創業130年の駅弁屋が、“何もない駅”で営業を続けるワケ──コロナ禍でも地元・国府津で売り上げは落ちず? (original) (raw)

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東海道線に「**国府**」という駅があります。「こうづ」と読みます。

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東京から行くと、小田原駅のふたつ手前。2019年の1日平均乗車人員は5,845人。東海道線の東京―小田原間ではダントツに乗車人員が少ない駅です。

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「国府には何があるのだろう」とGoogleで検索をしてみたら、3番目に「国府 何もない」というサジェストが出てきました。えええ……!

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そんな「何もない」と言われる国府ですが、駅前には130年続く駅弁屋さんがあります。

その名は「東華軒」。東海道線の数ある駅弁屋さんのなかで、最も歴史の古いお店だそうです。

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看板商品は小田原名物の「鯛めし(830円)」や……

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「デラックスこゆるぎ弁当(950円)」など。

わー! この華やかなパッケージ! 中身は見えませんが、駅弁ってパッケージを見るだけでもわくわくしますね。

でも、そんな「何もない」国府駅になぜ駅弁屋さんがあるのでしょうか。そして駅弁は売れるんでしょうか……? 気になったので、東華軒に取材を申し込んでみました!

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国府駅からバスに乗ること15分、東華軒の本社ビルへお邪魔しました。

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取材に応じてくれたのは広報の荒木さん。よろしくお願いします!

駅弁工場に潜入!

荒木さん:まずは、ぜひ工場を見ていってください。

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荒木さん:売店がオープンするのは朝の6時です。その1時間前に配達をするので、午前3~4時ごろにはこの調理場がフル回転します。

──お弁当は1日何回くらい配達をするんですか?

荒木さん:だいたい早朝(オープン前)と午後の2回運びますね。午後のお弁当は国府や小田原の売店だと、14時半ごろには届きます。

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▲意外にも、手作業に頼る部分が多いのだという

──駅弁も、作りたてのほうがおいしいんですか?

荒木さん:そうですね……冷めてもおいしいようには作っているんですが、時間が経つとどうしても固くなってきちゃう食材もあるので、作りたてのほうがおいしいと思います。
朝は配達してから売り出すまで1時間くらい空いてしまうので、出来たての駅弁が食べたければ、14時半ごろに売店に来るのが狙い目かもしれません。

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荒木さん:こちらのエリアでは、肉と魚を調理しています。

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▲大量調理室での衛生管理ルールにのっとって、肉と魚はそれぞれ専用のエリアで調理が行われている

荒木さん:いま仕込んでいるのはうなぎですね。ふだんはこんなに仕込まないんですが、明日は土用の丑の日※なので、今日はその作業に追われています。

※取材は7月20日に行われました

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▲おかずが多いだけに在庫管理も大変! 都度ボードに書いて管理しています。竹輪(右側)は大きさによっても違う

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荒木さん:こちらのエリアでは、お米を炊いています。コンベアに並べた飯ごうを1時間に60個ぶん炊くことができます。飯ごう1つに15キロのお米が入っているんですよ。

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▲15キロのお米がドーン!

──ワイルドですね! それにしても飯ごうとは……大きな釜で炊いているのかと思っていました。

荒木さん:よく言われます。けっこうイメージと違いますよね。

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荒木さん:できた材料をこのレーンで詰めます。だいたい1時間で600から700個のお弁当を詰められるレーンが3つあって、最大で2,100個/1時間くらいのお弁当ができます。繁忙期の中でもいちばん忙しい時期なんかは、社員総出で詰めますね。

現在も残る「東海道線最古の駅弁」

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▲『東華軒100年史』を手に答えてくれた荒木さん

──工場案内、ありがとうございました! それでは、東華軒の歴史について教えてください。

荒木さん:はい、言い伝えによると、元々弊社の始まりは鉄道工事をする工夫(こうふ)さんのためのお弁当だったそうです。

──なんと! 最初は駅弁じゃなかったんですか!?

