雪道運転はここが危ない! ドライブレコーダー映像で学ぶ「冬のヒヤリハット」事例 (original) (raw)

雪道運転はここが危ない! ドライブレコーダー映像で学ぶ「冬のヒヤリハット」事例

こんにちは。ライターの石川大樹です。

何を隠そうペーパードライバーの私ですが、そろそろ運転できた方がいいんじゃ……と思っています。大きな荷物を担いで、バスを乗り継いでの取材は大変なんです。車があればスイスイ行けるのに!

そんな私の妄想カーライフの最終目標となっているのが、冬の帰省先での運転。地元の岐阜県は合掌造りで有名な白川郷もあり、緯度の割には雪の多い地域です。車が半分埋もれるような雪道&山道もたくさん。冬の運転には「怖い」イメージしかありません

読者の皆さんの中にも、これからの季節、スキーに行ったり、年末年始の帰省先で買い物に行ったりと雪道で車を使う方もいらっしゃるのではないでしょうか。

そこで思い出したのが、以前取材した「ヒヤリハットデータベース」。このような映像を収集して分析しているものですね。

この「冬版」があればすごく役立つのでは……? そう思い立った私は、ヒヤリハットデータベースを運用している東京農工大学の皆さんに再度ご協力いただき、「冬のヒヤリハット」シーンを教えていただくことにしました。

ドライブレコーダーの映像で「冬の運転はどんな場所に注意したらいいのか」わかります

【お話を聞いた人】

ポンサトーン先生

ポンサトーン・ラクシンチャラーンサク先生:東京農工大学教授。ポンサトーン研究室では交通安全、快適性、運動性能向上のための新しい車両運動制御・運転支援手法の設計・開発を行っている。車を使う日に東京が大雪で、速度やスリップを気にしつつドキドキしながら運転したことがある。

大北さん

大北由紀子さん:東京農工大学スマートモビリティ研究拠点・ポンサトーン研究室の産学官連携研究員。ドライブレコーダー映像から危険度や状況を分析し、ヒヤリハットデータベース構築業務を行っている。冬の箱根ターンパイクで冬道の怖さを目の当たりにし、毎年12月中旬までには冬タイヤに履き替えている。

【聞き手】

石川大樹

石川大樹:編集者・ライター。読み物サイト「デイリーポータルZ」などで活動。ペーパードライバーなので、編集者として取材に同行するときは毎回ライターさんに運転をお願いし、気まずい思いをしている。

ヒヤリハットデータベースのおさらい

まず、ヒヤリハットデータベースについておさらいから。ヒヤリハットデータベースとは、タクシーのドライブレコーダーで記録したヒヤリハット(危険なシーン)をデータベース化したもの。全国8ヵ所(札幌、秋田、宇都宮、東京区部、東京多摩、静岡、高松、福岡※)の記録を収集しています。

※2024年11月現在。ただし札幌は2023年3月までで収集を終了

特徴はすべてのケースで映像が残っていることと、事故に至らなかったヒヤリハットも収録されていること。さらに、自動車の速度やブレーキなどの操作情報までセットで記録されているので、より詳しい原因分析が可能です。

データ収集件数は延べ22万件以上あり、映像は対象の種類(「歩行者」「自転車」など)や危険の種類(「出合い頭」「単独」など)、現場の状況などを表すタグ付けがされています。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生が「ヒヤリハットデータベース」の責任者

石川大樹

石川

ヒヤリハットデータベースには冬の危険シーンも記録されていますか?

大北さん

大北さん

はい。札幌や秋田といった北国はもちろん、実は東京や静岡にも冬季のスリップの事例があります。

データベース上では、「積雪」「凍結」といった路面状況や、「雪」などの天候情報でタグ付けして検索できるようにしています。

石川大樹

石川

冬の危険シーンにはどんなものがあるのでしょう?

