「旭川市いじめ問題再調査報告書(公表版)」を手引きに⑤ (original) (raw)

【いじめの防止について】についての4回目です。

今回は、「 (2) すべての児童生徒に性教育を保障すること」「 (3) 児童生徒に寄り添い、実態に即した相談・支援、教育体制の整備を行うこと」「(4) 特別支援、障害特性などへの対応を丁寧にすること」を取り上げます。これらは旭川の事案に直接つながる部分なのですが、しかし同時に同様の課題はどこにでもありうるものです。

第6章 いじめの再発防止の提言
1 いじめ防止等対策上の提言
2 児童生徒から聴取を行う場合の問題と対処法についての提言
3 精神医学的・心理学的な観点にたった対応についての提言
4 いじめの防止についての提言
(1) はじめに
(2) すべての児童生徒に性教育を保障すること
(3) 児童生徒に寄り添い、実態に即した相談・支援、教育体制の整備を行うこと
(4) 特別支援、障害特性などへの対応を丁寧にすること
(5) クラス内のカースト化を可及的に予防すること
(6) 教育の原点に立ち帰ること
(7) いじめ防止の学校づくりの全体像を打ち立てること
(8) 自治体がリーダーシップをとっていじめ対策に当たること

「 1 いじめ防止等対策上の提言」の【いじめの防止について】における次の項目に該当します。

□ 児童生徒が性の問題に関心を持つことは大切であることを理解し、かつ、性の問題が人間関係の大切な要素であることを踏まえた包括的な性教育を行うこと。

□ SNSを含むインターネット上は、危険も多く、バイアスのかかった情報、有害な情報が氾濫していると同時に、児童生徒にとって居場所ともなっていることを踏まえ、単に利用規制をするだけではなく、その中にあっても自律的に判断できる対応力を養成する教育を行うこと。

□ クラスなど集団に発達に特性のある児童生徒がいることを踏まえて、全ての児童生徒が、その児童生徒を異質なものとしてみることがないよう児童生徒が人間を図る尺度が単一にならないよう多様性を尊重する教育に努めること。

(2)すべての児童生徒に性教育を保障すること
本件では、生徒が、発達特性に起因する言動により、クラス内に構築された一定の人間関係のもとで疎外され、クラスとは別の居場所としてそこに在ることを希求した先輩らとの関係性において、最終的には金品や性を差し出すかたちでのいじめ被害を受けることとなった。
警察庁の「令和5年における少年非行及び子供の性被害の状況」によれば、小中高生のいじめに起因する事件は292件に上り、低年齢化も進んでいる。罪種別では児童買春・児童ポルノが46件あり、いじめに起因する事件のうちインターネット利用のものは児童買春・児童ポルノにおいては43件であった。2023年のNTTドコモ「モバイル社会研究所」の調査においてスマホの所有率は小学3年生で3割、小学6年生で6割を超え、中学3年生では8割に達しているとされている。インターネット上には性的な情報があふれ、子どもたちの間での画像などのやり取りも珍しくない状況が現にある。本件で起きたことは、全国どこでも、どの子どもたちにも、起こり得ることである。
2023年(令和5年)から全国の学校で「生命(いのち)の安全教育」が本格的にスタートした。これは2020年に政府が策定した「性犯罪・性暴力対策の強化の方針」を踏まえ、児童生徒が「生命の尊さを学び、性暴力の根底にある誤った認識や行動、また、性暴力が及ぼす影響などを正しく理解した上で、生命を大切にする考えや、自分や相手、一人一人を尊重する態度等を発達段階に応じて身に付けることを目指すもの」(文部科学省性犯罪・性暴力対策の強化について”生命の安全教育 https://www.mext.go.jp/a_menu/danjo/anzen/index2.html(参照 2024-6-19))である。児童生徒の性暴力被害は後を絶たず、前述の警察庁の統計によれば2023年の児童ポルノ事犯の被害児童生徒数は1444名と、9年前の約2倍に増加している。特にSNSに起因する事犯の被害児童数は1665名に上り、その内、児童買春・児童ポルノの被害児童数は882名、不同意わいせつは33名、面会要求等は6名、性的姿態撮影等処罰法3名となっており、アクセス手段は97%がスマートフォンであった。児童生徒が性暴力の被害者・加害者・傍観者にならないためにこうした教育は重要不可欠であるし、文科省が教育課題として性暴力を取り上げたことは大きな前進ではあるが、「生命の安全教育」には決定的に欠けていることがある。前提となるべき「性教育」である。
