アイドルの個性を左右する振付師という仕事 日経エンタテインメント! - 日本経済新聞 (original) (raw)

NIKKEI STYLE

グループアイドルが躍進する中で、曲に合わせた振り付けを決める振付師の役割が重要度を増している。AKB48はシングル曲ごとに異なる振付師を起用し、ももいろクローバーZはライブの総合演出に振り付けの先生を登用するなど、アイドルごとの違いも見られた。アイドルの個性を作る振付師の狙いと、最近のダンスの傾向を紹介しよう。

2012年は、AKB48が念願の東京ドーム公演を果たしたのに続き、ももいろクローバーZが『NHK紅白歌合戦』に初出場するなど、アイドルブームがさらに加速した1年だった。2013年も、グループアイドルが登場するシーンは引き続き活況を呈している。

これらグループアイドルの個性を決定付ける要素として楽曲と同様に重要なのが、ライブやプロモーションビデオで見せる、曲に合わせた振り付けだ。

「アイドルの振りやダンスの特徴は二つ。一つは振りが歌詞とリンクしていること。もう一つは観客がマネしやすい印象的で分かりやすい振りが多いことですね」と言うのは、PASSPO☆などの振り付けを手がける竹中夏海氏。歌詞に沿った振りをつけることで、楽曲の世界観が観客に伝わりやすくなる。ライブでは観客が"フリコピ"をすることで、ステージと客席が一体となる効果を生む。

こうした動きを作るのが、振付師の仕事だ。現役のダンサーとして活動しながら、振付師を兼任する例もあるが、最近は振り付けを専門とする人間も増えている。

振付師の起用については、曲ごとに変える「変動型」と、1人に長い期間育成を託す「固定型」がある。

例えば、2012年のAKB48はシングルごとに異なる振付師を起用。8月に発売した『ギンガムチェック』は少女時代や東方神起を手がけた仲宗根梨乃氏が担当、『UZA』はストリートダンスチームに所属するakihic☆彡氏が、スピード感のある曲に合わせて難易度の高いダンスを作り上げた。

結成当初は固定型が主流

逆に、ももいろクローバーZは2008年の結成以来、石川ゆみ氏が担当。2012年10月に日本武道館で開催された「ももクロ女祭り」では、ライブの総合演出まで務めている。

「先生を変えて様々なダンスに触れると、個人の技術の向上につながりやすい。一方、1人に任せると先生の色がグループとしての個性になるため、集団としてのカラーが出しやすくなる」と竹中氏。このため、デビュー2~3年のグループでは、まずカラーを浸透させるため、1人に任せているところが多いようだ。SUPER☆GiRLS、東京女子流、PASSPO☆などは、デビュー時から振付師は変わっていない。AKB48も劇場立ち上げ期はモーニング娘。などを手がけた夏まゆみ氏、ブレイク期には牧野アンナ氏が長く担当していた。

フォーメーション重視か、個性を強調か

ただし、同じ振付師が手がけていても、グループの置かれたポジションやメンバーの状況によって、振りの方向性が変わることはある。

デビュー以降フォーメーション重視の振り付けだったSUPER☆GiRLSは、2012年10月のシングル『赤い情熱』では、サビでほとんど立ち位置を変えず、個人のダンスをしっかり見せる方向に変化した。グループの振りを手がけるAKIKO氏は「デビュー3年目に入り、今のテーマは『挑戦』。より複雑でかっこいい動きを取り入れたダンスで、真っ向勝負に挑む勢いを表現した」と語る。

逆に、竹中氏が「個人のダンスを強調する形から、フォーメーションを見せる形に変わった」と指摘するのはモーニング娘。だ。この2年で顔ぶれが大幅に変わったことから、新規メンバーのスキルを育成するため全体で見せる振り付けを採用しているのではと見る。

竹中氏はももいろクローバーZにも変化が見られるという。

「もともと身体能力が高くて、ちゃんと踊れるグループですが、メジャーデビュー後はエビぞりジャンプや側転など、"つかみ"を狙って大技を取り入れていた面もあった。でも、5人の名前が浸透したことで、最近はデビュー前のような、メンバーそれぞれのダンスを見せる形に戻ったように思えます」

また、振りには"はやり廃り"もある。竹中氏は「最近は多くのグループがK-POPの影響を少なからず受けている」と指摘する。

「以前は、ステップを踏みながら、両肘を腰の辺りで曲げて斜めに振るような、いかにもアイドルらしい"ブリブリ"の振りも多かった。それが、少女時代の『Gee』のようなかわいいけどカッコいいキュートな振りが増えた」

背景にあるのは女の子への意識だ。女性が好きなのは"ブリブリ"ではなくキュート。こうした要素を入れることで同性ファン拡大につなげる狙いがあるという。

振り付けについて「歌詞やメロディーだけではなく、グループや個人のキャラクターや衣装など、すべての要素を含めて表現している」と話すのは、前出のAKIKO氏。ビジュアルや楽曲に加え、ダンスにも注目すると、さらにシーンを楽しめるようになるはずだ。

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アイドルのスキルや個性で振り付けは変わる

振付師 竹中夏海氏

竹中氏は、旅がテーマの9人組PASSPO☆の振り付けを結成当初から担当している。最近では、ハロー!プロジェクトの"秘密兵器"アップアップガールズ(仮)(以下、アプガ)を手がけるなど活躍の幅を広げている。竹中氏に振り付けのポイントを聞いた。

5歳からモダンバレエを習っていましたが、中学生くらいの頃には自分自身で踊るよりも、振り付けや演出をするほうが楽しくなっていたんです。そこで、振付師になるためダンスをさらに学ぼうと、体育大学の舞踊学専攻に進学しました。アイドルに興味を持ったきっかけは、2007年の紅白歌合戦に出演していたBerryz工房のダンスを見たとき。見ている人を楽しませる姿勢や客席との一体感に「これだ!」と思ったのです。

PASSPO☆は、私が振付師になって初めて手がけたグループです。ダンス経験者が2人だけだったので、最初は2曲の振りを覚えるのに1カ月かかりました。

振りを作るときには、まずひたすら曲を聞き込み、漠然としたイメージが頭のなかにできるのを待ちます。最初に考えるのはフォーメーション。Aメロ、Bメロ、サビなど、曲のパートごとに、メンバーの位置をノートに書いていきます。そのあと、曲を聴いたイメージを基に、手の振りなど具体的な動きを決めていきます。これは、自宅で即興で踊りながらまとめていくことが多いですね。なので、とても人様には見せられません(笑)。

振り付けは、楽曲だけでなく個人のスキルやグループの個性も考慮して作ります。例えば、PASSPO☆は、手でハートを作るなどアイドルっぽい振りは避けてきました。実は、アイドルらしいベタベタな振りは、それなりのスキルがないと上滑りしてしまう。最初は素人の集団に近かったので、細かく振りを付けて、何もすることがない"隙"を極力減らすということも意識していました。

アプガは、ハロー!プロジェクトで鍛えられていて最初からスキルが高かった。彼女たちは先輩グループのカバーをすることが多かったんですが、YouTubeなどの動画を見ただけで、見えない部分も補完して覚えられるほど。ただスキルが高い半面、いわば"バックダンサー癖"が付いていて、個人の考えで自由に動けなかったり、面白みに欠けたりするところがありました。そこで、客席をあおるような動きを取り入れるなど、一人ひとりが積極的に前に出られる振り付けを心がけています。

(ライター 矢口紗)

[日経エンタテインメント! 2013年3月号の記事を基に再構成]