極限原子核の謎を解く要となる新たな酸素同位体の発見 最後の二重魔法数核候補は二重魔法数核ではなかった (original) (raw)
極限原子核の謎を解く要となる新たな酸素同位体の発見
最後の二重魔法数核候補は二重魔法数核ではなかった
要点
- 非常に稀に現れる安定性(二重魔法数)が予測された酸素同位体(酸素28)を初めて観測。
- 酸素28では二重魔法性が消失していることが明らかになった。
- 世界初となる4個の中性子を同時に測定する技術により観測が初めて可能に。
- 中性子数が非常に過剰な極限原子核の構造、宇宙での元素合成過程や中性子星の構造の解明につながると期待。
概要
東京工業大学 理学院 物理学系の近藤洋介助教と中村隆司教授、理化学研究所 仁科加速器科学研究センターの笹野匡紀専任研究員、大津秀暁チームリーダー、上坂友洋部長、九州大学の緒方一介教授らの国際共同研究チーム※は、二重魔法数核[用語1a]の候補と考えられてきた酸素同位体[用語2]、酸素28の観測に初めて成功した。
原子核を構成する陽子や中性子の個数が魔法数[用語1b](2、8、20、28、50、82、126)となっている場合、その原子核はより安定な性質を示す。特に陽子数・中性子数ともに魔法数となっている原子核は二重魔法数核と呼ばれ、安定的な特徴が顕著に現れる。二重魔法数核は原子核構造の理解において重要である一方で非常に稀である。現代の加速器技術で到達できる最後の二重魔法数核候補、酸素28(陽子数8、中性子数20)は、長年観測することができなかったが、4個の中性子の同時測定という画期的な技術の進展により、今回ついに観測に至った。実験の結果、酸素28では本来現れるべき中性子の魔法数20の特徴が消失し、魔法数異常が起こっていることが明らかとなった。
本研究は、中性子数が陽子数よりはるかに多い極限原子核の構造や、未知の中性子間力、さらにそれを記述する原子核理論についての研究進展へ寄与する。こうした研究は、宇宙での元素合成過程や高密度天体「中性子星」の構造の解明にもつながることが期待される。本研究成果は、8月31日付(現地時間)のイギリスの学術雑誌「_Nature_」に掲載される。
※ 共同実験に参加した海外機関:【ドイツ】重イオン研究所(GSI)、ダルムシュタット工科大学等、【フランス】カン素粒子原子核研究所(LPC CAEN)、サクレー原子力庁(CEA-SACLAY)
背景
自然界の物質は半径1億分の1 cm程度の原子で構成されており、1つの原子は1個の原子核と複数個の電子からできている。原子核は、複数個の陽子と中性子でできた非常にミクロな粒子(半径10兆分の1 cm程度)であり、原子の質量の99.9%以上を占める。酸素原子核の場合、天然に通常存在するのは陽子8個、中性子8個でできた酸素16である(16は質量数と呼ばれ、質量数=陽子数+中性子数)。これ以外にも陽子数8に対して中性子数の異なる酸素17(中性子数9)や酸素18(中性子数10)という酸素原子核が天然にはわずかに存在する。それらは同位体と呼ばれ、酸素原子核の場合「酸素同位体」と呼ばれる。さらに中性子の多い酸素同位体(酸素19、酸素20、…、酸素26)も存在しうるが、これらは存在できる寿命が非常に短く、有限の時間しか存在できない「不安定核」である。中性子数が増えると原子核の構造が変化して寿命などの性質が大きく変化するが、特に中性子数の非常に多い不安定核については現在でもまだ理解できていないことが多い。そうした不安定核の構造を解明することは現代原子核物理学の最先端のテーマであり、また不安定核の反応を通じて宇宙で起こる元素合成の過程を明らかにするうえでも不可欠である。
原子核を理解するうえで「殻(から)構造」という基本的性質が重要となる。陽子や中性子の数が2、8、20、28、50、82、126という魔法数になっている原子核は周囲の原子核に比べて安定な性質を示す。陽子数・中性子数ともに魔法数となっている場合には、特に安定な性質(二重魔法性)を示し、その原子核は「二重魔法数核」と呼ばれる。図1には横軸を中性子数、縦軸を陽子数として各原子核を示した地図、「核図表」を示す。二重魔法数核の数は非常に少なく、安定核(天然に存在する原子核)ではヘリウム4(陽子数2、中性子数2)、酸素16(陽子数8、中性子数8)、カルシウム40(陽子数20、中性子数20)、カルシウム48(陽子数20、中性子数28)、鉛208(陽子数82、中性子数126)の5種類しかない。これらの二重魔法数核の安定性と殻構造の特徴を利用することで魔法数を持たないものも含む多くの原子核の構造を理解することができるため、二重魔法数核は原子核物理学において常に重要な役割を果たしてきた。