日本では、性教育については終戦後から一貫して「寝た子を起こすな」という考えが主流であり、「純潔教育」の推進といった古い価値観が支配的であった。1980年代にエイズが社会問題化し、性教育が教育課題に浮上してくる中で、1992年に学習指導要領の改訂が行われ、小学5年の理科で「生命の誕生」を学ぶようになるなど、「性教育元年」と呼ばれた。しかしながら、1998年に学習指導要領が改訂されると、小学5年の理科では「人の受精に至る過程は取り扱わないものとする」、中学1年の保健体育では「妊娠の経過は取り扱わないものとする」という通称「はどめ規定」と呼ばれる一文が記載され、2003年東京都立七尾養護学校(当時)が取り組んでいた障害児に対する性教育実践や、2018年足立区立中学校での避妊や人工中絶を教える性教育が学習指導要領に記載された内容を超えており不適切であるとのバッシングに晒された結果、教師がすっかり萎縮してしまい、授業で「性交」について扱う性教育を行うことが極めて難しい状態が続いている。
現在も学校における性教育は極めて限定的で、性教育に充当される時間は中学校では1学年あたり1年間で平均3時間弱にすぎない性の情報は、インターネット上などで氾濫しており、は、バイアスのかかった性に関する情報に加えて、こうした氾濫している性の情報を見たり聞いたりすることですでに性の知識を得ているという現状にも目を向ける必要がある。性や性交の問題は、人間関係における最も大切な問題であり、社会的関係性における問題として、性や性交の問題を児童生徒が大切なものとして理解しないと、性暴力についていくら教えられても、具体的に自分事としてイメージしたり理解したりすることは非常に困難であろう。
性教育は現在、欧米諸国を中心に、2009年にユネスコ等の国際機関が提唱した「国際セクシュアリティ教育ガイダンス」(2018年に改訂)に則って各年齢に適した性教育が学校で実践されている。ガイダンスの中にある Comprehensive Sexuality Education の翻訳である「包括的性教育」は8つのキーコンセプト(ユネスコ編、浅井春夫・艮香織・,田代美江子・福田和子・渡辺大輔訳(2020)「国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】自学的根拠に基づいたアプローチ」「明石書店)、71-159頁参照のこと)からなり、牛殖・性交だけでなく、人権教育を基盤に性的同意やジェンダー平等、性の多様性、コミュニケーションなどの人間関係を含む幅広い内容を,科学的根拠に基づいて示し、4つの年齢のグループごとに繰り返し体系的に学んでいくものである。日本は、2019年に国連子どもの権利委員会から「思春期の児童の性と生殖に関する健康について包括的政策をとるとともに、早期妊娠及び性感染症の防止に特に焦点を当て、思春期の女子及び男子を対象とした性と生殖に関する教育が学校の必修カリキュラムの一部として一貫して実施されることを確保すること」(国際連合児童の権利委員会,日本の第4回・第5回政府報告に関する希詰所見,外務省 2019-3-5. https://www.mofa.go.jp/mofaj/fles/100078749.pdf(参照 2024-06-19))と勧告されるほど、性教育は国際的にみてかなり遅れてしまっている。ユネスコの委託により実施された科学的根拠のレビュー(ユネスコ、改正存大・民否級,副代美王子・福田和子・渡辺大輔報(2020)(セクシュアリティ教育ガイダンス「改訂版]一旦学的伝説に基づいたアプローチ」(明石店)、 56-63参照のこと)によれば、包括的性教育によって「性的行動やリスクの高い性的行動、性感染症HIV罹患率を上昇させない」ことは既に明らかになっており、むしろ学校教育で性教育が行われないことによって、児童生徒が様々なリスクに晒されている現状をみるに、 義務教育段階で国際標準である包括的性教育に準拠した性教育の実施が早急に検討されるべきであることは言を俟たない。
