エクソフォニー - 岩波書店 (original) (raw)
母語の外に出るという言語の越境で何が見えてくるか.ドイツ語と日本語で創作する著者の鋭敏なエッセイ.(解説=リービ英雄)
エクソフォニーとは,ドイツ語で母語の外に出た状態一般を指す.自分を包んでいる母語の響きからちょっと外に出てみると,どんな文学世界が展けるのか.ドイツ語と日本語で創作活動を行う著者にとって,言語の越境は文学の本質的主題.その岩盤を穿つ,鋭敏で情趣に富むエッセーはことばの世界の深遠さを照らしだす.(解説=リービ英雄)
■編集部からのメッセージ
本書の書名は耳慣れない言葉です.英語やドイツ語の辞典に掲載されているわけではありませんが,母語の外に出た状態一般を指す言葉であると言えます.このエクソフォニーという言葉は,ドイツ語と日本語の双方で旺盛な創作活動を続けてきた著者にとって,極めて重要な意味を持っています.なぜなら言語の越境とは著者の文学の本質的主題であるからです.
本書第一部は,世界各地の都市を歩きながら,越境する言語について深められてきた思索の一端が平明でみずみずしいことばによって,開陳されています.世界の多くの街で著者は母語の外へ出る楽しみを語り続けています.ただそれは単なる楽しみだけではありません.
たとえばソウルを訪ねた際には「日本人のせいでエクソフォニーを強いられた歴史を持つ国に行くと,エクソフォニーという言葉にも急に暗い影がさす」と著者は書いています.
また日本語とドイツ語で小説を書く著者を苛立たせるのは,「夢を見る時は何語で見るのか」と質問された時だといいます.なぜなら日本語とドイツ語だけでなく,(全くできない)スペイン語の悪夢さえも見ることがあるからだそうです.(あなたは本質的にはドイツ人になってしまったのではないかとか,魂はやっぱり日本人なのではないかというよくありがちな問いかけを一蹴しながら),著者は夢の中でもたくさんの舌を使って,多様な言葉を話そうとしているのだと言いたいのでしょう.
本書は,異言語の内部で,書き言葉の表現の可能性について鋭く問い続けている著者ならではの鋭くやわらかいエッセイです.言語の越境によって何が見えてきたのか.それは自らの文学をいかに規定したのか.自己の立脚点に真摯に向き合った文章は,言葉に正面から向き合おうというすべての読者にとって,多くの発見をもたらしてくれそうです.
本書は2003年小社より刊行された単行本の復刊で,解説を同じく越境の作家であるリービ英雄氏が執筆しています.
第一部 母語の外へ出る旅
1 ダカール エクソフォニーは常識
2 ベルリン 植民地の呪縛
3 ロサンジェルス 言語のあいだの詩的な峡谷
4 パリ 一つの言語は一つの言語ではない
5 ケープタウン 夢は何語で見る?
6 奥会津 言語移民の特権について
7 バーゼル 国境の越え方
8 ソウル 押し付けられたエクソフォニー
9 ウィーン 移民の言語を排斥する
10 ハンブルク 声をもとめて
11 ゲインズヴィル 世界文学,再考
12 ワイマール 小さな言語,大きな言語
13 ソフィア 言葉そのものの宿る場所
14 北京 移り住む文字たち
15 フライブルク 音楽と言葉
16 ボストン 英語は他の言語を変えたか
17 チュービンゲン 未知の言語からの翻訳
18 バルセロナ 舞台動物たち
19 モスクワ 売れなくても構わない
20 マルセイユ 言葉が解体する地平
第二部 実践編 ドイツ語の冒険
1 空間の世話をする人
2 ただのちっぽけな言葉
3 嘘つきの言葉
4 単語の中に隠された手足や内臓の話
5 月の誤訳
6 引く話
7 言葉を綴る
8 からだからだ
9 衣装
10 感じる意味
著作リスト
解説・リービ英雄
多和田葉子(たわだ・ようこ)
1960年東京生まれ.高校時代第二外国語としてドイツ語を習い始める.早稲田大学第一文学部ロシア文学科卒業.ハンブルク大学修士課程,チューリッヒ大学博士課程修了.文学博士(ドイツ文学).82年よりハンブルク在住.91年「かかとを失くして」(群像新人文学賞),93年「犬婿入り」(芥川賞).2000年『ヒナギクのお茶の場合』(泉鏡花賞),02年『球形時間』(Bunkamura ドゥマゴ文学賞),03年『容疑者の夜行列車』(伊藤整文学賞・谷崎潤一郎賞),11年『尼僧とキューピッドの弓』(紫式部文学賞)『雪の練習生』(野間文芸賞)等の日本語での受賞作品とともに,ドイツ語の作家としても旺盛な創作活動を展開している.
書評情報
産経新聞 2019年8月1日
情報春秋 2013年2月28日号
読売新聞(夕刊) 2012年11月26日
朝日新聞(朝刊) 2012年11月18日