粒子加速器を利用した不安定核の研究が進むと、安定核で知られていた魔法数(以後古典的魔法数と呼ぶことにする)は変わりうることが明らかになってきた。安定核に比べて中性子が多い不安定核では、中性子数が古典的魔法数8、20であるにもかかわらず魔法性が消えるものがある。またある不安定核では陽子数や中性子数が6、16、32、34になっていると魔法性を示すものも存在する。これらは原子核の基本的性質である殻構造が変化していること意味している。不安定核ではどのように殻構造が変化し、どの陽子数・中性子数の組み合わせによって二重魔法数核が形成されるのか、これらを明らかにすることが現代の原子核物理学の重要な課題となっている。また原子核はどこまで重くなれるのか、という問いに対しても魔法数はキーワードである。陽子数114、中性子数184という二重魔法数が予想されており、そこには「安定の島[用語3]」が存在すると期待されている。さらに図1に示したように、原子核の魔法性は宇宙の爆発的天体現象で中性子を次々と吸収して重い元素を生成する過程である「r過程[用語4]」の反応経路に大きく影響する。このように「魔法数」「二重魔法数」の研究は原子核構造だけでなく、宇宙物理学にも大きなインパクトがある。
研究成果
図1.
横軸を中性子数、縦軸を陽子数でプロットした原子核の地図で核図表と呼ばれる。1つの四角が1種類の原子核を表し、黒い四角は天然に存在する原子核(安定核)、オレンジ色、青色の領域はこれまでに観測されたことのある不安定核、緑色の領域は限界線(ドリップライン)の内側にある寿命が長いと予測されている束縛した不安定核を示す。限界線の外側には寿命の極めて短い不安定核が存在しうるが、今回観測された酸素同位体を含めて、ほとんどわかっていない。古典的魔法数の陽子数・中性子数を直線で表しており、その交差点が二重魔法数核である。二重魔法数核の数は非常に限られていることがわかる。鉄を超える重い元素の合成は爆発的な天体現象(中性子星合体、超新星爆発)で起こるとされ、r過程と呼ばれる。その予想される反応経路は魔法数の影響を受ける。また、超重元素領域には未発見の二重魔法数(陽子数114、中性子数184)のために、より安定化した原子核が存在する可能性があり、安定の島、と呼ばれる。(図出典:理化学研究所仁科加速器科学研究センターウェブサイト)
陽子数・中性子数がともに古典的魔法数(2、8、20、28、50、82、126)に等しく、現在の技術で生成可能な二重魔法数核の候補は、ヘリウム10(陽子数2、中性子数8)、酸素28(陽子数8、中性子数20)、ニッケル48(陽子数28、中性子数20)、ニッケル56(陽子数28、中性子数28)、ニッケル78(陽子数28、中性子数50)、スズ100(陽子数50、中性子数50)、スズ132(陽子数50、中性子数82)の7種のみである(図1)。これらは多くの不安定核を理解するための土台となる二重魔法数核の候補として注目され、世界的な競争の中、酸素28を除く6種類の不安定核はすでに観測されている。一方、酸素28だけは実験の困難さからまだ一度も観測例が無く、最後に残された二重魔法数核の候補として、長年、原子核物理分野での最重要課題の1つとされてきた。
酸素28の観測の難しさは、原子核の安定性が急激に変化する限界線「中性子ドリップライン[用語5]」を超えた原子核であることにもよる。酸素同位体では酸素24までがこの限界線の内側にあるために寿命が比較的長い(1,000分の1秒から年単位)が、この限界線を超えて酸素25になると自然に中性子を放出するようになり、寿命が一気に1,000億分の1の10億分の1秒(10-20秒)程度になってしまう。本研究以前、実験的に発見された最も重い(最も中性子数の多い)酸素同位体は酸素26(陽子数8、中性子数18)であった。
研究成果
本研究では、陽子数8、中性子数20の古典的二重魔法数核の最後の候補、酸素28を世界で初めて観測し、その質量の測定にも成功した。酸素28は観測された酸素同位体の中で最も重い、そして最も中性子数が多い原子核となった。また同じ実験で、中性子数が1つ少ない酸素27の初観測にも成功している。実験は理化学研究所RIビームファクトリー(RIBF)[用語6]で行われた。RIBFで供給される高強度のフッ素29(陽子数9、中性子数20)の不安定核ビームを水素標的に入射させ、標的核との反応によってフッ素29の陽子を1つはぎとることで酸素28を生成した。酸素28の寿命は非常に短く、1兆分の1の10億分の1秒(10-21秒)程度しかない。そのため、酸素28はすぐに酸素24と4つの中性子に崩壊する。酸素28が生成され、崩壊した後、酸素24と4個の中性子が飛行して検出器に到達するまでの時間は、わずか1,000万分の1秒(10-7秒)にも満たないが、この一連の過程を超伝導双極子磁石を中心としたSAMURAIスペクトロメ―ター[用語7]により分析し、再構成した質量のスペクトルから酸素28を同定し、質量(崩壊エネルギー)の測定を行った。
