映画「ソウルの春」ネタバレ考察&解説 韓国映画の新たな傑作!史実ベースの作品として、あのラストシーンの破壊力たるや!関連のオススメ作品も紹介! (original) (raw)

映画「ソウルの春」を観た。

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「FLU 運命の36時間」「アシュラ」のキム・ソンス監督がメガホンを取り、1970年代末に韓国で起こった実際の事件をフィクションを交えながら映画化した、ポリティカルサスペンス。韓国では2023年観客動員1位を達成し、「パラサイト 半地下の家族」を上回る1,300万人以上の観客動員を記録したメガヒット作となった。出演者も豪華で、「ベテラン」「ただ悪より救いたまえ」のファン・ジョンミン、「グッド・バッド・ウィアード」「藁にもすがる獣たち」のチョン・ウソン、「工作 黒金星(ブラック・ヴィーナス)と呼ばれた男」のイ・ソンミン、「非常宣言」のパク・ヘジュン、「奈落のマイホーム」キム・ソンギュン、「最後まで行く」チョン・マンシクなどが名を連ねている。主演のファン・ジョンミンとチョン・ウソンは、キム・ソンス監督の代表作「アシュラ」にも出演している。今回もネタバレありで感想を書いていきたい。

監督:キム・ソンス
出演:ファン・ジョンミン、チョン・ウソン、イ・ソンミン、パク・ヘジュン、キム・ソンギュン、チョン・マンシク
日本公開:2024年

あらすじ

1979年10月26日、独裁者と言われた韓国大統領が側近に暗殺され、国中に衝撃が走った。民主化を期待する国民の声が高まるなか、暗殺事件の合同捜査本部長に就任したチョン・ドゥグァン保安司令官は新たな独裁者の座を狙い、陸軍内の秘密組織「ハナ会」の将校たちを率いて同年12月12日にクーデターを決行する。一方、高潔な軍人として知られる首都警備司令官イ・テシンは、部下の中にハナ会のメンバーが潜む圧倒的不利な状況に置かれながらも、軍人としての信念に基づいてチョン・ドゥグァンの暴走を阻止するべく立ち上がる。

感想&解説

エンドクレジットが始まっても、142分ぶっ通しで続いた緊張感とラストシーンの衝撃の為に呆然としてしまった。本当に凄まじい完成度であり、史実としての重みがひしひしと伝わってくるのにエンターテインメント性も驚くほど高い。本作は掛け値なしの傑作だと思う。韓国現代史映画化の中だと、朴正熙(パク・チョンヒ)大統領暗殺事件を描いた「KCIA 南山の部長たち」や、光州事件を描いた「タクシー運転手 ~約束は海を越えて~」、学生運動家の拷問致死事件を隠ぺいしようとする軍事政権と民主化闘争を描いた「1987、ある闘いの真実」などの傑作は多いが、本作は1979年「12・12」の軍事クーデターを描いており、ちょうど「KCIA」と「タクシー運転手」の間に起こった物語だ。そういう意味ではこれらの作品を観ておくと、格段に作品理解の補助線となるだろう。ちなみに実際の事件をベースに一部フィクションを交えながら描いていることで、本作は娯楽映画としても非常にバランスが良い。

本作はとにかく登場人物が多く、セリフのある登場人物だけで60人強が入り乱れる。だが、これらが映画的な演出によって見事に分かりやすく解消されているので観やすい。ストーリーは、強い影響力を持っていた大韓民国大統領が暗殺されたことで民主化を期待する国民の声が高まり、国中が揺れ動く中、ファン・ジョンミンが演じる新たな独裁者の座を狙う男チョン・ドゥグァンと、チョン・ウソンが演じる高潔で軍人として実直に国を守ろうとする男イ・テシンとの攻防が描かれる。しかも基本は一晩、しかもたったの9時間の間に事態が二転三転と転がっていくので全くテンションが落ちないのだ。チョン・ドゥグァンは陸軍内に”ハナ会”と呼ばれる反乱分子の組織を持っており、ドゥグァン率いるハナ会メンバーVSイ・テシン率いる首都警備司令部という、非常にシンプルな構造になっている上に、”ダブルスパイ”や途中で反対の組織に寝返るといったメンバーはいない為、そこも分かりやすい作りになっている。

