パトリック・カウリーとは - わかりやすく解説 Weblio辞書 (original) (raw)

パトリック・カウリーPatrick Cowley
出生名 Patrick Joseph Cowley
生誕 (1950-10-19) 1950年10月19日
出身地 アメリカ合衆国 ニューヨーク州バッファロー
死没 (1982-11-12) 1982年11月12日(32歳没)
ジャンル ディスコHi-NRGシンセポップ実験音楽
職業 音楽プロデューサー、ミュージシャン
担当楽器 様々な楽器
活動期間 1976年 - 1982年
レーベル Megatone、Fusion、Macro

パトリック・カウリー(Patrick Cowley, 1950年10月19日 - 1982年11月12日)は、ディスコHi-NRGといったダンス・ミュージックの作曲家であり、レコーディング・アーティストであった。彼の録音スタイルは、ジョルジオ・モロダーに影響を受けており、エレクトロニック・ダンス・ミュージックのパイオニア的な存在として知られている。

ディスコ・シンガーのシルヴェスターとのコラボレーションによって広く知られている。

経歴

バッファローで生まれて、その後はシンセサイザーの研究に没頭した。1971年にサンフランシスコへ移ってからは、市内のディスコで照明技師として働き、その際にそこで演奏をしていたシルヴェスター(元々は、ザ・コケッツというゲイ演劇集団に在籍)と出会った。彼らは共同で活動を始め、カウリーはシルヴェスターの攻撃的なシンセサイザー・スタイルに影響された。彼らは、クラブ・ダンスの熱狂的なファン達に対し、「You Make Me Feel (Mighty Real)」「Dance (Disco Heat)」や、最も成功したシングルとなった「ドゥ・ユー・ワナ・ファンク」のようなヒット曲で応えた。

自身のヒットとしては、ゲイ・クラブ・シーンのを讃えた1981年の「Menergy」や、「Megatron Man」がある。同年に、パトリック・カウリーは、サンフランシスコのディスコ「The EndUp」で行われた「Menergy」パーティーで、DJを行った。1982年には、サンフランシスコのアーティストであるポール・パーカーのために、ダンス・シングル曲「Right on Target」を書き上げてプロデュースを行い、ホットダンスミュージック/クラブ・プレイチャートで1位を獲得している。さらにカウリーは、15分以上を越える長尺となったドナ・サマーI Feel Love」のリミックスをリリースした(これは現在、コレクターズ・アイテムとなっている)。彼が自身のHIV感染が進行しているのを感じてきた時に、最終のアルバムとなった『Mind Warp』がリリースされた。これは、病状が進行するにつれ、現実から逃避している現在の心境を表す内容となっていた。カウリーは存命中に3枚のソロ・アルバムを発表しただけであったが、ペット・ショップ・ボーイズニュー・オーダーなどのグループ、日本ではDJ TASAKAKAGAMI電気グルーヴ石野卓球などが、影響を与えられたアーティストの1人として、今でも彼の名前を挙げている。

1982年11月12日、AIDSの合併症により亡くなった。32歳没。

ディスコグラフィ

アルバム

EP

関連項目

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外部リンク