酸素28という最も手ごわい原子核の観測のため、国際協力のもとで複数の実験装置を集結させた。RIBFが供給する世界最高強度のフッ素29ビームとフランスCEA-Saclayで開発された液体水素標的システムMINOS(ミノス)を組み合わせることにより、これまでにない量の酸素28を生成した。またSAMURAIスペクトロメーターの大型中性子検出器NEBULA(ネビュラ)に加え、ドイツのGSI・ダルムシュタット工科大学と東工大・理研が協力し、ドイツで開発された大型の中性子検出器NeuLAND(ノイランド)を移設してNEBULAと組み合わせ、高効率の中性子検出を実現した。さらに本学のグループが得意としていた2中性子の同時検出技術を発展させて4中性子の同時検出にまで拡張した。4個の中性子を同時に測定する技術は世界初のものである。これらすべての要素がそろったことが、これまで一度も観測されたことのなかった新酸素同位体酸素28の発見につながった。
測定された酸素28の生成率を、最先端の大規模殻模型計算と原子核反応計算により分析したところ、酸素28では中性子数20の魔法性が消失していることが判明した。二重魔法数核であると期待されていた原子核の魔法性が消失することは特異なことであり、最後の二重魔法数候補核の観測ということに加え、学術的に大きなインパクトのある結果となった。二重魔法数核の候補であった酸素28では魔法性が消失していたが、観測された酸素28の質量値は中性子数の極めて多い極限原子核として最先端原子核理論計算を検証するベンチマーク(要)の役割を果たすことには変わりない。すでに多くの理論の結果を棄却することとなった。理論計算をさらに進展させて本実験結果をより深く理解することは、中性子数が陽子数の2倍を超える原子核、さらには限界線「中性子ドリップラインを越える未知なる原子核の構造を探るうえで重要なステップである。その文脈では酸素28はロゼッタストーンのような役割を果たすこととなる。
今後の展開
酸素28は、中性子数が極めて多い原子核、中性子ドリップラインを超える極限原子核の構造を探る上で、理論計算の重要なベンチマークとなる。また、未知の核力成分である3中性子力の解読や、先端的原子核理論の改良に大きく貢献することが期待される。これらは謎多き高密度天体「中性子星」の構造の解明にもつながる。さらに、今回見つかった中性子数が過多な原子核の魔法数消失現象は、爆発的な天体現象(中性子星合体や超新星爆発)において、重元素を生成する過程(r過程)の解明にも貢献すると期待される。
実験技術という意味では、本研究で確立した世界初の4中性子の同時検出の手法は、これまで不可能であった極めて中性子過剰度の高い不安定核の研究を可能にする。中性子だけでできた原子核「中性子原子核」(4中性子原子核、6中性子原子核)などのエキゾチックな原子核の発見が進むことで、中性子数が非常に過多な極限原子核、宇宙での元素合成過程、中性子星の解明がさらに進展すると期待される。
付記
本研究は科学研究費助成事業 基盤研究(C)(18K03672)、新学術領域(18H05404)、ドイツ研究振興会(279384907)、ドイツ連邦教育研究省(05P15RDFN1、05P21PKFN1)、欧州研究会議(258567)、ERC under the European Union’s Horizon 2020 research and innovation programme(758027)、Swedish Research Council(2011-5324、2017-03839、2017-04234、2018-05973、2020-05127)、Franco-Japanese LIA-International Associated Laboratory for Nuclear Structure Problems、French NR-14-CE33-0022-02 EXPAND、Institute for Basic Science(IBS-R031-D1)in Korea、U.S. Department of Energy, Office of Science, Office of Nuclear Physics, under Award Nos. DEFG02-96ER40963 and DE-SC0018223、National Science Foundation, USA under Grant No. PHY-1102511、the Office of Science of the U.S. Department of Energy under Contract No. DE-AC05-00OR22725、U.S. Department of Energy, Office of Science, Office of Nuclear Physics, under Contract No. DE-AC02-06CH11357(ANL)の補助を受けて実施された。