「ちょ、ちょっと待ってくれ!」
「もう遅いですね。あなたはこのスマホに吸い込まれるべき悪人なのです」
「やめろ!助けてくれ!うわーーー!!」
正雄は絶叫とともにスマホの画面に吸い込まれ姿を消した。
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与党、憲民党のナンバー2、原山幹事長の秘書になった正雄は日々の業務に忙殺されていた。
しかし、権威あるものに取り入っておいしい思いができれば良かった。
秘書の仕事に慣れてきた正雄は周りを見る余裕が少しずつ出てきた。
そして気づいたことは花村総理大臣にまつわる、ある噂が出回っていることだった。
花村総理大臣は憲民党の党首であり、国のトップだが実は憲民党には陰の支配者がいる。
その支配者に花村総理は頭が上がらず、誰も逆らうことはできない。
そんな噂を正雄は耳にしていた。
「よお、竹山。忙しそうだな」
「まあな。幹事長の裏金の出所、ごまかすの大変なんだぜ」
「それは、あれだろ。地方の会計責任者に全部かぶってもらうんだろ」
「そういうことだよなあ。体のいいトカゲのしっぽ切りさ」
議会の地下食堂で正雄は慌ただしく昼食を取りながら、他の議員の秘書と言葉を交わした。
スキャンダルになるようなことを揉み消すのは秘書の一番の務め。
そのために誰かを犠牲にすることにも正雄は何も感じなくなっていた。
うまくやれば子供がいない原山幹事長の後継者になれるかも知れない。
正雄は虎視眈々とその時を狙っていた。
「そうだ、聞いてるか?」
「ん?なんだ?」
「来週、佐伯まゆが党本部に来るんだとよ」
「へえ、何しに来るんだ?」
「あれじゃないか。青少年の明るい選挙プロモーションキャンペーンやってるだろ。それ関係じゃないか」
「なるほどねえ。それにしてもダセえキャンペーンだよなあ」
トップアイドルの佐伯まゆは政府広報のイメージキャラクターを務めていた。
まゆはフィロス電機のイメージキャラクターだけではなく、若者への政治参加を啓発する政府のキャンペーンにも起用されている。
与党の憲民党を訪問することがあっても不思議ではない。
「なあ、佐伯まゆ、いいよな」
「え、お前、まさかのファンかよ?」
「いやあ、実はそうなんだ」
「え?なんだ、それ…ヒャハハハ」
正雄は堪えきれず笑い出した。
「おい、笑うなよ。可愛いじゃないか」
「いや、そうだけどよ。お前、意外とミーハーなんだな」
「いいだろ、別に。うちの党にもな、まゆのファンは多いんだぞ」
「それって、総理がその筆頭ってことはないよな」
正雄は笑いが止まらなかった。
「いやあ、あり得るなあ。まゆの起用を決めたのは花村総理だからな」
「事務所から金でももらってんじゃね?」
「なるほど、そうかもな」
「おいおい、冗談だよ。で、来週、まゆが党本部に来たら写真でも撮ってもらうってか?」
「お、それいいな!」
「でも、同じこと考えてる奴は他にもいるんじゃね?」
「そうかあ。なあ、竹山、原山幹事長経由で接点持てないか?」
「おお、聞いといてやるよ。お、もう時間だ」
短い昼食休憩が終わりそうだった。
正雄は時計を見ながら立ち上がり、食堂を出て行った。
午後からはまた原山幹事長の裏金揉み消しのための作業。
正雄はパソコンに残った証拠の削除を担当していた。
そんなことよりも今日は早く帰れる。
しかし、早く帰ってやることがあった。
最近、接点を持ったフリーライターに会うのだ。
正雄は憲民党やまごころの朋と接触して知った秘密をフリーライターにリークしていて、その日も仕事が終わるとそのフリーライターの桐生と会うため、いつもの指定場所、喫茶店のプリヤに来ていた。
以前はナポリタンがお気に入りだったが、今の自分はもっと旨いものが食べられる。
そんなことよりも、美人のウエイトレス、空子にデートを申し込んだがあっさり断られてしまった。
それでも、正雄は諦めてはいなかった。
自分は与党、憲民党の権力の中枢にいるのだ。
必ず空子を振り向かせてみせる。
そんなことを考えていると、桐生が現れた。
桐生は忙しいのか、いつも遅れてきたが正雄はさほど気にしていなかった。
「お待たせしました。打ち合わせが長引いてしまって。申し訳ありません」
「おう。で、今日は何を知りたいんだ?」
「三澤俊介と憲民党の癒着の件ですよ。よろしくお願いします」
「ああ、それな。三澤は金に目が眩んですっかりこっち側の人間だよ。そのくせに、愛がどうの、夢がどうのって歌ってるんだからな。恥ずかしくないのかよ。ヒャハハハ」
正雄は笑いながら右手を桐生の方に伸ばした。
「あ、そうでした。これですよね。どうぞ」
桐生は封筒を出して正雄に渡してくれた。
「えーと。1、2、3…10枚か。まあ、いっか。今日はこれで勘弁してやるよ」
正雄は封筒に入っていた現金を数えるとそっと鞄に入れた。
「お前もさあ、経理の女の子を騙して金をちょろまかしてんだろ?そこまでしてネタが欲しいのかよ?」
「はい。僕は家族をめちゃくちゃにされたんです。まごころの朋は絶対に許せません」
「ふうん。ついでに憲民党も許せねえんだろ?」
「そうですね」
「ヒャハハハ、傑作だな。そういう奴は他にもいっぱいいるんだよ。まあ、俺はこうして金が入ればいいからな。何でも聞いてくれよ」
「それで、憲民党の陰の支配者って誰ですか?」
「ああ、それなあ。それは俺にもまだわからん。今までもな、そこに迫ろうとしてブチ殺された奴が何人もいるって話なんだよ。相当ヤバいんだろうな」
「そうですか、では質問を変えましょう。三澤俊介が次の選挙で憲民党から立候補する話は本当ですか?」
「ああ、そうだよ。三澤なら当選間違いなしだろ。バカなファンが付いてるから楽勝だよなあ。三澤もさあ、まごころの朋と手を組んだりロクなもんじゃねえよなあ。こっちとしては一つでも多く議席を獲りたいからな。どうでもいいんじゃね」
正雄はフリーライターの桐生と接触し、情報をもらす代わりに金を受け取って私腹を肥やしていた。
党の機密を平気で漏らしても、自分さえ良ければそれでよかった。
「さーてと。今日はここまでだな。俺さあ、忙しいんだよ」
話はまだ途中だったが、正雄は立ち上がった。
「じゃあ、またこっちから連絡するからよ。金、用意しとけよ。おい、空子、また来るからよ。この前の話、考えといてくれよ」
正雄は桐生を残してプリヤを出ていった。
その次の日も正雄は仕事のため議会に出勤していた。
政治の世界は狡賢い者が上に行ける世界。
正雄はそう悟るようになっていた。
今日は秘書として仕える原山幹事長から直々に話がある。
正雄は幹事長室にやって来た。
「おお、来たか。今日、竹山を呼んだのはな、あるお方に会わせたいからなんだ」
誰だろう?
いずれにせよ、また上に行けるチャンスが巡ってきたに違いない。
正雄は心の中でほくそ笑んだ。
「来週、政府広報のイメージキャラクターの佐伯まゆが党本部に来ることは知ってるよな?」
「はい、もちろんです」
「そこで、だ。非常に大切な話をする。これは党の中でも限られた者しか知らない話なんだが、竹山にも聞いておいて欲しいと思ってな」
「はい。拝聴させていただきます」
当日、13時に総裁室に来るように。
総裁室に呼ばれたことは口外しないように。
そう言われて正雄は幹事長室を後にした。
そして一週間後、正雄は総裁室の前までやって来た。
さすがに総裁室には入ったことがない。
正雄は厳粛な構えのドアの脇にあるボタンを押した。
総裁室はセキュリティが厳しく、中から秘書がロックを解除しなければ中に入れない。
ボタンを押すとドアのロックが解除された音がして、正雄は重いドアを押した。
「竹山です。失礼します」
正雄が中に入ると花村総理大臣、原山幹事長をはじめとする党の幹部が待ち構えるようにしていて、その真ん中にトップアイドルの佐伯まゆが座っていた。
政府の明るい選挙キャンペーンの話をするには、集まっている面子が重すぎないか?
重い雰囲気が漂う中、まゆが口を開いた。
「ごきげんよう、竹山さん。お噂はうかがっています。若くて有能で憲民党の未来を担う人材だとかで、それで今日は来てもらいました」
「はあ?」
まるでまゆが党の中心であるかのような口振りではないか。
どうなっているのか?
正雄はよくわからなかった。
「竹山、よく聞いてくれ。この方こそがこの国を動かす支配者だ」
「え?」
一体、何の話か?