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

大きく分けて、

などが挙げられますね。データベースから抽出した特徴的な事例を見てみましょう。

映像の中から、私が特に気を付けたいと思ったものや、印象的だったものを順に紹介していきます。

映像で学ぶ「冬の運転の注意点」

【事例1】止まれなくて前の車に追突

発進した前の車が、何らかの理由ですぐ停止。それに気付いてこちらも確かにブレーキを踏んでいるのですが……止まることができず追突してしまいました。

石川大樹

石川

これはどう防げばいいのでしょう。そんなに勢いよく発進してはダメということですか?

大北さん

大北さん

車速は12キロくらいなので、決して速くはないんです。車間距離に注意すべきでした。夏の道なら止まれても、雪道では止まれません。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

車が止まるために必要な制動距離は、摩擦力の限界の関係で、凍結路面だと乾燥路面のだいたい8~10倍になるんです※。それを意識して車間距離を空けないといけません。

※:参考:日本自動車タイヤ協会「冬道走行とタイヤ

石川大樹

石川

追突防止といえば、今は自動ブレーキの付いた車も多いですよね?

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

そうですね。でも、現状の自動ブレーキは路面の摩擦係数の変化にまで対応できていないものが多いんです。雪道や凍った路面では過信しない方がよいでしょう。

たとえ安全装置が付いていても、車間距離は大事! それではもう一つ、別の止まれなかったケースを見てみましょう。

【事例2】止まれなくて街路樹に激突

前方の車が右折しようとしているのに気付き、ブレーキを踏みつつ右へ寄って避けようとしたところ……車はコントロールを失ってしまいました。元の車線に戻ることも止まることもできず、街路樹に激突。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

ブレーキも効かず、ハンドルを切った時点で、車がアンダーステア状態(車が曲がる際に進路の外側に膨らんでしまうこと)になっています。車室内の映像を見るとドライバーは必死で左に切ろうとしてるんですけど、全く車が曲がってくれません。

石川大樹

石川

そもそもの問題としては、前方の車が急に右折したせいですよね?

大北さん

大北さん

そうですね。ですからドライブレコーダーがあって良かった事例でもあります。もしこのあと相手がそのまま立ち去って、記録もないということになったら、単独事故扱いになってしまうと思うので。

あらためてドライブレコーダーの大切さを噛み締めつつ、次の事例を見てみましょう。

【事例3】うまく左折できず横すべりを起こしてしまう

雪道で軌道修正のために急にハンドルを切ると、大きな横すべりが発生してしまい、うまくいかない場合があります。

大北さん

大北さん

雪道や凍結路面は普段の乾燥路面よりも曲がれないので、気持ち早めに、ゆっくりハンドルを切りましょうと言われています。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

轍(わだち)のある道路では、タイヤと路面の接地状態が悪く、タイヤのグリップ力が弱くなり、車の挙動が不安定になりやすいです。その状況の中で、びっくりして慌てて急ハンドルを切ると、車両に大きな横すべりが発生し、ドライバーが意図した走行コースに追従することが難しくなります。

ヒヤリハットデータベースの映像は、地元のタクシーに搭載されているドライブレコーダーの映像なので、十分に雪道に慣れている人の運転ばかりです。それでも一度コントロールできなくなると、こうなってしまうとは恐ろしい……。

さらに、何でもなさそうな場所にもスリップの危険は潜んでいます。

【事例4】雪道のカーブでのスリップ

緩いカーブでそれほど危険なようには見えませんが、急に車がスリップしてしまいました。何が起きているのでしょう!?

