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選択と集中(せんたくとしゅうちゅう、英: Focus)とは経営学用語の一つで、限られた資源・予算を最も競争優位性の高い事業領域へ重点的に配分し、それ以外の領域を切り捨てることで、組織全体の収益性と競争力を最大化することを目指す戦略である[1]。対義語は、多角化

ジャック・ウェルチによるゼネラル・エレクトリック(GE)の改革時に用いた言葉、「Focus(フォーカス)」が日本語に「選択と集中」と翻訳され広まった[2]。主に経営戦略論における経営手法として適用されている[3][4]

政策立案、科学技術政策の分野にも適用されているが、一方で不透明な評価制度に基づく過度な資源集中が多くの問題を引き起こしており、特に科学技術政策においては日本国内での研究力の低下や国際競争力への影響の原因となっていると批判されている[5]

概要

ピーター・ドラッカーと経営資源の集中

ピーター・ドラッカーは、著書『現代の経営』や『乱気流時代の経営』において、資源集中の重要性を説いている。ドラッカーによれば、組織とは社会という身体における「器官」であり、その役割は成果を上げることにある[6]。資源が分散している状態は成果を阻害する要因であり、「資源は集中して初めて生産的になる。断片化は結果を抑制する」というのが彼の基本原則であった[7]

1994年、ドラッカーが発表した「The Theory of the Business」(企業永続の理論)という論文において、組織の根幹を成す概念として「外部環境についての前提」「組織の使命についての前提」「自社の強みについての前提」の3つを提唱している。ドラッカーは、この3つの前提をもとに、事業の理論が一度完成してしまうと、組織が膠着化してしまうリスクが有るので、定期的に計画的廃棄(Systematic Abandonment)を行い、古くなった事業の理論を改める必要があると主張している[6]。この「機会に餌を与え、問題には飢えさせよ」という計画的廃棄ルールが、後の「選択と集中」の論理的基盤となった[7]

マイケル・ポーターの集中戦略

1980年、ハーバード大学ビジネス・スクールのマイケル・ポーターは、『競争の戦略』(Competitive Strategy)を発表。その中で「基本戦略」の一つである「集中戦略」は、特定の顧客層、製品ライン、または地域市場にターゲットを絞り、その狭い領域で圧倒的な効率性や差別化を実現すると定義している[8]。ポーターは、コスト・リーダーシップと差別化を同時に追求する際、中途半端な状態に陥るリスクを警告し、純粋な戦略の選択を推奨した[9]

ジャック・ウェルチによるGEの変革と「選択と集中」の誕生

1981年、ゼネラル・エレクトリック(GE)の最高経営責任者(CEO)に就任したジャック・ウェルチは、ドラッカーの理論を実行に移した。当時、GEは多角化しすぎた官僚的組織として停滞しており、日本やドイツといった国と激しい競争の中であった。

ナンバーワン、ナンバーツー戦略

1981年、ウェルチは、照明器具や機関車などの中核製造部門、技術集約型事業、そしてサービスという3つの戦略サークル(3つの円とも呼ばれる)に事業を集中させ、それぞれの事業が世界市場でトップまたは2位の地位を築くと宣言しました[10]。この経営指針は、後に日本において「選択と集中」という言葉で定着し、多くの日本企業へ浸透した[11][2][1]

この指針は、単なるスローガンではなく、以下の「Fix, Sell, Close(修復、売却、閉鎖)」という具体的な行動プロセスと直結していた[11]

この戦略の背後には、市場シェアが1位または2位でなければ、不況期に十分な利益を確保できず、価格決定権も持てないという現実的な市場洞察があった[12]。競争優位性がないことは、そのビジネスから撤退すべき明確なシグナルであるとウェルチは説いた[12]

事業ポートフォリオの再編

この厳格な規律に基づき、ウェルチは最初の10年間で200以上の不採算事業や非中核事業を切り離した[11]。これには、空調、家電、炭鉱、消費者向けエレクトロニクスといった、かつてのGEを象徴する事業も含まれていた[11]。一方で、ウェルチは「統合された多様性」を掲げ、高成長が見込まれるサービス、ハイテク、金融(GEキャピタル)へと大胆に舵を切った[11]

組織変革

ウェルチの改革は、事業ポートフォリオの入れ替えだけではなく、組織文化の変革においても徹底していた。彼は官僚主義的な計画立案システムを廃止し、組織を9層からなる階層構造から、よりフラットで迅速な意思決定が可能な構造へと簡素化した[11]

