リル (ケルト神話)とは - わかりやすく解説 Weblio辞書 (original) (raw)

『リルの子供たち』:ダブリンの「自由記念の庭」の彫像

リルアイルランド語: Lir)またはリール[1]、あるいはレルアイルランド語: Ler[注釈 1])は、アイルランド神話の海の神である。その名前は、古アイルランド語で、を意味し、lerが主格形で、lirは属格形である[2]。ダーナ神族の一人である[1]

名前が示唆するように、リルは海の擬人化である。彼は初期の系譜においては、アロード(Allód)の名で呼ばれており[3]、ウェールズ神話のスィールに対応する。リルは主として父祖の姿で現れ、マナナン・マクリルの父であり[注釈 2]、中世アイルランド文学で頻繁に現れる。リルは、物語『リルの子供たち』において、名義上の王として登場する。

アイルランド語での言及

ウェールズにおける対応者であるスィール(Llŷr)と同様に、リルは海の神である。とはいえ、アイルランド神話の場合、彼の息子であるマナナン・マクリルが海神としての役割を担っており、非常に顕著にその特徴を示しているようにも思える。現在は失われて参照できないが、リルに言及したより多数の神話がかつて存在し、リルは遙かにポピュラーな神であった可能性がある。とりわけ、「リルの息子」と呼ばれる人物の数を考えると、これが言えそうに思える[_要出典_]。

『コルマク語彙集』(en:Sanas Cormaic)と呼ばれる紀元9世紀のアイルランド語語彙集においては、高名な司教にして学者であったコルマク・マク・クレンノーン(en:Cormac mac Cuilennáin)が、マナナンとその父親について言及を行っており、コルマクは彼を「海」に同定している。

Manannan mac lir .i. cennaige amra bói aninis Manand. ise luam as deach boi aniarthar Eorpa. noḟindad tre nemgnacht (.i. gnathugrud nime) inoiret nobíd insoinind ⁊ in do[i]nind ⁊ intan nosclæchlóbad cechtar don dá résin, inde Scoti et Brittones eum deum vocaverunt maris. et inde filium maris esse dixerunt .i. mac lir mac mara.[注釈 3]

「マナナン・マクリル:すなわち、マン島に居住した有名な貿易商人。彼は欧州西方における、最上の水先案内人であった。空と馴染みであったため、彼は晴朗な天候と悪天候が現れる弦(月の四半期)を知っており、これらの二つの気象が何時変化するかも知っていた。それ故、スコットランド人やブリトン人は彼を海の神と呼び、またそれ故に彼らはマナナンを海の息子であると言った。すなわちマク・リル(mac Lir)、海の息子と」[4][5]

「すべてに名高き者」アロードとしてのリルは、「韻文ディンドヘンハス」(Metrical en:Dindshenchas、「韻文地名伝承」)において、純潔者クロヒンド(Crofhind)の父親としてリストされている[6]

『Baile Suthain Sith Eamhain』の詩において、ミディル(Midir)は、リルの父親、そしてマナナンの祖父と呼ばれている[7]。リルの息子は、『コンの息子アルトの冒険』(The Adventures of Art son of Conn)において、ロダン(Lodan)と呼ばれている[8]

『リルの子供たち』

リルは神話的物語『リルの子供たち』(別名『リルの子供たちの最期』)において鍵となる人物である。とはいえ、この話に登場するリルが、マナナンの父親と同一人物かまたは別のリルなのか、はっきりと確定している訳ではない。

『侵略の書』によれば、トゥアハ・デ・ダナーン(Tuatha Dé Danann)がミレー族のアイルランド侵攻により地下に逐われ「妖精のマウンド」(エース・シー、en:Aos Sí)に隠遁して後、リルは、ダーナ神族の王位をめぐる、ボォヴ・デルグ(en:Bodb Dearg, Bove Derg)[注釈 4]のライヴァルである。リルはアーマー[注釈 5]の地下に身をおいていた。しかし新王に選ばれたのはボォヴであり、彼はリルを宥めるため、自分の3人の娘の1人と結婚することを提案した。リルがアイヴ(Aeb、イヴ)を選んだので、彼に与え結婚させた。彼女はリルの四人の子供、すなわち、一人の娘フィオヌアラ(en:Fionuala)と、三人の息子、アイド(Aed)と双子のフィアフラ(Fiachra)とコン(Conn)を生んだ。

アイヴ(Aebh)は死んだが、子供たちが母なしの状態になることを望まなかった。ボォヴは娘たちのなかの別の者、アイファ(Aoife)を送ってリルと結婚させた。アイファはリルが子供たちを可愛がるので嫉妬し、彼らが900年間、白鳥として生きるよう呪いをかけた[1][10]

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ en:wiktionaryによれば、単数主格形は、learで、この発音は、/l̠ʲaɾˠ/ で、これは「リーアル」のような音ではないかと思えるが、現代アイルランド語の発音と思える。
  2. ^ つまり、マナナン・マク・リルとは、「リルの子マナナン」の意味である。このようにリル(Lir)は、父祖名(パトロニミック)で使われる。
  3. ^ おそらく、古アイルランド語原文。『コルマク語彙集』からの引用である。
  4. ^ アイルランド語で、「赤のボォヴ」の意味。
  5. ^ これは北アイルランドに実際にある地名で、カウンティの名である[9]

出典

  1. ^ a b c グリーン 2006, p.260
  2. ^ MacKillop, James A Dictionary of Celtic Mythology, Oxford University Press, 1998, (2004), p.299
  3. ^ Macalister, R. A. S (1941年). “Lebor Gabála Érenn: The Book of Invasions vol. 4. ed”. www.maryjones.us. Dublin: Irish Texts Society. 2016年11月11日閲覧。
  4. ^ Stokes, Whitley (ed.), Three Irish glossaries: Cormac's glossary codex A. O'Davoren's glossary and a glossary to the calendar of Oingus the Culdee, Williams & Norgate, 1862, pp. xxxiv-xxxv.
  5. ^ O'Donovan, John (trans.), Stokes, Whitley (ed.), "Sanas Chormaic: Cormac's glossary", O. T. Cutter for the Irish Archeological and Celtic Society, Calcutta, 1868, p. 114.
  6. ^ https://celt.ucc.ie//published/T106500A/index.html The Metrical Dindshenchas "Temair 1"
  7. ^ Skene, William Forbes (1890). Celtic Scotland: Land and People. p. 415. https://books.google.com/books?id=tDsUAAAAYAAJ&pg=PR15&lpg=PR15&dq=Baile+Suthain+Sith+Eamhna+translation&source=bl&ots=wkWSexUXbe&sig=ACfU3U09l_hdPNri1UAdGOX2wLAQ01J6sw&hl=en&sa=X&ved=2ahUKEwihlozWjOPjAhUBOKwKHVp8DxgQ6AEwBXoECAcQAQ#v=onepage&q=Baile%20Suthain%20Sith%20Eamhna%20translation&f=false 2019年8月2日閲覧。
  8. ^The Adventures of Art son of Conn”. The Celtic Literature Collective. MaryJones. 2019年11月8日閲覧。
  9. ^ グリーン 2006, p.307
  10. ^ Dictionary of Celtic Myth and Legend, Miranda J. Green, Thames and Hudson, Ltd, 1997
  11. ^ グリーン 2006, pp.233-234

参考文献

外部リンク

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関連項目 アルスター物語群 フィン物語群 ガリア戦記 内乱記 アーサー王伝説