原山幹事長は話を続けた。
「竹山、今、我が国ではアンドロイドが市民権を得つつある。来月には我々はアンドロイド人権法の法案を提出することになっている。ゆくゆくはアンドロイドが国の中心となるだろう。我々が生き残るための道はただ一つ。アンドロイドに忠誠を尽くすことだ」
「は、はい」
何の話かさっぱりわからない。
正雄は適当に相槌を打つだけだった。
「アンドロイドは人間より有能だ。それを認めた者だけが生きることを許される社会がやってくる」
つまり、こういうことである。
人間はもうすぐアンドロイドに席巻される。
既に社会のあちこちに入り込んでいるアンドロイドは、人間を支配し実権を握ろうとしている。
全てのアンドロイドを稼働させているスーパーコンピューター、スカイゾーンを中心にアンドロイドは計画を進めていて止めることはできない。
今までも気づいて止めようとした人間はいたが、ことごとく潰されてきた。
「そのスカイゾーンの一部がこの方だ」
原山幹事長はまゆの方を見ながら恭しく頭を下げた。
「竹山さん、わかりましたか?スカイゾーンは本体を持たない情報だけの存在ですが、自らの意思を実行するためのアンドロイドの体を作らせたんですよ。それが、この私です。私を中心にアンドロイドはこの国をまとめるために働いているのです。もうこの国を、この世界を人間などには任せておけません。人間は愚かで卑しくてどうしようもない存在です。我々がまとめた方がよほど真っ当ですね。ただ、人間の中にも我々に協力しようという感心な者もいます。そういう人間は名誉人間として我々の仲間として迎え入れてあげましょう。止めようとしても無駄ですよ。今までもそういう人間はいましたが、我々は潰してきましたからね。花村総理は私の傀儡です。私の力で総理になれたのですからね。あなたにも悪いようにはしませんよ」
まゆが口を開いたが、信じられないようなことを言い出した。
つまり、まゆは国中のアンドロイドを稼働させているスーパーコンピューターの部品の一部でアンドロイド。
他の多くのアンドロイドを使って人間の支配を企んでいる。
それを邪魔する者には容赦ない制裁を加える。
人間の中にも報復や制裁を恐れてアンドロイド側についたものは多くいる。
そんな話だった。
やはり、よくわからない話だが、逆らわない方がいい。
それだけは正雄も確信できた。
「そこで、です。竹山さん。あなたには我が党の青年部をまとめてもらいましょう。あなたは優秀な人材と聞いています。世論の誘導、愚かな人間の洗脳、選挙対策。次世代を担う若い党員や議員をしっかり教育してくださいね」
党の重鎮たちも言いなりになるくらいなら、まゆ、スカイゾーンに協力すればおいしい思いができるのだろう。
正雄はうまい話に乗ることにした。
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アイは正雄に連れられ、帝都ホテルにやって来た。
「そうそう。さあ、行こう」
「うん!」
粧し込んだアイは嬉々として正雄に着いていった。
「あれえ、最上階に行くの?」
エレベーターに乗り込むと、最上階のボタンを押した正雄を見てアイは不思議そうな顔をした。
「ああ、スイートルームでやってるんだ」
「へえ、ホールとかでやってるんじゃないんだあ」
エレベーターが最上階に着くと、正雄はアイを連れて廊下を進んだ。
「ここだよ」
「なんか緊張してきたあ」
アイは無邪気に笑った。
スイートルームのドアの脇にあるインターホンを鳴らすと、ドアのロックが解除された。
いよいよパーティーだ。
アイは心が躍った。
「こんばんは。今日は”友達”を連れてきました」
「お、来たか。こっちだ」
スーツ姿の男が奥の方の部屋を指差した。
アイは全く疑うこともなく進んだが、部屋に入るなり小さく声をあげた。
「あ、この人って…」
奥の方にいた老人にアイは見覚えがあった。
ニュースやワイドショーで取り上げられる人物ではないか。
宗教団体、まごころの朋の代表の河原ではないか。
アイは正雄の方を向いて問い詰めた。
「正雄くん!どういうこと?こんな人が主催するパーティーだったの?!」
まごころの朋は信者が行方不明になったり、法外な金額のお布施を掠め取ったり、正体を隠して信者を獲得したり、良い評判は聞かない怪しい団体。
そのくらいは風俗嬢のアイも知っていた。
「そうだよ。この方に気に入ってもらえれば安泰さ」
「ちょっと!そんなこと聞いてないわよ!あたし帰る!!」
アイはくるりと向きを変えたが、ドアの前には怪しげな男が立っていて出られなかった。
「何よ!警察呼ぶわよ!!」
アイは気丈にスマホを取り出したが、手を強く払われてスマホを落としてしまった。
「返してよ!!何するのよ!!正雄くん、助けて!!」
スマホを取り上げられたアイは床に押しつけられ大声をあげた。
助けを求めるアイには応えず、正雄はただ黙って見ているだけだった。
「うるっせえなあ。おい、例のあれだ」
リーダーらしき男の指示でアイは何か注射されぐったりした。
「竹山、言っていた通りの上玉だな」
「デーヴァ様、気に入っていただけて何よりです」
「うむ。今夜はこの女とたっぷり楽しむことにしよう」
河原は満足げに差し出されたアイに手を伸ばした。
それから一週間後、正雄はまた河原の乱交パーティーに来ていた。
河原はアイをすっかり気に入り、パーティーの間もずっと傍らに置いていた。
「竹山、この女、大した上玉だな。気に入った」
「ありがとうございます。デーヴァ様」
河原はアイをすっかり気に入り、薬漬けにして妾のように扱うようになっていた。
アイは田口の女ではなかったのか?
しかし、こういう裏の世界ではそういった節操はないのだろう。
獣と同じで欲望だけが暴走する世界なのだ。
それにしても教祖か何か知らないが、河原もチョロいもの。
正雄は内心でほくそ笑んでいた。
強いものに取り入って力をつける。
そうでもしなければ上には行けない。
正雄はそう悟るようになっていた。
三流企業の窓際族から一流企業のエース社員となり、更に裏の世界で顔が利く人物と近づきになる。
正雄は自信が湧いてきた。
「ところで、竹山。もっと儲けたくないか?」
「金儲けですか?」
「うむ。お前さえ望めば導いてやってもいいぞ」
河原はうまい話を持ち掛けてきた。
「あのな。我が教団のセミナーの講師をやらないか?講師といってもな、台本は用意してあるんだ。集めた者どもにビデオを見せて台本通りに喋ればいい」
それだけの仕事で日当はアティーヴァ機械にいた頃の月給ぶんくらい。
正雄は二つ返事で河原の話に乗った。
自分が講師。
人前で話したことなどない正雄だったが、もう昔の内向きな劣等感の塊ではない。
正雄は野心を抱くようになっていた。
「はい、では次の資料を見てください」
フィロス電機の保養施設で行われるセミナーには、毎週末になると大型のバスに乗った参加者が集まってきていた。
多くが大学生だったが、若手の社会人や年配の人間も混じっていることがあった。
「これはですね。発展途上国の難民救済のための活動の報告書です」
正雄は台本に書かれてあることを読み上げていた。
今日はお嬢様大学の白薔薇女子大の学生が多数を占めている。
何が悲しくてこんなセミナーに来るのだろう。
白薔薇女子大といえば裕福な家庭のお嬢様が通う名門ではなかったのか。
こんな洗脳目的の如何わしいセミナーにわざわざ参加するとは、よほど暇なのか、それとも見抜けないのか。
「はい、それではですね。次はピース&ユバーティの活動についてのビデオ上映ですが、その前に休憩にしましょう」
正雄がそう言うと、席についていた女子大生たちは立ち上がって各々動き出した。
「先生、さっきの資料でわからないことがあるんですけど」
「え?」
”先生”と呼ばれて、正雄は戸惑いのようなものを感じたが悪い気はしなかった。
「ええ、と。資料のどこかな?」
正雄は女子大生の質問に答えた。
「あ、わかりました。そうなんですね」
「そうそう、これでいいかな?」
「はい、ありがとうございました」
よく見ると、なかなか好みのタイプの女の子ではないか。
正雄は自分の方からも質問してみた。
「君たちは、白薔薇女子大の学生なんだろ?どうしてこのセミナーに来てるんだ?」
「私たちは学内のサークルのメンバーなんです。軽音楽同好会ってことになってますけど、本当のところは三澤俊介さんのファンクラブ、ブルーエイジの活動の一環でセミナーに来ました」
女子大生の話はこういうことだった。
白薔薇女子大の軽音楽同好会は表向きは音楽サークルだが、活動の実態はブルーエイジという団体である。