1980年代後半、ウェルチはワークアウトプログラムを導入した[11]。これは、現場の従業員が部門の改善策を議論し、マネジャーがその場で即決を行う仕組みであり、1992年までに20万人以上の従業員が参加した[11]。このプログラムの真の目的は、従業員のエンパワーメントを通じて、ボーダレスな組織(を実現することにあった[11]。1996年からは、モトローラが開発した品質管理手法である、シックスシグマを全社的に導入した[11]。これにより、製造プロセスから金融サービスに至るまで、あらゆる業務における欠陥を統計的に排除し、コスト削減と顧客満足度の向上を実現した[11]

また、ウェルチは同時期、バイタリティ・カーブ制度を導入した[13]。これは、従業員をパフォーマンスに基づいて、上位20%(Aプレイヤー)、中位70%(Bプレイヤー)、下位10%(Cプレイヤー)に強制的に分類し、下位10%を解雇するという極めて厳しい制度であった[_要出典_]。この制度は「ランク&ヤンク」と呼ばれていた。なお、ウェルチが同社を去って以来、下位10%の削減は重視されなくなり、チームビルディングに重点が置かれるようになり、この制度は廃止されている[14]

結果

ウェルチがCEOを務めた1981年から2001年の20年間で、GEは驚異的な成長を遂げた[15][16]。売上高は約5.0倍(約1,259億ドル)、純利益は約9.4倍(約141億ドル)へと拡大し、特に時価総額においては当初の約30〜45倍となる最大6,000億ドル規模にまで達した[15][16]。この驚異的な成長は、売上高が250億ドルから1,300億ドルへと約5倍に増加したことによって裏打ちされている[16]。この結果により、ウェルチが行った改革は、説得力を持つようになった。

日本における「選択と集中」

用語の普及

重要な事実は、ジャック・ウェルチが用いた言葉は「Focus(フォーカス)」でり、「選択と集中」ではなかったことである[2]。彼は「勝てる市場に焦点を合わせろ」とは言ったが、新しい挑戦を拒絶せよとは言わなかった[2]

日本において「選択と集中」という四字熟語的な表現が定着したのは、1980年代から2001年にかけてウェルチの経営手法が紹介される過程で、日本のメディアや翻訳家が彼の「ナンバーワン、ナンバーツー戦略」をドラッカーの「集中」という概念と結びつけて意訳した結果であるという説がある[2]

戦略的転換点

日本において「選択と集中」が経営の合言葉となったのは、1990年代のバブル崩壊後の「失われた10年」を経てのことである。1998年の金融危機を境に、銀行融資に頼った多角化モデルは限界を迎え、資本市場の論理による収益性重視の経営への転換を余儀なくされた[17]。日本企業が過剰な事業を整理する必要に迫られた際、「選択と集中」は「リストラ」や「減量経営」を正当化する強力なスローガンとして受け入れられた[2]。さらに、1999年、小渕政権下の経済戦略会議の答申や、その後の経済白書等において「選択と集中」という言葉が登場している[18]。例えば、1999年に成立した産業活力再生特別措置法の成立時の国会答弁では、「選択と集中を進め、経営資源を生産性の高い分野に重点的に投入することを円滑化する」という文が登場している[19]。また、2005年の経済年次財政報告にもこの言葉は登場している[20]。以下は日本企業での導入例である。

ウリケ・シェーデは、1998年から2006年の期間を日本企業の戦略的転換点と位置づけている[17]。この時期、日本企業は従来の「総合電機」のような百貨店方式の事業展開から、自社の強みが際立つ特定のコア事業への集中へと舵を切った。「選択と集中」の結果、日本の電子産業は構造変化を遂げた。かつてのような総合電機メーカーというモデルは新興国企業の台頭により競争力を失った[17]。これに対し、成功した日本企業は、LCDディスプレイ用の高機能フィルムや電子部品、半導体材料といった、サプライチェーンの最上流に位置する特定分野のグローバルリーダーへと変化した[17]。このような戦略は「アグリゲート・ニッチ戦略」と呼ばれる[21]

