IMRADとは - わかりやすく解説 Weblio辞書 (original) (raw)
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IMRAD(IPA: /ˈɪmræd/、(イムラッド)は、文章構成 (Organization) の型式 (Style) の名称の1つである。IMRADの名前は、Introduction, Methods, Results And Discussionの略に因む。その名前の由来通り、IMRAD型の文章は、その骨格部が、少なくともIntroduction, Methods, Results, Discussionの4つの部分に分かれることを特徴とする。主に実証研究に基づく自然科学、工学、医学、社会科学、一部の人文科学の論文において、この形式に従った章立てが、よく採用されている。
IMRAD型の概要
総論
IMRADは、文章構成 (Organization) の型式 (Style) の名称の1つである[1][2][3][4]。
IMRAD型の文書は、科学的方法に基づいた推論を記述 / 検証するのに適しているため、学術論文においてよく使われる。自然科学、人文科学、社会科学を問わず、実証分析に基づく論文では、ほとんどがこのIMRAD型の構成を採った形で学術誌に掲載される。また、論文以外でも、学会発表のスライドやポスターや、学生実習等のレポートでも、そのような構成がみられることがある。
IMRADの名前は、Introduction, Methods, Results And Discussionの略に因む[注釈 1][注釈 2]。
この語源からも分かるように、IMRAD型の構成を取る文章は、基本的にはIntroduction(導入; I)、Methods(研究方法; M)[注釈 3]、Results(実験結果; R)、Discussion(考察; D)の4つの要素をこの順番に並べた骨格を持っている。通常はIntroductionの前に、Title(タイトル; T)をおくことや、Discussionの後にConclusion(まとめ; C)を書くことがほぼ必須で、ほとんどの場合、Titleの後(Introductionの前)にAbstract(アブストラクト; A)が入るのが普通である。また、文章の要素という程ではないが、それに準ずる役割を担うものとして、文章の最後に、謝辞や**参考文献一覧、脚注**が書かれていることがほとんどである。そのため本記事では、骨格部分に加え、Title、Abstract、Conclusion等を含めた構成のことを、IMRAD型の定義とする。
英語論文校閲業者 editage 社による解説記事には、それぞれの項目に以下のようなことが書かれるべきだと書かれている[5]。
- Introduction :What are you studying and why?(何を研究したのか?、何故それを研究したのか)
- Methods :What did you do?(具体的には何をしたのか?)
- Results :What did you find?(何がわかったのか?)
- Discussion :What do your findings mean?(あなたが見つけたことは何を意味するのか?)
- Conclusion :What have you learned from the study?(この研究を通じて得られたものは?)
もう少し詳細な情報を与えるため、表1にIMRAD型の構成要素の概略をまとめる。それぞれの項目にどのようなことを書くべきかについてのより具体的な説明は、それぞれの項目の要説に委ねる。なお、表1に挙げたことよりもより具体的な内容については、「問いと答えが繋がっていないような論文はダメな論文である」といったレベルの常識的な注意を除き、分野や文献、学者によって「どうすべきか」について解説に若干の温度差があることも念頭においておかれたい。
表1: IMRAD型の文章の構成要素とその役割
項目名 | 和訳 | 詳細 |
---|---|---|
Title (T) | 題名 | 通常20文字から30文字で長くても40文字程度。必要に応じてSubtitle(サブタイトル; 副題)が入る。 |
Abstract (A) | 要旨 | 文章全体の要約 |
Introduction (I) | 緒言、導入 | コンテクストの確立と、問題提起、研究の位置付けを行う。つまり、研究背景や研究目的の説明等を通じて、どのような切り口、文脈でどのような問題を論じるのかを設定する。 |
Methods (M) | 研究方法(手法) | 研究に用いた方法、手法、ストラテジーについて記述する。実験を伴う研究では、実験方法、実験の原理、装置構成、実験手順、解析手法、実験に用いた試薬、機器などの情報を書く。 調査を行う研究では、調査対象の特徴(例えば「東京都の中学生」等)、標本抽出の方法(例えば、「無作為に100名抽出した」等)、調査の手法(例えば、「アンケート調査」)、「統計処理の手法」に等ついて記載する。 質的研究の場合には、フレームワークとなる考え方や、考察する際の着眼点について説明する。 いずれの場合にも、必要に応じ、「考察に用いるための理論の概略」や、上記の事柄の概説(解説)も書く。 「実験」や「調査」を行う際には、論文の課題を、検証可能なレベルにブレイクダウンする過程、即ち「概念操作化」 (Operationalization) [65][6][_要ページ番号_][7]を行う必要があるが、その過程に関して言及しておいたほうが良い場合には、「概念操作化」の過程を記載する。 |
Results (R) | 結果 | 研究過程で得られたデータの叙述的な説明を行う。ここで示したデータは、「Introductionで提起した問題への答えとしての仮説」を支える根拠となるものを厳選する。 |
Discussion (D) | 考察 | Resultsで示したデータがどのような傾向を示しているのか、あるいは、どのような意味を持つのか、それはなぜかを、論証、モデル提示等により説明する。通常は、「Introductionで提起した問題への答えとしての仮説」(通常は、Discussion・Introduntionの少なくとも片方には明示し、Conclusionには必ず記載する。仮説とはここではデータの傾向等についての見解や要点、推定要因等)を提示した上で、「Resultsで示したデータや、先行研究の結果」(根拠)と「仮説」の間を結ぶ推論過程(論拠)を記述する。必要に応じて、実験自体の妥当性も論証する。 |
Conclusion (C) | まとめ | 全体を総括する。 |
IMRaD形式の文章では「広い視点から研究の位置づけをするための話題」から話が始まり、「研究そのものの概要」、「研究方法」、「研究結果」を経て、再び「研究そのものの概要」、「広く一般的に見たときの意義付け」というように話が展開される。このような、IMRaDを取る文章に特有の論理展開や話の流れは、ワイングラスモデルによって説明される。ワイングラスモデルについて、ヒラリー・グラスマン-ディールは、自著において、以下のようなことを述べている[8][_要ページ番号_]。
ワイングラスモデル
"図1(引用者による注:所謂ワイングラスモデルの図(本稿図1と似た図)が原典には記載されている)を見てまず気づくことは、図が上下対称な形になっているということである。これは、Introductionにおいてやらなければならないことの多くが、Discussion / Conclusion においてはその逆の順序でなされるからである。"
"もう1つ図の形について気づくべきことは、図が報告主要部に向かって徐々に狭まっていき、そのあと徐々に広がっていくということである。これにはIntroductionとDiscussion / Conclusion における情報の並べられ方が表されている。Introductionにおいては、かなり一般的なところから始めて段々と焦点を絞っていくのに対し、Discussion / Conclusion ではその逆になるということである。"
ワイングラスモデルの「上下対称形状」は、ストーリーの流れの対称性を示している。この特徴は、Introductionで紹介された話題が、形を変えて再び「Discussion/Conclusion」でも、その節に相応しい形で逆順で取り上げられることを表現している。
ワイングラスモデルのもう一つの特徴、すなわち上図の横幅の変化は、話の「一般性」の変化を示している。一般的な話になればなるほど横幅が広く表現され、専門性が高くなり、焦点が絞られてくるにつれ、横幅が狭く表現される。
科学の論文においては、(掲載されている雑誌の特段の規定がない限り)通常、論文はIMRAD型で書かれるものとして認識されているため、それを守らぬ論文は受理されない。また、査読のない雑誌や、紀要、その他口頭発表等において、読者(聴衆)はIMRAD型を想定して、読む(聴く)ため、そのような構成をとっていないと読者側に無視される可能性がある。このような話は、単なる偏見でも郷に入れば郷に従えという話でもない。そういう構成をとった方が科学的な議論をする上で便利だからである。IMRAD型で記述しているか否かが、科学的と見なされるか否かの分水嶺であるといっても言い過ぎではない。
IMRAD型は多少のバリエーションを許す。MethodとResultが合体して1つの項目になっていることやResultsとDiscussionが合体して1つの項目になっていることもある。本記事では、このような、やや変則なものもIMRAD型と考える。さらに、最近ではNatureなどの総合学術雑誌に掲載されるに論文においては、Methodを最後に廻す構成、つまりIRDAM型になっていることがよくある[9]。Methodを最後に廻す構成については、IRDAMという呼び方もあるが[10][_要ページ番号_][9]、本記事では、IMRADと本質的な違いがないと考え、特に強調を要する場合を除いてこれもIMRAD型単なるバリエーションの一つと考える。
さらに、最近では、Materialを始め、詳細なデータ等のディテールを示した「Supporting Online Material」、「Supplemental Information」といったファイルを、各ジャーナルのWebサイト上に置き、購読者にオンラインで配布する方式もとられてきている。その理由は、Methodや、データを紙面の都合から省略せざるを得ないということが、捏造事件等の温床になったという反省がある。オンライン上の独立したファイルにすれば、執筆者には論文全体の論旨とのバランスを考えずに好きなだけ実験の妥当性やデータのありようについて詳細に説明する機会が与えられる。
見出しレベルについて
I、M、R、D、Cそれぞれが、どの見出しレベルの項目になるのかについては場合による。つまり、節であるべきなのか段落であるべきなのか、数文であるべきなのか1文であるべきなのか、あるいは文の中の数単語であるべきなのかはケースバイケースである。通常は段落レベルか、節レベルか章レベルのことが多い。ただし、各要素の見出しレベルは統一するのが原則である。つまり、通常は、字数制限などの特殊な事情がない限り、Iが段落ならば、MやRも段落とする、Iが節ならMも節とするなど、項目の見出しレベルを揃える。
それぞれの長さ(字数)については、通常はRやDが長く、Mは短い等、長さにはばらつきがある。ある程度長い論文(Full Paperや学位論文等)では、I、M、R、D、Cそれぞれを章または節として扱うのが普通である。比較的短い論文(Letter等)においては、I、M、R、D、Cそれぞれが、節として明示されるには至らないほどの数段落の集まりのことが多い。それ以下の長さの場合(論文の予稿や講演要旨等)、場合によっては、1文の中にResultとDiscussionが並存する(単語レベルになる)ようなことさえありえる。
また、それぞれの要素が結合(Result and Discussionのように)されることや省略されることがある。また、要素のうちいくつかが欠落するケースもある。例えば学会等において、「講演時に行うことは自説の解説ではなく、“自分達のデータにどういう解釈が可能なのかの議論”を行うべきだ」という立場をとる者らは、予稿にDiscussionを書かない場合もある。
他の「文章構成の型式」との関係
「文章構成の型式」とは、ここでは文章の中のあるまとまりを持ったひとかたまり(構成要素)を、文章の中でどういう役割を果たしているのか(機能面)から分類し、それらをどのように配列するのかを定めたルールのことである。文章構成のスタイルの名称の、例としては、IMRADのほかに、漢詩に由来する「起承転結型」や、能楽由来の「序破急型」などが知られる。
IMRAD型はビジネス文章でよく使われる「序論本論結論型(Introduction, Body, Conclusion; IBC型)」の一種や、「起承転結型」の一種と説明されることがある[10]。「起承転結型」、「序論本論結論型」の定義は、細部においては幅広いため、この2つを別と見るか同じと見るかは評価の問題であり、人によって、考え方が異なる[11][12][注釈 4]。
IMRAD型の構成は、序論本論結論型の構成をより詳細化したものと説明されることがある[10]。序論本論結論型と、IMRAD型の比較例を、表2に示す。序論本論結論型それ自身の詳細は、[13][14]に委ねる。
表2: 序論本論結論型の文章の構成要素とその役割
項目 | IMRAD | 概要 | 詳細 |
---|---|---|---|
