気分障害 (original) (raw)

(きぶんしょうがい、: mood disorder)は、気分に関する障害を持つ精神疾患の一群である。世界保健機関の『疾病及び関連保健問題の国際統計分類』第10版(ICD-10)においては(かんじょうしょうがい)と記述される[1]

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ある程度の期間にわたって持続する気分感情)の変調により、苦痛を感じたり、日常生活に著しい支障をきたしたりする状態のことをいう。うつ病双極性障害など広範囲な精神的疾病がこの名称にあてはまる。

精神疾患の主要な分類法であるICD-10DSM-IVの両者において用いられている語であり、この2者間で細かい分類の仕方は異なるものの含まれる概念はほぼ同一である。

精神医学的障害の一種である。

障害とはすべて、甲状腺機能低下症のような身体疾患による気分障害や、物質誘発性気分障害ではないという診断基準を持つ。また重症度の診断基準を持つため、著しい苦痛あるいは生活機能の障害がある場合に、これらの障害であるという診断基準を満たす事となる。

うつ病性障害

**大うつ病性障害**は、_大うつ病_、_単極性うつ病_、_臨床的うつ病_とも呼ばれる。大うつ病性障害の患者は、1回またはそれ以上の大うつ病エピソードを経験する。初回のエピソード後に、「大うつ病性障害(単一エピソード)」と診断される。1回以上のエピソードを経験すると、診断は「大うつ病性障害(反復性)」となる。躁状態の期間のないうつ病は、気分が低い側の「極」にとどまっており、双極性障害のように高く躁的な側の「極」に上がらないという意味で、「単極性」うつ病と記述されることがある[2]。現時点では、ヨーロッパで行われた疫学的研究から、世界の人口の概ね8.5%がうつ病性障害であろうと示唆されている。特定の年齢の集団がうつ病から免除されることはなさそうである。母親から分離された生後6ヶ月の乳児にもうつ病が出現したという研究報告がある[3]

うつ病性障害[4]プライマリ・ケア総合病院の現場でも頻繁に見られるが、見逃されることも多い。未認知のうつ病性障害は回復が遅れたり、身体的疾患の予後を悪化させる可能性があるため、すべての医師がこの状態を認識することができ、軽症な症例を治療し、専門的治療の必要な患者を見分けることができるようになることが重要である[5]

下記のようなサブタイプ(下位分類)や経過の特定用語(修飾語)が、診断学的に使用されている:

双極性障害

物質誘発性気分障害

気分障害は、その病因が向精神薬やほかの化学物質の直接の生理作用にさかのぼることが可能な場合、あるいは物質の毒性や離脱と同時に生じた気分障害は、物質誘発性に分類される。気分障害が物質使用障害と併発している場合もである。物質誘発性気分障害は、躁、軽躁、混合、あるいはうつ病エピソードの特徴を有する。多くの物質は多様な気分障害を生じさせることができる。例として、アンフェタミン、メタンフェタミン、コカインのような覚醒剤は躁や軽躁、混合状態、うつ病のエピソードの原因となることが可能である。

DSM-5では、物質・医薬品誘発性抑うつ障害、物質・医薬品誘発性双極性障害および関連障害に分けられる。

DSM-IVでは例として以下が挙げられる。

ほかに、麻酔薬、鎮痛薬、抗コリン薬、ベンゾジアゼピン、抗精神病薬、筋弛緩剤、ステロイド、また重金属や、毒物ではガソリンなど有機溶剤、殺虫剤、神経ガス。

アルコール誘発性気分障害

アルコール依存症を伴う大量飲酒者や患者では、大うつ病性障害が高確率で生じる。アルコールの乱用と抑うつの発症が、先行する抑うつの自己治療的なものであるかについては議論があった。しかし最近の研究は、いくつかの事例では事実だろうし、アルコールの乱用は大量飲酒者の多くが抑うつを発症する直接の原因になると結論している。参加者の生活上のストレスの多い出来事の間、気分不快尺度を用いて評価された研究が行われた。さらに、逸脱集団への加入、失業、パートナーの物質の使用とその刑罰が評価された[38][39][40]。その結果、アルコールに関連した問題として高い自殺率があった[41]。詳細な患者の既往歴によりアルコールの摂取に関連しない抑うつと、アルコール誘発性抑うつとを区別することは可能である[40][42][43]。アルコール乱用関連の抑うつと他の精神的問題は、脳内化学物質の歪みに起因する可能性があり、断酒後に誘発される傾向がある[44]

ベンゾジアゼピン誘発性気分障害

バリウムやリブリウムのようなベンゾジアゼピン系の長期間の使用は、抑うつに関与したり、アルコールの脳における影響に類似している可能性がある[45]

