ツーリング日和24(第8話)印南野台地 (original) (raw)
「おお、来たか」
今日はコータローが先に来てるじゃない。前みたいに女を待たせるのは論外だからな。
「それは相手が恋人の時やろ」
関係あるか! 友だちでも恋人でも女を待たせるな。それはともかく、今日は西に行くんだよね。
「ああそうや、印南野台地を横断するで」
だいじょうぶかな。あそこはややこしいんだよ。神戸市街から西にツーリングに出る時の定番は山麓バイパスだ。これは入り口が新神戸トンネルと同じだけど途中から分かれるんだ。でもって、通行料金は驚きの二十円だ。
山麓バイパスは新神戸から白川までなんだけど、白川から西神中央まで四車線の信号の少ないバイパスみたいな道が続いてるんだよね。流れが少々早すぎるのが玉にキズだけど、西に小型バイクでツーリングをするにはまず候補になる道で良いと思う。
「浜国道は混むもんな」
今でも渋滞の名所みたいなものだもの。快調に西神中央まで走って、西神墓園の横を抜けたけど、
「今日は旧国道のところを曲がるで」
国道一七五号もバイパス整備が進んで、この辺は旧国道が途切れ途切れになってるのよね。でも懐かしいな。
「あそこのオーベルージュの信号を左や」
オーベルージュとは郊外とかにある宿泊施設付きのフレンチレストランの意味で、日本なら料理旅館で良いはず。もっともこんなところに本物のオーベルージュがあるはずがなく店の名前だよ。
「そやけど、よう潰れへんな」
千草もそう思う。こんなところでフレンチの老舗みたいなのが成立するのが不思議すぎる。美味しいのかな。
「行ったことあらへん」
千草もだ。信号を曲がるとすぐに、
「金色の仏像が見える信号を右や」
あそこか。それにしても何にも道路案内が無いな。地図上ではオーベルージュの信号を曲がったところで県道六十五号になり、金色の仏像を曲がった道も県道六十五号なんだけどな。
「ここはそういうとこや」
稲美町だものね。コータローによると稲美町は台地だそうだ。西神墓園の横を通る時に坂があったけど、あれが台地に登る坂らしい。かなり広い台地で、北は美嚢川、西は加古川、東は明石川に囲まれ、
「南は瀬戸内海や」
川の流域が低地になってるけど、それだったら西神も台地だよね。
「あそこは丘陵や。見てみいや、この辺は平野みたいになってるやろ」
たしかにそうだ。見渡す限りって感じで広々してる。だから稲美町の道はややこしんだよ。ここは町なのもあるけど、まずランドマーク的なものが見当たらない。
「それに明石と加古川に近いからやと思うけど、中途半端に道路が整備されてるねん」
もっと田舎だったら、国道なり、県道がまずズドンとあって、その他は脇道とか裏道って感じになるけど、稲美町にはそれがはっきりしないのよね。ある程度は東西南北に道はあるけど、
「下手に走るとすぐ迷子になる」
千草もやらかした。神戸からだったら東から西に抜けたいのだけど、これがシンプルなのだけど難しいのが稲美町だ。東から西に抜けるのには加古川を渡らないと行けないのだけど、
「実質的に上荘橋になるねんよな」
他にも池尻橋もあるし、加古川市内に入るともっとある。でもさらに西へのツーリングを考えたら上荘橋一択みたいなもの。だったら、上荘橋にズトンと道を通してくれたら良いのだけど、
「それが県道六十五号や」
地図上ではそうなるのだけど、これが道なりに進めば済む道じゃない。さっきの金色の仏像の交差点だけじゃなく、もう一か所交差点を曲がらないといけないのよ。これを曲がり損ねると、
「稲美町のツーリングをひたすら楽しむことになる」
コータローもやらかしたみたいだ。だいたいで走ると確実に迷子にされるのが稲美町なんだよ。道路の左右には田んぼも広がってる。まだ田起こししてないのだけど、妙に生えてるところがあるな。あれって稲じゃないよね。
「春小麦やろ」
小麦だって。それって社会で習った二毛作をやってるの。
「いいや、減反政策の影響やろ。あれだけ苦労して水を引っ張ったのにな」
稲美町は台地。これを印南野台地とも言うのだけど、三方が川で一方が海で、山がないから川が無いのよね。だからこれだけの平坦地なのに開拓が遅れたんだって。なんとか水を確保しようとため池をわんさか作ってるけど、
「江戸時代は姫路藩領で木綿が主力やったらしいで」
姫路藩の特産品に姫路木綿ってのがあったそうで、その原材料の木綿を栽培してたらしい。だけど木綿は明治に輸入品が入って来てダメになったみたいで、
「苦労して水を引いてるんよ。御坂サイフォンぐらい知ってるやろ」
明治の眼鏡橋が残ってるよね。
「そうやけどちゃう、山越えで水を通すためにサイフォンの原理を使ってるんよ。その時に導水管で川を渡すために作ったのがあの眼鏡橋や」
てか、その水はどこから引いて来たんだよ。
「淡河川や。木津のあたりに取水口があるねん。そこからトンネル掘ったりして延々と水を引いてるねん」
木津だって。それって栄の次じゃないの。
「ああ、その次が藍那や」
ボケてないでツッコンでよ。御坂のあたりも志染川の低地だから、そこを越えるのにサイフォンの原理を使ったんだろうな。だって、あの間を送水管の橋なんか作ろうとしたら、
「余部鉄橋より壮大なもんになっとるわ」
それはそれで観光名所になっただろうけど、それぐらい苦労して稲美町に水を引いて米を作ったのにね。
「有明海の干拓なんかアホにしか見えん」
あれももめまくってた。あれって計画が出来た頃は米が欲しいだったはずだけど、工事が進んだ頃には減反政策の時代になってるもの。千草も壮大な無駄にしか思えないよ。
「この交差点や。右に曲がるで」
なんて不親切な道路案内なのよ。左は明石になってるけど、そっちに行っても明石のどこかに着くだけじゃない。まっすぐの加古川もそうだ。加古川市街じゃなくて川の方の加古川に近づくだけとしか思えないよ。右だってそうだ。小野ってなんなのよ。
「ここはそういうとこや」
それにしても東播磨道ってなんなんだ。
「まだ工事中やそうやけど、加古川バイパスから国道一七五号バイパスをつなぐらしいで。樫山あたりやそうや」
加古川バイパスと山陽道を繋ぐ道か。
「いいや山陽道には直接は繋がらんらしい」
なんなの、その中途半端な接続は。繋ぐのなら山陽道はもちろんだけど、もう少し伸ばして中国道も繋ぐべきでしょうが。
「オレに言うな。これも無料やそうやけど、モンキーには無縁の道や」
ぎゃふん。無料の自動車専用道ぐらい走らせてくれたら良いのに。
「そうは思うことはあるけんど、モンキーやったらきついわ」
うぅぅぅ、否定できない。しばらく走ると道は下りになったから印南野台地を下りるみたいだ。あそこが東播磨道のICか。無縁だけどね。さらに進むとJR加古川線の踏切があって、その先についに見えたぞ、上荘橋だ。
「これで加古川が渡れるわ」