「国民をなめきっている」日本の国会議員 虚偽答弁の重さ、元首相が失職するかもしれない英国と比べてみた (original) (raw)

英国のジョンソン元首相がピンチに陥っている。コロナ禍の最中、規制に反し首相官邸でパーティーが繰り返されていた問題で、議会に虚偽答弁をしたとして、追及されているのだ。最悪、議員失職までありうるという。かたや日本では、かつて安倍晋三元首相が在任時に「桜を見る会」問題に関して、118回も虚偽答弁を重ねたのにこうした追及は受けていない。なぜ日英でこうも違うのか、議会答弁の重さを考える。(西田直晃、山田祐一郎)

◆ロックダウン中のパーティー巡り

下院特権委員会の聴取に潔白を訴えるジョンソン元英首相=ユーチューブの英国議会チャンネルから

下院特権委員会の聴取に潔白を訴えるジョンソン元英首相=ユーチューブの英国議会チャンネルから

「胸に手を当てて、議会にうそをついたことがないと言える」

22日の英下院特権委員会。議場全体から視線が注がれる中、「事情聴取」の冒頭にジョンソン氏はこう宣誓した。

同氏は2020年、新型コロナウイルス拡大時のロックダウン(都市封鎖)のさなか、首相官邸で開かれた規制違反のパーティーに参加していた。昨年1月の下院質疑で公式に謝罪し、4月には現職の首相として初めて警察当局に罰金を支払った。パーティーは複数回にわたり、首相辞任の引き金となった。今回の聴取は、下院で追及された同氏が「ルール違反はなかった」と繰り返していたことが発端。一連の言動が「議会を欺いた」と批判を浴び、下院議員の全会一致で特権委の開催が決まった。

特権委とは何か。議員が議会の動きを妨げた可能性がある際、議会から審査を依頼される常設委員会で、1990年代に前身の機関が発足している。名古屋大の近藤康史教授(政治学)によると、日本の国会の懲罰委員会に近く、開催頻度は数年に1回程度という。今回の委員長は野党労働党から出ており、6人の委員は会派ごとの議員数に応じて割り振られた。

近藤氏は「英国政府では古くから、虚偽答弁やハラスメントに厳しい『閣僚行動規範』があるが、この規範を犯したジョンソン氏自身が昨年、軽微な違反なら辞任しなくても済むように修正した。このような信用をおとしめる行動が特権委の開催を招いた」と語る。

◆英国では「大きな罪」

英公共放送BBC(電子版)によると、同氏は、意図的にうそをついたかについては「当時、私が正直に知り、信じていたことに基づいていた」と否定。だが、世論調査会社ユーガブの調査では、国民の66%が「故意に議会を欺いた」と考え、「そうではない」は15%だった。

聴取後、特権委は「謝罪」「職務停止」「除名」のいずれかを下院に勧告し、妥当性を下院が判断することになる。除名なら当然失職だが、職務停止でも停職期間によってはその後所属選挙区内でリコール投票が行われ、有権者の1割の署名があれば失職となる。

成蹊大の高安健将教授(英国政治)は「議会の動きを妨げたことは、議員が特別視される英国では大きな罪となる」と指摘。「勧告は政権全体のイメージに影響を与える。他の議員たちは『この人も同じか』と思われるのを恐れて行動することになるので、特権委の持つ機能は大きい」。下院での採決時、現与党でジョンソン氏が党首を務めていた保守党は自由投票の方針を示している。

◆国民が注視している

「一連のパーティーの開催について、英国民の注目度は依然として高い」と語るのは、同志社大の吉田徹教授(比較政治)。強い言葉でジョンソン氏を非難する特権委の姿勢を「英国議会では、本会議も委員会も与野党が丁々発止でぶつかり合い、言葉からにじみ出る議員の人柄を国民は注視しているから」と説明し、こう続ける。