国は学習指導要領から速やかに「はどめ規定」とされる一文を撤廃し、義務教育段階から科学的で人権尊重の視点に立った「包括的性教育」の実践に切り込むことが急務である。そもそも学習指導要領は最低限教えるべきものを記載した「最低基準」に過ぎないのであって、学習指導要領の内容を超えて教えても問題はない。本件が起きた旭川市においては、本件に類似する児童生徒間の性被害・加害を伴う事例が発生している可能性、また今後発生し得る可能性も踏まえ、包括的性教育を計画的に設定し実践すること、そのための教員研修を実施すること、また保護者に対しても包括的性教育に関する積極的な情報発信が求められるところである。教員研修に際しては教員自身が学校で性教育を受けていないことが想定されるため、道内の関係機関等の講師による座学だけはなく、国内外の教員向け性教育に実績のある民間団体等から講師を招く、もしくはオンラインを活用した研修なども組み入れて、性教育に関する最先端かつ実践的な知識・情報を体系的かつ段階的に学べるようにすべきである。教育委員会は教員が研修に参加するための時間的保障をし、学ぶための支援を惜しんではならない。本件のような事態を二度と繰り返さないためにも、あらゆる方策を駆使して再発防止に努めてほしい。
さらに付言すれば、発達障害のある児童生徒を対象とした包括的性教育の学びの機会の創出と環境整備は急務である。 第二次性徴では自らの身体の変化とともに、性ホルモンの働きにより性差が現れ、性的エネルギーが増大する。思春期の自我同一性の確立過程で性的な事柄に興味関心を抱いたり不安を感じたりすることは成長発達段階において当然のことである。ところが、発達障害のある児童生徒は発達特性に付け込まれて被害にあっても被害を認識することや言語化することが難しかったり、性的欲求をコントロールするスキルが未熟なため、時に問題行動や逸脱行為を起こしたりすることがある。特別支援学校では障害の程度や発達段階に応じた性教育の蓄積があるものの、特別支援学級や通級指導教室に在席する児童生への性教育は、個別に対症療法的に行われてはいても、積極的に実施されているとは言い難い。国連の障害者権利委員会は2022年、「全ての障害者、特に障害のある女性及び女児が、他の者との平等を基礎とした、質の高い年齢に適した性及び生殖にかかる保健サービス及び性教育を利用する機会を確保する措置が限定的である」(国際連合 障害者の権利に関する委員会 第27 会期 日本の第1回政射報告に関する総括所見(仮訳) 外務省 2022-10-7https://www.mofa.go.jp/mofaj/lites/100448721.pdf(2024-6・19})として、日本政府に対し、これらを受けられるようにすべきとの勧告を出している。日本独自の特別支援教育制度の狭間で正しい知識を学ぶことが出来ない、特別支援学級や通級指導教室に在籍する発達障害のある児童生徒を対象に、障害の程度や年齢に適した学習内容を構築し、包括的な性教育の実践に取り組むことで、防げる被害・加害も多いはずである。
本件類似事案の再発防止のためにも、深刻な人権侵害行為である性的ないじめ、性暴力の被害・加害を予防するためにも、旭川市のすべての子どもたちに人権を基盤とした学校での包括的性教育を保障すること、また市内の公立学校における「国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】」に則った包括的性教育の早期実現を提言したい。

〔文献〕
① 浅井春夫 (2020) 『包括的性教育 人権、性の多様性平等を柱に一』大月書店
② 浅井春夫他編著(2023)『Q&A 多様な性・トランスジェンダー包括的性教育一バッシングにたちむかう74間』大月書店
③ キャロル・グレイ著、服巻智子訳・解説 (2008) 「発達障害といじめ-“いじめに立ち向かう"10の解決策』クリエイツかもがわ
④ 宮口幸治編著 (2019) 『学校でできる!性の問題行動へのケア-子どものワーク&支援者のためのツール』東洋館出版社
ユネスコ編,浅井春夫他訳 (2022) 『国際セクシュアリティ教育ガイダンス【改訂版】科学的根拠に基づいたアプローチ』明石書店

(3)児童生徒に寄り添い、実態に即した相談・支援、教育体制の整備を行うこと