大北さん

大北さん

カーブで坂の傾斜が変わるところ、特に上り坂から下り坂に変わる峠は滑りやすいです。これは雪道に限らず雨のときでもそうなんです。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

勾配が変わるタイミングでは、前輪・後輪タイヤにかかる垂直荷重が変化します。荷重の大きさとその前後のバランスによりハンドルの効きも変わってきますから、その状態でカーブを通ると車が不安定になるんです。

このあたりはポンサトーン先生の専門分野。下の動画は、カーブ走行中に路面の摩擦係数が変化すると、曲がり切れずに車線を外れてしまう様子のシミュレーション。白い車は時速53キロ、半透明の車は時速70キロ。スピードが遅い方がまだ安定して曲がれています。

こうした現象は、坂道だけでなくブレーキを踏んだときにも起こるそうです。そして、これを予防するのに有効なのが、横滑り防止装置※。四輪それぞれ独立にブレーキ力を制御することで車の姿勢を安定化させてくれます。

※VDC(Vehicle Dynamics Control)やESC(Electronic Stability Control)など、メーカーによって呼称が異なる

次はスリップの最後の事例。実は、雪が積もってなくても起こるんです。

【事例5】橋の上でのスリップ

これは東京23区内、橋の上での記録。何もないところで急に車が右に曲がっていったように見えますが、何が起きたのでしょうか!?

大北さん

大北さん

橋の接合部、金属の部分で滑ってしまっているんです。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

前輪は問題なく通過していますけど、後輪が接合部に乗ったタイミングで車の姿勢が崩れています。

つまり、これも【事例4】と同じで、前輪・後輪タイヤの力のバランスが変わってしまったから起きているようです。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

通常であればスピンするほどのスピードでもないので、タイヤのメンテナンスがされていなくてツルツルだったのかもしれません。

大北さん

大北さん

データ上は冬の雨の日ですが、部分的に凍結していた可能性もあります。いずれにせよ、雪国じゃなくてもスリップには警戒しておく必要はあると思います。

スリップにもいろいろなケースがあるんですね。でも雪道のヒヤリハット、それだけじゃないんです。

【事例6】除雪後の「雪の山」による死角

動画の9秒ごろ。除雪された雪の山の陰から、急に車が現れます。

大北さん

大北さん

除雪された雪が壁のように積み上がって、死角を作り出しているんですね。出てくる側の車にとっても死角が増えていますから、安全確認のために前に出てこざるを得ないわけです。雪で道が狭くなってるので、出合い頭にヒヤリとする状況です。

上の映像では車が出てきましたが、歩行者が飛び出してくるパターンも多いようです。

石川大樹

石川

これはどう対策したらいいのですか?

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

スピードを落として、いつも以上に安全確認するということに尽きますね

なお、視覚情報という点では、冬の道路は他にもさまざまな危険があります。

🚙冬の運転は視界がこんなに悪くなる🚙

冬の視界の悪さは以下の映像が参考になります。除雪の山が連なり、停止線も見えません。そして、まぶしい……!

とにかく、いつも以上にスピードを落として、安全確認もしっかり行い、不測の事態に備える必要がありそうです。

【事例7】スタック(タイヤが空転)して動けない

最後に、車がスタックして身動き取れなくなってしまった映像をご紹介したいと思います。

大北さん

大北さん

スタックすると押しても引いてもダメですね。こういうときは、強くアクセルを踏まないで、ちょっと前、ちょっと後ろ、ちょっと前、ちょっと後ろ……と少しずつ踏み固めていくと動けるようになると言われています。ただ私は実際にはやったことがないので、ごめんなさい(笑)。

毛布などを敷くと脱出しやすくなるので、万が一に備えて準備しておくとよいでしょう。

大北さん

この日は30本以上の映像を見せていただきました。映像を見せてくださるときの大北さんの表情、いつも「ドライブレコーダー映像愛」の深さが伝わってきます

冬のヒヤリハットを避けるには?

というわけで、データベースから貴重な映像をたくさん見せていただきました。ここからはドライブレコーダー映像分析のプロであるお二人に、冬の安全運転についてのアドバイスをいただきます。

石川大樹

石川

映像で見せていただいた以外で、冬のヒヤリハットを避けるために注意すべき場所はありますか?