序論 | I | 背景の分析、問題提起、問題設定を行う。 | 例えば以下のようなことを書く。「これまでの研究ではこういうことが明らかになっているが、こういうことがわかっていない。そこで○○をやってみることにする。」 「こういう手法が開発されたので、その手法に基づいて○○を調べてみた。」 |
本論 | M, R, D | 序論で提起した問題の解決方法の提示、答えの提示、答えが正しいことを示す根拠の提示、答えが正しいことを示す推論過程の提示 | 例えば、以下のようなことを書く。 「ある対象を、ある方法で、調べたところ」 (M) 「あるデータが得られた」 (R) 「装置の構成は○○で、サンプルは○○であり、実験は○○のように計画され(リサーチデザイン)、具体的な実験手順はプロトコール○○に示すとおりである。」 「これらのデータと、従来の知見を踏まえると、あることが分かった」 (D) 「結果Aと結果Bとの間に一見矛盾が見えるが、ある考えに立つと整合性が取れていることが判る」 (D) 「方法の妥当性は、○○という理由から担保される」 (D or I) 「本結果の妥当性(精度)は○○である」 (D or I) 左記の、「『序論で提起された問題の答え』を導き出すための道筋」とは、すなわち、「根拠となる事実、データ」と、「推論過程」の2つである。「推論過程」とは、ここでは「『根拠として挙げた事実、データ』から、『筆者らの“答え”』にいたるまでの道のり」のことである。 |
結論 | C | 序論で提起された問題が本論においてどのように解決されたのかを手短にまとめる。場合によっては「筆者らが到達した結論そのもの」も示す。 | ある対象を、ある方法で、調べたところあるデータが得られた (R) 本研究の結果、○○が明らかになった。 |
その他の形式として、IMRADほどまで分化していないが、IBC型よりかは分化の進んだスタイルとして、ライティング教育の現場でよく使われるFive-paragraph essayというものもある。
逆に、単なるIMRADよりもより、細分化されたルールを持つIMRAD構造としては、APAスタイル(心理学、社会科学、看護学)、バンクーバースタイル(生命科学)、AMAスタイル(医学)等が知られ、それぞれ、独自の思想に基づいて洗練されていっている。
IMRADとは明確に異なる形式としては、法学の分野の論文において好まれるIssue, Rule, Application, and Conclusion (IRAC(英語版)) といわれるスタイル[15]や、いわゆるQCに関する分野、特に、医療の質・安全に関する分野で好まれるSQUIRE (Standards for quality improvement report excellence)[16]などがある。
いずれの形式においても、そのような形式が定まった背景には相応の思想と相応の歴史があるため、思想や歴史を理解したうえで使いこなすことが重要である。
IMRADの内部構造
I, M, R, Dそれぞれの項目中に書かれる記載もある程度の類型化がなされている。個々の項目にどのようなことが書かれるべきかそれ自体については、それぞれの項目説明欄に委ねるが、ひとつの見方として「ムーブといわれる、特定の特徴を持ったかたまりが、有機的に結びついてIMRAD型の文章になった」というものがある。
ムーブという概念は、言語学や文学における、分析手法のひとつのムーブ分析に関する概念である[17]。
ムーブ分析とは、
- 特定のジャンルの文章を
- いくつかのセグメントに分解し
- 各セグメントの構成や役割を分析することにより
- 文章を分類、分析する
手法の一つである[17]。
京都大学の田地野彰教授のグループの「京都大学学術論文コーパス」に関連した論文の構造分析に関する研究(主に大学での英語教育カリキュラムの開発に関する観点から)によると、現実の論文には、少なくとも以下の24個のムーブが存在するとのことである[17]。
表3: 論文にみられるムーブの例[17]
番号 | ムーブの名称 | IMRAD | 備考 |
---|---|---|---|
1 | 研究の背景について述べる | I | |
2 | 関連する先行研究を概観する | I | |
3 | 本研究を紹介する | I, A | |
4 | データ収集の手順などについて述べる | M, R | |
5 | 実験手順を描写する | M, R | |
6 | データ分析の手順について描写する | M, R | |
7 | 結果を提示する | R | |
8 | 結果について議論する | R | |
9 | 主な結果とその意義について述べる | R | |
10 | 具体的な結果について説明を行う | R, D | |
11 | まとめを述べる | C | |
12 | テキスト(原典)を解釈・分析する | D, M | |
13 | 著者の解釈を展開する | D | |
14 | 評者との論争 | 不明 | いくつかの雑誌には“Discussion with Reviewers”という節が設けられ、レフェリーのコメントとそれへの応答のうち、特に読者にも開示する価値が高いものが抜粋されている。 |
15 | 採用する説明の妥当性を検証する | D | |
16 | 比較法研究の成果を記述する | 不明 | |
17 | 実験のデザインの基礎となる理論モデルを提示する | M, R, D | |
18 | 理論モデルを提示する | I, M, D | |
19 | 理論モデルの予測を検証するための手順を描写する | M | |
20 | 定義・仮定等を議論し、目的とする結果について述べる | I | 理論の論文及び数学の論文にて見られる。 |
21 | 補題を提示する | 不明 | 主に数学の論文において見られる。 |
22 | 命題を提示する | 不明 | 主に数学の論文において見られる。 |
23 | 定理を提示する | 不明 | 主に数学の論文において見られる。 |
24 | 理論モデルを評価する | D |
IMRADと論理の三要素
IMRAD型は、論理的な説明を行うフォーマットとして優れている。一般に、「論理的」といった場合には、以下に示すトゥールミンの三角ロジック(論理の三要素)を持っていることが要求される[18][19][20][21][22]。この意味で、論文の骨格は、三角ロジックで表現可能である[21]。
- 「主張」
- 「根拠となる事実(証拠物件) / 仮定」
- 「根拠となる事実から主張を演繹 / 帰納するための推論過程(推論過程)」
論理の三要素についての補足
IMRADと論理の三要素(三角ロジック)の関係を論じる前に、三角ロジックそれ自身について、最低限のことを、本文脈に沿って推理小説(推理漫画)を例に概説する[注釈 5]。
[例]比較的ポピュラーな『名探偵コナン』の場合で考えてみよう。この作品では、まず、何か事件が起こる[注釈 6]。次に主人公の江戸川コナンは(誰かの口を借りて)「犯人はあなただ」と言う。つまり、これが結論である。しかし、犯人とされた人間は大体とぼける。高木刑事あたりに至っては「まさか」と異を唱える。そこで、コナンは証拠物件(指紋の拭き取られたナイフそのもの、あるいはそのナイフが落ちていた場所など)を挙げるが、これだけでは、読者もよく分からない。つまり、根拠となる事実というのは、それ単独では結論を支持しているかどうかはおおよそ分からない。そこでコナンはその証拠物件が、証拠物件たり得ていることを、多少強引ながらも延々と説明していく(例えば、自分が推定したトリックなどと比較する)。これが、推論過程である[注釈 7]。
「結論」(主張)と「結果」(推論過程)と、「根拠」(データ、証拠物件)の関係は、特に初心者にとっては難しいため、推理漫画の例を挙げ、例解したが、論文における「結論」(主張)というのは、推理小説の結論とは異なり、Resultsで示したデータがどのような傾向を示しているのか、あるいは、どのような意味を持つのかを箇条書きしたものであったり、何らかのモデルを立てた場合には「XXのモデルとよく一致した(あまり一致しなかった)」等といった事柄を記述したものであり、データからある程度素直に導き出されるものであることが多いことに注意されたい。
[例]別の例として、マウスiPS細胞関する論文[23](必要に応じ、翻訳版も参照;西川伸一(翻訳)、ニシカワ&アソシエイツ(翻訳)「山中iPS細胞・ノーベル賞受賞論文を読もう―山中iPS2つの論文(マウスとヒト)の英和対訳と解説及び将来の実用化展望」一灯舎(2012年12月))を素材として、結論と証拠の関係を見てみよう。但し、ある程スキームへの当てはめをよくするため、日本学士院賞受賞理由 [66](パブリックドメインに属する文書)を参考にデフォルメした。作法に則って書かれている論文であれば、アブストラクトかイントロダクションあるいはコンクルージョンのいずれかを見れば以下のような論文の骨格に相当する情報を見ることができ、本論文の場合でも、サマリー(アブストラクトに相当)を見ると適切なオーバービューが得られる。
●結論
4種類の遺伝子(Oct3/4, Sox2, Klf4, c-Myc)をレトロウイルスベクターによってマウス皮膚線維芽細胞に導入することにより、
- [結論1]無限の増殖能と、
- [結論2]生体のほぼすべての細胞に分化できる多能性(pluripotency)
を有する細胞が得られた。
●証拠(事実)
- [証拠1]この細胞を培養すると、ES細胞と同様の増殖能を有した。(要はヘイフリック限界を無視した増殖をする)
- [証拠2]この細胞は、ES 細胞と類似したコロニー形態を示した。
- [証拠3]この細胞のマイクロアレイで遺伝子発現を調べたら、発現パタンがよく似ていた。
- [証拠4]この細胞を免疫不全マウスの皮下に注射したところ三胚葉系に分化した組織を持つ奇形腫を作ることができた。
- [証拠5]この細胞をマウス胚に注入することによってキメラマウスを得ることに成功した。(正確に言うと、
- [証拠6]前記キメラマウスのあらゆる組織内に、この細胞に由来する細胞が見出され正常に機能していた。(これが多能性の証明の決定打である。ただ、原論文ではこの部分が非常に婉曲的で、煮え切らない表現になっていることに注意が必要である。煮え切らない表現になっている場合には、その理由に着目すべきであろう。因みに原論文のSummaryには、“Following injection into blastocysts,iPS cells contributed to mouse embryonic development.(胚盤胞に導入した後に、iPS細胞は胚発生に寄与した。)”というものすごく控えめな表現になっている。(つまり「キメラマウスが出来た」とは言っていない。)この論文の段階では「キメラマウスが出来たといえるか」については、議論があるようだが、論文読解法の解説のレベルで議論する限そう考えてもよいであろう。また、コアなレベルの専門家(山中教授を含むかもしれない)を除いて、充分キメラマウスと言うに値するものが出来ているというのが大方の見方であろう。原論文の表現がこのように煮え切れない言い方になっているのは、成功率の悪さと、出来た“キメラマウス”の性線にiPS由来の細胞が確認できなかったこと(のちに他のグループが成功している)による。)因みに原論文においては、キメラマウスに関して以下のように述べられている。
"We then introduced 2 clones of iPS-TTFgfp4 cells (clones3 and 7) into C57/BL6 blastocysts by microinjection. (我々が2つのiPS-TTFgfp4細胞のクローン(クローン3および7)を、顕微鏡観察下で注入したところ、C57/BL6マウスの胚盤胞に導入した。)[訳注:"iPS-TTFgfp4細胞"というのは細胞の名前。固有名詞と思ってもらってよい。/クローンというのは、ここでは、「均一な"iPS-TTFgfp4細胞"がいくらか得られているわけだが、その中の一つというぐらいの意味で、クローン人間とかいうのとは全然関係ない意味。コピーぐらいの意味でとってもよいであろう。/“C57/BL6マウス”はマウスの品種の名前。固有名詞と思ってもらってよい。]。With iPS-TTFgfp4-3, we obtained 18 embryos at E13.5, 2 of which showed contribution of GFP-positive iPS cells (Figure 6C). (iPS-TTFgfp4-3を用いた系において、E13.5に18匹の胎児が得られその内の2つにはGFP陽性のiPS細胞が寄与していることが示された(図6C参照)。[発生したマウス内でiPS細胞が分化しているとした場合、組織切片に紫外光を当てとGFPが光るようデザインされている。]Histological analyses confirmed that iPS cells contributed to all three germ layers (Figure 6D).(組織学的解析によって,iPS細胞が3胚葉のすべてに寄与していることが確認されか(図6D参照)). We observed GFP-positive cells in the gonad but could not determine whether they were germ cells or somatic cells.(我々は,生殖腺においてGFP陽性細胞を観察したが、一方でそれが生殖細胞か体細胞かを判定することは出来なかった.)"