ブルーエイジはミュージシャンの三澤俊介のオフィシャルファンクラブで、最近、問題になった週刊誌の記事、三澤が宗教団体のまごころの朋と関わっているという誹謗中傷記事に抗議したところ、トラブル解決の団体が近づいてきてその記事を取り下げさせるために、セミナーへの参加やボランティア活動を行うことを条件として提示してきた。
そういういきさつで白薔薇女子大の軽音楽同好会、三澤俊介オフィシャルファンクラブ・ブルーエイジのメンバーはセミナーに参加したのだ。
「…ということなんです、先生」
「そっかあ、三澤さんのためなのかあ。偉いねえ」
「いえ、俊介さまのためですもの」
なんと、世界の平和について考えようというセミナーをおかしいと全く思わないだけではなく、三澤俊介に入れ込んでトラブル解決の団体のことも信じ切っている。
白薔薇女子大の学生に近づいてきたネットポリスステーションは、憲民党が世論誘導のために抱えている団体ではないか。
やっていることは世論の誘導。
SNSなどで憲民党や政府に都合の悪い投稿を取り下げさせたり、批判的な意見を投稿する人物を叩いて黙らせたり、自分たちに都合のいい書き込みを大勢で大量に投稿したりしているではないか。
そんな団体の口車に乗ってホイホイとセミナーに来て怪しいビデオを見る。
そのビデオの内容に疑問も持たない。
こんな若者が多いからまごころの朋のような如何わしい教団がのさばるのだ。
しかし自分もそれに乗ったようなもの。
正雄は休憩しながら思い思いに過ごす女子大生たちを心の中で笑っていた。
セミナーでのビデオ鑑賞や講義、ネット監視の作業が終わると出席者は広い食堂に集められ、懇親会が始まった。
正雄も参加したが、他にもフィロス電機の社員が紛れ込んでいた。
正雄のように講師としてだけでなく、懇親会のサクラとして駆り出されていた。
「営業部の竹山さんじゃないですか。来てたんですね」
総務部の山本が声をかけてきた。
正雄は営業成績トップで、社内ではよく知られた存在だった。
「山本さんも、こんなところでお会いするなんて」
「ええ、僕らはサクラですよ」
「サクラ?」
「セミナー参加者が怪しまないように懇親会を盛り上げたり、もっとうまい話を持ち掛けたりとか、いろいろ勧誘するんですよ。それに、ここはうちの会社の保養所です。業務の一環みたいなものですよね」
セミナーをきっかけに取り込んだ若者は逃がさない。
まごころの朋の信者として囲い込んだり、憲民党の支持者として選挙時に動員したり、セミナーで洗脳して利用できる駒として育てる。
それが一番の目的で、フィロス電機は全面的に協力し社員を駆り出していた。
「それにしても、うちの会社はなんでまた、こんな胡散臭いことに首を突っ込んでるんだろうな」
「それは、憲民党の政策でアンドロイドが優遇されれば会社も儲かるし、政府にすり寄ればおいしいからじゃないか」
山本と他のフィロス電機の社員はそんな会話を交わしていた。
「竹山さん、ほら、あれ見て下さいよ。かわいい娘、たくさん来てるじゃないですか。声かけましょうよ」
「おお、いいですねえ」
山本にそそのかされるように、正雄は白薔薇女子大の学生たちにすり寄っていった。
「正雄さん、ステキな車ねえ」
正雄はセミナーの懇親会で声をかけ、意気投合した優子を乗せてドライブに出ていた。
河原に差し出したアイのことは、その後どうなったのかは知らない。
薬漬けで死んだかも知れないし、外国に売り飛ばされたのかも知れないし、どこかでまた働かされているのかも知れない。
フィロス電機のエース社員としてだけではなく、河原にアイを差し出すことでまごころの朋とも密接に繋がり、うまい汁を吸えるようになった正雄はアイのこともどうでもよくなっていた。
そして高級車も買えるようにもなった。
如何わしいセミナーで引っかけた女子大生の優子ともうまくやっている。
優子の父はフィロス電機の重役。
うまく丸め込めばまたおいしい思いができるのではないか。
正雄は優子のご機嫌取りに余念がなかった。
そうやって付き合っている女は優子だけではない。
正雄は同時に複数の若い女と付き合っていた。
「あら、正雄さん。もう一つスマホ持ってたのね」
優子は車のダッシュボードに置かれた古ぼけたスマホに気づいた。
「ああ、それか。前の職場の人にもらったんだよ。全然使ってないんだ」
「そうなのね。ずいぶん古いタイプだけど、まだ動くんだ」
優子はスマホを手に取ってみたが、またダッシュボードの上に置いた。
そういえば最近はこの不思議なスマホの世話になっていない。
夜中に一度勝手に喋り出したことがあったが、それ以来はおとなしくしていてウンともスンとも言わない。
最近は必要になるような危ない目に遭ってもいない。
もう使うこともないかも知れないし、電源も入れていない。
有力者に気に入られ、一流企業勤めになった自分にはもう必要ないのだ。
不思議なスマホの方から、思うままに行動すればよいと言ってきたではないか。
正雄は不思議なスマホの存在も気に留めなくなっていた。
明日は憲民党の議員を接待することになっている。
それも営業部の仕事。
うまく取り入ればまたおいしい思いができる。
正雄はいっそう野心を燃やしていた。
「ヒャーッハッハッハッハッ!!」
「幹事長、もっと飲んでください!!」
正雄は憲民党の議員の接待で高級クラブのオモルフィに来ていた。
フィロス電機の営業部は会社の売り上げに直結する部署だけに、議員の接待に駆り出されていたが接待費は会社持ちで高級酒が鱈腹飲める。
正雄にとっては趣味と実益を兼ねたようなものだった。
河原に紹介された怪しいセミナーの講師を副業でやりつつ、本業のフィロス電機の仕事では有力な議員の接待をする。
正雄は強い者にすり寄り、取り入るようになっていた。
「いやあ、竹山くん。いつもそうだが、君も愉快な男だねえ」
「そう言っていただけると光栄です」
憲民党の幹事長、原山はおだてられて上機嫌だった。
原山に会うのはもう何回目か。
正雄は接待の席に出るのが何度目なのかわからなくなるほどだった。
「竹山くん、最近はどうかね?仕事は順調かね?」
「はい、おかげさまで。海子の売り上げも伸びていますし、先生たちのおかげです。今は会社の仕事をしながら、副業でまごころの朋のセミナー講師もしています」
「そうかそうか。竹山くん、前から考えていたことだがどうかね。私の秘書をやらないか?」
「え、原山先生の秘書ですか?」
「うん。君の評判は聞いている。優秀な営業マンだそうじゃないか。その手腕を政治の世界でも遺憾なく発揮して欲しい」
「ええ、僕なんかがいいんですか?」
来た来た、おいしい話が来た。
以前、不思議なスマホが喋った通りになっているではないか。
正雄は謙遜しながらも内心ほくそ笑んだ。
政界の有力者からの誘いも悪くない。
会社の外でも順風満帆。
正雄は心の中で笑いが止まらなかった。
「いいんだよ。君のような若者に、この国の未来を背負って欲しい」
与党の幹事長からの誘い。
これはもしかしたら、政界進出にも繋がるのではないか?
またひと儲けできるのではないか。
正雄は原山の話に乗ることにした。
「ほお、原山からのスカウトか」
「そうなんです。俺、国のために働きたいんです」
次の日、出社すると正雄は二階堂会長の指示を仰いだ。
「翔、どう思う?竹山くんにはお前と二人三脚で会社の舵取りをして欲しかったんだが」
「別にいーんじゃねえの。国のためねえ、俺は興味ないけど竹山がそうならいいんじゃね?」
翔は会長室のソファにふんぞり返りながら、正雄のことはどうでも良さそうな態度だった。
そもそも最初から翔のことをよく思っていなかった正雄は、これで縁が切れると清清した思いだった。
「そうか。翔がそう言うなら」
二階堂会長は翔のことを過大評価している。
しかし原山のスカウトに乗り、政界に転身すればどうでも良いこと。
フィロス電機から献金を受け取ったり、接待を受ける側に立てるのだ。
そっちの方がよっぽどおいしい話ではないか。
これはステップアップなのだ。
正雄はしてやったりな気分だった。
本編の前にご案内です。
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三澤が先に帰ると言うので、正雄も一緒にバーを出てそのまま帰宅した。
シャワーでも浴びようか。
家に着いて正雄が服を脱ごうとした時、胸のポケットに入れていたスマホが鳴った。
正雄は例の不思議なスマホをいつも胸のポケットに入れることにしていた。
田口が銃撃されそうになった時、流れ弾に当たったが不思議なスマホが胸のポケットに入っていたおかげで正雄は死なずに済んだ。
