春風を以て人に接し秋霜を以て自ら粛む (original) (raw)

[要旨]

シェル石油日本コカ・コーラなどで要職をお務めになられた新将命さんによれば、人は自分で自分を評価するときには2割以上のインフレで、他人を評価するときには2割以上のデフレで評価すると言われており、2割増しの自己評価は思い上がりという勘違いを生み、自分が思うほどには評価されていない現実とのギャップに悩むことになるので、自分の能力は自分ではなく他人が決めるものと考えることが望ましいということです。

[本文]

今回も、前回に引き続き、ジョンソン・エンド・ジョンソン日本法人元社長の新将命さんのご著書、「伝説のプロ経営者が教える30歳からのリーダーの教科書」を読んで、私が気づいたことについて述べたいと思います。前回は、新さんは、かつては、自分がデキルリーダーであると勘違いし、部下の反発を受けたことがあり、リーダーにはビジネススキルだけでなく、高い人間性も求められということを理解したそうですが、それからは、リーダーはビジネススキルと人間性の両方を備える二重構造の人でなければならないと考えるようになったということについて説明しました。

これに続いて、新さんは、自分の自分自身への能力の評価はどうしてもバイアスが働いてしまうので、他人の評価を尊重すべきであるということについて述べておられます。「人が犯しがちな勘違いの中で、恐らく最も多いのは、自己評価だろう。人の評価の基軸とは、その人の実態(Substance)と実績(Performance)の2本立てである。しかし、人は自分で自分を評価するときには2割以上のインフレで、他人を評価するときには2割以上のデフレで評価すると言われる。

2割足す2割で4割、この差は大きい。人は、自分は実際の自分より優れていると思い込み、他人は実際よりもダメなやつと思い込んでしまうということだ。2割増しの自己評価は、思い上がりという勘違いを生み、自分が思うほどには評価されていない現実とのギャップに悩むことになる。自己評価と他人から受ける評価のギャップに悩む人は、『他人の評価の方が間違っている』と、さらに勘違いを増幅させ、より深刻な精神状態に陥ることもある。

自分を実際より高く評価しているのは、ある意味で幸福な勘違いだが、人から受ける評価とのギャップに苦しむようになると、不幸な勘違いとなってしまう。自己評価と他者評価のギャップに悩んでいる人は、まず、自身の自己評価を2割ほど差し引いて見るのが適切な対応なのだが、なかなかそうはいかないようだ。反面、2割引の他人評価は、人を根拠なく見くびったり、バカにしたりという質の悪い勘違いにもつながる。どちらも人生を空回りさせかねない悪しき勘違いである。

そもそも、人の能力のあるなし、高い低いは自分が決めることではない。他人が決めることだ。昭和の疑獄事件の1つ、『ロッキード事件』で、田中角栄元首相を相手に捜査の指揮を執った、元東京地検特捜部の検事・堀田力氏のいうとおり、『能力は他人が決めるもの』なのである。『春風をもって人に接し、秋霜をもって己を律す』(佐藤一斎)という。多くの人は、“春風をもって己を遇し、秋霜をもって人を律する”という誤りを犯している」(20ページ)

古くから、「人の一寸我が一尺」や、「猿の尻笑い」などということわざがあることからもわかるように、人は基本的に他人に厳しく、自分に甘いので、新さんが述べておられるように、ビジネスパーソンは、自分に対して客観的に評価するよう心掛けなければならないということは、その通りだと思います。ただ、私は、人の評価に関しては新さんとは別の考え方を持っています。

というのは、人は自分に対する評価が甘くなるということはその通りですが、だからといって、他人からの評価が必ずしも正しいとも限らないからです。確かに、自分の自分への評価よりも、他者からの自分に対する評価の方が、正しい評価に近いかもしれません。しかし、その他者も感情を持つ人間であり、正確さには限界がります。例えば、気の合う人からは良い評価を受けやすいと思いますが、逆に、気の合わない人からは、それほど良い評価を得られないということは、しばしば、起きます。

そして、これを言ったら元も子もありませんが、そもそも、人が人に対して行う評価は正確なものにに近づけることはできても、正確に行うことはできないし、また、人はさまざまな個性があるので、正確な評価をすることそのものが困難です。だからといって、評価をしなくてもいいということにはならないので、できるだけ恣意的な評価が行われないような工夫をした上で評価をするべきだと、私は考えています。

単純な例では、顧客訪問回数、新規顧客獲得数、顧客からの見積もり受付件数、既存顧客からの新規顧客紹介件数など、プロセスに焦点を当てた指数を計測し、評価に加味します。本来なら、獲得売上額や獲得利益額を評価の中心にすべきですが、短期的な利益獲得のための活動だけでなく、長期的な視点での活動も可視化して、瞬発力のある人でなくても評価を受けられる仕組みがあれば、より客観的な評価に近づけることができると思います。

ちなみに、私がバランススコアカードの導入をお薦めしている理由は、業績の評価を行うためのツールであるKPIを個人レベルまで細分化すれば、より多面的で客観的な評価を行いやすくできるようになるからです。繰り返しますが、人の評価は絶対的に正しく行うことはできませんが、それに近づくための手法はあります。そして、より客観的な評価を行うこと、すなわち、透明性の高い評価を行うことは、従業員の士気を向上させ、そのことが業績の向上にもつながると私は考えています。

2024/10/10 No.2857