さて、証拠1,2が、結論1をサポートするのは自明として、証拠3-6が本当に結論2をサポートしているかは人によっては自明ではないかもしれない。無論、専門家のレベルにしてみれば、特に証拠6が決定打となって(実際にiPS細胞だけからvitroで心臓や肝臓を作れたという段階でなくても、多能性があることを主張可能であること)が自明であろうから、現論文ではいちいち証拠6が決定打だということをぐじぐじと説明していないが、「多能性の立証方法」そのものが問題となる時代であれば、証拠3-7が結論2をサポートしていることを説明するというのも、重要な考察の一つとなりえる。より強力な証拠として、完全なキメラ(本記事では[証拠6']が得られる)に加え、「[証拠7]さらに交配により全身がiPS 細胞よりなるマウスが得られた。こうした結果から、iPS 細胞はES 細胞と比べてほぼ同様の多能性を有することが確認された。」があれば(外国の他グループにて到達された)が、紹介した論文の中ではこれらはまだ成功していない段階だったので、それに伴う歯切れの悪さがある。(因みに、真偽が危ぶまれているSTAP細胞も同様の論理で多能性を示しているが [67]、こちらは第一報の段階で、上記の証拠7に相当する結果まで完全に示したと称しており、非常に歯切れがよい点で対照的である。)
主張(結論)や証拠となる事実は、論文ごとにまちまちで、類型化が困難であるが、推論過程の展開のさせ方については、一般的な論理の展開法のレベルで、ある程度の類型化が可能である。九州大学の井上奈良彦教授の講義ノート[19]には、推論過程の展開のさせかたとして以下のパターンが説明されている。論文においても推論過程の展開方法それ自身は同様である。
- 類推: 帰納の一種。過去の類似の例を根拠とし、論じるべき対象においても同様のことが発生するだろうと結論する(ex.「チェルノブイリとスリーマイル島の原発が重大事故を起こした」という証拠を引用して根拠とし、「日本の原発も重大事故を起こすだろう」)。
- 一般化: 帰納の一種。複数の例から一般法則を導く。
- 相関関係: AとBとの間に成立する関係式等の指摘(駅の近くにはマクドナルドが立つ)。
- 因果関係: 相関関係があったときに、どちらが原因でどちらが結果であるのかまで言及する(駅があるとマクドナルドができる)。
論理の三要素については、厳密なところを言い出すと様々な異説がある。本記事による解説は、ジョージ W. ジーゲルミューラーらの文献[18](特に57ページ)に準拠している。即ち、「論拠 (warrant)」という言葉を、「推論過程 (reasoning process)」として扱っていて、「反証」や「限定」などについては、省略する立場[18]をとっている。「論拠」という概念よりも「推論過程」という概念を重んじる立場や、「反証」や「限定」が、本質的ではないとする立場(三角ロジック)を採用している[注釈 8]。
IMRADと三角ロジック
さて、本題である論文と三角ロジックの関係に戻ろう。論文の骨格は、「現状(背景)を分析し、問題点を抽出し、解決策を提示する」という [現状→課題→解決]型のストーリである[24]。これに応じ、「背景の分析から問題点の抽出」に関する論理と、「問題抽出から問題解決」に至る論理があり、言い換えれば前者は「自分の論文が論じようとしている問題の価値」(研究の意義)を示す論理であり、後者は「自分のやった調査、研究、考究」の正しさ(研究の正しさ)を示す論理である[25][26]。この意味で「論文には2つの大きな隠れたメッセージが書かれている」とも言える。1つ目は、「自分の研究の価値があること」、もう1つは「自分の研究結果は正しいものである」ということである。例えば以下のようにより細かく考えてみることもできる[27]。
- 1.この研究は重要である
- 2.この研究には新知見がある
- 3.この主張は正しい
- 4.このデータは信頼できる
研究の意義(より正確には研究目的の意義)の説明は、通常は「過去の研究成果の流れを解説の後、その上で、何が明らかになっておらず、何が明らかになればどのような貢献が見出せるか」を説明する形で行われることが多い[28][29]。
実際、田地野彰[29]によると、論文の背景をムーブ分析といわれる手法で分析すると、典型的には以下の3つのムーブから構成されている場合が多いとされる。
- 第一のムーブ (Move 1) は、当該論文が扱うテーマの重要性、あるいは一般的に認知されている事実の描写を扱う。
- 第二のムーブ (Move 2) は、先行研究がこれまでに扱わなかった領域(当該論文が埋める隙間)を述べる箇所である。
- 第三のムーブ (Move 3) は、当該論文の内容紹介を行う箇所である。ここには研究方法の紹介、研究結果のまとめ、論文の構成についての描写が含まれる。
これを三角ロジックの構造に当てはめると
- 「自分の研究は価値がある」という主張(明確な文章としては書かれない) → 記載なし
- 「先行研究の流れ」(証拠物件) → 第一のムーブ
- 「何が明らかになっておらず、何が明らかになればどのような貢献が見出せるかに関する分析」(推論過程) → 第二のムーブ
となる。通常は、この論証はIntroductionの項目内で完結する。なお、第三のムーブに関しては、「研究の重要性の論証後」の話なので、上記の三角ロジックからは、若干はずれる。
自分の研究結果は正しいものであることを示すためには、通常は2段階の論理を踏む。1つ目は、「データが適切な手法で測定され、適切な手法で処理されたものであること(cf.科学的方法)」に関する論証。もう1つ目は、「自ら取得したデータと、引用したデータ、理論が正しいと仮定すれば、それから導き出した自分の結論(論文全体の主張)は正しい」(これが論文の骨格となる論理である)ということについての論証である。「データが適切な手法で測定され、適切な手法で処理されたものであること」に関する論証は、通常は、Methodの中で完結し、
- 「得られたデータは信頼に値する」という主張(明確な文章としては書かれないことが多い)
- 「測定方法」、「統計処理の方法」「実験回数」(証拠物件)
- 正しい手法で充分な回数測定したのを妥当な方法で処理したのだから正しいという暗黙の了解(論拠; 文章としては明記されない)
からなる構造を持っている。測定方法の妥当性、統計手法の妥当性が、論文の論旨に照らし重要である場合には、Discussionパートで別途、詳細な議論を行う場合もある。
次に、「結論の正しさ」についてだが、「結論」として提示される「論文全体の主張」は、通常Conclusion、Abstract、Discussionの少なくとも1つの中に記載されている。その根拠となる事実はResultの中に書かれている。論拠は、Discussionの中に書かれている。「論文全体の主張」については、必ずしも1つとは限らず、いくつかの論点に関する考察が並立して列挙されている場合もあるが、その場合にも、その根拠となる事実はResultの中に書かれている。論拠は、Discussionの中に書かれている(このような場合にはResultとDiscussionが結合されている場合もある)。
データの解釈
科学的なプロセスにおいては、「リサーチクエスチョンをブレイクダウンして、検証可能な仮説を生成し、それを実験にブレイクダウンしてデータを得て検証する」(リサーチデザイン、概念操作化)ということがよく言われるが、「実験から得られたデータを解釈し、論点を生成したうえでさらにリサーチクエスチョンや考察にフィードバックする」という逆の流れもある。論文執筆前にこれらの両方の流れをスパイラルさせ、PDCAサイクルを回していくことで、論文や研究の価値や説得性が高まっていく。
本節では、後者の「生データ⇒解析/可視化⇒気付き/論点の抽出⇒説明/理由づけ」といった流れ(データの解釈)[注釈 9]に着目して解説する。
論文の論理の骨格を軸に見る見方「論理の三要素」を前節で説明し、これは一つの要であったが(形式、論理面)、 本節の内容はどのような論点でどの様なデータからどの様な知見を引き出すかの説明であり、 内容面での要となっている。
科学的な検討において、
**(0)**データを図表を用いて可視化し、データの傾向や特徴を指摘説明し、
**(1)**「気づき」や「傾向」を見つけ、指摘し
**(2)**メカニズムの検討(「気づき」や「傾向」を「既存の知見との比較」や「数理科学的な視点」から検討し説明)
をする考え方は、正攻法である。[注釈 10]
現実の研究論文であれば、一般には「複数のデータから多面的に考察を組み立てる」、(仮に依存するデータが少なくても)「高度な理論によって導かれた式を使う」、「高度な統計処理手法を用いる」、「その分野に特異的な知識がなければその考察の内容自身が理解出来ない」といったことがあり(そうでなければマトモな結論を担保出来ない)が、 比較的簡単で「少数のデータ」から「特段高度な予備知識を必要とせず」、「当たり前すぎて考察になっていないということはなく」、「学問的な妥当性が検証されている」例として、女性の労働力率のM字曲線[68] があり、概ね以下のようなことが論述される。
(1)女性の労働力率は、20代前半までは単調増加だが、20代後半から30代前半までの間で急激に落ち込み、その後また回復するという、M字型を取る。(気づき、現象)
(2)落ち込みが生じた原因は「結婚・出産」であり、回復は「育児が落ち着いた時期」に依存する。(推定メカニズム)
図表型の小論文問題、即ち[30] [31][32] [33]
- 与えられたデータに対し、その傾向や特徴を指摘説明させる問題や、
- 何故そのような傾向/特徴をとるのかを考察させる問題
に等において、上記のような能力が部分的/総合的に評価される。
データの傾向や特徴を指摘説明する
「与えられたデータに対し、その傾向や特徴を指摘説明する」ということに関して、ヒラリー・グラスマン-ディールは自著[8](P146)において、 以下のように述べている。
この図に対するコメントを、As can be seen in the figure, the two curves are very similar (図のように、この2本の曲線は非常に似ている)と書いた場合、読者は曲線の間にある類似性に注目するので、2本の曲線は似ているように見えるだろう。しかしながら、As can be seen in the figure, the two curves are noticeably different (図のようにヽこの2本の曲線は著しく異なっている)と書いたならば、読者は曲線の間の違いに注目するので、違って見えるはずだ。結果に対するコメントは、その結果について自分がどう考えているかを伝え、読者の理解の仕方に影響を与えるのである。
「図表型の小論文問題」の解説、や、「図表に関わるライティング」のテキストには、以下のようなことに注意するよう記載がある[30][31][32][33][34][35]
- その「資料」が何の資料なのかをきちんと確認/記述する。
- 縦軸・横軸がある場合は、両軸の単位をきちんと確認/記述する。特に単位が無次元となる場合(g/g (w/w), L/L(v/v)のような場合)にも、単位を簡約せずに書く。
- 図表から読取った特徴を具体的な数値を用いて文章化する。
- 増加、減少、サチュレーション、発散、最大/極大値や最小/極小値、変曲点、軸との交差等グラフの特徴に着目し、どのような変化があるのかをきちんと確認/記述する。
「右肩上がりの折れ線グラフ」→「年々上昇傾向にある」「上昇していく」「下降の一途をたどっている」
- 一つのグラフ面に複数の項目(系列)が同時に表示されている場合は、比較して相違点,、類似点を探す。
- 複数の図表の間の関連を述べる場合には、極力縦横両軸のスケールを揃える。
「気づき」や「傾向」の発見
本節ではデータの解釈、即ち、データの解析/可視化から、傾向の把握や定式化、理由,メカニズムの推定に至るまでの流れに着目するが、「解析/可視化」とはここでは、
- データの特徴や傾向の把握
- 異なるデータ間での比較
- 対象やサンプルの識別,区別,分類,同定
- 自分のデータと先行研究との比較
等といったことが出来るよう、必要に応じ、規画化、指標化(エンゲル係数だとかGDPだとかBMIのようなもの)をして統計図表等にまとめていくことを意味する。例えば「ある国のCMの主人公の男女比は女性のほうがやや多いのに対し、別の国だと男性が女性の5倍にのぼる」といった対照性に気が付けば、様々な意味での国民性の違いに至るであろう論点が抽出される[36]。「何かの部品が破断するといった不具合が生じた際、同種の未破断の部品を観察すると、ある特定の箇所に多数のクラックがあり、使用年数に応じてクラックの大きさが大きくなっていったといった特徴が見いだせた」といった場合には、破断のメカニズムや対策手段に繋がり得る論点が抽出される。このように、「解析/可視化」の部分は、「気づき」の部分であり、論文の論点を充実させる上で非常に大きな意味を持つ。
長野泰一-小島保彦の実験 [63](実験データの「解析/可視化」の一例として)。非常に高度な背景のある研究例だが、「実験データの解析/可視化」という視点から見ると3系列のグラフのピークの位置やピークの現れ方の違いに着目しているに過ぎない。上記のグラフを一目して即座にわかることとして、以下がある。 *(生)ワクチン(実線)の効果のピークは注射後1日目と二週後の二個ある。 *ワクチンの遠心上清の効果のピークは1日目のみである。 上記のデータの理由を考察し、長野泰一と小島保彦は遅い方のピークは通常の免疫効果と考えられるが、早期のピークは非免疫性の因子による効果と考えた(1957年)。早期のピークの因子はウイルス抗原でもなく、抗ウイルス抗体でもない事が重ねて証明された(1958年)。この因子は後にインターフェロンと言われることになる。 日本学士院による解説によると、[64]、長野泰一・小島保彦らは、1940年代から、生体において抗ウイルス免疫が発現する正確な時期を知ろうとして精密な実験を重ねた。兎の皮膚の多数の個所にワクシニアウイルスを接種し、その同じ個所へ種々の時期にワクチンを注射し、皮膚病変の起こるのが阻止される状況を観察したとのこと。この際のワクチンは兎のワクシニアウイルス感染組織のホモジェネートに紫外線を当て、ウイルスを不活化たものであり、動物組織成分と不活性ウイルスとの混合物(生ワクチン)である。ワクシニアウイルスが選ばれた理由は比較的粒径が大きく、濾過で除去できるからとのこと。