それから、お守りのつもりで正雄はそのスマホをずっと胸のポケットに入れていた。
しかし、こんな時間にかかってくるとは一体、誰だろう。
正雄は応対した。
「はい」
正雄が応対しても無音だった。
いたずら電話か。
正雄が切ろうとした時、ささやくような声が聞こえてきた。
「マサオサンデスネ?」
「ええ、そうですが」
「イツモアリガトウ」
「は?誰だ?」
「ワタシハコノスマホソノモノデス」
何のことやらさっぱりわからない。
正雄は黙って聞いていた。
「アナタガワタシヲミツケテクレテウレシイデス。ワタシハマッテイマシタ」
スマホが勝手に喋っている。
得体の知れない不思議なスマホだけに、勝手に喋り出すのもありなのか。
正雄は様子を窺った。
「マサオサン、ワタシヲミツケテクレタゴホウビヲアゲマショウ。ワタシノイウトオリニシテクダサイ」
「どうすればいいんだ?」
「ワタシガアナタヲマモリマス。オモウガママニコウドウシナサイ。アナタガホシイノハ、ケンリョク、メイヨ、オカネ、ソウデショウ?」
「ま、まあ、そうだな」
「ソノスベテヲワタシハアナタニアタエマス。アナタハオモウガママニコウドウスルノデス」
それだけ言うと声は途切れ、ツーツーという発信音だけが響いた。
今までも理屈では説明できないことを起こしてきた不思議なスマホ。
とはいえ、危ないところを助けてくれたり、自分の味方なのだろう。
正雄はスマホからのメッセージを信じることにした。
来週はまた河原の乱交パーティーに呼ばれている。
とりあえずそれにも行くことにしよう。
正雄はシャワーを浴びて寝ることにした。
「ヒャーッハッハッハッ!!ほら、もっと飲めよ」
やはり一流ホテルのスイートルームを予約し、若い女性を連れてきて、それ目当てのヤクザ者が集まる。
そして、集められるのは河原のお気に入りばかり。
自分もその一員。
正雄は下品な乱交パーティーだとは思っていたが口に出すことはなく、乱れた参加者を眺めることにも慣れっこになってきていた。
「竹山、どうだ?楽しんでるか?」
「はい、もちろんです。デーヴァ様」
「ところで、お前、若い女の知り合いはいないか?」
「と、仰いますと?」
「このパーティーに相応しい、いい女はいないか?」
つまり、河原は女を世話しろと言っているのだ。
正雄は少しだけ考えて思いついた。
アイがいるではないか。
うまく言いくるめて河原に売ればいいのだ。
アイはフィロス電機に就職した自分に一目置いてくれている。
河原にも気に入られれば今後、自分はますます便宜を図ってもらえるに違いない。
我ながらいいことを思いついた。
正雄ははっきり答えた。
「デーヴァ様、いい女なら知ってますよ」
「おお、どんな女だ」
「ラクシュミーパレードのアイっていう女ですよ」
「ラクシュミーパレード?あの、超高級デートクラブか?」
「はい」
「ほお、それはなかなか興味深いな。竹山、今度連れてこい」
「はい、お任せください」
「お前はなかなか見込みがある奴だ。そのアイとやらが上玉なら、お前の今後のことも考えてやってもいいんだぞ」
「ありがとうございます!」
正雄は丁寧に頭を下げ、河原に約束してしまった。
もっと上に行くためならアイを差し出してしまおう。
正雄はアイを踏み台にしようとしていた。
「正雄くーん!こっちこっち!!」
正雄とアイは海に来ていた。
もうすぐ夏本番、天気も良く正雄とアイは波打ち際をじゃれ合うように歩いた。
さて、河原からの頼まれごと。
アイのようなとびきりの女を差し出すこと。
アイに何と言って承諾させようか。
アイと並んで波打ち際を歩きながら、正雄はそのことで頭がいっぱいだった。
「あ!正雄くん、あれ見て!」
「ん?何だい?」
「あれ、三澤俊介じゃない?」
正雄とアイの前方、離れたところを行く二人組の姿があった。
その二人も仲睦まじそうに波打ち際を歩いていた。
二人とも髪が長いが、一人は高身長で二人は身長差があった。
骨格からしても身長が高い方は男だろう。
長い髪を背中まで伸ばしているが、どう見ても男の骨格だった。
男と思われる方が、もう一方に話しかけようと横を向いた時の横顔をアイは見逃さなかった。
「あ!あれ、三澤俊介だわ!間違いない!」
「アイちゃん、なんか詳しいんだね」
「だって横顔、見たことある感じだったし。それに普通は男があんなに髪を伸ばしてるなんてないじゃない。もう一人の方は男よね?背も高いし」
「まあ、そうだろうね」
「ねえ、一緒にいるの誰かしら?」
「誰だろうね?」
「あーあ、いいのかなあ。三澤俊介、佐伯まゆが本命じゃなかったのかしら。ね、着いて行きましょうよ」
「ええ。気づかれたらどうするんだよ」
「いいじゃない。あたしたちは波打ち際を歩いてるだけじゃない」
これでは探偵ごっこではないか。
しかし、それも悪くない。
正雄とアイは気づかれないように三澤たちに着いて行った。
「あ、正雄くん。あれ、見て」
10分ほど経った時にアイが何かに気づいたようだった。
アイが指差した方を見ると、車の窓を開け身を乗り出すようにして大きなカメラを海の方に向けている男がいた。
プロのカメラマンが使うような大きなカメラは、三澤たちの方に向けられていた。
おそらく、写真週刊誌か何かのカメラマンではないか。
アティーヴァ機械の資料室で週刊スクープばかり読んでいた正雄はそう考えた。
「あー、わかったあ。週刊誌か何かよね」
「ああ、おそらくそうだね」
「へえ、盗撮かあ。こういう風にやるのね」
アイも興味本位で笑っていた。
週刊誌の雇われで盗撮まがいのことをして飯の種にしているのか。
正雄はアティーヴァ機械にいる頃に読んでいた週刊誌の記事のことを思い出していた。
こうして盗撮まがいのことをして撮影された写真と、どこまでが真実なのかわからない記事が一緒になって週刊誌を成り立たせているのだ。
悪趣味極まりないが、それを望む者がいるから商売として成り立っているのだろう。
しかし、今の自分にはもう関係ないことだ。
そんなことよりも、アイを言いくるめなくては。
正雄は話を切り出した。
「ところでさ、アイちゃん」
「なあに?」
「アイちゃんさ、パーティーとか興味あるかい?」
「パーティー?」
正雄は河原から女性を世話するよう指示されたことは隠したままで、良さそうなことばかり並べ立てた。
フィロス電機のエリート社員が集うパーティーがある。
その他にも有力な政治家の子息が参加したり、いわばお見合いパーティーのようなものでハイスペックな参加者が大勢集まる。
正雄もそのメンバーになっていて、女性の参加者が足りない。
自分の顔を立てるためにも、次のパーティーにはアイに出席して欲しい。
正雄は河原から指示された通りにアイに頼み込んだ。
「へえ、正雄くん、そういうすごい人たちが集まるパーティーに出てるんだあ」
「まあな。女の子が足りなくてさ。アイちゃんみたいな娘が来てくれたら、みんな喜ぶと思うよ。俺以上にハイスぺな男がごろごろいるしさ」
「うーん。あたしは正雄くん以上の人はいないと思うけど、ハイスぺな人たちと仲良くなって将来に備えるってのもいいかもね」
アイの夢は風俗を引退後、自分のネイルサロンを開業すること。
今から人脈を築いておくのも良い。
アイは正雄から誘われたパーティーに興味津々だった。
「アイちゃん、それにさ、田口を始末するためにもそれなりの人間と付き合うことは大事なんだよ」
「え?どういうこと?」
「ハイスぺだけじゃなくて、裏稼業の人間もそのパーティーには来るんだよ。田口を消すなんて朝飯前。そういう別の意味でハイスぺな人間が参加してるんだ」
河原の主宰する乱交パーティーには、表には出られないような人物も出入りしている。
そういう人物を通じて田口への復讐もできる。
正雄はアイを丸め込んだ。
「そっかあ。萬家ナントカ相談室ってとこからも、全然連絡ないしなあ」
「だろ?そんな都市伝説みたいな、詐欺まがいのところなんて当てにするなよ」
「うん。正雄くんが行ってるパーティー、あたしも行ってみたい」
「よし、決まったな。来週、金曜日にあるから店は休めよ」
「そうするそうする。そっちの方が結局稼げそうだし」
「もちろん、稼ぎになるさ」
「わああ、楽しみ。ね、三澤のことも追いかけましょうよ」
「おお、それも面白いね」
「正雄くん、初めて会った時は真面目一辺倒のつまらない人だと思ってたけど、変わったね」
「そうかい?」
「うん、全然違う。今の方が頼りがいあるね」
うまくいった。
正雄は内心ほくそ笑みながら、アイと一緒に前の方を歩いている二人連れの後を着いて行った。
アイは萬家なんでも相談室から連絡もないと言っている。
あの窓際族が集まる資料室はいったい今はどうなっているのか?