荒木さん:そうですね、駅がない状態から事業が始まって、その後に駅ができて駅弁として売るようになったと聞いています。
創業者は「ヒデ」という女性だったのですが、駅弁のほかにも自身の経営する旅館に工夫さんを泊めたり、工事にあたっての土地を提供したりと、献身的に鉄道工事を支えたそうです。

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▲明治28年2月に発行された、現存する最古の営業命令書(『東華軒100年史』より)

荒木さん:その功績が認められ、国府駅が開業した翌年、1888年(明治21年)に東海道線で初めての駅弁として認可されました。当時の駅弁は「竹の皮に包んだおにぎり」や「押寿司」だったそうです。

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▲創業者が作っていたというおにぎりを再現したもの(『東華軒100年史』より)

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▲現在も残る「小鯵押寿司(1,030円)」

──東華軒さんと言えば鯛めしのイメージだったんですが、最初は押寿司だったんですね!

荒木さん:はい。この小鯵押寿司は、現在でも職人の手作業で作られています。

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▲職人の技が光る小鯵押寿司

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▲職人さんがものすごいスピードで鯵を切り分けていく

──先ほど現場を見せていただきましたが、それまでは機械で切っているのかと思っていました。

荒木さん:機械に比べると効率はよくないかもしれませんが……作り方は当時とほとんど変わっていないんですよ。

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▲きれいに揃えてケースの中へ

──すごい! 当時の味がそのまま受け継がれているんですね!

荒木さん:他にも鯛めしなど昔から作られている弁当については、調味料とかおかずは時代の流れで多少は変わる部分もあるんですけど、大まかな作り方に関してはほとんど変わっていません。

──伝統の味なんですね。噛みしめます……!

国府駅で駅弁……売れるの?

──それにしてもなぜ、国府駅で駅弁を売っているんですか?

荒木さん:国府駅は、昔はすごく栄えていたんです。

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▲東海道線が開通したころの国府駅(『東華軒100年史』より)

──そうなんですか!

荒木さん:元々は東海道線の終点が国府だったんです。その後も機関車の基地があり、当時最速の列車だった「燕」すらも停車するなど、明治・大正時代の国府駅は交通の要所として、このあたりの中心地になっていたんです。

──そうなんですね! わたしも長年近くの市に住んでいたんですが、知りませんでした……!

荒木さん:そのうち小田原や熱海まで線路は伸び、電化もされて、徐々に鉄道の拠点が小田原に移ったと言われています。

──正直、現在はあまり栄えてるとは言いづらい国府ですが、今でも国府駅に売店を出している理由はなんでしょうか。

荒木さん:そうですね、やっぱり創業の地ですので。

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▲国府駅構内で販売していたころの制服(『東華軒100年史』より)

荒木さん:元々は国府駅の構内で立ち売り販売していたんですが、さすがにそれはもうできません。残念ながら時代の流れで販路は小田原駅の方にシフトしていますが、それでも国府駅に売店だけは残しておこうと。

──ルーツを守っていこうって感じなんですね。国府駅売店の売り上げは……どうなんでしょう?

荒木さん:ええと、正直なところ……よくはないです。

──えええ! 想像以上に厳しかった……!

荒木さん:そこにきてこのコロナ禍で外出は自粛、通勤もリモートワークになりました。
実は、小田原駅売店は売り上げが7~8割落ちてしまったんですが、国府駅売店に関しては地元の方やずっと利用していただいているお客様に愛されている店舗なので……売上が前年と変わらなかったんです。

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▲大正初期の小鯵押寿司と鯛めしのかけ紙(『東華軒100年史』より)

──長年の常連さんが買い続けてくれたんですね!