本件では、SNSを利用した性的ないじめが生徒を自殺に追い込む要因の一つとなったことを心理学的、精神医学的な側面から指摘したところである。例えば、性的なメッセージや裸の自撮り写真や動画等をSNSに送り共有するセクスティング(Sexting )自体は18歳以上の主に恋愛関係にある二人が、親密さを示すためや楽しみのために同意のもと行われるものであって、それ自体は違法行為というわけではない。しかし、相手がその画像や動画を他の人と共有したり、性的な写真を送らないと別れる、写真を公開するなどと脅したりしてくるような場合(リベンジポルノやセクストーションと呼ばれる)は犯罪になることもあるし、撮影された映像の被写体が18歳未満の場合は「児童ポルノ製造罪」となる場合もある。警察庁の調べ(警察庁生活安全局人身安全・少年課(2024) 「和5年における少年非行及び子供の性被害の状況」18頁)では、児童ポルノ事犯における「児童が自らを撮影した画像に伴う被害」は527件に上っており、最多被害は中学生で266件と全体の半数を占めている。
性犯罪については性被害の実態に合っていないとする犯罪被害者らの訴えを受けて関係する法の改正が行われ、2023年にはSNSを介して被害にあう児童生徒の増加を背景に「性的姿態等撮影罪」や「性的影像記録提供等罪」などが新設、施行された。
しかしながら、法律があってもSNSを通じて性的な画像等がインターネット上に流失してしまうと、被害者に永続的かつ深刻な結果をもたらす可能性がある(デジタルタトゥーと呼ばれる)。セクスティングの場合は、自ら性的な画像を撮影し送信しているため、児童生徒本人は自分が悪いと自らを責めているケースも多い。本件のように、SNSを介した性的いじめや、それに伴う性暴力がおきた時、被害者と加害者が同じ学校の場合などは特に、教員側に知識がなければ初期対応を誤り、重大事態と認知出来ないばかりか、対応が遅れることによって二次被害の拡大につながる可能性もあることに十分留意しなくてはならない。
また、SNSを介したいじめは急速に進行するが、周囲の大人(保護者や教員)は気付けず、表面化した時にはすでに深刻な状況に陥っている場合も多い。SNSを介してインターネット上で行われるいじめ(ネットいじめ)は、大人が考えているよりもずっと深刻かつ残酷で、SNSはリアルよりも同調圧力が強い上に匿名性や密室性が高く、リアルないじめとも強い相関があるとされる。ネットいじめのそうした特性や実態を踏まえ、旭川市には主として予防の観点から次の3点を提言したい
第一に、児童生徒に寄り添った相談・支援体制の整備、第二に、実態に即した「メディア情報リテラシー教育」、第三に、児童生徒間の性的ないじめ、性暴力事案に対する「危機対応マニュアル」の作成である。以下それぞれの詳細を述べる。
まず、児童生徒に寄り添った相談・支援体制の整備であるが、今日いじめ問題に関しては、国レベルから民間まで含めると数多くの相談窓口があり、相談方法も電話だけでなく、オンライン相談、チャット相談など多様である。しかし、特に思春期只中の中学生においては、大人から精神的に自立しようとする思春期特有の発達段階の影響が大きく、仲間意識やいじめられていることに対する羞恥の心理、プライド、親に迷惑をかけたくないという様々な思いがバリアとして作用し、依拠する人間関係によっては、本人がそれを苦痛として認識できなかったり、苦痛を受けていない、または苦痛の程度を過小に装ったりすることもある。そういう思春期特有の心理状態にある場合、いじめに苦しんでいてもいじめを標ぼうする相談窓口にはつながらないケースが多いと思われる。性に関わる相談はさらに困難で、性被害・暴力に関する相談窓口は増えてきているものの、たとえば自撮りした裸の画像が流出したという悩みが性被害・性暴力であると認知できなければ、やはり性被害・性暴力を掲げた相談窓口にはつながらない。内閣府の性暴力被害にあった若者(16~24歳)を対象としたオンライン調査(内閣府男女共同参画局(2022)「若年層の性暴力被害の実態に関するオンラインアンラート及びヒアリング結果報告書」)によれば、被害にあったときの相談状況をたずねた質問に対し「どこ(だれ)にも相談しなかった」との回答が47.3%に上り、約半数が相談につながっていないことが明らかになった。