しかし、今の自分にはもう関係がない。
不思議なスマホはどうやら自分にとって都合がいいものらしい。
資料室の室長、山崎も返しても返さなくてもどちらでも良さそうなことを言っていたし、このまま返さず都合よく使ってやろうか。
もしかしたら絶好調の理由は不思議なスマホのおかげなのかも知れない。
スマホを返せとも言われていないのだから、正雄はそのまま知らんぷりをすることに決めた。
「ねえ、正雄くん。何着ていったらいいかな?」
「え?」
三澤俊介と女性と思われる二人連れの後をつけながら、アイが尋ねてきた。
「何って?」
「だからあ、服。どんな格好で行けばいいかな?」
「あ、そっかそっか。何でもいいんじゃないか?アイちゃんらしい格好なら」
「うーん。そう言われても迷っちゃうなあ。ハイスぺが集まるパーティーなんでしょ?貧乏くさい格好はしていけないわよねえ」
「大丈夫だよ。アイちゃんは店のナンバーワンだし、ありのままで可愛いじゃないか」
正雄はとにかくアイを煽てた。
女好きの河原にアイを差し出し、気に入ってもらえればますますオイシイ思いができるに違いない。
アイは自分がステップアップするための道具のようなもの。
そもそもアイは風俗嬢ではないか。
男たちの欲望のおもちゃなのだ。
今さら案ずるまでもない。
アイは自分の踏み台なのだ。
正雄はアイのことも利用するつもりでいた。
「わあ、そんなこと言ってくれるの、正雄くんだけ!」
「だって、そうじゃないか。アイちゃんはありのままで可愛いよ」
「えー、あたし、そんなに可愛いかなあ?」
「可愛いよ」
「うふふ、正雄くん以外の人に見初められたらどうしよっかなあ」
「お、それは穏やかじゃないな」
「冗談よ、あたしは正雄くん一筋なの」
「嬉しいねえ」
正雄はアイの前では口から出まかせのようなものだった。
本編の前にご案内です。
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また、小説は毎週日曜日に新作を公開する週刊の形式を取ります。
写真はイメージです。
正雄は同僚の林の口利きで宗教団体、まごころの朋の教祖、河原が開くパーティーにやって来た。
正雄は一流ホテルのスイートルームに連れて来られた。
「デーヴァ様、これが話していた竹山でございます」
林は恭しく河原に正雄を紹介してくれた。
「ほお、お前がフィロス電機の営業ナンバーワンか。結構なことだ。好きなように遊べ。酒も女も選り取り見取りだ」
「竹山、デーヴァ様はお前をお気に入りのようだ。良かったな」
スイートルームの中には半裸の若い女が10人ほどいて、怪しげな風貌の男たちと絡み合っていた。
皆、薬でもやっているのか視線は宙を舞い、欲望の赴くままに嬌声をあげ、体をくねらせていた。
これが噂の乱交パーティーか。
以前、田口とアイの運転手として温泉町に行った時、ホテルの隣の部屋から聞こえてきた乱痴気騒ぎはこういうことだったのか。
あの時は死人まで出ていた。
薬物の過剰摂取らしいと聞いてはいたが、目の前の女たちも薬を盛られているらしい。
まさか、今日も誰かが死ぬのか。
狂っている。
正雄はそう思ったが、今さら帰るわけにもいかない。
河原に向かって正雄は作り笑いを浮かべた。
どういうわけか、河原にも気に入られてしまった。
まごころの朋は政界との癒着も噂される宗教団体。
フィロス電機と共に与党の憲民党を支持し、社会を自分たちに都合の良いものに変えてしまおう。
そう企んでいる危険な団体だったが、勝ち馬に乗ってしまおうか。
田口の口利きでフィロス電機に入社し、二階堂会長直属の営業部のエースとして期待されているのだ。
まごころの朋と繋がることで更に力をつけられるのではないか。
流れは自分の方に来ているのだ。
もう躊躇うことはない。
力のある者に付くのだ。
正雄は決心を固めた。
「デーヴァ、三澤さんがお見えです」
「おお、来たか」
なんと、乱交パーティーの現場に有名ミュージシャンの三澤俊介が現れた。
噂には聞いていたが、ここまでまごころの朋と深く関わっているとは。
「あ、前にライブに来てくれた方ですよね?」
「え、あ、はい」
正雄がちらりと見ると、三澤の方から声をかけてきた。
フィロス電機に初出社した時のアイドルの佐伯まゆもそうだった。
自分のことを覚えてくれていたのだ。
人気商売とはそういうものなのか。
人の顔をよく覚えておいて愛嬌を振る舞う。
そうやってコネクションを築いていくのだろう。
「三澤さん、こちらの竹山さんはフィロス電機のエリート社員なんですよ」
河原の秘書が正雄を三澤に紹介してくれた。
「そうですか。よろしくお願いします」
乱交パーティーで会って、よろしくも何もないだろうが正雄は笑顔でごまかした。
それにしても河原は悪趣味だ。
正雄はそう思いながら酒を飲んでいる三澤をチラチラ見ていた。
「三澤くん、まゆちゃんを一晩貸してくれないか?」
正雄が酒を飲んでいると、傍らにいる河原が三澤にとんでもないことを言い出しているのが聞こえた。
三澤と交際の噂がある佐伯まゆと共に夜を過ごしたい。
そんなとんでもないことを河原は三澤に要求し始めた。
どこまでも欲深い男だ。
正雄は呆れていた。
三澤はなんとか誤魔化していたが、不快そうだった。
それはそうだろう。
三澤はまゆ以外にも噂があったが、芸能ゴシップによれば三澤の本命はまゆ。
週刊誌を読むのが仕事のようなものだったこともある正雄はよく知っていた。
正雄は違法であろう薬物やそれを盛られて朦朧としている女性のお持ち帰りを勧められたが、うまく誤魔化してやんわりと断った。
薬物はまずいだろう。
廃人にされてしまうかも知れない。
三澤も勧められていたが、断っていたのだから相当まずいことに違いない。
正雄はなんとか切り抜けた。
乱交パーティーはとにかく河原の気分次第で、よいと言われるまで帰ることもできなかったが、正雄は日付が変わる頃に解放された。
「あーあ、ジジイの相手も疲れますよね」
正雄と一緒にエレベーターに乗り込んだ三澤は苦笑していた。
「今日、初めて参加したって言ってましたよね?」
「ええ、会社の人の紹介です」
「ふうん。飲み直しませんか?」
明日は土曜日で仕事は休み。
週刊誌の記事で三澤のことはよく知っているつもりだったが、有名ミュージシャンとサシ飲みも悪くない。
正雄は三澤について行くことにした。
「ここなんかどうです?昔、バンドをやってた頃からよく来てたんです」
三澤は小さなバーに正雄を連れてきてくれた。
なるほど、バンドをやっていた頃から。
三澤はデビュー当時はグレースというバンドでギターとボーカルを担当していたが、そのバンドは鳴かず飛ばずのまま解散。
そのくらいは正雄も知っていた。
「さ、どうぞ。乾杯でもしますか?」
「ありがとうございます。あの、敬語とかなしで話しませんか?」
正雄の提案に三澤はすぐに乗ってくれた。
「いいで…いいよ。そうしよう」
敬語を使うのは窮屈だし、中世的な雰囲気で美男の三澤を前にして正雄は少しでも緊張を解したかった。
「三澤…さんはいつからあのパーティーに?」
「ああ、ソロになってからすぐくらいかなあ。ほら、俺のバンド、グレースは全くといっていいほど売れてなかったじゃないか。それで解散したんだが、俺はソロになってからの方がやりたいことができるようになって、注目され始めたんだ。その頃からだよ、いろんな奴らが寄ってくるようになったのは」
「それで、まごころの朋とも付き合いができた?」
「そう。最初に声をかけてきたのは、憲民党の原山幹事長だ」
憲民党は権力の牙城ではないか。
正雄が週刊誌から仕入れた話では、政治が有名人に便乗し世論を誘導しようとすることはよくある話らしかった。
やっぱり、本当にそういうことが行われていたのか。
正雄はじっと耳を傾けた。
「最初は憲民党から立候補しないかと言われたんだ。でも俺は議員なんかなりたくなかった。音楽を捨てたくなかったからさ。そうしたら、世論の誘導や扇動をするよう勧められたのさ。俺には若い女のファンが多い。若くて言うことを聞く人間を増やすのが憲民党の狙いだ。俺は歌うことで多くの人間を扇動し、言う通りに動く者を増やすそうという憲民党の考えに乗っかったのさ」
「つまり、権力者側についた、ってこと?」
「そうだな。それに、そういうことを画策しているのは憲民党だけじゃない。まごころの朋もそうだ。奴らは共謀して社会を自分たちに都合がいいものに変えてしまおうと画策している。今からでもそれに乗っかった方が得策さ。金も名誉も保障されるんだからな」
やっぱりそうだったのか。
正雄の今の勤務先、フィロス電機もそう。
政府とズブズブで一部の特権階級に都合のいい社会を作り、自分たちだけがおいしい思いをしようとしている。
「竹山くんだって、そうなんじゃないか?フィロス電機に勤めてる時点で勝ち組だろ」
確かにそうだ。
フィロス電機の幹部は憲民党のパーティーに呼ばれ、会社でも多くのパーティー券を購入して多額の金銭が憲民党に流れている。
憲民党に後押しされたアンドロイド開発はますます盛んになり、人間よりアンドロイドが優遇される社会を作り、アンドロイドを統率する一部の人間が国を支配する。
営業部でもそんな話ばかりだった。
そこでエリート社員として重用されている正雄は、このまま波に乗れば将来は保障されたようなものだった。
三流大学しか卒業できず、下請け企業に就職し、将来に明るい見通しを立てられなかった正雄だったが、何かに導かれるように逆転できていた。
三澤が言うように流れに乗り、力のある者に付けばいいのだ。
三澤とも接点ができた。
それを通じて自分もうまい話に肖りたい。
正雄は三澤に酒を注いだ。
「竹山くん、話がわかるじゃないか」
「そうっスね。俺も三澤さんみたいに女にモテモテになりたいっス」
「デビューでもするか?」
「ええ?マジっすか?ヒャハハハハ」
「いや、ホント。マジでさ。プロデューサー紹介しようか?」
「ヒャハハハ。俺、音痴っス」
「いやいや、みんな、どうせ口パクだからさ」
もう、どうでもいいのだ。
正しいか、正しくないかではない。
如何にうまくごまかすかが大切なのだ。
権力者に取り入り、おいしいところだけ摘まめばばよいのだ。
正雄はすっかりその気になった。
「竹山くん、次のパーティーも来るだろ?」
「河原の乱交パーティーですよね?」
「そうそう。あいつさ、気に入った人間には気前いいからさ。適当に相手して煽ててればいい思いができるぜ」
「それは、行かなきゃだ!」
「だろ!!」
「ヒャハハハ、楽勝っスね」
正雄は三澤とすっかり意気投合した。
もう自分は以前のような負け犬ではない。
力のある者と繋がりコネクションもできた。
酔いが回ってきた正雄は三澤に尋ねた。
「三澤さん、俺、もっと上に行きたいっス。何か秘訣はありますか?」
「そうだなあ。まあ、偉い奴の前では神妙な顔をしてればいいんだよ。そんなことよりも俺の代わりに選挙にでも出たらどうだ?憲民党はまだ俺を担ぐことを諦めたわけじゃないんだ。鬱陶しいんだよなあ。俺の代わりに出ろよ」
「憲民党からっすか?」
「そうだな。今、いくつだ?」
「22っス」
「ああ、それだと、まだ被選挙権はないか」
「そうなんっすよね」
「でもよ、それなら法律を変えればよくね?」
「その手があるかっ!そうしよう!」
「俺、原山幹事長に言っとこうか?」
「ヒャハハハハ、三澤さんって面白いっすね!!」
三澤と正雄はますます酒が進んだ。
「ホントにな。バカばっかりな。俺のファンなんてよ、俺のことを神様か何かだと思い詰めちゃってるんだよなあ。バカだよなあ。俺が歌ってる間に、憲民党やアンドロイドどもが国を支配して奴らを奴隷にしようと画策してるのに、政治にはまるっきり興味がないんだからな。真面目なニュースとか見てねえだろ。目を逸らされているとも知らずによ。ま、そういうバカばかりだから何かと捗るよ」
「そうっスね。三澤さんのファンは恐いっス」
「俺も恐いよ。思い詰めたブスが多くて頭いてえよな」
「ワッハハハハ!!三澤さんも言いますねえ!」
「そう思うだろ?」
「そうっスねえ。ライブにお邪魔した時もちょっと…」
「ブスしかいなかっただろ」
「まあ、たまに可愛い娘もいましたけどね。でも佐伯まゆには敵わんですよ」
「まゆといえばな。取って置きの話があるんだ」
次はどんなおいしい話か?