「解析/可視化」について、類型化して例解する[37][25][26][38][39][40]。尚、例には架空の研究(架空の研究と明示)が含まれる。また、出典のある研究も、類型の説明をするうえでわかりやすくなるよう、デフォルメを加えてある場合がある。
- データの顕著な特徴や傾向を指摘し、簡単な説明を与える。
「細胞や組織等の画像を撮像する」、「ある量A(説明変数)と別の量B(目的変数)の関係を評価する」、あるいはある量A(条件)を振って別の量Bの値の変化(応答)を見るといったことをすると、興味深い特徴に気づくことがある。前者の例としては、「1週間ごとに靴底の写真を撮ると、ある特定の部分が他の部分に比べ早く擦り減っていってる」、後者の例としては「この地域では100年に一度大きな地震が来ている(周期性)」だとか、「ある動物に毎日1定のカロリーのエサを与えたとき、カロリー数を1000kcalとすると最も寿命が長かった(グラフの概形、ピーク)」等がある。このように変化の傾向や特徴、周期性、グラフにした時の概形(変曲点、ピーク等)に着目することで論点や気づきが得られることがある。
[例]お茶の細菌抑制効果をA、B,C,Dの4種類のお茶で調べたところA>B>C>Dだった。A、B,C,Dは、この順に酸化処理(緑茶を酸化させると紅茶になるとかいった話)の時間が短い。従って、お茶の抗菌効果の原因物質は、酸化処理の過程で壊れるのであろう。(京都大学学生シンポジウムに学生が寄稿した論文[41]、及びプレゼン資料 [69] から。)
[例]吹き矢をストローを使って作ってみた。半径rのストローを同じ圧力で吹いたときのグラフを書いてみた。これから、直径と飛距離の間の関係式がかくかく云々のように推定される。(架空の研究)
[例]ある爬虫類の卵をインキュベータで温めながら孵化させたところ、インキュベータの温度がX度以上とY度以下では死滅。オス(メス)の比率の温度依存性のグラフを書いてみたところ図XXのようになった。従ってこの爬虫類では、発生時の温度に依存して性が決まるのであろう。(温度依存性決定)
[例]胞胚期のイモリの胚から、動物極を取り出して、アクチビン環境下で培養したところ、アクチビン濃度に依存して予定運命が変わることが判った [70]。具体的には、
- 低濃度では血球細胞、間充織組織に分化し、
- 中濃度では、筋肉、神経管に、
- 高濃度では脊索が、
というように濃度依存的に組織分化が行われることを見出した。より詳細な業績も併せ、日本学士院賞受賞理由 [71] を参照のこと。(浅島誠の実験。(分化誘導因子の発見))
- 複数の種類(系列)からなるデータ同士を、いくつかの論点から比較し、際立った特徴や関係等を指摘する。
同じ条件/同じ尺度で複数のデータを比較してみると「2つ(以上)のデータは同じであるのか、違うのか?違うとしたら何が違うのか?」、例えば複数の系列をもつグラフを書いてみると
- 「系列1と系列2はほぼ同じである/異なる」
- 「系列1と系列2はほぼ同じ形をしているが、立ち上がりの位置,ピークの位置がずれている」
- 「系列1のほうが系列2よりも急峻に変化する」
- 「系列1が増加するにつれ、系列2が増加している」
- 「系列1と系列2の和が系列3と概ね一致している」
- 「系列1と系列2の比が常に一定である」
- 「ある前提に立つと系列1+系列2が系列3と概ね一致するはずだが実のところはそうなっていない」
のように、興味深い関係が見えてくることがある。特に比較をすることによって、はじめて関係や大小が見えてくる。
[例]細胞Aと細胞Bの遺伝子の発現パタンをヒートマップを用いて表現すると強い類似性が認められた。
[例]「各年度に生まれた女子の名前のうち、語尾が「子」である名前の子供の率」の時系列を表すグラフ(系列1)と、テレビの普及率を表すグラフ(系列2)を並べてみたら、テレビの普及率が増加時期と「語尾が「子」である名前の子供の率」の増加時期がよく一致することが分かった。これから、かくかく云々のことがわかる。(京都大学学生シンポジウムに学生が寄稿した論文から[41])
[例]某国おける人口(系列1)と、失業率(系列2)を重ねてみたところ、人口が増えるにつれ緩やかに失業率が増えていることが分かった。(架空の研究)
[例]某声優9人からなるユニットμ(2010年結成)のCDの売り上げ(系列1)は今のところ学習曲線(時系列)に従っている。ユニットμを構成するメンバのうち、Nさん(系列2),Mさん(系列3;2013年ソロデビューのため2013年以前の数字はない)は、現時点で単独で、1万枚以上のCDを販売出来、Nさんはユニット結成以前の2009年から単独で1万枚以上のCDを販売出来たが、それ以外は単独名義でのCDの販売実績は皆無。ユニットμのCDの売り上げは毎回5万枚を超える。ユニットμの人気は、NさんMさんの人気だけでは説明がつかない上、メンバーそれぞれの人気の単純和でも説明がつかない。(架空の研究)
[例]ウサギに獲得免疫がまだ成立していないウイルスに対する(精製度の悪い)ワクチンを接種したの場合の、免疫応答の強さを時系列のグラフに表した(系列1)ところ、免疫応答のピークは2回ある(日本学士院賞授賞理由を記載した書面の [72] の第一図点線グラフの1日目と10日目を参照)。同じワクチンの遠心上澄のみを接種した場合には(系列2)、免疫応答のピークは、1日目のみであった(同出典の図1、黒の実線グラフ参照)。第二番目は、獲得免疫で、第一番目おそらく新しい種類の免疫だろう。さらに、新しい免疫の“素”(現在の言葉でいうとインターフェロン)は、液性の分画(遠心上澄)に含まれる因子なのであろう。(長野泰一-小島保彦の実験(インターフェロンの発見))
- 測定値のヒストグラムや多次元ヒストグラムから、測定対象を分類/区別する。
「優秀な人とそうでない人」のように曖昧な概念はどこかで閾値を設けて区別せねばならない。「合格と不合格」もどこかで境界を作らねばならない。このような場合、理想的には何らかの評価の得点分布を表すヒストグラムが2つのピークを持ち、その間に度数が0の階級が複数連続してあるといったようにヒストグラムが綺麗にスプリットしていれば、ある集団を2つのグループに分類することが出来る。ただ、もし「優秀な人とそうでない人」を区別しても面白くない。だから、例えば「入学試験の成績が優秀だった群とそうでなかった群が入学から年数がたつにつれどのように入れ替わっていくか」だとか、「優秀でなかった群を、特訓を加えた群とそうでない群にさらにわけ、その後どうなっていったか」、「本来均質だったハズの群が介入の相違によってどのような集団に変化するのか」といった介入の評価や追跡評価といった項目組み合わさることが多い。
[例]入学試験の上位半分をA群、下位半分をB群とした。卒業試験において上位2割の内訳を評価したところA群出身が7割、B群出身が3割であった。
[例]学生に試験1を受けさせ、激励を与えた後、試験2を受けさせたところ、得点が顕著に上がった群(A)と下がった群(C)と、どちらともいえない群(B)の3種類に分かれた。プレッシャーに対する応答には3種類の人が判った。これらの群それぞれから無作為に抽出した5名ずつそれぞれに、練習なしでスピーチをさせた場合に、読み間違いが起こった頻度は、B群が最も低く、A群とC群は同程度であった。(架空の研究)
[例]フローサイトメトリーのサイトグラムから、iPS細胞をある方法で分化誘導した際に少なくとも2種類の細胞が混ざることが判った。(架空の研究)
[例]ある病気のスクリーニング検査で、閾値をどこにすると偽陽性、偽陰性、感度、特異度を適切となるか?(よくある設定)
考察への道
下記の4点、即ち
- データの特徴や傾向の把握
- 異なるデータの比較
- 対象やサンプルの識別,区別,分類,同定
- 自分のデータと先行研究との比較
のうち、少なくともいずれか一つから得られた気付きや論点を掘り下げることで考察が生まれる。また、上記自体は、本来Resultに書かれるべきであろうが、これから得られた気づきや論点に対する簡単なコメントをする(実験速報型)に留める場合にはDiscussionと統合してResult and Discussionという節にまとめて記載したり、あるいはResultでは、データが何であるかの言及やMethodとの関係への言及に留め、上記4点をDiscussionに回すこともあり得る。そうでない場合にも、これらが意味するところを要約して、Discussionに記載する[42]。
気付きや論点を掘り下げる考察のやりかたとしては、
- 法則性の発見、定式化
- 理由、メカニズムの推定
に加え、例えば以下のようなものがあり得る。
- Introductionの「研究目的」で提案した仮説を、実際に考案したモデル[注釈 11]等を含め詳しく書く。
- データの解釈において普通に考えると納得のいかないだろう事柄について、なぜそうなるのか理由を説明する。
- 実験の結果、および他から引用した結果を総合したものが、正しく、「提案した仮説を立証している」ことを書く。
論文の読み方とIMRAD
IMRAD型という考え方(構成方法)を知っておくことで、その構成方法を取っている文章を読む、(あるいはその構成をとることが望まれる)文章を書く上で、構成要素、その役割、それらがどう配置されるべきかについての理解が可能であり、論文を読む上で、とくに論旨を追う上で有益となる[10]。より具体的に言えば、学術論文の構成要素おのおのの役割を判断、把握する上で役に立つ。ひいては、科学的な思考を理解する上で役に立つ。
IMRAD型は、研究者が論文を読む過程での思考の流れとの相性がよい。IMRAD型を用いると研究者が欲しい情報が非常によく分かる。学術論文においてこの構成が好まれる理由はここにある。実際、この書式で書くことによって「主張」(ここでは物理量AとBの間にXXといった相関が見出せるだとか○○といった法則が見出せるといった話)と、「その根拠となる事実」、「根拠となる事実から主張に至るまでの推論過程」が非常に明確になる[10]。また、その主張に対して、「だからどうした」という話も明確になり、どういう問題に対して寄与するのかも分かる。具体的な論文の読み方については人それぞれではあるが、研究室におけるジャーナルクラブ (en:Journal club) などを通じて口伝で教えられる読み方は、概ね上述の「三角ロジック」に相当するものを意識した上で、「どんな問題に取り組んだのか」「どういう方法でその問題に取り組んだのか」「著者はどのような解を与えたのか」などを大雑把に把握し、最後に、その解を導き出すにいたるまでの証拠を丁寧に文中から拾っていくという読み方である[37][43][44][45][46]。
全体の論旨の把握
まず、論旨の把握に関しては、以下のワークシート1に記載のような「論文で取り上げる問題の問題設定とその答え」に関する情報を論文中から抽出する必要がある[43][44]。これらの情報のうち多くは、アブストラクトやイントロダクション等から得られる。
ワークシート1:論文で取り上げる問題の問題設定とその答え |
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(1)どのような問題をどのように取り組もうとするのか ⇒ (2)これから報告する問題がなぜ重要なのか(≒その問題への先行研究で未解決であったところ等の指摘) ⇒ (3)これから報告する問題はどのような問題の一部なのか(≒関連した先行研究の流れの上での位置付け) ⇒ (4)筆者らはその問題にどのような答えを与えたのか(どのように解決したのか) ⇒ |
言い換えれば上記の情報が把握できれば「最低レベルの読解」は出来ている(論旨が追えている)ことになる。この中で特に重要な情報は、意外と思われるかもしれないが、「何をつかって問題を解決するのか」「なぜそれで問題を解決できるのか」ではなく、「その論文の究極の目標は何か」と「究極の目標に近付くために、その論文ではどういう問題を解決するのか」、つまり問いの部分である。まともな論文であれば、問いの部分と解の部分がしっかり対応しているように書いてあるため、問いの部分が理解できれば結果自体は概ね予想の範囲内となるように(どんでん返しがないように)書かれている。そのため、「忙しい場合には、どういう問題に取り組んでどういう答えを得たのかだけを大雑把にでも理解すれば、とりあえず読んだことにしてもよい」と言うものもある[43][45]。論旨の把握は、論文をI、M、R、Dに分解できれば機械的に出来るため、「研究方法」の講義においては、論文をI、M、R、Dに分解するワークが行われることがある[47][37]。
論文の内容をもう一段掘り下げる場合には、ワークシート1で抽出された情報の肉付けになる情報として、以下のワークシート2に掲げるような「問題解決の技法」にかかわる情報を抜き出していく必要が生じる[43][44]。
ワークシート2:問題解決の技法(筆者らの与えた答えが「何故正しいのか」の分析) |
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(1) ⇒ (2)問題を解決するにあたって、どのような実験を行ったのか ⇒ (3)その実験を行うことでなぜ問題が解決できるのか ⇒ (4)実験の結果どのようなデータが得られたのか ⇒ (5)そのデータから、どのような推論を経て筆者らの答えに辿り着いたのか ⇒ |
「論文の構造」に着目して上記の意味で「論旨を追うこと」は、英語自体の能力よりも重要である。無論(大半の論文がそうであるように)英語で書かれている論文の場合には、文レベルでの英語の読解能力が必要最低限のレベルに達していなければ論旨を追うことさえ難しいことは言うに及ばないため[注釈 12]、そのレベルの能力は前提とされている。
実験結果の理解
結果の詳細な理解に関しては、実験結果に関する理解、実験方法に関する理解、考察に関する理解がある。そのうち、本節では実験結果の理解について説明する。実験結果そのものについては、比較的定型的に理解が可能な場合がある。実験結果を理解する際には、
- 実験結果、実験方法を特徴付ける主要なパラメータは何か、その値・特性は?