前述したように性被害にあった児童生徒に性に関する知識がなければ、自分のことを守れないばかりか、自分の身に何が起きたのか認識することが出来ず、心身に深い傷を負ってしまう。それでも誰かに悩みを話したい場合に児童生花が頼るのが、第一に友人・知人であり、時に本人が話しやすいと感じるSNSのダイレクトメッセージやオンラインゲームやアフリのチャット機能を通じて知り合った相手であったりする。本件でオンラインゲームやSNSで知り合った複数の人にいじめや性被害についての悩みを打ち明けていた。しかしながら匿名性の高いインターネット上にはなりすましも多く、子どもを狙った性犯罪者の温床になっていることから、身近な公的機関に子ども自身が安心して相談できるような体制を整えることが強く求められる。
児童生徒が安心して自分の悩み、特に性に関する悩みを相談でき、サポートを受けられるようにするためには、WHOの「ユースフレンドリーなヘルス・サービスの実現」(WHO (2012)#なんでないのプロジェクト訳(2022)「ユースフレンドリーなヘルス・サービスの実現-青少年にやさしいヘルス・サービスのための国家品質基準の開発」https://iris.who.jpt/bitstream/handle/10665/75217/9789241503594-jpn.pdf.36-43頁が参考になる)が提唱する5つの要素①公平であること、②利用しやすいこと、③受け入れやすいこと、④適切であること、⑤効果的であること、が参考になるだろう。旭川市には現在ある児童生徒向けの相談窓口の活用状況を検証し、児童生徒のニーズをユースフレンドリーの視点からきちんと捉え直し、児童生徒のこころとからだに関する悩みに寄り添った重層的な相談・支援体制を構築してほしい。児童生徒にとって「相談をすること」の心理的障壁は大人が思うよりもはるかに高い。性にまつわることであれば尚更である。 当事者である子どもの声を丁寧にかつ真摯に聴きながら、必要があればどこへでも出向くようなアウトリーチ型の支援も含む、児童生徒に信頼される重層的な相談体制が整備されることを期待したい。
さらに旭川市について言えば、行政から独立した立場で子どもの人権や権利擁護についての実態把握や調査、勧告できる権限のあるオンブズマン(オンブズパーソン、コミッショナーとも呼ばれる)による子どもの権利擁護の仕組みが設けられる必要性がある。本件がそうであったように、学校や教育委員会において有効な対策が取られることなくいじめが反復・継続する場合において、被害者の救済機関としての相談窓口が学校外に設けられていることは非常に重要である。日本は国連子どもの権利委員会から制度としてのオンブズマンを設置するよう何度も勧告を受けているが、現在に至るまで国レベルでは設置されておらず、国内に30程度の自治体にしか子どものための独立した権利擁護機関が設置されていないのが現状である。旭川市が、本件において生徒に対する深刻な人権・権利侵害があったことを真摯に受け止め、再発防止策を真剣に検討していくのであれば、子どもの人権・権利侵害が発生した時に保護や回復をするための独立した権限と財源を有する、専門家によって構成された機関の創設を強く求めたい。
第二に、実態に即した「メディア情報リテラシー教育」である。ユネスコによればメディア情報リテラシーとは、「メディアリテラシー情報リテラシーを統合したものであり、ニュースリテラシーやデジタルリテラシーをはじめとする他の様々な関連するリテラシーの概念を包含しているもの」であって、「メディアの機能を理解して情報を批判的に捉え、民主的参加のためにメディアを活用する能力」(総務省(2022)「メディア情報リテラシー向上施策の現状と課題等に関する調査結果報告」 https://www.soumu.go.jp/main_content/000820476.pdf)である。GIGAスクール構想の中で一人一台端末時代において、学校でメディア情報リテラシー教育が必須であることは言を俟たない。しかし、現行の学習指導要領では未だ「情報モラル教育の充実」に止まり、「他者への影響を考え、人権、知的財産権など自他の権利を尊重し情報社会での行動に責任をもつことや、犯罪被害を含む危険回避など情報を正しく安全に利用できること」を重視しているが、スマホタブレットの操作、SNSなどについてはデジタルネイティブ世代である児童生徒の方が圧倒的に詳しく、従前の情報モラル教育やインターネット・リテラシー教育では対応出来ていない実態がある。