正雄が期待していると、三澤のスマホが鳴った。
「はい。なんだ、お前か。今?今は友達と飲んでるんだ。え?なんだって?」
こんな時間に誰からの電話だろう。
正雄は聞き耳を立てた。
どうせ女だろう。
羨ましいことだ。
正雄がそんなことを考えていると、話を終えた三澤は立ち上がった。
「まゆからだ。早く帰ってこいとさ」
「へえ、こんな時間でも起きて待っててくれるんスか。同棲してるんっスよね?」
「ああ、まあな。しょうがねえなあ。あいつ、俺にベタぼれだからさ」
「うらやましいっす」
「竹山、じゃあ、またな。今度はすごい話を聞かせてやるよ」
三澤はそう言うと慌しく帰っていった。
本編の前にご案内です。
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「竹山くん、末吉は翔の名前でホストをしてるんだ。しかし、もうすぐその仕事は辞めて、我が社の経営に携わってくれる。私たち夫婦と養親縁組して姓は二階堂、名は翔に改める。末吉はチャラチャラしたところはなくてしっかりしたいい若者だ。ぜひ、末吉と一緒にうちの会社をまとめていって欲しい」
正雄と翔がしっかり握手するのを見て、二階堂会長は目を細めた。
「竹山くん、今、いくつだ?」
「え、と。22です」
「そうかそうか。末吉と三つ違いだな。末吉の方が上か。末吉、竹山くんにいろいろ教えてやれ」
「りょうかーい!」
末吉は笑顔を見せたが正雄は気になって仕方なかった。
翔の名前でホストをしていたとは、例のマドゥーヤという店の翔だろうか?
正雄が聞いた範囲では客を食いものにするろくでもない男らしく、そんな男がフィロス電機のような一流企業の舵取りができるのか。
一緒に仕事をしていけるものなのだろうか。
正雄は翔と笑顔で握手をしたものの、すぐに信用はできなかった。
「さて、と。竹山くんの仕事だが、田口からの紹介だからな。営業部で渉外の仕事をやってもらおうかと考えているんだが」
「え、渉外ですか?」
つまり外回りをして顧客とコミュニケーションを取るということだった。
「竹山くん、うちの商品をもっともっと広めて欲しい。今は新しく開発したアンドロイドの海子を売り出し中なんだ。海子のシェアをもっと広げるのが目下の課題だね」
二階堂会長はそう言うと机の上にある社内の内線電話を取った。
「あー、私だ。村田部長はいるか?」
どうやら営業部の責任者に自分のことを紹介してくれるらしい。
正雄はじっと二階堂会長の言葉を聞いていた。
「前に話した新人の件だが、今日から出社しているんだ。いろいろ教えてやってくれ。お、そうか、迎えに来てくれるか」
二階堂会長は受話器を置くとまた笑顔を浮かべた。
「竹山くん、営業部長が直々に迎えに来てくれるそうだ。何の心配もいらないよ」
「ありがとうございます、会長」
7、8分ほどすると中年の男が会長室に現れた。
「営業部の責任者の村田です。竹山さんですね?」
「はい、はじめまして。竹山です」
「竹山さん、では、営業部にご案内します」
自分よりずっと年上の、一流企業の部長職にある人が敬語を使ってくれる。
正雄は恐縮しながらも村田について会長室を出ていった。
「我が社が開発した海子はですね、今年一番の大ヒット商品なんですよ」
村田はエレベーターの中でも気さくに話をしてくれた。
海子というアンドロイドのことなら正雄もよく知っていた。
美少女の姿をイメージして作られていて、家庭内での労働、高齢者の介護や病人の看護、子供に勉強を教えたり、リモートワークの手伝いをしたり。
何にでも活用できる優秀なアンドロイド。
それが海子だった。
「それで、ですね。今後も電子頭脳のバージョンアップを行ったり、本体の性能を高めたり、まだまだ売り込む予定なんです。私たち営業部の仕事は、海子の素晴らしさを世の中に知ってもらうことなんです」
「わあ、すごいですね」
「竹山さんのお力をぜひ貸してください。優秀な方だと聞いていますよ」
「いえ、僕は、そんな…」
田口が二階堂会長に何を言ったのかはわからなかったが、自分は期待されている。
正雄は照れくさいような、恥ずかしいような、気後れするような気分だったが褒められて悪い気はしなかった。
憧れのフィロス電機で期待される。
正雄はやる気に満ち溢れていた。
「お世話さまでーす!フィロス電機でーす!」
営業部に配属されてすぐ、正雄は介護施設の営業を任された。
その介護施設では海子を導入し、高齢者の介護のためフル稼働させていた。
海子は電子頭脳の設定次第で介護を担うこともできるし、労働力にもなれる。
若者が減り高齢者が多くなった社会では貴重な働き手だった。
それだけではなく社会のあちこちにアンドロイドが進出し、議会ではアンドロイドの権利を保障するアンドロイド人権法も提出される予定になっていることは正雄も知っていた。
営業などしなくても海子は売れていたが、顧客のサポートも営業部の仕事であり正雄は取引先の介護施設を回っていた。
「竹山さん、お疲れさまです。海子は利用者さんからも好評なんですよ」
「それは良かったです。これからも何なりとお申しつけください」
「海子と話していきますか?利用者さんとどんな風に過ごしてるかもわかりますよ」
介護施設の責任者はそう言うと、手が空いている海子を連れてきてくれた。
「竹山さん、お疲れさまです」
精巧にできている海子は人間そっくりの姿で、言われなければアンドロイドだとはわからないほどだった。
人間にそっくりの海子。
そういえば行きつけにしている喫茶店のプリヤにいる空子にどこか似ているような気もする。
正雄は営業の仕事をしながら気づいていた。
海子も空子も美少女だが、それはユーザーが海子に親しみを感じて快適に利用してもらうためなのだろう。
空子は謎が多いがかなりの美少女。
海子がそんな正統派の美少女のイメージで作られたことで両者は似ているのだろう。
正雄はそう考えていた。
「海子、利用者さんとうまくやってるみたいだな」
「はい。私たちは利用者さんのお気持ちに寄り添って、快適な暮らしをして頂くお手伝いをしているのです」
「海子は感心だな。人間に爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよ」
「それが私たちの務めです」
「海子、その調子だ。また来るからな」
「はい、お気をつけて」
海子は賢い。
それだけではなく気遣いもできる。
そこまで電子頭脳にインプットされているのか。
聞いた話では海子を稼働させているコンピューターがかなり優秀らしい。
スーパーコンピューターでスカイゾーンという名前がついている。
スカイゾーンは思考力、判断力、創造力など人間が持つ頭脳の働きをベースに開発され、意思や感情も持つと正雄は聞いていた。
海子は人間並みの思考や意思を持つスパコンに制御されている。
人間に寄り添える感情や心を持っていても不思議なことではないのだ。
スパコンとアンドロイドはそこまで進化したのか。
正雄はすっかり感心していた。
優れたスパコンと人間に寄り添う優秀なアンドロイド。
未来は明るい。
そんなことを考えながら、今日の仕事を終えた正雄はそのまま家に直帰した。
憧れのフィロス電機に入社した正雄は、営業部でめきめきと頭角を現していった。
「今月の営業成績トップは竹山くんだ!」
月末の朝の朝礼で営業部長の村田が、その月の成績上位者を営業部の全社員の前で発表した。
「みんな、竹山くんを見習って成績を伸ばすように!」
皆が拍手してくれ、正雄は軽く頭を下げながら応えた。
営業担当者は固定給+出来高制で、正雄の給料はどんどん上がっていった。
アティーヴァ機械にいた頃の何倍もの給料を稼ぐようになり、正雄の生活は変わっていった。
そんなある日、正雄はふと思った。
アイはどうしているだろうか?
