弘法大師空海のお話㉔ ~ 全国に残る「箸立伝説」、お箸から御神木へ ~ 「法の水茎」146 (original) (raw)
雨模様の中をお墓参りに来てくださったようです。
永代供養塔に秋の草花が飾られていました。
有り難いですね。
ご先祖様もお喜びでしょう。
今月の『高尾山報』「法の水茎」も弘法大師空海をめぐるお話です。「大師講」や「お箸」にまつわる伝承について書きました。お読みいただけましたら幸いです。なお今月号には、先日得度式を行った息子の記事も掲載くださいました。誠にありがとうございます。
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「法の水茎」146(2024年8月号)
梅雨明けしてからの日本列島は、猛暑に豪雨にと不安定な天候が続きました。被害に遭われた皆さまに心よりお見舞いを申し上げます。
秋立ちて幾日もあらねばこの寝ぬる
朝明の風は手本寒しも
(『万葉集』安貴王)
(秋になって何日も経たないのに、今朝の明け方の風は手首に涼しさを覚えるよ)
この歌に見られる「秋立つ」とは、二十四節気の「立秋」(今年は8月7日)を表します。暦の上での秋を迎えて、涼やかな風が朝な夕なに吹き始めているでしょうか。年々四季の移ろいを感じにくくなってきたとも言われますが、短い秋の訪れをともに喜び、穏やかな心持ちで楽しむことができればと思います。
関東地方の一部では、8月1日(旧暦7月1日)を「釜蓋朔日(かまぶたついたち)」と呼び、この日からご先祖様が家々に向かって出発すると考えられています。一週間後の7日は月遅れの七夕の日でもあり、お盆(13日から16日)までの折り返し日にも当たります。お盆の精霊棚にはキュウリ馬とナス牛をお供えするように、こちらの世界(此岸)には足の速い馬(迎え馬)に乗ってお帰りになり、ゆっくりとした歩みの牛(送り牛)に乗りかえてあちらの世界(彼岸)にお戻りになります。少しでも長く家族水入らずで過ごしたいというご先祖様の気持ちを感じつつ、お墓掃除やお墓参りをなされてみてはいかがでしょうか。きっと心の中にも清々しい涼風が吹きわたることでしょう。
さて先月号では、日本の東の境界(現在の青森県)に伝わる弘法大師空海(774~835)伝承について書いてみました。お大師さまの足跡は全国に残されていますが、東北や北陸、中部地方の日本海側などでは「大師講」という民間行事も伝わっています。これは、旧暦11月23日の晩にやってくるお大師さまに小豆粥や団子をお供えするというものです。
地方によっては「大師講の擂り粉木隠し」という諺も残されており、それは次のような伝説に基づいています。
旧暦11月の大師講の日のこと。足の指を擂り粉木(すりこぎ)のように失っていた年配の女性が、弘法大師を家にお泊めしました。ところが女性の家は貧しくて食物もありません。女性は悩んだ末に雪降る中を外に出て、隣家から盗んできた食べ物をお出ししたのでした。
お大師さまは一部始終を知っていました。盗んだ罪(偸盗(ちゅうとう))はあるけれど、女性の信心に免じてそれを許しました。そして、お経を唱えている間に、さらに雪を降らせて、女性の足跡を隠したのだそうです(『諺語大辞典』)。
「大師講」では、片足の不自由さを伝えるこの話から、長短2本の箸を小豆粥や団子などのお供え物に添えたり、長い箸で団子を刺して子どもに食べさせるという風習も残されています。仏教の食事作法として中国から伝来したと言われる箸ですが、「大師講」には欠かせない道具の一つです。
箸に注目すれば、箸の材料には、竹や杉、柳などの木が多く使われます。中でも真っ直ぐに高く伸びる杉は、古くから神聖な木として崇められてきました。
お大師さまと深く結びつく話に「箸立伝説」というものがあります。これは、高僧や貴人が弁当に用いた箸を地に立てたところ、それが根づいて芽を吹き大木となって、やがて御神木になるという伝説です。西行(1118~1190)や源頼朝(1147~1199)、太田道灌(1432~1486)などが主人公となる話が伝わる中で、とりわけ全国的に多く見られるのはお大師さまにまつわる「箸立伝説」です。
例えば、かつての奈良県宇陀郡内牧村(現在の宇陀市榛原の一部)には「千本杉」と呼ばれる杉の巨木があり、これは昔、お大師さまが宝生山に登るときにここで弁当を食べ、箸を地に立てたものが成長したものとか。伐採すると祟りがあるため、しめ縄を張って守られてきたのだそうです(柳田国男監修『日本伝説名彙』参照)。
思えば、高尾山の杉木立の中には東京都指定天然記念物に指定されている「飯盛杉(めしもりすぎ)」が聳え立っています。案内板によれば、かつては樹形が円錐形で、その姿が強飯式(ごうはんしき)(山伏の儀式)で盛り上げられたご飯の様子に似ていたところから名付けられたとか。残念ながら昭和34年(1959)の伊勢湾台風の被害によって樹形が変化し、今に至ると言います。
「飯盛杉」は別名「箸立杉(はしたてすぎ)」とも言い、お大師さまの伝承も残されています。大正期に行われた「天然記念物老樹大木の調査」によれば、この巨木はお大師さまが関東で教えを広められていた際に、高尾山の地に杉の杓子(飯や汁などをすくいとる道具)を立てて芽吹いた霊木とのこと。その時点で推定樹齢約500年と記されています。
高尾山を訪れた多くの参詣者が見上げた「飯盛杉」。お大師さまの面影を慕いつつ、さらなる成長を願います。
最後までお読みくださりありがとうございました。