- 何と何の関係がどのようになっているのか?
を把握しておくことが重要である。これは、掲載されている統計図表を注意深く見るだけで、ある程度理解できるケースもある[25][26]。特に物理学の論文に限定して言えば、大概の場合は「刺激と応答の関係」と「そのメカニズム」を論じているに過ぎないので、「実際に与えている刺激は、どのような物理量(力、電圧、熱等)をどのように(パルス的、長時間、周期的等)与えたものなのか」「その結果、どのような応答が現れたのか」を統計図表とそのキャプションを手掛かりに理解すれば実験内容の詳細も含め理解出来る可能性は高い。この際、重要なポイントは、実験結果、実験方法を特徴付ける主要なパラメータを定量的、網羅的に把握することである。また、科学的な論文でよく使われるグラフは、相関(時間的推移を含む)とばらつきを見るのが目的であることが多く、
- 二次元分布図(2D mapping、カラーマッピング)[49]、等高線図、及びそのラインプロファイル(断面プロファイル)[50]
- 散布図、エラーバー付き散布図及びその回帰曲線[51]
- 棒グラフ(バーチャート)
がほとんどであり、新聞、雑誌等に出てくるグラフに比べ種類が少ない。また、少なくとも円グラフはほとんど見かけない。理系分野では棒グラフは、エラーバーつきの棒グラフ(箱ひげ図)とヒストグラム以外ではほとんど見かけない。また、折れ線グラフも、散布図の特殊な例の1つに過ぎないが、時系列が固定された散布図、すなわちExcelの折れ線グラフ機能で作成されるような散布図はほとんど見られない。論文における望ましいグラフのあり方については実例付きで説明されているものがある[52][53]。
実験方法の理解
実験方法に関しては、最低限把握したい事柄としては、
- 主要なパラメータの名称とその値(オーダー程度でも可)
- 測定精度
- 測定原理、及びその妥当性
- 実験装置の構成(模式的でも可)
などがあるが、特に装置構成や測定原理は省略されることが多い[12]。このような場合は、別途、特許文献、装置専門誌、専門書、メーカーのカタログや、総評的な論文を参照する必要がある。
世の中にある様々な計測手法、作成プロセスの中には、原理が難しいものが多数ある。すなわち、「なぜその方法で、測定対象が測定できるのか」「なぜそのような方法で、そのようなものが作れるのか」をきちんと説明することが難しいことがある。特に後者については、論文の著者らを含め、世界中の科学者が、誰もきちんと説明できないような場合さえあり得る。
しかし、例えば測定装置の装置構成や実験手順の把握だけならば、高校物理程度の知識で理解できるものがほとんどということにも注意したい。たとえば走査型トンネル顕微鏡(コンスタントハイトモード)は、装置構成の核の部分は、鋭利に尖った針と、前記の針を試料に対して水平に走査する機構と、試料 - 探間に電圧を印加する機構と、試料 - 探針間に流れる電流を測定する機構に尽きる。いずれも、高校物理程度の知識で理解可能である。この場合でも、測定原理やデータ解釈については、そこまで簡単ではない。最低限の測定原理を理解に留めても、少なくとも量子力学の初歩的な知識は必要となる。
DNAの複製を行うPCR法も、装置構成や、実験の手順の把握といった観点からはそこまで難しくない。DNAの溶液にいくつかの試薬を加えた試験管に対し 数分間の間に50℃〜90℃程度のレンジで規則的に温度昇降させればDNAが増えていくというだけである。ただし、その原理の理解や、最適条件や、阻害要因の考察等を行うことは、少なくとも学部3年相当の分子生物学の知識が必要で、装置の設計は熱工学的に極めて難しいとされる。
装置構成や実験手順のついては、論文自体にはっきりとした記述がなくても特許文献やカタログから情報を得ることができる場合もある。特許は、装置構成については近い時期に同一著者により別途特許文献が提出されている場合があるものの(下表参照)、論文に引用されない場合が多数なので調査時には注意が必要である。そのようになる理由の一つとしては、特許には権利書としての性格があり、裁判等で不利にならないような工夫をされている部分や、過去の判例等の影響を受けた記述の仕方をとることになるため、必ずしも科学的に正しいとはいえない記述が入り込む余地があり、よほどの場合を除き、論文の世界では「信頼性の高い文献」とはみなされない傾向があることによる。
「論文の内容が分からないから参考文献をあたり、参考文献の内容も分からないからさらにそこから別の参考文献をあたる」という悪循環、あるいは「分厚い総評から始め、1冊を読み終わるのに1年以上かかりそれまで何も出来ない」ということは往々にしてある。このようなことを回避するために初心者は、指導教官もしくは先輩が良い研究結果を出している研究室等で研究をスタートさせた方が良い結果を得られやすい[54][55]。
より高度な理解
「自分の研究をよりよくするための糧」「新しい研究テーマを考える上でのヒント」「基礎知識の収集」「論証の仕方(推論の仕方)を学ぶこと」を目的とした読み方が出来るようになった後には、批判的な読み方ということを要求される[56]。「批判」というのは思いつきレベルであっては価値がない[43][44]。批判的な読み方とは、具体的には
- 「なぜこういう結論に至ったのか」
- 「他には方法がないのか」
- 「もし自分だったらどのような戦略を採用するか」
- 「次の課題は何か」
などに着眼する読み方である[56]。
"Title"と書誌的情報
"Title"は、この論文で論じようとする内容(ほとんどの場合が主題)を簡潔なキャッチコピーにまとめたものである。この論文が読者にとって、調べているものかどうか、興味のあるものかどうかを判断するための素材を読者に与える。
併せて、論文のヘッダー部分には、著者名や著者の連絡先等、書誌的情報も書かれる。書誌的情報の書き方は、投稿規定に大きく依存するため、各論文の投稿規定を確認のこと。
書誌的情報及びタイトルの記載例
以下に、架空の設定に基づく書誌的情報の記載例(タイトルを含む)を示す。主な構成要素は#1タイトル、#2著者一覧、#3所属機関#4コレスポンディングオーサとの連絡方法、#5キーワード、必要に応じ#6貢献度に関する補足が書かれ、それ以外にも論文を識別するための情報(doiやISBNコード)等様々なもの(今回は除外)が記載される。(但し所属機関についてはフットノートに書かれている場合もある。)このパートの具体的な記載法については、 分野や論文誌に大きく依存するため自身の投稿しようとする論文誌の投稿規定を詳細に確認することが望まれる。尚、今回は初心者向けのために対訳と注釈を詳細につけるため表形式で記載し、解説上の便宜のため一文一文に番号を振ったが、現実の論文において本文が表形式になっていることはなく、まして一文一文に番号が振られることもないことに注意されたい。
タイトルのつけ方(内容面)についてもいくつかの流儀がある。下記以外にもいろいろある。自身の投稿しようとしている論文誌の傾向を分析したうえで、どのようなタイトルにするか検討する必要がある。
- 「XXをXXするとXXかである/かもしれない/だった」、「XXはXXを示唆する」のように、ライトノベルのタイトルのようにやたらと文章じみてるもの。生物系の英文誌でよく見られる。和文(論文)タイトルではあまりこの形式はあまりみかけない。
- 「XXを用いたXXに関する研究 Investigation on XX by measns of XX」、「X細胞用の新しい培地 Novel serum free for X cells」のように、研究手法、研究対象、研究成果を抽象的な一文で書くパタン。
タイトルの形式面については、英語の場合は必ず最初の文字は大文字である。文の最後にピリオドや読点がないことが多いが、そうでないこともある。大文字と小文字の使い分けについては英語の場合以下の3通りのことが多い。詳細は自身の投稿しようとしている論文誌の投稿規定に従うべきである。
- (形式1)本例のように文頭と略号のみ大文字の場合や、
- (形式2)前置詞、冠詞、接続詞、(関係詞)のみ小文字というケース、
- (形式3)全部大文字のケースがある。
著者名(#2)については、英文の場合「第1著者氏名,第2著者氏名,第3著者氏名,...,and 最終著者指名」のように書く点はおおむね共通だが、英文の場合に限っても困ったことに非常に多くの流儀がある。投稿規定を確認のこと。
- ミドルネームをどう扱うか(本例の場合、第三著者の「綾瀬 Herminium みさお」氏はミドルネームHerminium を持つという設定になっている。)
- それぞれの著者名のどこまでをイニシャルにするのか (第三著者を例にすると、Misao A.H, Misao H.A, Misao. H. Ayase ...等)
- 姓と名どちらを先に書くか。(本例の第一著者を例にするとMadoka Yabusaki","M Yabusaki","M. Yabusaki", "Yabusaki. M" 等)
- 姓と名の間にピリオドやカンマを打つか。
- 何を大文字にし、何を小文字にするか。
- 指名に貴族称(von,de[_要曖昧さ回避_]等)や学位(Ph.D等)、資格(MD等)等をつけるか?
オーサーシップについては、今回の例では、以下のような設定で書かれている。著者の順位については一部の分野では単にABC順の場合もあるが、 通常は、記載された位置が研究への貢献度を示す。本例のように「記載された位置が研究への貢献度を示す」ような書き方の場合は、研究倫理の観点から様々な指摘が生じる場合がある [73]。著者の種類は概ね以下のように分類される。
- ファーストオーサー:その論文の中の実験を主に行った人。今回は、薮崎さんと飛騨さんが共に第一著者という設定になっている。
- ラストオーサー:研究全般に渡ってアドバイスを与えた人。実質的には研究室の教授等、その研究の予算を取ったり設備を揃えた人であったり、職位の高い人がなる。今回の設定では企業と大学の共同研究であり、壇地さん(企業の部長相当職という設定)、洞爺さんが(大学の教授という設定)の両方がこれにあたるという設定である。
- コレスポンディングオーサー:その研究を発案した人。その研究の内容に責任を持つ人であり、論文に関する外部からの連絡のウインドウパーソンであり、論文の著者欄に連絡先のメールアドレスが書いてある人である。准教授クラスの若手教員が担当することが多いが、ファーストオーサーやラストオーサーがなる事もある。本例では、第三著者の「綾瀬 Herminium みさお」氏がコレスポンディングオーサーであり、本例では、“†”で識別されている。コレスポンディングオーサーは、本来的には論文に関する外部からの連絡のウインドウパーソンという意味だが、「この研究の頭脳として動いた人」(責任著者)というふうに受け取る向きもある。
- その他の著者:瀬戸内さんと、竹達さんがこれにあたる。研究に相応の貢献をした人(学部、修士、博士学生、他)、研究に重要な知見を与えた人(ポスドク、他)等が著者資格を持つ。貢献度が低いとみなされた場合にはacknowledgementにお礼として描かれる。
表.書誌的情報の記載例(和文)及び英訳
# | 原文(Original text) | 英訳(English translation) | 備考(Notes) |
---|---|---|---|
1 | やはり血清タンパクと、グロスファクターの両方がX細胞の無血清培養には必要かもしれない | Both serum proteins and growth factors may be essential for serum free X cell cultivation | X細胞は架空の細胞。タイトルのつけ方にはいろいろな流儀がある。左記の和文タイトルはライトノベルのタイトルのようで恐縮だが、特に生物系の論文の英文タイトルとしてありがちなパタン(大雑把な結論を一文で書く)をそのまま和訳するとこんな感じになることが多い。 |
2 | 薮崎 まどか*1,*, 飛騨 延珠*2,*, 瀬戸内 政実*1, 竹達 直葉*1,綾瀬 Herminium みさお†*1,3, 壇地 美奈子*1,*2, 洞爺 満*1 | Madoka Yabusaki*1, Enjyu Hidaka*2, Masayoshi Setouchi*1, Suguha Taketatsu*1,Misao Ayase Herminium†*1,3, Minako Danchi*1,*2,*, and Michiru Touya*1,* | 左記は当然、全員架空の研究者である。著者の一覧。*1,*2のような所属を指示する記号(#3参照)や、コレスポンディングオーサーが誰であるかを指示する記号†(#4参照)のような上付きの記号に注意。詳細は、投稿予定の論文誌の投稿規定に従うこと。 |
3 | *1東京西北大学 理学部,*2(株)星月技研工業, *3独立行政法人 科学技術振興機構 つばさ プロジェクト | *1 Facility of Science, Tokyo Seihoku University.*2 Hozuki Giken Co.,Ltd. *3 WING, Japan Science and Technology Agency. | 著者の所属機関を書く。併せて住所が書かれることも多い。当然、すべて架空の機関である。「さきがけ」等のグラント上の所属機関がさらに追加されることもある。(*3はそれを模した設定である。)尚、今回はあまり詳しいことを述べないが、特に企業の研究者が共著者に入っている場合には、利益相反に注意のこと。 |
4 | 連絡先† misao@xxx.com | Contact† misao@xxx.com | コレスポンディングオーサーの連絡先。当然だが左記は架空のメールアドレスである。 |
5 | キーワード:X細胞、培地組成、無血清培地、血清成分 | Keywords: X Cells, medium composition, serum-free medium, serum components. | キーワードを数個書く。 |
6 | *薮崎 まどかと飛騨 延珠は、同程度にこの研究に寄与した。壇地 美奈子と洞爺 満は、同程度にこの研究に寄与した。 | *M.Y and E.H contributed equally to this work, M.D and M.T contributed equally to this work. | 薮崎さんと飛騨さんはどちらも第一著者(co-first)であることを示している。いろいろな事情があったことが察される。但し最初に名前が来た方が重要視されがちである。 |
注:本記載は、飽く迄「学術論文における書誌的情報」を例示するために記載されたものである。原文英訳共、架空の設定に基づく架空の結果である。(Abovementioned are solely intended to a illustrate how to write the hedder part of academic paper. All descriptions of both Original text(column 1) and English translation (column 1) are based on hypothetical data.)