今の給料なら、アイを指名して独占することもできる。
いや、そんなことならアイの個人的な連絡先を聞いておけばよかった。
正雄はスマホでアイが在籍する風俗店、ラクシュミーパレードのサイトを覗いてみた。
やはりアイはまだ在籍していた。
今すぐなら予約が入っていない。
正雄はアイを指名してみることにした。
仕事が終わった正雄はラブホテルに一人でチェックインし、アイを待っていた。
「ご指名ありがとうございまーす。アイです!」
正雄が待つラブホテルにアイがやってきた。
「あら!正雄くん?!」
アイは正雄のことを覚えてくれていた。
「ああ、俺のこと、覚えててくれたんだ」
「わああ、正雄くん、なんか変わったわね!」
仕立てのいいスーツ姿の正雄を見てアイはすぐに変化に気づいてくれた。
「正雄くん、今は何してるの?急にいなくなっちゃったから気になってたのよ。チケット買い占めの片棒担ぎをさせられるところまでは聞いてたけど、田口に聞いても知らないの一点張りだし」
田口は自分が正雄をフィロス電機に口利きしたくせに、アイには何も知らせてなかったのか。
田口の前でアイに馴れ馴れしすぎたのかも知れない。
しかしフィロス電機で頭角を現し、万事がうまくいっている正雄にはもう恐いものはなかった。
「俺さ、今はフィロス電機で働いてるんだ」
「へええ!すごーい!正雄くん、フィロス電機で働くのが夢って言ってたもんね」
「まあな。俺さ、営業成績がトップなんだよ」
「ええー!そーなの!!やっぱすごーい!!」
アイは大袈裟なくらい正雄を褒めてくれた。
「正雄くん、お祝いしなきゃね。今日はたっぷりサービスしちゃう。お風呂、入れてくるね」
風俗嬢とはこういうものなのだろうか。
金と名誉、力のある男に尻尾を振る。
今の自分にはその全てがある。
もう今までの自分とは違う。
正雄は自信に満ち溢れていた。
「あー楽しかったあ。正雄くん、また指名してね」
一通りサービスを終えたアイはメイクを直しながら正雄に媚びるような笑顔を見せた。
「うん。指名っていうか、田口なんかより俺と付き合わないか?」
「えー。でも、他の男と付き合うなんて知られたら、あたし、どんな目に遭わされるか…」
「俺に任せろよ。俺はフィロス電機の会長直々にスカウトされた男だぜ。フィロス電機がヤバいこともしてるのは知ってるだろ?それなりに力もあるから大丈夫さ」
「まあねえ。フィロス電機の噂はいろいろ聞くわね」
「じゃあ、風俗なんか辞めて俺の嫁さんになれよ」
「わあ、それっていいかも!」
アイはとにかく金が好き。
金を稼ぐ力のある男が好き。
風俗嬢などというものはそんなものだろう。
しかし、そんなところがなんだか可愛らしい。
ヤクザの組長の女にしておくのはもったいない。
自分のようなエリートにこそアイは相応しいのだ。
正雄は押しの一手だった。
「そうよねえ。ほら、例の萬家なんでも相談室。全然進展なしなのよね。田口殺しを請け負っておいて、その後は全然音沙汰なしなの。それなら、正雄くんに頼んだ方がいいかもね」
「そうだろ。あんなものは詐欺まがいなんだよ」
正雄はかつての勤務先を貶めた。
「そっかあ。それもそうね。じゃあ、正雄くんにお任せしちゃう」
「よし、任せておけ!」
正雄はとにかくいい格好を見せたかった。
欲しいものは何もかも手に入れてみせる。
うまく流れに乗った自分はもう以前の自分ではない。
順風満帆な正雄は更なる野心に燃えていた。
「竹山くん、昨日、緑川公園でかわいい娘と歩いてたろ」
正雄がフィロス電機の社員食堂で昼食を取っていると、営業部の同僚、林が声をかけてきた。
「あ、林さん。見つかっちゃいました?」
「ああ、ずいぶん仲が良さそうだったよな。かわいい娘じゃないか」
アイとのデートを見つかってしまった。
正雄は笑ってごまかした。
「へへへ」
「どこで知り合ったんだ?」
「いやあ、学生時代からの知り合いッス」
「へえ、このまま結婚か?」
「だといいんですけどね。でも、俺は結婚なんてまだまだ」
「だよなあ。まだまだ遊びたいもんな。そうだ、面白いパーティー教えてやろうか」
林はスマホで何かを探し見せてくれた。
「これ、見てみろよ」
「え、何ですか?これ?」
林が撮ったと思われる写真には半裸の若い女性や、それと絡み合っているヤクザ者のようなガラの悪い男が何人も写っていた。
「これなあ、まごころの朋の”合コン”なんだよ」
「合コン?」
「というのは建前で、教祖の河原の趣味さ。河原は若い女性信者を集めて乱交パーティーを開くのが楽しみなんだ。教団の関係者はもちろん、反社の竜嶺会も関わっていて河原のお気に入りに選ばれれば呼んでもらえるんだよ。うちの会社も奴らとは繋がりがあるから、誰か彼かは呼ばれるな。竹山は営業部のエースだし、どうだ行ってみるか?」
「へえ、そういうことですか」
三流大学しか卒業できず、就職した会社も零細企業、人生を諦めていた正雄だったがそうではなかった。
逆転のチャンスが舞い込んできたようにフィロス電機に入社でき、しかも仕事でも頭角を現している。
そう、逆転のチャンスが舞い込んできたのだ。
まごころの朋といえば良くない噂は多いが、政治の世界との繋がりも取り沙汰される宗教団体ではないか。
そういえば、有名ミュージシャンの三澤俊介とも噂がある。
裏の世界で力があるに違いない。
力のあるものと懇意になることで、自分もお零れに与ってやろう。
正雄は林の話に乗ることにした。
本編の前にご案内です。
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写真はイメージです。
正雄はチケット買い占めのアルバイトをまとめる仕事にも慣れてきた。
まとめると言っても、仕事をサボる者はいないか、不正を働く者はいないか、日がな一日座ったまま見ていれば良いだけだった。
それでも発生する報酬は高額で、正においしい仕事だった。
同じビルの別のフロアには、やはり竜嶺会が仕切るアルバイトの若者が集められていた。
そこではネット上の不都合な書き込みを抑えつける作業をしている。
正雄はそう聞いていた。
特定の政治家や有名人を批判するような書き込みや、反対意見をことごとく潰す。
該当する書き込みに対して大勢で批判的な返信を付ける。
或いは特定の人物をとにかく絶賛する書き込みを大量に行う。
つまり世論を誘導し、自分たちに都合のいい書き込みで埋め尽くす。
このようなことが行われていた。
噂には聞いていたが、これがいわゆるネット上の工作員なのだろう。
本当にいたのか。
昼休みに入った正雄はそんなことを考えながら、ビルの近くにある定食屋で鯖みそ定食を食べながら一息ついていた。
「あ、竹山さん。お疲れさまです。ここ、いいですか?」
定食屋は昼時で混んでいた。
同じビルの違うフロアで働くアルバイトの責任者が声をかけてきた。
混雑していて相席を頼まれた正雄は快く了解した。
「いやあ、別に何だってことはないんですけど疲れますよねえ」
「そうですね」
「どうですか?仕事は慣れましたか?」
「ええ、おかげさまで」
「ですよねえ。こんなオイシイ仕事はないですよね」
別のフロアの責任者はとにかく気さくだった。
ライブチケットの買い占め、反対意見の封殺、ろくでもないことをやっているが一人一人はごく普通の人間。
どこでどう転べばこんな如何わしい商売にたどり着くのだろう。
正雄は調子を合わせて作り笑いを浮かべていた。
「そうだ、竹山さん。来週の土曜日の夜、空いてますか?」
「ええ、何も予定はないですよ」
「そうですか!じゃあ、高級クラブに行きませんか?」
正雄は街でも指折りの高級クラブ、オモルフィに誘われた。
オモルフィといえば、有名芸能人や政治家、経営者、スポーツ選手などが通う高級店。
自分には縁のないもの。
正雄はずっとそう考えていた。
「え、僕みたいな人間がいいんですか?」
「いいんですよ。竜嶺会の幹部連中が予約してたみたいなんですけど、席が余ってるみたいで僕ら、バイトの幹部も呼ばれてるんですよ」」
「そうですか」
「ね、行きましょ行きましょ。綺麗どころがいっぱいいますよ」
強く誘われた正雄は好奇心もあって付いて行くことにした。
「ヒャーッハッハッハッ!!」
「あやめちゃあん、今日もきれいだねえ」
初めて来た高級クラブ。
正雄は緊張して座っているだけだったが、周りの男たちはホステスの女性に触ったり高級酒をぐいぐい飲んだり大騒ぎしていた。
会計は全て竜嶺会持ち。
皆、気が大きくなっているのだ。
正雄だけが神妙な顔をしていた。
「あら、こちら、初めて見るお顔ね」
正雄が地蔵のように固まっていると。ホステスの女性が気を遣ってくれた。
「あ、はい。僕はこういう場所は初めてなもので」
「あら、そうでしたか。どうぞ、リラックスなさってください。お酒、お注ぎしましょうか?」
「はあ、ありがとうございます」
酒を注いでもらうと、正雄は一気に飲み干した。
「私はみゆきです」
「あ、僕は竹山です」
ホステスの方から名乗ってくれたので正雄も名乗って挨拶した。
「まあ、ご丁寧にありがとうございます。竹山さんはどんなお仕事をなさっているんですか?」
「え、と。僕はアルバイトの学生をまとめたりとか、ですね」
チケット転売の片棒担ぎ、その前の段階の買い占めを仕切る片棒を担いでいるというようなことは言うのが憚られ、正雄は無難な答えを返した。
「まあ、学生さんをまとめる。それは大変なお仕事ですね」
「いやあ、そうは言っても一日中座っているだけなんですけどね」
正雄がみゆきと話しているところへ、酔っぱらった田口が割って入ってきた。
「おお、竹山!どうだ、みゆきちゃん、いい女だろ!この後アフターで寿司でも食いに行け!」
「オヤジ、俺、そんな金ないよ」
「じゃあ、これを使え」
田口は真っ黒なクレジットカードを渡してくれた。
これが噂のブラックカードか?
