制服と王子 - ちるちる (original) (raw)

舞台は坂の上にある、全寮制の名門ミッション系男子校・森園学院高等学校という閉鎖的な空間。
大正時代に建設された蔦の絡まる煉瓦造りの旧めかしい学び舎。
胸元にエンブレムを着け、仕立ての良い揃いの制服を身に纏った少年たちが聖書と讃美歌集を手に礼拝堂で祈りを捧げる。
青嵐寮と若葉寮から成る学生寮に棲まう"坂の上の囚人"たち。
やや現実味のない、どこか浮世離れした空間で繰り広げられる1年間の物語。
「僕」という、主人公・遥の一人称で語られるちょっぴりレトロな雰囲気を感じる学園・寮での生活の様子が、杉原先生の流れるような優しい表現で綴られています。

寮生達が管理する組織や行事、1学年上の上級生との2人1部屋の空間、ライトなファグ制度のようなもの…と、設定的には真新しさは見受けられず、海外のパブリックスクールやギムナジウムよりも入り込みやすい印象ではありますが、かなり王道の学生寮ものなのです。
しかしながら、なぜか非常に味わい深く、じわじわと静かに魅力が広がる作品。

訳あって外部から入学をした新入生・遥が同室となったのは、寮内で「王子」と呼ばれ親しまれている、美しい容姿をした1学年上の寮長・篠宮。
目には見えない葛藤やトラウマ、傷を心にずしりと抱えている2人が、共に寮生活を送る中で少しずつ距離が縮まり、淡い想いを抱き惹かれ合い始めます。
高校生同士ならではの心地良い青さが良い。
一貫して淡々とした語り口で進みつつ、2人が恋に落ちるまでの流れや、心の傷を吐露し、自然と互いを分かち合う心情描写がとても繊細で美しいです。

大人しく内向的で控えめながら、ネガティブさは無く真面目で努力家な遥。
そんな彼が自身が抱える問題から逃げず、あくまでも前向きに懸命に克服して生きようとしている姿がいじらしい。
そして、自分は王子ではないけれど、遥にとっての王子さまにならなりたいと思うと言う、篠宮の物腰の柔らかさと包容力と優しさ、遥に対しての慈愛に満ちた仕草はまさしく王子さまでした。
遥にとっては大人のようでいて、途中途中に年相応の男の子な部分が垣間見えるのが良いですね。
欲を言うのなら、篠宮の過去や心情をもっと掘り下げたものも読みたいなと思ったものの、そこまで書いてしまうとこの読み口の良さや味わいが変わってしまうかも。

主人公たちの周りをかためるキャラクターたちもそれぞれ魅力的。
遥の友人2人が特に人間的に好ましく、中学時代に暗いものがあった分、賑やかな仲間たちと最高の青春を送って欲しいと願ってしまう。
男子校ならではの上級生や同級生とのやり取りもさじ加減が程良く、年頃の男の子らしさも描けているというのに上品なのですよね。
学園ものにありがちな全員BLCPにならないところも良かった。

序盤では「袖口が少し長い制服」だったものが終章では「ぴったり」になっている。
1年という短くも長く濃密な時間の出来事と少年の成長を細やかに表現した、このさり気ない描写がとても好みでしたね。
杉原先生にしか描けない世界観だと思います。

大きな問題や派手な出来事は起こりません。
その後については描かれていないので、もしかしたら卒業後は2人にかけられた青春という名の魔法はとけてしまうのかもしれない。
けれど、青少年たちの青く、淡く、繊細な姿にどうしようもなく心惹かれてしまう美しい作品でした。