批判

ウェルチの「Focus」が日本で「選択と集中」と訳されたことで、幾つかの誤解が生じたことも事実である。ウェルチ時代のGEは、実際には極めて多角化された企業であり、20年間で約1,000の事業を買収し、撤退したのはわずか70程度であったとされる[2]。つまり、ウェルチの「Focus」は「成長のための入れ替え」であり、単なる「縮小」ではなかったのである。しかし、多くの日本企業は「選択と集中」を「不採算部門の切り捨て」「設備投資の抑制」といった、コスト削減と混同した[2]。この結果、平成の30年間で日本企業の収益性は改善したものの、売上高は伸び悩み、将来の成長に向けた「新しい事業の創造」がおろそかになったという批判がある[2]

また、ウェルチの最大の成功の一つであったGEキャピタル(金融部門)の拡大は、後にGEの崩壊を招く最大の要因となった。金融部門は一時期、GEの利益の60%を稼ぎ出したが、製造業としてのGEのルーツを希薄化させ、2008年の金融危機において巨大なリスクを露呈させた[13]。後継者のジェフ・イメルトは、金融危機や9.11テロ、ITバブル崩壊といった外部要因に加え、ウェルチが築き上げた巨大で複雑すぎるコングロマリット構造の維持に苦しみ、株価は低迷を続けた[13]。2021年、GEが航空、ヘルスケア、エネルギーの3社に分割されることが発表された事実は、ウェルチが完成させた「巨大なコングロマリット」という形態が、変化の激しい現代においてはもはや最適解ではないことを示唆している[13][22]。しかし、どの時代においても、リーダーが直面する現実に真摯に向き合い、勝てる領域を定義してそこに資源を投入するという「戦略の本質」は、ウェルチが体現したその峻烈な意志の中に今も息づいている。

選択と集中のリスク

「選択と集中」は収益性を高める一方で、極端に推し進めることによる弊害も指摘されている。急速に変化する市場環境においては、過度の集中が組織の適応力を奪う可能性がある[23]

ポートフォリオのリスク

最も直接的なデメリットは、ポートフォリオのリスク増大である。特定の事業に集中する戦略は、市場が好調な時は高いリターンをもたらすが、市場が崩壊した際に組織全体が致命的な打撃を受ける[23]。多角化された企業が持つ、ある部門の損失を他の部門の利益で補うバッファが失われるためである[23]。投資家は利益の成長だけでなくボラティリティの低さを重視する傾向があり、極端に集中した企業はリスク管理が不十分であると見なされ、市場価値を損なう可能性がある[24]

コア能力の硬直化

ドロシー・レオナルド=バートンは、「コア能力の硬直化」という概念を用い、批判している。企業の競争優位の源泉である「コア能力」が、特定の事業領域に過度に適応し、深く定着してしまうと、逆に新しいイノベーションを阻害する「硬直化」へと反転する可能性を提示している[25][26]

イノベーションのジレンマ

クレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』は、優良企業が失敗する理由として「資源依存」の論理を挙げている[_要ページ番号_]。既存のハイエンド顧客向けの改良(持続的イノベーション)に資源を集中しすぎる企業は、市場の底辺から現れる「破壊的イノベーション」を見落とす傾向がある[27][28]。破壊的技術が創造する未来の市場は予測不能であり、計画性を重視する「選択と集中」とは相容れないのが根本原因である[27]

組織内の心理的弊害

リストラや事業売却などの変革は、従業員の信頼と士気に悪影響を及ぼす。単なるコスト削減を目的とした変革は、従業員の会社に対する信頼を損ない、コミットメントを低下させる[29]。特定事業の外部化を準備するだけでも、残された従業員の士気が低下する問題が生じることが指摘されている[29]

組織の両利き

「選択と集中」のデメリットを克服するアプローチとして、マイケル・タッシュマンとチャールズ・オライリーが提唱する「両利きの経営(英語:Organizational Ambidexterity)」が注目されている。これは、既存事業の効率化を追求する「深化」と、新しい可能性を探索する「探索」を同時に成立させる経営手法である[30]

深化を担うユニットと探索を担うユニットを物理的・組織的に分離し、それぞれに異なる構造を持たせる「構造的な両利き」により、既存の強みを維持しながら未来を切り拓くことが可能になる[31]。探索分野では、METIが提唱する知的資産経営のように、知的資産を「再構成」し続ける動的能力が求められる[32]

日本の科学技術政策における選択と集中

背景

2000年代初頭、日本の科学技術政策においても「選択と集中」の方針が取り入れられた。2004年から2006年にかけて、小泉純一郎内閣の下で総合科学技術会議の議員を務めた岸本忠三が、この方針を強力に推進した[33][34][35]。同会議の議員には、竹中平蔵二階俊博、日本学術会議会長の黒川清らが含まれていた。