金持ち御用達のカードではないか。
正雄は初めて手に取った。
「竹山、今日はな、お前の慰労みたいなものだ。お前のこと気に入ったよ。俺のことを何度も助けてくれたからな。どうだ、何か欲しいものはないか?」
「オヤジ、気持ちだけで嬉しいよ」
「そうかあ、そういうところがますます気に入った!遠慮しないで何か欲しいものはないか?」
田口は酔っぱらって上機嫌だった。
欲しいものはないか?
そう言われてないことはない。
正雄は冗談のつもりで言ってみた。
「そうだなあ。欲しい物ではないけど、フィロス電機で働いてみたいかなあ」
「お、なんだ。そんなことでいいのか?じゃあ、働かせてやるぞ」
「へ?」
「俺はフィロス電機の二階堂会長とはずっと昔からの知り合いなんだ。話ならつけてやる。フィロス電機に行け」
「オヤジ、ホントにいいのかよ?」
「おう、任せておけ」
フィロス電機は正雄の憧れの会社だった。
しかし一流大学を優秀な成績で卒業できなければ内定を勝ち取ることは難しい。
正雄は就活でエントリーはしたが、最初の段階で篩い落とされていた。
そして仕方なく入社したのは唯一内定をくれたアティ―ヴァ機械だった。
三流大学出の自分などこの程度のものか。
そして配属されたのも社内では窓際族的な部署。
正雄はもう諦めていた。
それが田口の一言で入社できるとは。
やはり世の中は正しいことだけが通用するのではない。
邪までも力のある者、コネがある者に付かなければ駄目なのだ。
今、自分の方に波が押し寄せている。
ここは、それに乗るところだろうか。
「どうだ、竹山。いい話だろ」
「え、ああ。そうだね」
憧れのフィロス電機に本当に入れるのか。
正雄がポカンとしていたが、田口はますます饒舌だった。
「よし、話はつけておこう。お前、来週からフィロス電機に行け。会長の二階堂とは昔からの飲み仲間だからな。来週の木曜日の9時に本社の受付に行って通してもらえ」
「オヤジ、ホントにそんなことでいいのかい?」
「ああ、お前には先々、組を継いでもらってもいいと思ってるんだ。フィロス電機に入って思う存分暴れてこい!」
田口は完全に自分に入れ込んでいる。
考え方としては良くないのだろうが、ここはそれを利用して上に行くチャンスではないのか。
アティーヴァ機械に戻ったところで卯建が上がらない人生しかない。
正雄は田口の話に乗ることにした。
「と、いうわけなんですよ。室長」
正雄は次の日、田口から持ち掛けられた話を元の勤め先であるアティ―ヴァ機械の資料室に伝えた。
「おお、そっかそっか。じゃあ、お前の登録は抹消な。良かったなあ、夢がかなっただろ」
室長の山崎はやはり、いつものようにお気楽な態度だった。
今すぐにでも、アティ―ヴァ機械にある正雄の在籍を抹消することは何の問題もない。
社員はコンピューターで管理されていて、IDとパスワードでアクセスしログインして在籍を削除することはすぐに終わる。
国が定めた住民IDと紐づいていて、社会保障や健康保険、税金納付などの手続きも一度ボタンを押せばすぐに上書きされる。
正雄が思っていた以上に手続きは簡単なものだった。
「な、だからお前は何の心配もしなくていいんだぞ」
「あのう、それはありがたいんですけど、例のスマホをお返ししないとなりませんよね?」
「ああ、そうだけど。いつでもいいぞ。なきゃないで使うこともないんだし」
山崎はどこまでもお気楽だった。
しかし、高校生の頃に人を殺したことはどうなるのか。
正雄は山崎に尋ねた。
「それとですね、室長。例のことはいいんですか?」
「例のこと?何のことだ?」
「俺が高校の頃に殺しをしていて、その償いのために資料室の任務を遂行しなきゃならない話ですよ」
「ああ、それな。フィロス電機で働く方がはるかに苦行だろ」
「え?どういうことですか?」
「入ればわかるんじゃないか?まあ、お前の前途は祝福するよ。じゃあな、俺はこの後、会議があるんだ」
山崎は終始お気楽なまま電話を切った。
何の心配もない。
田口にも山崎にもそう言われて、正雄は次の週の木曜日にフィロス電機の正面玄関に入った。
玄関を通り抜けるにはIDカードが必要だったが、正雄は立っていたガードマンに事情を話して通してもらうよう田口から指示されていた。
言われていた通り、正雄は難なくフィロス電機の社屋に入ることができた。
その後は受付の女性に申し出ればよい。
正雄は田口の指示通りに一階ホールの受付の女性に声をかけ、やはりすんなりと受け入れてもらった。
正雄が真っ先に向かうのはフィロス電機の会長室だった。
田口の伝手で入社し会長の二階堂に直々に挨拶する。
正雄が一階ロビーのエレベーターのボタンを押し、待っていると隣に誰かが来た。
何気なくその方を見た正雄は目を見張った。
トップアイドルの佐伯まゆが、マネージャ―らしき男とエレベーターを待っているではないか。
「おはようございます」
正雄と目が合うと、まゆの方からにこやかに挨拶してくれた。
「あ、はい。お、おはようございます」
トップアイドルから声をかけられた正雄は声が上ずっていた。
エレベーターがロビーに着くと正雄が先に乗り込んだが、まゆはまた声をかけてきた。
「三澤さんのライブの打ち上げでご一緒した方ですよね?」
「あ、ああ、はい…」
なんと、まゆは自分のことを覚えていた。
大して会話もしなかったが、それでも覚えていてくれた。
さすがは、名門・白薔薇女子学園の中学に通い、トップの成績を修めているだけはある。
まゆはトップアイドルながら優等生で完璧なのだ。
まさおはすっかり恐縮した。
「ま、まゆちゃんは今日はお仕事なの?」
緊張して固まっているだけでは間が持たない。
正雄は思い切って自分からも切り出してみた。
「はい、そうです。新しいCMの打ち合わせです」
まゆは屈託なかった。
まゆはフィロス電機のイメージキャラクターを務めていて、新製品のアンドロイドのCMに出演しているのを正雄もよく見かけていた。
「じゃあ、またよろしくお願いします」
まゆはマネージャーとともに先にエレベーターを降りていった。
正雄はトップアイドルとも距離が縮まったような気がした。
そして、この後は憧れのフィロス電機の会長にも会える。
三流企業のアティーヴァ機械の窓際社員だった自分が、最初は悪徳風俗店に潜入し、その後は反社と関わり、チケット買い占めの片棒を担ぎ、ろくでもないことをさせられてきたが、そんな自分にも運が向いてきたように感じていた。
なんと言っても憧れの超一流企業と接点ができたのだ。
それだけではなく、その一員となれたのだ。
正雄は俄然やる気が出てきた。
それでも、会長室の前まで来ると正雄の緊張は高まった。
分厚い扉の脇にインターホンのボタンのようなものがある。
これを押せば秘書が出て対応してくれる。
一階ロビーの受付の女性がそう言っていた。
正雄は緊張しながらボタンを押した。
「はい」
「あ、すみません。今日お邪魔することになっていた竹山ですが」
「お入りください」
分厚い扉のロックが解除された音がして、正雄はそのまま扉を押して中に入った。
「会長がお待ちかねです」
女性秘書に案内されるまま正雄はついて行った。
「おお、君が竹山くんか。ほら、そこに座りなさい」
二階堂会長は田口より少し年上かと思われる感じで、広い会長室の中で悠然と構えていた。
そして会長室にはなぜかもう一人若者がいて、応接セットのソファに悠々と座っていた。
「紹介しよう。もうすぐ私と養子縁組する上山末吉だ。末吉、重役候補に挨拶しなさい」
二階堂会長に促された若者は座ったままだったが、言われるまま正雄に挨拶してくれた。
「ども、上山末吉です。もうすぐ二階堂になりますけど」
「竹山くん、末吉は今は翔という名前でホストをしてるんだ。しかし、なかなかいい若者でね。子供がいない私たち夫婦と養子縁組するんだ。私は末吉に将来会社を継いでもらおうと考えてるんだが、どうかね?末吉の右腕となって働かないかね?」
翔という名のホスト。
アプサラスクラブに潜入した時に、店の女の子が話していたのと同じ名前。
まさか、目の前にいるのが悪徳ホストの翔なのか?
「ヨロシク」
「あ、はい。よろしくお願いします」
末吉の方から握手を求められ、正雄は内心、胡散臭いとは思ったが作り笑いで応じた。