書くしかない (original) (raw)

ジムに通って5ヵ月。筋トレにたいする情熱は冷めるどころかますます加熱し、脳細胞まで筋肉化して、目の前のタンパク質のことしか考えられなくなった。近所の24hジムに入会したときは、マッチョだらけだったらどうしようと戦々恐々だったが、今となってはライト層がひしめくジムだと判り、いかにも初心者っぽい人の動作を「そんなフォームで大丈夫か?」とジロジロ見るようなイヤな常連になってしまった。

フィットネス系インフルエンサーが、都心の高級ジムでトレーニングする動画を見たせいで目が肥え、通うジムの設備をしょぼいと思うようになった。ペックフライで大胸筋を追い込みたい、という謎の一心で、退会を決意。マシンの充実したジムへ移ろうと、近所のエニタイムを見学した。近所と行っても、自宅からの距離でいえば、今通ってるジムより倍も遠くなってしまう。それでも筋肉のためなら仕方ない。

本当はHPから見学予約をして行くのが筋だろうが、外出中にふらっとノリで行ってみたくなった。

建物に着いた。紫色の看板がどことなく街の景色に浮いて異様だ。ガラス戸からチラチラと中を覗き見る。マットでストレッチする中年男が見える。受付台に店員さんの姿はない。そのまま帰ろうかと思った。後日ネットから問い合わせで、見学予約したほうがスムーズにいくんじゃないか…と。今までの奥手、コミュ障、包茎のボクなら、あきらめて背中を丸めて帰ったろう。だが筋肉化した脳細胞がボタンを押す。

10秒たっても返答がない。「対応が遅れる場合があります」と注意書きがある。このまま帰れると一瞬喜んだら、ドアが開いて大谷翔平似の、Tシャツパンパンの若い男の子が出てきた。予約してないが見学したい旨を伝えると、快く案内してくれた。

平日の昼過ぎで、お客さんは10人弱いた。いま自分が通っているジムと比べると混んでいると思うくらいだ。それにガチ勢が多そうだ。ガチ勢といっても、リアルガチ勢はゴールドジムに行くだろうから、脱初心者から中級者くらいの人だろう。ちょうど今の自分のステップアップにはちょうどいい環境とみた。

大谷くんは寡黙なアスリートタイプで、こっちが会話をリードしないといけない。自分から話題を振る、会話のきっかけを作るなんて、慣れない作業をこなして、トレーニング一切してないのに、驚くほど脇汗をかいた。会ってすぐこんなにも会話筋を追い込まれることになるとは。