海賊版サイト「ブロッキング要請は法的に無理筋」東大・宍戸教授、立法を議論すべきと批判 - 弁護士ドットコムニュース (original) (raw)

インターネット上で、マンガや雑誌が無料で読める「海賊版サイト」が、深刻な社会問題となっている。毎日新聞によると、政府は4月中にも、国内の通信事業者(プロバイダー)に対して、海賊版サイトへのアクセスを遮断する「ブロッキング」を実施するよう要請する調整に入ったという。一方、専門家からは「きちんとした立法過程を踏むべきだ」という批判の声があがっている。

海賊版サイトでは、著作者の許可なく、マンガや雑誌が大量にアップロードされて、だれでも無料で読めるようになっている。有名な「漫画村」など、その利用が広がる中で、出版社の売上も急落しており、この問題が浮き彫りになっていた。こうした状況の下、政府も「ブロッキング」を含めた対策を検討していた。

一方で、海賊版サイトへのアクセスを遮断する「ブロッキング」をめぐっては、憲法で保証された「通信の秘密」「表現の自由」に反するという指摘が、かねてよりあがっている。また、電気通信事業法でも、電気通信事業者は「通信の秘密」を侵してはならない、とさだめられている。

こうした法的ハードルを乗り越えようと、政府は「無料閲覧によって生じている出版社や著作権者の被害を踏まえ、要請を刑法上の『一時的な緊急避難措置』と位置付ける」(毎日新聞)という。児童ポルノでは、このような観点からブロッキングがおこなわれた過去がある。

しかし、宍戸常寿・東京大学教授(憲法・情報法)は「そのような解釈は許されない」「通信の秘密が不当に侵害される」と批判する。宍戸教授に聞いた。

●「公開の議論もなく性急に決着を付けることで、国民にツケが回る」

――今回の報道を受けて、どのように考えたか?

私は、「著作権保護のための通信遮断が緊急避難にあたる」という解釈は許されないと思います。

「通信の秘密」(憲法21条、電気通信事業法4条)の侵害に対する違法性阻却事由としての緊急避難は、極めて厳格な要件の下で認められると考えているからです。自殺の防止や生命の救助等を除けば、児童ポルノのブロッキングが限界だと思います。

――著作権侵害も「緊急性」が高いと考えられないか?

ここでいう「緊急避難」(刑法37条)とは、(1)現在の危難、(2)補充性、(3)法益の均衡の3つの要件がそろっている場合のことをいいます。

海外サーバにある児童ポルノサイトについては、対象となった児童にとって過酷な人格権の侵害がネット上で継続している状態であり、全体的な児童ポルノ対策の中で、通信の秘密との関係でこの3つの条件がぎりぎり認められると判断されてきました。

詳しくは、安心ネットづくり促進協議会の報告書をご覧ください。

https://www.good-net.jp/files/original/201711012219018083684.pdf

これに対して、著作権侵害サイトは実効的対策を尽くしているかも含めて、3つの条件を満たさないことが、早くから指摘されてきました。「一時的な緊急避難措置」といいますが、それは立法ができるまでの間という意味合いで、これまでの解釈とは「緊急」という言葉の意味を、差し替えていると言わざるをえません。

この数年、関係省庁から「そろそろ知財ブロッキングが緊急避難でできないか」と定期的にたずねられ、そのたびに「電気通信事業法の解釈としては無理だ。早く立法したらよいと思う」と言い続けてきました。さらに、その方向で、具体的な論点も示してきました。

現行法では難しい、著作権侵害は問題だ、ということが早くからわかっていたのですから、しっかりした議論を重ねて、正当性と実効性ある立法措置をとるべきだったのです。ところが、そのような議論・立法措置を怠って、今騒がれているような「緊急」事態を招いたのは、ひとえに関係省庁の無策と、法的に無理筋な解釈変更に固執された人たちによるものです。

公開の議論もなく性急に決着を付けることで、そのツケを国民全体の「通信の秘密」「知る権利」に回そうというのは、私にとっては理解しがたいことです。

――具体的にどんな問題があるのか?

ブロッキングは、アクセスを遮断して、通信の秘密を「窃用」するだけではありません。遮断の前提として、論理的にはすべての通信について、事業者が利用者のアクセス先を「知得」する必要があります。これも通信の秘密の侵害の一種です。

国民のすべての「通信の秘密」を、法令上の正当行為でもなく、正当防衛や緊急避難でもないかたちで侵害することは、許されません。言い換えれば、海賊版サイトにアクセスするわけではない、すべての「通信の秘密」が不当に侵害されることになるのです。

このようなあやふやな根拠で「アクセスを遮断しろ」と要請されても、通信事業者(プロバイダ)は法的リスクの問題を考慮する必要があります。

遮断に関わるプロバイダは「通信の秘密」侵害罪(電気通信事業法4条、179条)で、大量の告訴・告発のリスクにさらされることになります。仮に、政府見解や閣議決定が示されても、それを信頼して行動したことのリスクは負わなければいけません。

●「通信の秘密」だけでなく「政府統治の正当性」も破壊するおそれ

――海賊版サイトの問題はどう対応したらいいのか?

適切な利益衡量をおこなって、明確な基準を立て、必要最小限度の範囲に遮断の範囲を限定し、裁判所の関与・異議申立ての手続きを整備したうえで、海賊版サイトへのアクセス遮断を合法化する立法は、憲法21条(表現の自由、通信の秘密)に反しない余地があると、私は考えています。

私も、この問題で苦しんでいる出版社・著作者ほどではありませんが、物書きの端くれとして、著作権侵害は苦々しく思います。自分の著作権が侵害されているサイトを見たこともあります。

しかし、解釈でブロッキングを求める方たちも、ひとたび、こうした法律の根拠のない例外を認めてしまえば、それが今後、自分たちの「表現の自由」や「通信の秘密」にどのような影響を及ぼすか、立ち止まって考えていただきたいと思います。ひとたび、著作権侵害まで緊急避難の名目でブロッキングできるということになれば、著作権侵害よりも質的に悪質な名誉毀損なども、政府から要請があれば、ブロッキングできて当然だ、ということになるでしょう。

――法解釈ではなくて、きちんとした立法プロセスを踏むべきということか?

そのとおりです。もちろん、民主的な立法プロセスは万能ではありません。しかし、そこを通すという手続きを踏むことで、すべての当事者が、自己の利益・考えをもう一度見直し、濫用のおそれのない合理的で正当な集合的決定にたどり着くことができるはず。これこそが民主主義を支える考えであり、現在の政府もそれによって統治の正当性を得ているわけです。

そうした立法プロセスを回避して、国民の基本的権利にかかわる重要な問題について「自己の利益を通そう」「あの人の利益を通してあげよう」というのは、それが美辞麗句で語られれば語られるほど、警戒する必要があります。法律による行政の原理とは、そうした機能を持っています。そして今回は「通信の秘密」だけでなく、この原理それ自体が危険にさらされているともいえます。

――このまま解釈変更がおこなわれたら、どんな影響があるか?

今回のブロッキングの議論について外野から見ていて、きちんとした手続きを踏むのではなく、むしろ回避しようとされているのではないか、と感じます。そのことは、今後の情報通信社会において、政府の統治の正当性だけでなく、著作権(者)という正当な権利(者)の基盤までも破壊することにつながるのではないか、と恐れています。

(弁護士ドットコムニュース)