荒木さん:この地で130年やらせていただいていることもあって、根強く利用してくださっている方が多かったんです。中には親子三代で弊社の駅弁を食べているという方もいて……。改めて、支えてくださる方々に感謝しています。

駅弁へのこだわり

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▲鯛めしのかけ紙(『東華軒100年史』より)

──それだけ長く愛されている、駅弁のこだわりについて教えてください。

荒木さん:駅弁って、そもそもその地に根付いた食材であるとか、地場産のものを使うというところから生まれている商品なんです。

──旅行で食べるお弁当だからってことですね。

荒木さん:そうですね。鯛めしで言うと、かつては相模湾で鯛がよく取れた時代があったんです。「その鯛を何とかして名物にできないか」ということで生まれたメニューなんですけども。

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▲名物鯛めし。甘めのふわっとした「おぼろ(魚介類の身を細かくほぐして調味したもの)」が醬油ベースの炊き込みご飯と実に合う

──地場産のもので名物を作りたいという……!

荒木さん:はい。普通「鯛めし」って言うと、ほぐし身とかを作るところが多いんですけど、車内で食べるお弁当として長持ちするようにと試行錯誤の末、今のご飯の上にかける「おぼろ」が出来上がったと聞いています。

──おかずに関しては何か理由があるんですか?

荒木さん:鯛めしには梅干しとちくわが入っているんですけど、それにも理由があって。小田原名物の「曽我の梅」と、特産物の練り物といった、地域を意識した食材を入れるようにしています。

──もうひとつの名物「こゆるぎ弁当」も変わった名前ですね。

荒木さん:所説あるんですが、昔小田原のことを「こゆるぎ」と呼んでいたという説があります。国府は小田原市ですから、やはり地元の物をふんだんに使ったお弁当を「こゆるぎ弁当」と名付けたんです。

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──こゆるぎ弁当はどんなお弁当なんですか?

荒木さん:小田原の名所・曽我梅林をイメージして、梅干しの樽を模した丸いわっぱ型の容器に入っています。また、小田原は海と山があるので、海の幸と山の幸を交えたお弁当になっています。

──130年前から、いわば地産地消の思いで作られているんですね!

荒木さん:はい、その思いはすごくあります。また、鯛めしの鯛おぼろとか、こゆるぎの鶏そぼろについては、細かいレシピは一部の人間しか知らない「秘伝の味」となっています。

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▲工場で作られるこゆるぎの鶏そぼろ。しっとりした独特の舌触りで、単品でも販売している

──門外不出の味ということですか……!

荒木さん:そうですね。使う食材も詳しくは言えないんですが、鶏肉なんかは特別なお肉を使っています。うちにしか出せない味にこだわっていますね。

進化する駅弁、繁忙期は9月!

──伝統の駅弁について伺ったんですが、新しい駅弁についてもお聞きしたいです。

荒木さん:大体年に3~4種類の新作が出ます。商品開発部が企画を出してコンセプトを考えたり、営業がお客様の要望を聞いて、それに合った商品を作ったり……という感じです。地元小田原のイメージが前提になるので、常にネタには苦しんでいます(笑)。

──ネタを考える難しさはわかります……! 年に3~4種類だと、1シーズンにひとつぐらいでしょうか。

荒木さん:いえ、弊社は9月からが繁忙期となるので、そこに合わせる場合が多いですね。今年も9月1日に新作の駅弁が出ます。楽しみにしていてください。

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▲2014年販売開始の「金目鯛西京焼弁当」。現在では売上ベスト3に入る駅弁だそう

──駅弁は9月が繁忙期なんですか!

荒木さん:よそはわかりませんが、弊社は9月から12月くらいまでですね。**熱海や箱根の紅葉の時期が、どうしてもいちばんの繁忙期**になりますね。

──既存の駅弁に改良を加えることはありますか?

