<社説>飯塚事件 「再審認めず」は疑問だ 2024年6月6日 (original) (raw)

<社説>飯塚事件 「再審認めず」は疑問だ

2024年6月6日 東京新聞

1992年に福岡県飯塚市で小学1年の女児2人が殺害された「飯塚事件」で、福岡地裁は再審開始を認めなかった。だが、警察に押し切られ、「記憶と異なる供述をした」とする新証言は重い。司法は再審の道を開くべきだ。
女児2人は登校途中に行方不明となり、翌日、約20キロ離れた山中で遺体で見つかった。
逮捕された久間三千年元死刑囚と犯行を結び付ける直接証拠は存在せず、本人は一貫して否認、無罪を主張したが、2006年に死刑判決が確定。その2年後に執行された。再審請求を準備中だったのに異例の早さで死刑執行したのはなぜか。まず、それが疑問だ。
第1次の再審請求では、当時のDNA鑑定の信用性に疑問があった。冤罪(えんざい)が明らかとなった足利事件と同じ旧式の鑑定手法で、再鑑定できる試料も残っていなかった。福岡地裁は14年に「(DNA鑑定で)ただちに有罪認定の根拠とはできない」としたが、他の状況証拠などから再審請求を棄却。最高裁も再審を認めなかった。
第2次の再審請求では、2人の新証言から状況証拠にも大きな疑問が浮かんだ。1人は被害女児の最後の目撃者とされた女性。確定判決は目撃現場で連れ去られたと認定したが、「見たのは別の日だった」と法廷で証言。警察に押し切られて「記憶と異なる供述をした」と述べた。
もう1人の目撃者は男性。事件当日に別の場所で、被害女児に似た2人が乗っていた車を見たが、運転者は元死刑囚とはかけ離れた風貌だったという。
特に、女性の証言は確定判決の証拠構造を揺るがす重みを持つ。「現場近くで紺色の車を見た」など別の目撃証言につながる重要供述だった。これが警察の調べに迎合した結果なら、元死刑囚が女児を連れ去ったとする事実認定は次々と崩壊してしまう。
しかし、福岡地裁は「新証言は変遷があり信用できない」「元死刑囚が犯人であるとの立証がされている結論は揺るがない」などと一蹴。再審を認めなかった。乱暴な判断ではないか。
誤判で死刑執行されたのなら、究極の人権侵害であり、取り返しがつかない重大な国家犯罪となる。「疑わしきは被告人の利益に」の原則で、司法は再審公判を開き、事件の真実に近づくべきではなかったか。