旭川市には本件類似事業の再発防止に向けて、早急かつ定期的に児童生徒のスマホやSNSの利用状況調査等を行い、実態把握に努めるとともに、調査結果に基づいて学校ごとの課題を抽出し、実態に即した研修や啓発活動に取り組むことを推奨したい。取り組みにあたっては当該学校の当事者でもある児童生徒が自分事として関わることが重要で、教員や保護者らも児童生徒とともに学び合いなからネットいじめ等の課題に主体的かつ積極的に取り組んでいってくれることを期待したい。また、グローバルかつ中長期的な視点に立って、児童生徒が安心安全にSNSやインターネットを活用出来るようにするため、学校でメディア情報リテラシー教育を体系的に学べるような取り組みを進めてもらいたい。近年国内外で「児童生徒とデジタル機器の関係をポジティブに捉え直すデジタル・シティズンシップ教育への期待が高まっ」(坂本旬 (2023)「偽情報時代のメディア情報リテラシー教育政策と実践の展望 メディアリテラシーからデジタル・シティズンシップ教育へ」「メディア情報リテラシー研究」 法政大学図書館司書課第4巻1号、226頁)ている。すでに埼玉県戸田市等いくつかの自治体で先進的な取り組みが始まっており、そうした自治体と連携し課題等を共有しながら、旭川市独自のメディア情報リテラシー教育を構築していってもらいたい。メディア情報リテラシーを育成するためには、保護者の理解や地域との連携も欠かせない。学校教育においてメディア情報リテラシーを学ぶ重要性や理念を共有しながら、より具体的かつ包括的で実践的な新たな学びを構築することが求められる。
第三に、児童生徒間の性的ないじめ、性暴力事案に対する「危機対応マニュアル」の作成である。全国の学校は、児童生徒間の性的ないじめや性暴力事案が発生した際の対応について苦慮していると推察される。性の問題を扱う際はプライバシーの配慮が一段と求められ、場合によっては警察や医療機閣、児童相談所等の専門機関との連携も必要となる。対応方法が分からないからといって担任や相談を受けた教職員が一人で抱え込んでしまうと二次被害のリスクが高まり、重大な事態を引き起こす可能性もある。
旭川市は、本件の学校対応、市教委の杜撰な対応の問題点を踏まえ、再発防止ならびに予防活動に資するために、性的いじめや性暴力の重大事態が発生した際の手引きとなるマニュアルを作成すべきである。手引きの作成にあたっては、兵庫県尼崎市教育委員会が制作した「学校で性暴力被害がおこったら」や三重県の「学校における児童生徒間の性暴力対応支援ハンドブック」などが参考になる。
また旭川市には、これらに加え、平時からの関係機関、特に警察と学校との連携強化が求められる。文科省の通知(「文部科学省…いじめ問題への的確な対応に向けた警察との連携等の徹底について(通知) 2023-2-7, https://www.mext.go.jp/content/20230207-mxt00001302901-001.pdf, (参照 2024-6-19))にもあるように、児童ポルノ関連のいじめは被害の拡大を防ぐため、「学校は、直ちに警察に相談・通報を行い、連携して対応すること」、また昨今は「学校では取扱いの判断が困難な事案も多く、個別事案に係る日常的な情報共有や相談・通報ができるよう」連携体制の構築に取り組むことが強く要請されている。本通知に基づき早急にいじめ問題への対応における警察との連携についてのマニュアルを整備し市内の全学校に配布するとともに、教職員への周知を徹底してほしい。今一度、本通知にもある「いじめは、児童生徒の教育を受ける権利を著しく侵害し、その心身の健全な成長及び人格の形成に重大な影響を与えるのみならず、その生命又は身体に重大な危険を生じさせるおそれがあるものであり、学校及び学校の設置者は、いじめを決して許さず、被害児童生徒を徹底して守り通すという断固たる決意で、全力を尽くすことが必要」であることを旭川市への提言として置いておきたい。

〔文献〕
① ケイト・レイノルズ著、森由美子訳 (2019) 『自閉症スペクトラム障害の性支援ハンドブック一障害が重い人のセクシュアリティ」クリエイツかもがわ