荒木さん:昔からのファンの方が多いので、基本の味はずっと残していくつもりですが、おかずはリニューアルすることもあります。「面白い食材が開発できたからこれに切り替えたい!」と商品開発部から言ってくることもありますし。
あとは、食材ではないんですが、鯛めしもリニューアルした部分があるんですよ。

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▲いまの鯛めしには木のスプーンがついている

──食材以外の部分でのリニューアル? どんなところでしょうか。

荒木さん:現在は鯛めしにスプーンがついていますが、これは私が入社してからの改良点なんです。

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荒木さん:実は私、東華軒の鯛めしが好きでこの会社に入ったんです。小さい頃から食べているんですが、いつもポロポロこぼしちゃうのでスプーンを使っていて。
入社してから「箸で食べづらいので、スプーンをつけませんか?」と提案したところ、承認されたんです。

──なんと! 荒木さんも子どもの頃からのファンだったんですね。

荒木さん:はい、志望動機を聞かれて「鯛めしが好きなんで!」って答えました。なので、お客様と近い距離で仕事ができていると思います。

駅弁の未来とこれから

──在来線の電車の中で駅弁を食べることも少なくなっていると思いますが、それについてはいかがですか。

荒木さん:さすがに、通勤電車の中で食べるのは迷惑になっちゃいますから、「駅弁を食べる場所」がなかなかありませんよね。駅弁屋にとっては厳しい時代です……!
今は在来線よりも、サラリーマンの方が新幹線の中で食べるケースが多いと思います。

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▲筆者

──東華軒さんは駅弁以外のお仕事もされていると聞きましたが、今後はほかの事業で売り上げを立てていく感じになるのでしょうか。

荒木さん:いえ、仕出し弁当とかパンも作っていますが、売上の6割ぐらいは駅弁が占めています。意外と「持ち帰って家で食べる」という方が多いですね。土日・祭日・お盆あたりは家族連れのお客様にお土産として買っていただくこともあります。

──お土産ですか!

荒木さん:地元の味だし、歴史が長いので、引っ越した友達やおばあちゃんに持って行く、なんて方も多いですね。あとは、小田原城をバックにして食べるとか、海で食べるとか……そうやってSNSに投稿をしてくれるお客様がいらっしゃったりします。

──SNSが……! インスタとかでしょうか?

荒木さん:はい、インスタグラマーや駅弁YouTuberみたいな方がいて、うちの駅弁を紹介していただいた影響でちょっと売れたりとか。なかなかこちらで把握はできないんですが、社外の友達から「東華軒の駅弁、紹介されてたよ」と教えてもらったりしますね。

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──コロナで外出がしづらい状況だと思いますが、いま東華軒さんの駅弁を買いたくなったら、どこに行けば手に入るのでしょうか。

荒木さん:「宅配や通販をやっていませんか」という問い合わせがあるんですが、なにせ生ものなので……手元から離れた後の保証ができないので、どちらもやっていません
実店舗では小田原、熱海、国府の売店のほか、都内では東京駅構内の「駅弁屋 祭」に少数ですが納品しているので、そちらをご利用いただければと思います。

──やはり、コロナが収まったら国府などに来てもらって、という形でしょうか。

荒木さん:そうですね、あとは例年1月に開催されている京王百貨店・新宿店の駅弁大会と、秋口や春先に全国の百貨店でやっている駅弁大会にも参加させていただいているので、その時期はお近くで手に取っていただける機会があるかもしれません。

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──駅弁はお弁当の中でもちょっと特別な魅力がありますよね。

荒木さん:ありがとうございます。正直、駅弁は高い商品だと思います。今はコンビニや弁当チェーンで5~600円でお弁当が買える時代ですから。
そんな中で、1,000円近い駅弁を買っていただくので……とてもありがたいし、そういうお客様に今までと変わらないもの、そしてより美味しいものをお届けしたいという気持ちで毎日働いています。

──ありがとうございました。最後に、読者の方に一言お願いします!

荒木さん:コロナが終息したら、また是非旅に出ていただいて。その際に「小田原に行った時に食べたあの駅弁」と、思い出のなかの1ページに残していただければ幸せです。

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▲帰りに駅のホームで食べた「こゆるぎ弁当」は格別でした

撮影:ししとう

www.toukaken.co.jp

書いた人:少年B

少年B

食べることが大好きなフリーライター。「高カロリーなものを食す罪悪感をあらゆる屁理屈で肯定する宗教」セーフ教の教祖をしています。お腹がすくと凶暴になり、満腹になると眠くなる機能を搭載。

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