「言葉の重みに対する感覚や熟議の文化が育まれていない日本とは、その点に差が生まれている」

では、日本ではどうか。安倍政権では事実に反する答弁が繰り返されたが、その責任を取って議員を辞めた閣僚はいない。

故・安倍晋三元首相の後援会が主催した「桜を見る会」前日の夕食会を巡り、問題発覚後の2019年11月から20年9月まで、安倍氏が首相在任中に国会質疑で行った虚偽答弁は少なくとも118回。野党の依頼を受けて衆院調査局が調査して明らかになった。

◆嘘をついても

安倍氏は衆参両院の本会議や予算委員会で「夕食会の収入と支出に関する政治団体などの関与」「夕食会を開いたホテルの明細書などの発行」「政治団体による不足分の補塡(ほてん)」についていずれも否定していた。だが、政治資金規正法違反などの疑いで刑事告発され、東京地検特捜部の捜査の中で事務所側の関与や費用補塡などが判明した。

調査結果を受け、安倍氏は20年12月、衆参両院の議院運営委員会で「事実に反するものがあった。国民の信頼を傷つけた」と陳謝。だが、自身は刑事事件では不起訴となったこともあり、議員辞職については「説明責任を果たすことができた」と否定した。その後、21年10月の衆院選にも出馬して10選を果たし、自民党内の最大派閥「安倍派」を率いて岸田政権を支えるなど影響力を保っただけでなく、首相として再登板を求める声もあった。

安倍政権下では「桜を見る会」以外にも学校法人「森友学園」への国有地売却を巡り、政府が事実と異なる答弁を計139回していたと衆院調査局が明らかにしている。安倍氏は国会で、この問題について「私や妻が関係していれば、総理大臣も国会議員も辞める」と答弁。だが、偽証すると罪に問われる証人喚問は実現しなかった。

◆今国会でも横行する言い逃れ

森友学園問題で政府の虚偽答弁が139回に上るとした衆院調査局の資料

森友学園問題で政府の虚偽答弁が139回に上るとした衆院調査局の資料

国会での答弁の真偽を調査され、回数までカウントされた安倍氏のケースはまれだ。現在、国会では安倍政権下での放送法の「政治的公平」の解釈を巡る行政文書について、議論が繰り広げられている。当時総務相だった高市早苗経済安全保障担当相が、野党からの批判に「答弁が信用できないんだったら、もう質問しないでください」と答えるなど開き直りにも見える言い逃れが横行する。

政治ジャーナリストの野上忠興氏は「いまの政治家は話すこともやっていることもでたらめ」と指摘。現状を「国民をなめきっている。自民党は政権を維持できればいいという集団と化している」と批判する。「特に安倍氏は、野党に何を言っても反対されるだけで親切に対応する必要はない、という思いがあった」と野上氏。野党の質問にまともに答えない身勝手な姿勢がいまも引き継がれているとし、こう危ぶむ。「議員は国民の代表なのに。これでは議会政治がいらなくなってしまう」

「核持ち込みや沖縄返還を巡る日米間の密約などトップシークレットを隠すためのうそはかつてもあった」と話すのは細川護熙内閣の首相秘書官を務めた駿河台大の成田憲彦名誉教授(政治学)。その上で「安倍政権で目立ったのは保身のための答弁。国会に対する緊張感がゆるんでいる。与党が政権をかばうため、懲罰動議も証人喚問も実現しない」と説明する。

議会制民主主義発祥の地・英国が虚偽答弁に厳しい対応で臨むが「日本は国会での答弁の真摯(しんし)さ度合いに対する厳しさがなく、議論に秩序と規律がない」と虚偽答弁がまかり通る背景を指摘する。国会の自浄能力のなさを危ぶむ成田氏は、野党の奮起を求める。「国会での緊張感を取り戻すには政権交代が必要。そのためには、野党は批判に終始するだけなく、ビジョンを示す必要がある」

◆デスクメモ

「うそも方便」「本音と建前」。腹芸を使いこなしてこそ大人。でないと「正直者はばかを見る」。首相が何回うそをついても本質的責任を取らずにのうのうとしていられたのは、それらの「処世訓」を世間が是としているからか。うそに真剣に怒る正直者が報われる日は、いつ来る。 (歩)