② 越直美(2014) 「教室のいじめとたたかう-大津いじめ事件・女性市長の改革」ワニブックス PLUS 新書
③ 坂本旬他著 (2020) 『デジタル・シティズンシップ:コンピュータ1人1台時代の善き使い手をめざす学び』大月書店
④ 坂本旬 (2022) 『メディアリテラシーを学ぶ一ポスト真実世界のデイストピアを超えて』大月書店
⑤ 末富方編著 (2023) 『子ども若者の権利とこども基本法(子ども若者の権利と政策)明石書店
⑥ 中橋雄(2021)『【改訂版】メディア・リテラシー論一ソーシャルメディア時代のメディア教育』北樹出版

(4)特別支援、障害特性などへの対応を丁寧にすること
2016年5月25日に「発達障害者支援法の一部を改正する法律」が可決成立し、8月1日から施行された。本法の第8条において、「可能な限り発達障害児発達障害児でない児童と共に教育を受けられるよう配慮」することが明記され、学校においては適切な教育的支援を行うとともに「個別の教育支援計画の作成及び個別の指導に関する計画の作成の推進」と「いじめの防止等のための対策の推進その他の支援体制の整備を行うこと」などが新たに規定された。高校における通級による指導の制度化、学習指導要領における特別支援教育に関する記述の充実など、発達障害のある児童生徒や特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する教育環境の整備・充実が行われてきたところである。
文科省が実施し学級担任等が回答する「通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果(令和4年)について」(文部科学省”通常の学級に在籍する特別な教育的支援を必要とする児童生徒に関する調査結果(令和4年)について 2022-12-3. https://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/2022/1421569_00005.htm (参照 20246.4))によれば、「知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面で著しい困難を示す」小・中学生が全国に8.8%いると推定されており、これは35人学級であれば1クラスに3人ほどが特別な教育的支援を必要としていることになる。ところが、法整備が進み教育環境の充実が謳われてきたにも関わらず、「知的発達に遅れはないものの学習面又は行動面で著しい困難を示す」 児童生徒のうち、70.6%の児童生徒が「校内委員会において、現在、特別な教育的支援が必要と判断されていない」のであって、さらに86.9%の児童生徒が「現在、通級による指導を受けていない」ことが明らかになった。また、特別な教育的支援を必要とする児童生徒についで、79.7%が「個別の教育支援計画」を作成しておらず、75.8%が「個別の指導計画」を作成しておらず、48.2%の教員が「授業時間内に教室内で個別の配慮・支援を行っていないことも示された。
旭川市では、特別支援学級に属する児童等について、「すくらむ」(すくらむ 〔旭川版)”旭川版育ちと学びの応援ファイル「すくらむ」”旭川市2015-8-30.https://www.city.asahikawa.hokkaido.jp/kurashi/218/251 252/p000926.html (参照2024-6-19))
という、医師の診断やそれを踏まえた具体的な支援の内容などを記した資料が作成されるが、これについては学校間で引き渡されるのではなく、保護者において保管し、小学校に引き続き中学校でも特別支援学級に入級する場合は、保護者から中学校に提示されることとなっている。特別支援学級に在籍するか否かに関わらず、「気になる児童生徒」がいることを踏まえると、仮に、特別支援学級を途中で退級するようなことがあったとしても、本人や保護者の同意の下、「すくらむ」は活用されてもよい。「教育的支援を必要とする生徒について、個別の教育支援計画が引き継がれていくことが大切であり、合理的配慮の提供の充実を図っていく必要がある。学習指導要領にも「障害のある生徒などは、学校生活だけでなく家庭生活や地域での生活を含め長期的な視点で幼児期から学校卒業後までの一貫した支援を行うことが重要である」と明記されており、児童生徒の支援の必要性に十分に寄り添った支援が求められる。