共同研究者の栂野泰宏は科学研究費助成事業(21H01114)、I. GasparicはCroatian Science Foundation under projects no. 1257 and 7194, HIC for FAIR、Zs. DombradiとD. Sohlerはthe National Research, Development and Innovation Fund of Hungary via project No. TKP2021-NKTA-42 and K128947、大塚孝治、清水則孝、角田直文、宇都野穣、吉田聡太は “Priority Issue on post-K computer”(hp190160), “Program for Promoting Researches on the Supercomputer Fugaku”(JPMXP1020200105、hp200130、hp210165)、科学研究費助成事業(17K05433、20K03981、JP19H05145、JP21H00117)、中村隆司は科学研究費助成事業JP21H04465、I.Vernonは UKRI (EP/W011956/1)、Wellcome (218261/Z/19/Z)の補助を受け、本研究を実施している。
用語説明
[用語1a] 二重魔法数核 : 陽子数や中性子数が魔法数(2、8、20、28、50、126)となっている原子核では他の周囲の原子核に比べて安定な性質を示す。原子における電子の軌道のように、原子核にも陽子・中性子の軌道が存在する。ある軌道がちょうど埋まる陽子数・中性子数、つまり魔法数になると、希ガス原子のように閉殻構造を取って安定化する。つまり、中性子ないし陽子が2個、8個、20個で「殻」が閉じて安定化するのである。これは量子力学的効果により原子核に殻構造という秩序があることを反映している。マイヤーとイェンゼンはスピン軌道力の導入によって魔法数を見事に説明し、1963年にノーベル物理学賞を受賞した。陽子数と中性子数がともに魔法数となっている原子核は二重魔法数核と呼ばれる。陽子・中性子の両方が閉殻構造を取るために特に安定な性質を示す。
[用語1b] 魔法数 : [用語1a]を参照。
[用語2] 同位体 : 原子番号(陽子数)が同じで中性子数が異なる原子核のこと。例えば天然に存在する酸素の同位体は、陽子数・中性子数が8の酸素16だけでなく、中性子数9の酸素17や中性子数10の酸素18がある。
[用語3] 安定の島 : 原子核の陽子数を増やしていくと、電気的な反発力が大きくなるために原子核は不安定で崩壊しやすくなり、あるところで存在できなくなる。一方、陽子数114、中性子数184という魔法数が予言されており、これらの魔法数を持つ原子核や、核図表上のその周辺の原子核では安定性が増して寿命が長くなる可能性がある。これらの原子核が存在すると予想されている核図表上での領域は安定の島と呼ばれる。
[用語4] r過程 : 中性子が非常に多い環境下で起こる連鎖的な元素合成過程であり、鉄より重い原子核の起源と考えられている。rはrapidを意味しており、一瞬のうちに元素合成が進む。宇宙で起こる超新星爆発や中性子星合体が候補と考えられている。
[用語5] 中性子ドリップライン : 原子核に中性子を加えていくと、あるところで中性子を束縛できなくなる。その束縛限界を中性子ドリップラインと呼ぶ。酸素同位体では酸素24が中性子ドリップラインに位置している。
[用語6] RIビームファクトリー(RIBF) : ウランまでの不安定核を世界最大強度で供給することのできる埼玉県の理化学研究所にある世界的な重イオン加速器施設。不安定核は安定核のビームを標的核と衝突させ、核反応によって生成することができる。BigRIPSと呼ばれるRIビーム分離生成装置により不安定核の生成と分離を行い、目的の不安定核を2次ビームとして取り出し、実験に利用することができる。
[用語7] SAMURAIスペクトロメーター : RIビームファクトリーの基幹実験施設の1つ。不安定核ビームと標的との反応で生じた粒子をすべて検出できるように設計された大型の分光器。重量およそ600トンの超伝導の双極子磁石を中心に、重イオン検出器や大型の中性子検出器NEBULA(ネビュラ)などで構成される。
論文情報
掲載誌 : | Nature |
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論文タイトル : | First observation of 28O |
著者 : | Y. Kondo, T. Nakamura, K. Ogata, H. Otsu, M. Sasano, T. Uesaka et al. |
DOI : | 10.1038/s41586-023-06352-6 |
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