ギャンブルは向いてないからやらない (original) (raw)

そろそろまた堅苦しいテーマでも書こうかと「差別」やら「自由」やら「戦争」やらのことを考えていたのですが、やっぱり連休中にそういうヘヴィなテーマを取り扱うのは控えたい気持ちが沸々と沸き起こってきましたので、もっと軽いテーマについての私見を述べていきます。

今回は「ギャンブル」について語ってみましょう。

人によっては重いテーマかもしれませんが、私にとっては縁遠い軽めのテーマです。

向き不向きで言えば圧倒的に不向き

私は賭博・ギャンブルをやりません。パチンコやスロットは行ったこともなく、競馬や競艇のようなものにも手を出したらことはありません。それどころか宝くじすら買ったことがないです。

これらには意識的に手を出さないようにしています。ギャンブルは長期的に見れば絶対に勝てないと考えていますし、そもそも性格が圧倒的に向いていないと思っているためです。

まず普通に考えて、賭博の胴元は利益が得られなければ賭博を続ける意味が無い以上、参加者の合計収支は必ず利益分だけマイナスになります。

賭博は胴元が手数料なり還元率なり控除率なりを調整することで一部の参加者だけプラスになるように管理されているものであり、算数的に考えればほとんどの参加者が再帰的に試行を繰り返していくとほぼ必ずマイナスになるはずです。

つまり勝率50%丁半の博打であろうとも平均すれば手数料でマイナスです。ギャンブルで長期的にプラスを得られる人は確率の外れ値側でありレアケースとなります。

そして私は自分の運をそんなに信用していませんので、外れ値になる自信はありません。それどころか下手をすれば正規分布の1σに入る程度には人並みの運だと思っています。ここぞという時の不運を避けることには自信があるのですが、平均的な運はそれこそ人並みだと確信しています。

そしてギャンブルは長期的に見て平均的な運こそが重要な分野であり、だからこそ私はギャンブルに不向きです。

次に、私は負けず嫌いな性格です。勝つまで粘り強く試行を繰り返すことを是と考える質です。

この手のタイプがギャンブルに手を出すと延々と勝負の場から降りず沼にハマっていくことになります。そしてギャンブルはビギナーズラックこそあれど継続していけば確率的にマイナスになることは明確ですので、ギャンブルと負けず嫌いは実に相性が悪いです。

私は射幸心よりも自分の負けず嫌いに踊らされることが分かり切っているので、ギャンブルには端から手を出さないことにしています。「負けた、悔しい」「次は勝ってやる」「もっと研究して勝率を上げてやる」と泥沼へのめり込んでいく様がもうやる前から見えるくらいには向いていないです。

結言

競馬好きな友人がいるので時々お馬さんの話を聞くのですが、それだけでも凄く面白いです。脚質や距離適性、騎手や競馬場など、分析する項目が無数にあって話を聞いているだけで生来の分析癖が疼き出すくらいには興味が湧きます。

つまり手を出したらハマることが分かり切っています。だからあえて手を出さない、これがきっと私にとっての正解です。

もちろん趣味の範囲でギャンブルを楽しんでいる人を否定するつもりはありません。あくまで私にとっては向いていない、それだけです。