また、保護者から「すくらむ」の提供がなされなかったとしても、学習指導要領に「個別の教育支援計画の作成を通して、生徒に対する支援の目標を長期的な視点から設定することは、学校が教育課程の編成の基本的な方針を明らかにする際、全教職員が共通理解をすべき大切な情報となる。また、在籍校において提供される教育的支援の内容については、教科等横断的な視点から個々の生徒の障害の状態等に応じた指導内容や指導方法の工夫を検討する際の情報として個別の指導計画に生かしていくことが重要である」と明記されているのだから、「発達障害者支援法」「発達障害者支援法の一部を改正する法律」などに鑑みても、本件において、中学校入学後初期の段階で個別の教育支援の計画作成がなされなかった点、必要に応じた指導内容や指導方法の工夫を検討する際に必要な情報として保護者や関係機関等から十分な情報収集を行っていなかった点については極めて遺憾である。法や学習指導要領に則り、障害特性に応じた個別の教育支援計画」が早期に学校主体で作成されていたならば、担任をはじめ教師らが、当該生徒がクラス内で適切な人間関係を構築するための集団におけるコミュニケーションについてもう少し注意深く配慮出来た可能性があり、また他の生徒が当該生徒について理解を深める機会を設けることが出来た可能性もあり、感じていた不安感や孤立感を和らげることも出来たのではないだろうかと推察するところである。
教員不足が言われて久しく、すべてについて100%取り組むことが難しいとしても、学習指導要領にあるように「通常の学級に在籍する障害のある生徒などの各教科等の指導に当たっては、適切か具体的な個別の指導計画の作成に努める必要がある」のであって、特別支援学級に在籍しているいないに関わらず、障害や困難を抱える全ての児童生徒に対して個別の教育支援計画が作成されることが望ましい。また、必要に応じて学校内外の教育資源の活用や専門機関等との連携を図ることを強く求めたい。
なお、旭川市等で活用されている「すくらむ」であるが、文科省が示すところの個別の教育支援計画より対象者を広くとらえており、「育ちと学びの応援ファイル」として様式が提供されている。個別の教育支援計画は通常、特別支援学級に在籍する児童生徒、通級による指導を受ける児童生徒、通常の学級において通級による指導を受けていない障害のある児童生徒が対象となっているが、旭川市は「『すくらむ』は、例えば、子育てが心配な保護者や、「慢性疾患(喘息、糖尿病、摂食障害など)がある」「転校が多い」「不登校」「思春期」「アレルギー(食物・動物アレルギー、アトピー化学物質過敏症など)がある」「障害(発達障害視覚障害聴覚障害、知的障害、肢体不自由、病弱・身体虚弱など)がある」などの子どものために、有効に活用することができます。」としている点、「『すくらむ』は、本人・保護者のものです。したがって、基本的には本人・保護者が保管・管理します。」となっており、一般的に想定される個別の教育支援計画の利用対象、使用方法とは意味を異にしている点が懸念される。他の自治体では、個人情報の取り扱いに十分注意した上で、学校が作成し学校が管理することになっていることが多いが、小学校から中学校に進学する段階で保護者が積極的に活用を申し出なければ引き継がれないものであり、そもそも学校が作成し学校が主体となって活用しなければ意味をなさない。旭川市には「すくらむ」の活用方法について再考を促すとともに、個別の教育支援計画について、特に通常の学級において通級による指導を受けていない障害のある児童生徒については「全員」作成するように望みたい。

〔文献〕
① 小倉正義編 (2023) 「発達障がいといじめ-発達の多様性に応える予防と介入」学苑社
独立行政法人国立特別支援教育総合研究所(2020) 「特別支援教育の基礎・基本2020』ジアース教育新社
② 土橋圭子・渡辺慶一郎編 (2020) 発達障害・知的障害のための合理的配慮ハンドブック』有斐閣
④ 渡邉貴裕・橋本創一他編著 (2021) 「知的障害 / 発達障害/情緒障害の教育支援ミニマムエッセンス』福村出版