しかも劇中で何度も、今の戦況や状況説明をテロップでしてくれるのも有難い。さらにチョン・ドゥグァン率いる第30警備団の作戦室は、赤いベルベット調のカーテンがいかにも悪者の住処みたいである一方、イ・テシンの作戦室は無機質なガラス張りの部屋というように、一見して今どちらの側を描いているのか?が分かるよう映像的な工夫がされている。さらに初登場のキャラには、彼が”ハナ会”のメンバーであるかどうかもテロップで教えてくれるので、パッと見では軍人だらけで判別が難しいところをきっちりとフォローしてくれるのである。スターキャストが多数出演していることも、同じ意図なのだろう。本作はほぼ中年男性だけしか登場しないが、ファン・ジョンミン、チョン・ウソン、イ・ソンミン、チョン・マンシクといった韓国映画界のスター俳優が大事な役で登場する為に、観ていて混乱することがないのである。

また各シーンの演出も素晴らしい。序盤でチョン・ドゥグァンにクーデターを持ちかけられた反乱軍ナンバー2のノ・テゴンが仲間に入るか悩む場面において、彼の持っているタバコにライターからなかなか火が付かない。だがチョン・ドゥグァンが心意気を話をした後、ドゥグァンはノ・テゴンの持っているタバコに”直接タバコから”火を付ける。このノ・テゴンのタバコに火が付いたという描写で、クーデター参画を説得できた事が伝わる見事なシーンだったと思う。また冒頭から自分のカメラ映りと喋り方を気にするチョン・ドゥグァンに対して、参謀総長から直々に警備司令官に任命されたにも関わらず、それを断り権力に固執しない清廉な人物として描かれるイ・テシンと、特に中心人物である彼らは、非常に解りやすく序盤から対比して描かれる。

ここからネタバレになるが、終盤、圧倒的に劣勢になったイ・テシンが妻に電話をするシーンがある。夫がちゃんと食べているか気にしている妻が、カバンにマフラーを入れておいたと告げる場面があるが、この会話の後、腹心であるカン・ドンチャン大佐から部下を殺すことはできないと銃を付けつけられる事になる。ここでイ・テシンは撃つのなら撃てと部下に告げると、妻からのマフラーを首に巻き、最後の決戦に繰り出すのである。この場面でのイ・テシンの決意の固さと強い正義感には、思わず落涙してしまった。遂に無能な国防長官によって警備司令官の任を解かれてしまったイ・テシンは逮捕され、チョン・ドゥグァンの勝利でクーデターは幕を閉じる。その後一人トイレで高笑いするドゥグァンと、拘束されても参謀総長を心配して壁を叩くイ・テシンを同一構図で見せることで、彼らの運命を分かりやすい構図として、もう一度対比しているのだ。

勝利の為なら民間人を非難させない事を判断するチョン・ドゥグァンと、民間人は犠牲に出来ないと判断するイ・テシン。そして「失敗したら反逆だが、成功したら革命なんだ」「人間という生き物は、常に強い者に統率されたがっているのだ」という考えを発するチョン・ドゥグァン。この展開の中でその後、ラストで表示される実在の”集合写真”の重さたるや。この後、映画はこの写真の中から多くの大臣と二人の大統領が選出された事実をテロップで告げる。その大統領とはチョン・ドゥグァンと”ハナ会”ナンバー2のノ・テゴンだ。彼らは韓国史実在の大統領と一文字違いのキャラクター名で、第11~12代大統領チョン・ドゥファンと、第13代大統領であり韓国最後の軍人出身の大統領ノ・テウの事だ。彼らはこのクーデターを経て、本当に大統領となった男たちなのである。この事実に観客は、これ以上ないくらいに暗澹たる気持ちにさせられる。本国韓国の観客なら一層そうであろう。

韓国では多くの若い人たちにも受け入れられ、1,300万人以上の観客動員を記録し大ヒットしているらしい。これは本作が遠い過去を描いた作品ではなく、”今の韓国”に続いている現実を映しているからだろう。軍事政権は終わり、民主化を辿った韓国だが、ほんの45年前にこんな事件が起こっていたというのは驚愕だ。本作を鑑賞した後、本当に色々と思考が促されるのは、史実をベースにした映画としては大成功だと思う。そして本作は映画として、とてつもなく面白いことが何より素晴らしい。上映時間142分、一時たりとも退屈することが無い。さらにかなりセンシティブな内容の本作を、これほどハイクオリティな作品として作り切ってしまう韓国映画界にも健全さを感じるのだ。キム・ソンス監督の演出力、ファン・ジョンミンやチョン・ウソンといった役者たちの演技、撮影やセットといったプロダクションのクオリティ、全てにおいて本年度必見の一作になっていると思う。

9.5点(10点満点)