まるで「走るスマホ」 テスラのスポーツEVを試乗 編集委員 大西康之 - 日本経済新聞 (original) (raw)

2014年9月7日 7:00

米テスラ・モーターズの高級スポーツ電気自動車(EV)「モデルS」の納車が8日に日本で始まる。ガソリン車をしのぐ運動性能を持つモデルSは電気自動車のイメージを一変させるが、驚くべきはその構造のシンプルさだ。極論すれば電池とモーターを組み付けるだけ。その生産工程はまるでスマートフォン(スマホ)のようだ。

車内操作はタッチパネルで

モデルSは米国ですでに2012年から発売されており、フェラーリやポルシェに乗っていたセレブが続々と乗り換えている。その実力を知るため、モデルSを個人輸入した知人に頼んで一足早く試乗させてもらった。

高級感が漂う外観は、イタリアの高級スポーツカー「マセラティ」を思わせる。ドアを開けようとクルマに近づくとドアハンドルがドアの中に埋め込まれていて、つかむところがない。キーを持った人が手を近づけるとドアハンドルがせり出してくる。走行中の空気抵抗を減らすための工夫だ。

運転席に座ると、まずコンソールの中央にあるタブレット端末大の液晶パネルに驚く。ダッシュボードの周辺にスイッチの類いはほとんどなく、空調やオーディオはタッチパネルで操作する。インターネットに常時接続して、グーグルマップでナビゲーションしたり、様々な情報を検索したりできる。

スイッチを入れて走り出すと、車内は静寂そのもの。EVだから当たり前だが、エンジンの駆動や変速に伴う振動は一切ない。まるで魔法のじゅうたんのような乗り心地だ。しかし、モデルSが実力を発揮するのはここからである。アクセルを踏み込むと大きな車体がウソのように急激に加速し、革張りのシートに体が押しつけられた。試乗したモデルSは停止状態から5.6秒で時速100キロメートルに到達する。上位車種のモデルSパフォーマンスは4.4秒だ。

騒音や振動ない未体験の加速

日産自動車のGT-R(2.7秒)やフェラーリ(3秒)には及ばないが、通常のスポーツタイプの市販車が6秒台後半であることを考えると、ずば抜けた加速性能といえる。しかもガソリン車のエンジンが高回転するときのような騒音や振動は一切ない。ヒューンという音を残して滑るように加速する走りは、これまでに体験したことのないものだった。

フル充電したときの航続距離は最大500キロメートル以上で、かかる電気代は1000円。日本の価格は823万円からだが、補助金対象のため実際の負担はもっと安くなる。まだ「お金持ちの車」ではあるが、コストパフォーマンスは普及してもおかしくないレベルに達しつつある。

だが最も驚いたのはクルマを降りてボンネットを開けたときだった。ガソリン車ならエンジンがあるはずの場所が空洞なのだ。モデルSの驚異的な走りを支えているのは後輪のそばに配されたサッカーボールより一回り小さいモーターであり、エンジンも排気管もガソリンタンクもない。

ホンハイに製造を打診?

モデルSのモーターを構成する部品点数は約100個。シリンダー、カムシャフトなど1万~3万点の部品からなるガソリンエンジンに比べ、はるかに単純な構造だ。

そこから想像されるのは驚くべき生産工程の簡略化だ。電池とモーターを買ってきて、好みの形にデザインしたボディーを乗せればできあがり。自動車メーカーの生命線とされる「擦り合わせ技術」が無用になるかもしれない。

業界ではこんな噂話がまことしやかにささやかれている。テスラのイーロン・マスク最高経営責任者(CEO)が、台湾・鴻海精密工業(ホンハイ)の郭台銘(テリー・ゴー)董事長にこう言った。「iPhoneの次はウチのクルマを作らないか」。郭董事長はにやりと笑った。

EVの生産工程はガソリン車やハイブリッド車に比べ格段にシンプルだ。よりデジタル製品に近い。アップルのiPhoneなど電子機器を年間100億個の単位で組み立ててきたホンハイなら、EVをとんでもない価格で作ってみせるかもしれない。

今はまだ電池の値段が高く、ガソリン車並みの量産は難しいが、テスラがパナソニックなどの協力を得て作る巨大電池工場「ギガファクトリー」が稼働すれば、電池の価格は大きく下がるだろう。ホンハイがEVを作るかどうかはさておき、自動車産業の参入障壁が一気に下がるのは間違いない。

4日、テスラのギガファクトリーの立地場所がネバダ州に決まったとのニュースが流れた。「世界からガソリンスタンドをなくしたい」というマスクCEOの野望は、もはや荒唐無稽とは言えないのかもしれない。

[日経産業新聞2014年9月5日付]

関連記事