1950-57 昇格争いから経営危機・テルセーラ陥落へとは何? わかりやすく解説 Weblio辞書 (original) (raw)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 (2022/04/09 08:33 UTC 版)

CDログロニェス」の記事における「1950-57 昇格争いから経営危機・テルセーラ陥落へ」の解説

セグンダでの最初シーズンとなった1950-51シーズン経てクラブ昇格2年目の1951-52シーズン早くもプリメーラへの昇格チャンスつかんだレギュラーシーズン2位終えメスタージャスポルティング・デ・ヒホンサンタンデール、フェロル・イ・アルコジャーノとの昇格プレーオフ進出するが、5位に終わり昇格はならなかった。1952-53シーズンからログロニェスは、レアル・バリャドリード二軍扱いの「支部クラブ」となる事にいったんは合意したが、その後バリャドリード側が当初協約満たしていないとしてログロニェス提携関係一方的に打ち切ったその後1953-54シーズンから旧クラブ同様に経営危機再三取り沙汰されるようになり、成績悪化。1956-57シーズン終了後にテルセーラへと降格した

※この「1950-57 昇格争いから経営危機・テルセーラ陥落へ」の解説は、「CDログロニェス」の解説の一部です。
「1950-57 昇格争いから経営危機・テルセーラ陥落へ」を含む「CDログロニェス」の記事については、「CDログロニェス」の概要を参照ください。