"Abstract"の役割と構成
この論文が読者にとって、調べているものかどうか、興味のあるものかどうかを判断するための素材を読者に与える。その意味ではタイトルと重複した役割を持つ。ただし、アブストラクトは1から数段落程度からなる文章の集まりなので、Titleよりもより詳しくなる。Abstractが単体でIMRAD構造を取っていることも多い。このようなAbstractを「構造化抄録」という。
アブストラクトの記載例
前節に引き続き、前節と継続した内容の記載例を以下に例示する。以下の例示は架空の設定による架空の研究に基づく記載である。尚、今回は初心者向けのために対訳と注釈を詳細につけるため表形式で記載し、解説上の便宜のため一文一文に番号を振ったが、現実の論文において本文が表形式になっていることはなく、まして一文一文に番号が振られることもないことに注意されたい。
表.アブストラクトの記載例(和文)及び英訳
# | 原文(Original text) | 英訳(English translation) | 備考(Notes) |
---|---|---|---|
1 | X細胞の培養のための、新しい無血清培地及び、無血清の培養手法について報告する。 | A novel serum-free cell culture medium and methods for cultivating X cells are reported. | この論文にはどのようなことが書かれているかを一言でまとめたような表現が、アブストラクトの冒頭に来ることが多い。“X細胞”というのは、架空の細胞である。因みに、「細胞を培養するためには、シャーレ撒かれた細胞が、培地といわれる液体の中に浸った状態でなければならない。培地の成分として、ウシ胎児血清(FBS)等の血清がなんらかの処理をされた状態で添加されている。普通は血清を添加したほうが培養が簡単なのだが、血清は汚染されていることがあるなどデメリットもある。そこで血清を使わない培地に関心がもたれている。」といった背景知識を知っておくと、以下の文章の流れが頭に入ってきやすいであろう。 |
2 | X細胞を無血清培地で培養する方法が徐々に開発されつつある。 | Methods of Cultivating X cells in a serum-free medium are gradually being developed. | 自分が研究している分野や対象(この場合は「X細胞に適した無血清培地を作ること」)の研究動向を簡単に述べている。「背景」に相当する。 |
3 | しかしながら、これまでの無低血清培地では、10%血清含有培地と比較して、長期間に渡った培養ができなかった。 | However, long-term cultivation has not been possible with the serum-free media to date in comparison with media containing 10% serum. | 「背景」で述べた研究動向において、何が問題なのかを説明している。“to date”というのは「これまでの」という意味。[追加例文]“However, to date, lymphocytes engineered to express CARs have demonstrated minimal in vivo expansion and antitumor effects in clinical trials.(しかしながら、今日までのところ、CARを発現するように改変されたリンパ球は、臨床試験においては、最低限度のインビボでの増殖と、最低限度の抗腫瘍効果しか示せていない。)” |
4 | 細胞を長期間に渡って安定した条件で培養出来ることは、細胞を増殖させ大量の細胞を得るうえで重要である。 | Being able to perform long-term cultivation of cells under stable conditions is important in proliferating and gaining large numbers of cells. | 上記の問題が、何故重要なのかを説明している。 |
5 | 本研究では、血清中のタンパク成分(血清タンパク)の影響を研究した。さらに、どの血清タンパクがX細胞の安定した培養に必要であるかを検討した。 | In this study, we have investigated the affection of the proteins ingredients in serum (serum protein) and examines which serum protein is necessary in stable cultivation for X cells. | 研究の目的(何を明らかにするのか)を説明している。"we have investigated"はよく使う言い廻し。 |
6 | 結果としてX細胞培養する際には、培地中に血清タンパクM,Nを加えることが好ましいと判明した。 | As a result, we have determined that it is preferable to add serum proteins M and N into the medium when cultivating X cells. | 研究の結果得られた知見を紹介している。血清タンパクM,Nは、架空の物質。 |
7 | さらに、上記の血清タンパク成分に加えて、成長因子であるA,B,Cを加えることで、10%血清含有培地において培養した場合と同等又はそれ以上の速度で、X細胞をその特性を保持したまま増殖させることができることを見出した。 | Furthermore, we found that we are able to proliferate X cells while maintaining their specific characteristics at the same or greater speed as when cultivating in a medium containing 10% serum by adding growth factors A, B, and C in addition to the aforementioned serum protein ingredients. | 研究の結果得られた知見を紹介している。成長因子A,B,Cも、架空の物質。 |
8 | 意外にも、成長因子であるA,B,Cの好適な組成は、血清タンパクM,Nを加えない条件において好適とされていた組成とは大きく異なることが判った。 | Surprisingly, we learned that the ideal composition of growth factors A, B, and C are markedly different from the compositions thought to be ideal when serum proteins M and N are not included. | 研究の結果得られた知見を紹介している。 |
9 | また、本方法にて培養したX細胞を軟骨に分化させることにも成功した。 | Additionally, we succeeded in differentiating X cells cultivated by this method into cartilage. | 研究の結果得られた知見を紹介している。 |
注:本記載は、飽く迄「学術論文におけるアブストラクトの書き方」を例示するために記載されたものである。原文英訳共、架空の設定に基づく架空の結果である。(Abovementioned are solely intended to a illustrate how to write abstract in academic paper. All descriptions of both Original text(column 1) and English translation (column 1) are based on hypothetical data.)
さて、さらに例解するため、上記のアブストラクトの記載例及び、後述のイントロダクションの記載例から、本記事“論文の読み方とIMRAD”の章に記載されたワークシートに掲げられた情報を分析してみよう。以下の分析自体も飽く迄例示であり、人によって答えが若干異なることも予測される。
ワークシート1:論文で取り上げる問題の問題設定とその答え | 解説 |
---|---|
(1)どのような問題をどのように取り組もうとするのか ⇒X細胞の培養のための、新しい無血清培地及び、無血清の培養手法を開発すること。(アブストラクト#1から) | 特になし。 |
(2)これから報告する問題がなぜ重要なのか(≒その問題への先行研究で未解決であったところ等の指摘) ⇒ 2-1X細胞を無血清培地で培養する方法が徐々に開発されつつあるものの(アブストラクト#2)、 2-2従来の無血清培地では、血清含有培地と比較すると性能が劣る(アブストラクト#3)。 2-3特に従来の無血清培地で長期間に渡った培養が困難(アブストラクト#3)。 2-4細胞を長期間に渡って安定した条件で培養出来ないと、自家移植治療(後述のイントロダクション#3)移植に使えるだけの大量の細胞を得ることが困難である。 ⇒[論文には書かれていない点] 2-5血清含有培地でX細胞は充分培養出来ているにも拘らず、何故敢えて無血清培地を使わなければならないのか? | 論文には書かれていない点については、予備知識で補うよりほかにない。 |
* (3)これから報告する問題はどのような問題の一部なのか(≒関連した先行研究の流れの上での位置付け)⇒ 3-1:X細胞の培地中の必須の成分を同定する。 ⇒本論文の成果:血清中のタンパク質のうちM,N+(0)標準的な手法:[条件]培地=(10%ウシ胎児血清(FBS)+DMEM培地) ⇒ [結果]充分な量もとれ分化誘導もかかる。 (0')基礎培地のみ:[条件]培地=(DMEM 他) ⇒さっぱり育たない。 (1)戸松の研究:[条件]培地=(DMEM培地に対し+増殖因子A,B,C) ⇒ [結果]3継代目までは、上記(0)と同程度の効果。それ以降はさっぱり。 (2)小倉らの研究:[条件]培地=(ウシ胎児血清(FBS)を60℃で10分間処理したもの(濃度10%)+DMEM培地)⇒[結果]上記(0')と同じぐらい成績が悪い。 (3)水瀬の研究:[条件]培地=(ウシ胎児血清(FBS)を60℃で10分間処理したもの(濃度10%)+DMEM培地+)⇒[結果]上記(0')と同じぐらい成績が悪い。⇒[結果] 3-2:X細胞を軟骨や神経に分化させ、自家移植治療に用いる⇒論文中に先行研究が具体的に紹介されていない。リザルトには分化させたまでの結果については詳細な記載がありそう。 3-3:画像処理を用いた細胞の研究⇒竹達らの研究を使った程度の情報しかない。 | 文脈性の解釈が入るため、人によってはどこを大事だと思うかが変わってくる可能性がある。尚、全体として、イントロダクションまでの情報では、先行研究の結果の説明は大雑把で「うまくいった、うまくいかない」ぐらいの情報しか読み取れないというのが相場である。但しリザルト、ディスカッションあるいはメソッドの項目で、自身の成果(これから本論文で述べようとされる結果)との比較ができる程度に詳述されることもある。今回、"3-1"に書かれた先行研究については、全て[条件]⇒[結果]の形で書かれているため、イントロダクションを見れば大筋の流れが判る。培地の組成に関して、「戸松+小倉=水瀬」という文脈がきれいに形成されていて、これがこの論文のコンテクストと理解されよう。 "3-1"の背景にあるよる深い問題意識が"3-2"という文脈については、イントロダクションまでいかないとわからないというのは若干不親切(だがよくある話)。 "3-3"がどのくらいこの論文の結果の成立に重要なのかはイントロダクションまででは読み取れない。(単にいい装置が手に入ったからやってみたら結構うまくいったみたいな話かもしれないと疑われる。)但し、著者名まで見てみると(“書誌的情報及びタイトルの記載例”#2参照)著者のうち一名に「竹達」の名前があることから、共著者の「竹達」さんとこの画像処理システムを開発した「竹達」なる人物が同一人物との推定をすると、著者らのグループはこの画像処理システムにそれなりに関与している可能性が推定される |
(4)筆者らはその問題にどのような答えを与えたのか(どのように解決したのか) ⇒ 「X細胞培養する際には、培地中に血清タンパクM,Nと成長因子A,B,Cを添加した培地を用いると、無血清と同程度の効果培地性能が得られる。」("#6-#8"の記載より、) | 特になし。 |
"Introduction"の役割と構成
Introduction(緒言、導入)では、コンテクストの確立、つまり「どのような方法で、何を、どこまで明らかにしようとするのか」といった、文章全体の見通しを立てる役割を担う。文章全体について大まかな理解を与えるという点では、アブストラクトと重複した役割を持つ。ただし、Introductionの役割の第一義は「問題提起を行う役割」や、「その問題に取り組むことの重要性を主張する役割」をもつことで、そこに最大限の重点が置かれることがアブストラクトとの決定的な違いである。人によっては「時間がない場合には「どのような問題提起を行ったのか」と「それにどのような答えが与えられたのか?」だけ読めばよい」とまで言うぐらいなので、問題提起、つまり問いを発する役割をもつこのパートは、見方によっては文章全体で最も重要な部分とも思える[28][57]。
序論の構成要素とその概略について、表4にまとめる。通常は、研究背景 (Background)、研究目的 (Objective) は必ず記述され、場合によっては研究方法 (Methodology) の概略及び結果の概略、結論の概略も記述される。なお、研究背景、研究目的等、それぞれの構成要素が、Introduction全体の中でどの程度の分量であるべきかについて、一応の目安を示す。研究背景、研究目的の部分は、Introductionの項目において最も重要となる項目である。そのため、研究目的が序論全体の2/10程度、研究背景が5/10程度がよいとされる。また、研究方法の概略、結果の概略、結論の概略がそれぞれ全体の1/10程度がよいとされる[58]。記載の順番は、下表の通りとすることが多い。
表4: Introductionの構成要素とその役割
項目 | 内容 |
---|---|
研究背景 (B) | 先行研究の流れを文章全体の主題に即して概説する。具体的には、研究目的の項目において提示する問題(主題)に関連して、どのような人間がどのような研究をしていたのかをまとめる。論文では、「主題を解決する必要性」、「関連する分野の研究動向の中での当該研究の位置付け、意義」、「研究の独創的な点や特色ある点」を必ず述べる必要がある(背景、目的、考察の少なくともいずれかにおいては述べられている必要がある)ため、少なくともこれらの議論を行う上で必要な素材を全て書き出す必要がある(これらの議論自体はここで行わないことが多い)。また、必要に応じて、「考察で用いるデータ」や「実験方法の参考にした文献」を引用し、概要を述べる(後述の「研究方法の概要」で述べる場合もある)。 |
研究目的 (O) | 文章全体の主題、つまり、『何を明らかにするのか』を規定する。また、何故、その問題に取り組む必要があるのかや、その問題に取り組むことの重要性を論じる。 |
研究方法の概略 (MI) | 研究目的において発した“問い”に、具体的にどのような手段、手法で“解”を与えるのか(実験方法、調査手法)の概略を示す。つまり、「解決方法」の指針、「解法の鍵となるキーワード」(着眼点)や「その解決方法を選択する理由」を簡潔に書く。また、その実験方法、調査手法をとったのかが分かるよう、その理由を簡潔に述べる。 |
結果の概略 (RI) | 序論で提起された問題を解決するために行った実験、調査の過程で得られたデータのうち、次の「CI」を述べるのに必要なものに限って1〜2文程度で簡潔に述べる。 |
結論の概略 (CI) | 序論で提起された問題が本論においてどのように解決されるのかを手短にまとめる。 |
上記、表4の「研究背景」について、補足をする。研究背景とは、先行研究のレビューと同義と思って大方の場合差し障りない[注釈 13]研究背景を述べる理由は、自分の研究の意義付けや、自分の研究の正しさを増強するためである。具体的には以下の少なくとも1つであることが多い。引用した論文については、方法の説明の省略を他の他の文献に委ねる場合等を除き、必ず本文で、比較、考察時に、引用した論文について、言及せねばならない。