大北さん

大北さん

一つは交差点の周辺ですね。交通量が多く、「圧雪アイスバーン」といって、踏み固められた雪が固く凍結する現象が起きやすいです。また前の車が歩行者などに対してブレーキを踏むことも多いので、十分に車間距離をとる必要があります。

同じく圧雪で凍結しやすいのはトンネルの出入り口や日陰になる時間の長い高架の下など。こちらも注意が必要です。

石川大樹

石川

時間帯ではどうでしょう?

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

昼は交通量が多く、スリップしたとき他の車にぶつかりやすい。夜間は一度溶けた雪が再び凍結します。交通量は少ないのですが、そのぶんスピードを出しがちなんです。なので、冬はどの時間帯も注意が必要ですね。

雪道を安全に運転するための具体的な対策もうかがいました。

🚙雪道を安全に運転するための対策🚙

大北さん

大北さん

どんなに運転歴が長くても、雪国にお住まいの方以外は全員初心者のようなものです。これは必ず意識していただければと思います。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

雪道での運転は避けられるものなら極力控える。どうしてもという場合は、しっかり知識を身に付けて、アイテムなど雪対策をした上で運転していただきたいと思います。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

車両運動制御などがご専門とあって、車に見立てて物を動かしたり、ときには物理の公式も使いつつもわかりやすく車両の運動を説明してくださったポンサトーン先生。先生に物理を教わりたい!と文系出身の私は思いました

冬の運転環境はどう変わってきている?

ドライバー側でも十分に気を付けたい冬の運転ですが、自動車側の装備の面でも対策が進んでいます。

石川大樹

石川

近年、冬の運転環境はどのように変わってきていますか?

大北さん

大北さん

大きな変化といえば、横滑り防止装置の普及ですね。私も雪道で滑ったことがありまして、スピンし始めて「やばい!」と思ったら、動きを車側で制御してくれてるのがわかったんです。助かりますよ、あれは。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

横滑り防止装置は、ドライバーが狙った方向に車体旋回姿勢をちゃんと修正してくれます。装置の性能は今もどんどん進化しています。

そういった予防安全技術(事故を未然に防ぐための技術)の開発には、ヒヤリハットデータベースも貢献しているという話を以前うかがいました。冬の運転に対しては、今後データベースはどういう役割を果たしていくのでしょうか。

大北さん

大北さん

横滑り防止装置にしろ、トラクションコントロールシステム(発進・加速時のタイヤの空転を防止する装置)やABS(Anti-lock Brake System、アンチロック・ブレーキシステム)にしろ、それがあれば防げた事故や、実際に作動して助かった事例などをメーカー各社に提供することで、装置の普及を手助けしています。また大量のヒヤリハット事例は、開発のためのデータとしても生かしていただけます。

ポンサトーン先生

ポンサトーン先生

今後の夢としては、例えばヒヤリハットが多発しているポイントをクラウドに集めてシェアするようなことができないか考えています。どこが危険なポイントかがわかれば、雪道に慣れていない人でも運転しやすくなるでしょう。

事故が起きてから対応するのではなく、先読みして危険を予測する安全対策へ――。こういった情報面からの対策と、私たちドライバーの安全意識、そして車側のテクノロジー。この3つが揃えば、冬の運転もどんどん安全になっていくに違いありません!

🚙 🚙 🚙

……と将来への希望を抱きつつ、やっぱり実際に運転するのは怖い!

でもお話をうかがうことで、「何が起きるかわからなくて怖い」から、「怖いポイントがわかった。気を付けるぞ!」という気持ちにまでバージョンアップすることができました

また、横滑り防止装置のような安全に運転するためのシステムがどんどん進歩しているのは私のような初心者にとっても朗報です。

いつか雪の岐阜県を自由自在に行動できる日を夢見て! まずは雪のない都内から運転を始めてみようかな。

交通事故防止のポイントを知る

撮影:関口佳代
編集:はてな編集部