読み方:かめお 瑪瑙(めのう)・貝殻などの色の違った層を利用して、精巧な浮き彫りをした装飾品のこと。Weblio国語辞典では「CAMEO」の意味や使い方、用例、類似表現などを解説しています。">

「CAMEO」の意味や使い方 わかりやすく解説 Weblio辞書 (original) (raw)

この項目では、ファンク・バンドについて説明しています。装飾品については「カメオ」を、劇における特別出演については「カメオ出演」をご覧ください。
キャメオCameo
別名 New York City Players
出身地 アメリカ合衆国 ニューヨーク
ジャンル ファンク
活動期間 1974年 - 2001年2016年 -
レーベル Chocolate City、Atlanta Artists、リプリーズ
公式サイト www.cameonation.com
メンバー ラリー・ブラックモンアンソニー・ロケットアーロン・ミルズジェフ・ネルソン
旧メンバー トミ・ジェンキンズネイザン・レフトナントジェリル・ブライトグレゴリー・ジョンソンアーネット・レフトナントチャーリー・シングルトンロバート・ブランチケニー・ヘアストンマイケル・バーネットトーマス・キャンベルウェイン・クーパーマーヴ・デ・ペイヤーゲイリー・ドウエリック・ダーハムカート・ジェッタージョン・ケロッグケヴィン・ケンドリックデイモン・メンデススティーヴン・ムーアウィリアム・モリスエリック・ネルソンウィリアム・リヴァイスチャールズ・サンプソンロバート・スミスメルヴィン・ウェルズポール・アンドリュースアザ・メイアーノルド・ラムゼイドミニク・クリスティーハロルド・ガンダーパット・ブキャナン

キャメオCameo)は、アメリカ合衆国R&Bファンクバンド

1974年にニューヨーク・シティ・プレイヤーズとして活動を開始して、似た名前のグループが存在するためキャメオと改名して活躍する。マーキュリー・レコード時代は、バーケイズコン・ファンク・シャンとともに同レーベルの看板ファンク・バンドとなった。1980年代にファンクのシングル、アルバムやブラック・ロック・ヒットを出した。現在も活動し、メンバーのアーロン・ミルズはプロデューサーとしてアウトキャストの作品を手掛けている。

来歴

1974年、ラリー・ブラックモンを中心に、13名のメンバーで結成されたニューヨーク・シティ・プレイヤーズが前身である。1976年、ニューヨーク・シティ・プレイヤーズはカサブランカ・レコード傘下のチョコーレート・シティ・レーベル[1]と契約した。やがて、ファンク・バンドのオハイオ・プレイヤーズとの混同を避けるため、グループ名をキャメオと変更し、グループ・メンバーは8名となった。

ブーツィー・コリンズのブーツィーズ・ラバー・バンドなどのオープニング・アクトを務める。

シングル「Find My Way」をリリースの後、1977年、最初のアルバム『カーディアック・アレスト』をラリー・ブラックモン自身のプロデュースでリリースした。

1980年リリースのアルバム『キャメオシス』からのシングル・カットである「Shake Your Pants」がR&Bシングル・チャートの8位を記録する。

1982年、活動の拠点をアトランタに移し、アトランタ・アーティスツ・レコーディングスを設立(配給はマーキュリー・レコード)。

10人以上いたメンバーを、ラリー・ブラックモン、トミ・ジェンキンズ、ネイザン・レフトナント、グレゴリー・ジョンソン、チャーリー・シングルトンの5人にし、アルバム『アリゲーター・ウーマン』を完成させる。

同アルバム以降、音の隙間を作ることによって、「キャメオ・サウンド」と呼ばれる独特のサウンドを形成していく。

1983年、メンバーは4人になり、1984年のアルバム『シーズ・ストレンジ』からサポート・メンバーであったケヴィン・ケンドリックが参加。

オハイオ・プレイヤーズ風のラリー・ブラックモンのボーカルに加え、ミドル・テンポのリズムで演奏されたシングル「She's Strange」はブラック・ラジオ・ステーション(黒人ラジオ)でヘビー・ローテーションとなり、R&Bシングル・チャートの1位を獲得。

12インチ・レコードがクラブ・シーンでかけられる様になり、「Cameo Megamix」なるものもリリースされた。

1985年のアルバム『ファンキー・ライフ』からは3名のスタイルとなり、「アタック・ミー・ウィズ・ユア・ラブ」がソウル・チャートでヒットした。

1986年にリリースした「Word Up!」は、アメリカのラジオ・ステーションでさかんにオン・エアされR&Bシングル・チャートの1位、ポップ・チャートでも6位を獲得。続く「Candy」もヒットした。

「Back and Forth」のミュージック・ビデオにはマイルス・デイヴィスが登場し、メンバーもジャン=ポール・ゴルチエがデザインをした衣装で身を固め、ラリー・ブラックモンは股間に赤いパッドを付け、それをトレード・マークとした。

マイルス・デイヴィスが演奏で参加した1988年のアルバム『マチズモ』を発表。1990年代には、ブラック・ロックから本来のソウル、ファンクに戻った「アイ・ウォント・イット・ナウ」をソウル・チャートでヒットさせた。1992年にリプリーズに移籍。2000年にリリースしたアルバム『Sexy Sweet Thing』以降、レコーディング契約はないが、各自音楽を制作しており、彼らの活動はMyspaceで知ることができる。

ディスコグラフィ

スタジオ・アルバム

ライブ・アルバム

コンピレーション・アルバム

脚注

  1. ^ http://www.discogs.com/label/12913-Chocolate-City

外部リンク