- これまでの研究の中で、自分の仮説を議論する上で、根拠を与えるあるいは比較対照となる論考やデータを持っている論文をリストする(研究対象に共通性、類似性が認められる論文、書物を探す)。
- 自分の研究を遂行する上で、手法を“パクる”対象となる論文をリストする(研究手法に共通性、類似性のある論文、書物を探す)。
- 先行研究の不足を指摘することで、自分の研究の意義付けをする(前記の少なくともいずれか)。
イントロダクションの記載例
表.イントロダクションの記載例(和文)及び英訳
# | 原文(Original text) | 英訳(English translation) | 備考(Notes) |
---|---|---|---|
1 | 無血清の条件下であっても、10%血清含有培地を用いる従来の培養方法に匹敵するようなX細胞の培養手法を見出したので報告する。 | We are reporting because we discovered a method for the serum-free cultivation of X cells. Even though this is a serum-free cultivation method, it is comparable to the conventional cultivation method, which uses a medium containing 10% serum. | 研究の成果を一言でまとめた一文が、イントロダクションの冒頭に書かれることがよくある。 |
2 | X細胞は、ヒトの骨髄から採取される体性幹細胞である。 | X cells are somatic stem cells that are collected from human bone marrow. | 研究対象がどんなものなのかを、由来という観点から説明している。 |
3 | X細胞は、軟骨や神経に分化することが知られており、自家移植治療、(患者から採取した細胞を培養後に同じ患者へと戻す治療法)において有用性が期待される。 | It is know that X cells differentiate into cartilage and nerves, and they are expected to be of use in autograph treatments (in other words, treatment in which cells are collected from a patient and then returned to the same patient after cultivation). | 研究対象がどのようなものであるかを、「どう(世の中の)役立つのか」から説明している。 |
4 | X細胞を無血清/低血清培地で培養する方法が、徐々に開発されつつある。 | Methods for cultivating X cells in serum-free or low-serum media are gradually being developed. | 関連する先行研究の動向を一言でまとめている。 |
5 | 例えば、戸松らはDMEM培地に増殖因子A,B,Cを所定の割合で加えた培地において、X細胞は、3継代目まではDMEM培地に10%ウシ胎児血清(FBS)を加えた条件とほぼ同程度の増殖速度で増殖することを見出した。 | For example, Tomatsu et.al reported that, in a DMEM medium which included the designated ratio of growth factors A, B, and C, X cells proliferated, up to the third subculture, at a growth speed roughly equal to that of conditions in which 10% fetal bovine serum (FBS) is added to the DMEM medium. | 「戸松」は架空の学者名。“et.al”は“その他”という意味。DMENは実在する有名な基礎培地。 |
6 | 雨宮らは、MCDBとDMEMとを1:1の比率で混合した培地を基礎培地とすることが望ましいことを見出した。 | Amamiya et.al reported that it is preferable to use a mixed medium of equal parts MCDB and DMEM as a basal medium. | 「雨宮」も架空の学者名。#5と併せてみるとこの研究の先行研究の流れとして「戸松らの研究→雨宮らの研究」という一つの流れがあることがわかるであろう。研究というのは、「先行研究の設定条件を少しだけ変えてみて、どのような結果になるのか」という積み重ねである。注意すべきは、「戸松」と「雨宮」の人間的な評価にならないようすべきということである。即ち、「戸松の研究の改良版が雨宮の研究」であるいう文脈性を与えるが、不注意な書き方をして「雨宮は戸松のまねをしてちょっとよくやった」、「戸松より雨宮のほうがすぐれている。」というような、先行研究の実行者に不快感を与えるような価値判断が入らないように細心の注意をすべきである |
7 | また小倉と石原は、10%ウシ胎児血清(FBS)を60℃で10分間処理したものをDMEM培地に加えた培地では、DMEM培地に何も加えない場合と同様、X細胞は1継代を待たず死滅することを報告した。 | Also, Ogura and Ishihara reported that, in a DMEM medium into which 10% fetal bovine serum (FBS) treated at 60℃ for ten minutes was added, X cells died out before the first subculture, the same as in a DMEM medium to which nothing had been added | 「小倉」も「石原」も架空の研究者である。小倉は、戸松や雨宮とは異なる流れから、この問題に研究していることが判る。小倉の研究は、あまりポジティブな結果でないように見えるが、「あまりうまくいかなかった」ということが重要な意味を持つ場合には重要な論文になる場合もある。 |
8 | 水瀬らは、小倉らと同様の「FBSを60度で10分間処理したものを、DMEM培地に、10%の濃度となるように加えた培地」に対し、戸松らと同様の組成で増殖因子A,B,Cを添加した場合、3継代以降における増殖速度においても、戸松らや雨宮らの結果に比べ大幅な改善が見出せることを示している。 | Minase et.al indicated that, compared with the results of Tomatsu et.al and Amamiya et.al, major improvements are detectable even in growth speed from the third subculture when growth factors A, B, and C are added with the same composition as Tomatsu et.al in contrast with the same DMEM medium used by Ogura et.al in which 10% FBS treated at 60℃ for ten minutes was added. | 「水瀬」も架空の研究者である。大学や大学院入試の「考察問題」風に書けば「戸松、雨宮、小倉、水瀬の研究を比較したときにどのようなことがいえるか考察せよ」のような問題が、問題意識にあることが判る。こういった問題意識から導かれる仮説を検証するために実験が行われ、実験結果を併せて考察が組み立てられるのである。 |
9 | しかしながら、水瀬らの条件においても、X細胞の3継代以降における増殖速度は、加熱処理を加えない10%FBSを含む培地に比べ劣っていると言わざるを得ない。 | However, we have to say that the growth speed of X cells from the third subculture is inferior compared with a medium including 10% FBS that has not been heat treated, even under the conditions of Minase et.al. | |
10 | 以上の先行研究を踏まえると、特に3継代以降における増殖速度は、60度で10分間処理にて熱変性し、失活する高分子のタンパク成分の濃度に支配されることが示唆される。 | The aforementioned prior research suggests that the growth speed from the third subculture in particular is controlled by the concentration of devitalizing protein ingredients in macromolecules for which heat denaturation occurs when treating at 60℃ for ten minutes. | あまり具体的ではないが、#8の「考察問題」の簡潔な答えがここに書かれている。 |
11 | 一方、最近竹達らにより、培養中の細胞の状態を、無染色の状態でも画像処理にてリアルタイムにモニタリングする効率の良い培養細胞モニタリング手法が開発された。 | On the other hand, recently Taketatsu et.al developed an effective method for monitoring cultivating cells that allows real-time monitoring of cells status during cultivation through image processing even when no dye is used. | 「竹達」も架空の研究者である。自分の研究をデザインをするうえで、手法面で重要な貢献のある研究(要は手法をパクった研究)も適宜引用される。 |
12 | 竹達らの手法によると、培養中の細胞のコンフルエンシーとバイアビリティー(生存率)がそれぞれ何%であるかが、リアルタイムで非侵襲に測定可能である。 | Using the method of Taketatsu et.al, it is possible to measure the percentage of confluency and viability of cells during cultivation (survival rate) noninvasively in real-time. | 何故竹達の手法を採用したのかを述べている。 |
13 | そこで、本研究では、60度10分間処理にて熱変性し、失活する高分子のタンパク成分のうち、どの成分が必須であるかを、竹達らの培養細胞モニタリング手法にて観察することにした。 | Therefore, in this study, we chose to observe which of the ingredients in the devitalizing protein ingredients in macromolecules for which heat denaturation occurs when treating at 60℃ for ten minutes are essential using the cell cultivation monitoring method from Taketatsu et.al. | 本研究の目的を簡潔に述べている。 |
14 | 意外にも、主だった高分子の血清タンパク成分をヒト血清と同程度の濃度で加えたとしても、X細胞の培養は困難であった。しかしながら、血清タンパクのうち、M,Nが重要な役割を演じているようであった。 | Surprisingly, the cultivation of X cells was difficult even when adding serum protein ingredients in the main macromolecules at the same concentration level as in human serum.However, it seems that, among them, the serum protein M and N seems to play key role. | #11の答えがクリアカットでない理由の一つがここであろうと示唆されよう。筆者らは「血清成分を熱変性で壊さなければ、大量に成長因子を加えるような真似はしなくてもよいのでは」ぐらいに考えていたのであろうが(という設定なのだが)…。“主だった”というのも歯切れが悪い。多分、大それた仮説を言えるほどまでの完全な実験はできていないのだろうと示唆される。しかし、その状況であっても重要な知見があれば、論文にして、いち早く公表する価値があるのだ。また、この論文の結果を吟味するに当たり、何を根拠に「血清タンパクのうち、M,Nが重要な役割を演じているようであった。」と考えたのかについては、注視すべきであろう。 |
15 | そこで、さらに、前記のM,Nに加え、戸松らが見出した増殖因子A,B,Cも培地中に加えたところ、10%FBS(非加熱)と同程度の効果が得られた。 | Then, when we further added growth factors A, B, and C reported by Tomatsu et.al into the medium in addition to the serum protein ingredients M and N, we were able to achieve results comparable to 10% FBS (unheated) . | これが、一番の主結果である。恐らくは、「A,B,Cでも、「“主だった”と決めつけた血清成分」でもない未知の、熱に弱い成分」が、本当は重要なのだが、それがなかったとしても「A,B,Cや、“主だった”血清成分」を適切な濃度(生理濃度とは異なる)で添加すればうまくいくということが言いたいのであろう(という設定)である。 |
16 | しかしながら至適なM,Nの濃度は、M,Nのヒト血清中の濃度よりも2桁高かった。さらに、成功した条件、即ち高濃度のM,Nの存在下では、好適なA,B,Cの濃度は、戸松らによって示された濃度とも異なった。 | However, optimal concentration of M and N are two orders of magnitude higher than the concentration in the human blood thereof. Furthermore, on the succeeded condition that is under existence of the high concentration M and N, suitable concentration of A,B, and C are not similar to that of reported by Tomatsu, et al. | |
17 | さらに、上記の組成の培地にて培養したX細胞が、軟骨に分化することにも成功した。 | Additionally, we also succeeded that X cells cultivated in medium with the aforementioned composition differentiate into cartilage. | これは、「本来の目的(軟骨を作る)にも使えたよ」ということが言いたいのだろう。 |
注:上記の表に記載の文は、飽く迄「学術論文におけるイントロダクションの書き方」を例示するために記載されたものである。原文英訳共、架空の設定に基づく架空の結果である。(Abovementioned table is solely intended to a illustrate how to write Introduction in academic paper. All descriptions of both Original text(column 1) and English translation (column 1) of the abovementioned tabl are based on hypothetical data.)