岸本忠三の提言

岸本が行った主な提言は以下のとおりである[33]

  1. 予算配分の集中:研究予算を一部の優秀な研究機関や研究者に集中させる。
  2. 競争的環境の構築:研究者間の競争を促進する環境を整える。
  3. 研究者を任期付き雇用に転換:任期付きの研究者を大幅に増やす。

この提言が行われた2004年当時、国立大学における任期付き研究者は全体の約5%であったが、10年後の2014年には44%にまで増加した[36]

全国国立大学への一律予算削減と一部研究機関への予算集中

選択と集中による国から国立大学に配分される運営費交付金は2004年以降2015年度まで一律に1%ずつ削減されていく。2020年度からは横ばいだが、すでに20年前に比べて予算が13%減少[37]。さらに物価上昇に伴い実質予算は減少、光熱費の支払いすらままならない状況に陥っている[38][39]

一方で限られた研究機関への予算配分が増額されるようになる。その代表例といえるのが、世界トップレベル研究拠点プログラムなどの研究機関への大型予算とiPS研究への投資である。

1. 世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)

「選択と集中」の方針の下、ライフサイエンス分野、特に岸本が専門とする免疫学分野への大規模な投資が行われた。その成果の一つが、2007年に開始された「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」である[40][41][42]。このプログラムでは、これまで広く分配されていた科学研究費を「選ばれた」研究拠点に集中配分し、1拠点あたり年間5~20億円が支給された。

岸本忠三が所属する大阪大学免疫学フロンティア研究センターは、プログラム発足当初の2007年から支援を受け続けており[43]、2024年現在85歳の岸本は同センターで教授として活動している[44]

2. iPS細胞と再生医療研究

「選択と集中」の方針は、iPS細胞研究にも大きな影響を与えた。2006年、山中伸弥がiPS細胞の作製に成功し、2012年にノーベル生理学・医学賞を受賞[45]、新薬開発や再生医療の実現に大きな期待がうみだされた。2013年下村博文文部科学相(当時)はiPS細胞研究を中心に再生医療研究に10年間で1100億円の支援を行うと表明した[46]

選択と集中の負の影響と対応策

科学研究における国際研究力の低下

このように科学研究を担う大学の研究環境・雇用状況が大きく変化されたが、その後の研究開発は期待された成果を十分に上げられていないどころか、日本の国際研究力は無惨なまでに弱体化した。この結果、特定の分野への過度な資源集中がリスクを伴うことや、研究資金の配分バランスの重要性が再認識されるようになった[47]

この15年間で日本の学術論文の発表数や影響力が低下しており、国際的な研究アウトプットのランキングで日本の順位が後退している。日本の論文数が他国に比べて減少し、国別ランキングで13位となり、イランよりも下位に位置するようになる[48]

過度の「選択と集中」が日本の研究力の地盤沈下につながったと考える研究者も多い[49][50]。ノーベル生理学・医学賞受賞者の大隅良典は、「選択と集中」が新しい研究の芽を摘み、日本の研究力を弱体化させたと指摘している[51]

任期制氷河期世代とシニア教授の在職継続

「選択と集中」政策の一環として、任期制研究者の増加が進み、研究者の雇用問題が浮上した。特に「10年ルール」による雇い止め問題が顕在化し、研究者のキャリアや生活の不安定化が指摘されている[52]。ここで一番大きな打撃を受けた世代がいわゆる「氷河期世代」とされる研究者たちである[53]。若手および氷河期世代研究者の待遇を改善することが、国の研究力強化につながるという意見もある[54]

一方で選択と集中により投資が行われた研究機関では、岸本忠三に代表されるように大阪大学や東京大学などを中心に70代以上の教授が現職に留まる傾向が見られるようになった[55][56][57][58][59][60][61][62][63]。退職後も長く職に留まるシニア教授たちの存在が日本の研究力にどのような影響を及ぼしてきたかの解明が必要である。

日本学術会議の提言

2019年、日本学術会議は「第6期科学技術基本計画に向けての提言」を行い、過度の「選択と集中」を反省するとともに、日本の学術の持続可能な発展を確保するためには、バランスのとれた資金配分が必要であると指摘した[5]

関連項目

脚注

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経営戦略論および経営組織論の主要概念・手法
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