八重山列島とは何? わかりやすく解説 Weblio辞書 (original) (raw)
八重山列島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2021/08/19 07:33 UTC 版)
真乙姥御嶽(まいつばおん) 石垣島(石垣市)。王府のオヤケアカハチ軍征討に縁のある祝女を祭った御嶽。 美崎御嶽(みしゃぎおん) 石垣島(石垣市)。沖縄県の有形文化財・史跡に指定されている。 群星御嶽(んにぶしおん/んにぶしうたき) 石垣島(石垣市)。奇祭「マユンガナシ」の中心になる御嶽。 西塘御嶽(にしとうおん) 竹富島(竹富町)。西塘を祀る御嶽。沖縄県の史跡に指定されている。 国仲御嶽(ふいなーおん/くになかうたき) 竹富島(竹富町)。園比屋武御嶽から勧請された八重山で唯一の王府縁の御嶽。 三離御嶽(ふなふら/みちゃーりおん/さんりうたき) 西表島(竹富町古見(クン))。請原御嶽とともに、秘祭アカマタ・クロマタ・シロマタ祭の中心になる御嶽。 十山御嶽(とぅやまうがん) 与那国島(与那国町祖納)。
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八重山列島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/06/04 08:40 UTC 版)
八重山列島(八重山諸島)は、南西諸島の最南部に位置し、日本最西端の与那国島や有人島としては日本最南端の波照間島を有し、また行政的には尖閣諸島も含まれる。 石垣島の地質は南北で異なり、山がちな北部では古生代末の変成岩類(トムル層)、チャートと砂岩の複合体(富崎層)と火山岩由来の野底層などから構成される。また沖縄県最高峰の於茂登岳(標高526m)は花崗岩を中心とした火山複合岩で成り、中新世に形成されたと思われる。トムル層は八重山列島で最も古い地層で、海洋堆積物の付加体と考えられる。南部は宮良層といわれる始新世の石灰岩が主で、有孔虫を多く含む。 西表島は山地状の島で、南岸は急峻な崖を有する。標高300m以上の山頂部は侵食により緩やか起伏を呈し、準平原を形成している。島西部の海岸線は複雑に入り組み、リアス式海岸を成している。西表島全体は中新世に形成された砂岩や泥岩の八重山層群で構成され、北東部にトムル層が見受けられる。また八重山層は石炭層を含み戦前は島西部で炭坑が開発され、1960年まで石炭を採掘していた。県内最長の河川である浦内川と仲間川の河口には三角江(エスチュアリー)が発達し、マングローブ林が群生している。 琉球列島に広く分布する琉球石灰岩は波照間島と黒島、与那国島北部に存在し、石垣島と西表島には発達していない。波照間島と黒島はサンゴ礁段丘で形成された島であるが、与那国島は沖縄トラフに近い為、断層によって発生した小規模の傾動地塊が多数存在する。石垣島と西表島の海域に石西礁湖と呼ばれる堡礁が形成されている。琉球列島では裾礁が多く分布しているが、石西礁湖の水深は約10mとやや深い。 1924年10月31日、西表島の北東海上から多量の軽石とスコリアが噴出した。一時は八重山列島の島々の海岸や港を埋め尽くし、一年掛けて北海道の礼文島にまで漂着した軽石もあった。火口の詳細な位置は特定されていないが、水深200m程の浅い海底に存在しているのではないかと思われる。またこの火山は霧島火山帯の南西延長に当たるかは不明である。
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八重山列島
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/01 06:39 UTC 版)
石垣島 伊原間の浜 (石垣市伊原間) 米原海岸 (石垣市米原[よねはら]) 底地ビーチ 海水浴場(石垣市川平底地[すくじ]) 明石の浜 (明石海岸)(石垣市明石) 伊野田の浜 (石垣市伊野田) フサキビーチ 海水浴場(石垣市新川) マエザトビーチ 海水浴場(石垣市真栄里) 竹富島 コンドイビーチ(八重山郡竹富町竹富) カイジ浜(八重山郡竹富町竹富) 小浜島 トゥマールビーチ(八重山郡竹富町小浜) はいむるぶし(八重山郡竹富町小浜3000) 沖縄県 トゥドゥマリの浜(西表島、竹富町) トゥドゥマリの浜の夕景 嘉弥真島 嘉弥真(八重山郡竹富町) 西表島 星砂の浜(八重山郡竹富町上原) トゥドゥマリの浜(月ヶ浜、月が浜、ムーンビーチ)(八重山郡竹富町上原) イダの浜(八重山郡竹富町西表島船浮) 南風見田の浜(八重山郡竹富町南風見) 黒島 西の浜(八重山郡竹富町黒島) 仲本海岸(八重山郡竹富町黒島) 鳩間島 立原浜(たちばるはま)(八重山郡竹富町鳩間) 島仲浜(しまなかはま)(八重山郡竹富町鳩間島仲浜) 波照間島 ニシ浜(北浜、ニシ浜ビーチ)(八重山郡竹富町波照間。日本最南の海水浴場[cf.]) 与那国島 ナンタ浜(八重山郡与那国町与那国) ダンヌ浜(八重山郡与那国町与那国) 比川浜(ひがわはま)(八重山郡与那国町与那国)
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八重山列島(構想)
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/05/19 14:40 UTC 版)
「日本の離島架橋」の記事における「八重山列島(構想)」の解説
八重山列島には、有人および無人の離島への架橋はない。 主島である石垣島から最も近い有人島の竹富島まででも約6kmと伊良部大橋の倍近い距離があるなど、各島間の距離が離れている。本土復帰前の1968年(昭和43年)に元石垣市長の石垣喜興が琉球新報新年号で、石垣島から竹富島、嘉弥真島、小浜島を経て西表島に至る「夢の懸け橋」構想を提唱したことがあり、また、1989年(平成元年)に竹富町役場の西表島移転に向けて小浜島 - 西表島間の架橋構想が議論されたことがあるが、いずれも構想にとどまっており、架橋計画は具体化していない。 なお、西表島は島内の道路が整備されていないため、同じ島にあるにもかかわらず海上交通でのみ移動可能な集落があり、船浮海運が定期航路を運航している。西表島と由布島の間はわずか400mであるが、水牛車で移動することが観光上の名物となっており、干潮時には徒歩や車でも移動できるため両島間に橋はない。
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