◆論文の中で使われる「疑問詞節」について
さて、上述の表に記載された例において、本論文の課題(目的)を述べている文(#13)において、「疑問詞節」が用いられていることに注意されたい。論文において、課題や目的論点を明確化したい際には疑問詞節を用いた文(疑問詞から始まる名詞節が文中の主語or目的語/補語or前置詞の目的語のいずれかの位置に置かれた文)がよく出てくる。また、他の人の論文が何に取り組んだのかを一言で説明したい場合(上記の例では使っていないが)にも、疑問詞節がよくつかわれる。しかしながら、中学以来お馴染みの限られたパタン(例えば後述の例3丁寧化や、例4の“no matter how〜”のパタン)を除き、解説が充実しているとは言い難いため関連表現を補足する。
以下の例1,例2は、CDCニュースルーム(パブリックドメインに属する文書 [74])からの引用。
- [例1] As we learn more about Ebola, we understand how it spreads, we understand how it presents, we understand how to treat it, and we understand what can be done to prevent and control it better.(エボラについて知るにつれ、我々はこの病気がどのように広がるかや、どのようにしてこの病気を治療するかや、よりよくこの病気予防するためは何ができるかを理解した。)
- [例2(原文ママ)]These kits consist of a thermometer, health education materials, information about how to contact the local health department or health care providers, a card to show if they become ill, and seek care.(これらのキットは温度計、健康に関する教育資料、どのようにすれば地域の健康管理部門や医療機関に連絡できるかを示した情報、病気になったときに、病気になったことと治療を求めていることを示すためのカードが含まれている。)
このような場合、疑問詞節の内部構造自体が平叙文の語順となっていることに注意。論文においても、質疑においても疑問詞節を用いた文の殆どは平叙文([例1]も[例2]も平叙文)である。疑問詞説が疑問文になる場合については、中学以来[例3]のようなパタンをよく見たと思うが、疑問詞節内は疑問文の語順(Where is the bank?)とは異なっていることに注意。
- [例3(論文では使わない)]Can you tell me where the bank is ?(郵便局がどこにあるか教えてください [75][76] 問3参照)
- [例4(論文ではあまり使われない)]No matter how hard you try to protect others, there's no gratitude.(どんなにあなたが他の人を守るために一生懸命頑張ったとして、何の感謝の気持ちも得られません。/英文は [77] より引用)
以下のような、「疑問詞+不定詞句」のパタンは、「疑問詞“節”を用いた文」ではないが併せて理解しておくとよいであろう。
- [例5]The problem is when to start a treatment.(いつ治療を開始するかが問題だ。/参考 [78])
また、他の類例として、(whetherは厳密には疑問詞ではいため以下の[例5-7]は疑問詞節ではないが、)whetherに導かれる名詞句や名詞節が文中の主語or目的語or補語or前置詞の目的語のいずれかの位置に置かれた文もアカデミック英語にはよく出てくることにも注意のこと。中学以来例7(アカデミック英語ではよくつかわれるとは言い難い)のパタン(「〜かどうかは私にはどうでもよい」)はなじみがあると思うが、それ以外は解説が充実しているとは言い難いため補足する。
- [例6]Activity of protein kinase RIPK3 determines whether cells die by necroptosis or apoptosis.(タンパク質リン酸化酵素であるRIPK3は、ネクローシスで細胞死に至るか、アポトーシスで細胞死に至るかを決める。/英文は [79] より引用)
- [例7]Besides, an air conditioner for a vehicle that detects a malfunction caused by characteristic deterioration of a humidity sensor depending upon whether or not a humidity detection signal is varied in a state where the humidity in the vehicle is varied (as, for example, immediately after starting a dehumidifying operation) has been disclosed.加えて、車両内の湿度を変化させた際(例えば、すぐに除湿運転を開始した後等)に、湿度検出信号の状態に変化が生じるか否かを用いて湿度センサの特性劣化に起因する故障を検出する車載エアコンが開示されている。/英文は [80] より引用)
- [例8(論文では使わない)]It makes no difference to me whether he comes or not.(彼が来ても来なくてもどうでもよい)
"Method"の役割と構成
本項目では研究に用いた方法、手法について記述する。実験材料を必須とする理系の実験分野でがMaterials and Methodsあるいは俗に“マテメソ”とも言う。 実験を伴う研究では、実験方法、実験の原理、装置構成、実験手順、解析手法、実験に用いた試薬、機器などの情報を書く。調査を行う研究では、調査対象の特徴(例えば「東京都の中学生」等)、標本抽出の方法(例えば、「無作為に100名抽出した」等)、調査の手法(例えば、「アンケート調査」)、「統計処理の手法」等について記載する。質的研究の場合には、フレームワークとなる考え方や、考察する際の着眼点について説明する。いずれの場合にも、必要に応じ、「考察に用いるための理論の概略」や、上記の事柄の概説(解説)も書く。
「Introduction内の研究方法の概略 (MI)」では、「問題解決の着眼点、戦略を示すこと」や「その方法を選択した理由を述べること」が目的であったが、この項目では、具体的な実験方法等を述べることにより、序論で示した戦略を、戦術レベルにブレイクダウンする[12](人文系でよく言われる言葉として、概念の操作化[59]をというものがあるが、これに相当する作業をここでおこなう)。この項目の役割は、実験方法の妥当性などを主張するために必要な材料を提供し、他の研究者が、実験を実際に再現する、あるいは頭の中で実験方法を再現 / イメージするために必要な情報を与えることである。
実験を用いた論文において"Method"に記載されるべき事柄
この項目に記載すべきことは、
- 実験に用いた装置の構成
- 測定原理(なぜ自分達が用いた装置の構成で測りたいものが測れるのか)
- 実験手順(実験の大まかな流れ、装置の操作手順、試薬の配合手順等)
- 測定条件
- データの解析方法
などである[注釈 14]。また、必要に応じて、考察の展開に必要な理論的な準備を記載する。理論的な準備のために、Theoryという項目を別途用意する場合がある。項目"Theory"を用意する場合は、通常は、Methodの前に置く。「Introduction内の研究方法の概略 (MI)」を省略した場合には、場合によっては「問題解決の着眼点を示すこと」や「その方法を選択した理由を述べること」もここで行う必要がある。
必要に応じ、予備知識の補足を与える場合もある。予備知識の補足を行う場合には、説明するべき概念の、
- 定義 / 特徴付け: (例: 「1Nとは1kgの質量を持つ物体に 1 m / s 2 {\displaystyle 1m/{s}^{2}}
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論文の"Method"と特許の関係は、法的な意味では極めて複雑であるが[120]、本節では、主に特許文献と"Method"について、単に実験方法の開示手段という観点から比較する。なお、特許の構成の詳細そのものについては、[121]に解説を委ねる。
論文におけるMethodの目的は、実験方法を開示することによって、実験結果の妥当性などを主張することであるが、特許では、実験方法を開示することによって、他人が自分のアイデアを真似したか否かを(法的に)判定することが目的である。
論文の“Method”の項目が、装置構成そのものの説明、実験手順の説明及びその妥当性や装置構成の詳細、測定原理の妥当性については、軽く触れるにとどめるのと対極的に特許文献は、そのほとんどを装置構成の特徴付けに費やす。
このように、特許文献においては、装置の構成や、実験手順等、論文においてはMethodの部分に記載されるべき事柄に極めて多くの分量を割いている。また、図面は装置の構造や構成を説明することに注力されるため、ある程度機械図面(論文では殆ど見かけない)に関する知識がないと内容が理解しきれない場合もある(例えば西村[62]に記載程度の知識が必要)。
また、特許文献では、実施例に記載の内容を抽象化して、「アイデア」を「他の人が真似したか否かを判定すること」を目的とした請求項が作成される。請求項には、実施例に記載の内容を実現する上で必要な要素のうち、新しい事柄(装置の新しい特徴、手順の新しい特徴、旧来からあるものの間の新しい組み合わせ(例: 鉛筆の後ろに消しゴムを付けた)等)をまとめる[121][122][123][124][125]。
ただし、特許文献においては、実施例の定量的実効性はあまり重要視されていないという傾向がある。つまり、「効果」の部分は、「非常に改善した」などといった、定性的な言い方となる傾向があり、定量化を明確に行っていない場合や、データそのものが模式的(XXの結果を模式的に示す等と記載されている場合もある)な場合もある[126]。また、本当に実施したかどうか怪しいとされる実施例もある[126]。
特に、実施可能性の理論的な判断に比べ、実施が非常に難しい場合(例えば人工衛星の新機能等)は、実施例とはいっても、実施していなくても権利化に支障がない場合もある。総じて、実施可能性の理論的な判断と、それを裏付ける模擬的な実験、理論検討、精度の低いシミュレーション等のみで、論文の常識で考えられるよりも大きな「問」に対する「解」を提示できるのが特許の特徴である[126]。
そのようなことになっている理由は、「特許出願前に、何らかの情報を外部に公開してしまった場合、たとえそれがアイデアだけであったとしても公知とされる(自分のアイデアであろうがなかろうが)」可能性が極めて高いことがある。研究開発には巨額の投資が必要であるが、外部から投資を呼びこむための情報開示により、知的財産権が無効化されないようにといった、権利上の問題がある。実際「Aという装置を作るから投資をしてください」というに投資の呼びかけを公表する前に、特許(模擬実験や理論検討、シミュレーション等を根拠とすることが多い)を抑えていないと、公募のアナウンス自体が公知例となり、新製品の開発が成功しても特許が無効化される可能性がきわめて高い。
総じて、特許の世界には「正しくなく、産業応用ができないものに関しては、特許として実際の価値はなく、従って他人の権利を侵害しないから無意味な文章であり、誰も気にしない」という特許の世界の暗黙の了解が存在する[126]。また、請求項は、現実には不可能な項目をカバーしていてもよいため、非現実的な項目が含まれている場合もある[127]。例えば、「対角線の長さが数十ミリメートルで、断面形状が正多角形であることを特徴とする鉛筆」という請求項があった場合には、当然断面形状が二万角形の鉛筆も前期の請求項でカバーされるが、そのような鉛筆は現状の技術では作ることが出来ない。特許文献を研究の参考とする場合、あるいはMethodに引用する場合には、この点に注意すべきである。
特許には、審査官による審査という過程があるが、審査の目的は、あくまで法的な観点(新規性の有無、法律文書としての体裁)であり、審査は、科学的な意味での妥当性そのものを保障するものではない。また、審査の拒絶も、審査官とのコミュニケーション手段であるため、ほとんどの特許が一旦は拒絶される[128]。これは、学術的、技術的に重要な特許であっても同様である[120]。さらに、「他社に権利を抑えられたくない(単に公知にしておけばよい)」ものや、製品化に失敗したものについては、学術的な価値によらず審査請求をしない場合もある(費用節約のため)ため、審査の有無、拒絶の有無は、学術的な観点から見た場合は参考程度と考えた方が良い。
特許と論文とでは、目的が大きく異なり、妥当性の判断基準も大きく異なることから、特許と論文の「二重投稿」は、二重カウントとはしない方向に舵が切られつつある。論文を特許よりも先に提出した場合、後に特許として権利化する場合に支障となる可能性が出てくる。一応、日本国内での出願に限れば論文発表後、学会発表後に特許を出したとしても、新規性の喪失に対して一定の救済策が望めるケースもあることにはあるが、国外も含めた権利取得(PCT出願等)を視野に入れた場合、論文投稿、学会発表以前に特許を出願しておかなければ著しく損を被る可能性が高いため、特許を取得する必要がある可能性があれば、特許を出してから論文を出すべきであるというのが、知的財産の観点からの常識である[129]。
下表に、有名手法に関する特許であり、論文公開の直前直後に関連特許が出願されているものの一例を挙げる。特許には各国への移行による出願がなされることがあるため、日本へ移行した文献があれば、同一発明に対する英文の明細書と和文の明細書を並べて見られるため、ある種の「対訳」を見ることができよう[注釈 28]。なお、他の重要発明の一覧を見たい場合には、例えば国立国会図書館の特集記事[130]や、特許庁作成の技術分野別特許マップ[131]を参照されたい。
より、ターゲットを絞った特許の検索は、日本の場合は特許庁のHPから、米国特許の場合は米国特許商標庁[134]あるいはグーグルパテント[135]から調べられる。Review of scientific instrumentsのような、装置専門の雑誌に詳細が記載されている場合もある。また、装置メーカー等の発行するカタログやマニュアルに詳しい説明が書かれている場合もある。現状、装置構成自体を最も詳しく説明している文献は、特許文献である。参考までに、特許文献の大まかなストラクチャーを述べると、「Aという目的を達成するためにBという装置を発明した。装置Bは、構成要素C1, C2, ... ,Cnを、図Dに示すように配置 / 組立したものである。この装置Bに対し、Eを行うと、現象Fが生じる。現象Fにより目的Aが達成される。」となる。特許とMethodの関係については、後述の「特許とMethod」の項目で詳述する。