大うつ病性障害はまた、遷延性離脱症候群の一部あるいはベンゾジアゼピン系の慢性的な使用の結果として発症する。ベンゾジアゼピン系は、不眠症、不安、筋肉痙攣の治療に広く用いられる医薬品である。アルコールと併用した場合、セロトニンやノルアドレナリンの濃度の増加のような神経化学上のベンゾジアゼピン系の作用で、抑うつを増す反応があると考えられている[46][47][48][49]。大うつ病性障害は、ベンゾジアゼピン系の離脱症状の一部として生じる可能性がある[50][51][52]。ベンゾジアゼピン系の依存症を有する患者における長期間の調査研究において、2人にだけ先行した抑うつ障害があり、長期にわたるベンゾジアゼピン系医薬品により10人の患者(20%)に過量摂取があった。段階的に離脱する計画から1年後、さらなる過量摂取をした患者はいなかった[53]。ベンゾジアゼピン系からの離脱の結果である抑うつは、通常は数か月後に治まるが、少数の例では6〜12か月にわたり存続する可能性がある[54][55]

一般身体疾患による気分障害

一般身体疾患による気分障害はDSM-IVの診断名であり、DSM-5では、他の医学的疾患による抑うつ障害、他の医学的疾患による双極性障害および関連障害に分けられる。

DSM-IVでは例として以下が挙げられる。

9万人以上の調査から概日リズム(睡眠リズム)の乱れは、生涯における、うつ病、双極性障害、事故、低い幸福感などに関連した[56]。不眠症の大学生に対するオンラインの10週間の認知行動療法は、不眠症だけでなくうつ、不安、悪夢、心理的幸福などを改善し、その影響を維持した[57]

メラトニンの使用では、うつ病、季節性情動障害、双極性障害のランダム化比較試験があるが、より大規模な研究が必要とされる[58]

複数の著作が、気分障害は進化的適応であるとしている。落ち込みや抑うつは、危険や損失、無駄な努力をもたらす目標追求に対しての状況対応能力を高めるという[59]。そういった状況では低い動機付けが、特定の行動を抑制することによって利益が得られる。この理論はなぜ気分障害がよく見られ、生殖年齢の頂点の人々をも襲うのかを説明するのに役立つ。抑うつが機能不全であれば、これらの特性を説明するのは難しい[59]

抑うつ気分は地位の損失、離婚、あるいは子供や配偶者の死のような、人生において生じる特定の種類のありきたりな反応である。これらは生殖の能力や可能性の損失を知らせる出来事であり、人類の祖先の生活環境においても存在した。抑うつ気分は、以前の(繁殖的に不成功であった)方法や行動の向きを変えるという意味で適応反応とみなすことができる。

抑うつ気分はインフルエンザのような病気の最中には一般的である。身体活動を制限することによって回復を助ける進化した機構であると論じられてきた[60]冬の季節に生じる低水準の抑うつ、あるいは季節性情動障害は、過去において食物が乏しい期間の身体活動を制限することへの適応であるとも考えられる[60]。もはや食物の入手可能性は天候に左右されないが、冬の季節に落ち込んだ気分を体験することは、人類が保ってきた本能であると論じている[60]

WHOによる疾病及び関連保健問題の国際統計分類(ICD-10)では、以下のように小分類される。


  1. Ayuso-Mateos, J.L. et al. , 2001.Depressive Disorders in Europe: Prevalence figures from the ODIN study. British Journal of Psychiatry, 179, pp308-316
  2. Gelder, Mayou, Geddes (2005). Psychiatry: Page 170. New York, NY; Oxford University Press Inc.
  3. : psychotic major depression
  4. O'Hara, Michael W. "Postpartum Depression: Causes and consequences." 1995.
  5. Parry, Barbara L. "Premenstrual and Postpartum Mood Disorders." Volume 9.1. 1996. pp=11-16
  6. Schacter, Daniel L., Daniel T. Gilbert, and Daniel M. Wegner. "Chapter 14: Psychological Disorders." Psychology. ; Second Edition. N.p.: Worth, Incorporated, 2010. 564-65. Print.
  7. The ICD-10 Classification of Mental and Behavioural Disorders World Health Organisation 1993
  8. : depressive disorder not otherwise specified
  9. : recurrent brief depressive disorder
  10. Carta, Mauro Giovanni; Altamura, Alberto Carlo; Hardoy, Maria Carolina et al. (2003). “Is recurrent brief depression an expression of mood spectrum disorders in young people?”. European Archives of Psychiatry and Clinical Neuroscience 253 (3): 149–53. doi:10.1007/s00406-003-0418-5. PMID 12904979.
  11. : minor depressive disorder
  12. Rapaport MH, Judd LL, Schettler PJ, Yonkers KA, Thase ME, Kupfer DJ, Frank E, Plewes JM, Tollefson GD, Rush AJ (2002). “A descriptive analysis of minor depression”. American Journal of Psychiatry 159 (4): 637–43. doi:10.1176/appi.ajp.159.4.637. PMID 11925303.
  13. Schuckit MA, Smith TL, Danko GP, et al (November 2007). “A comparison of factors associated with substance-induced versus independent depressions”. J Stud Alcohol Drugs 68 (6): 805–12. PMID 17960298.
  14. Chignon JM, Cortes MJ, Martin P, Chabannes JP (1998). “[Attempted suicide and alcohol dependence: results of an epidemiologic survey]” (French). Encephale 24 (4): 347–54. PMID 9809240.
  15. Semple, David; Roger Smyth, Jonathan Burns, Rajan Darjee, Andrew McIntosh (2007) [2005]. “13”. Oxford Handbook of Psychiatry. United Kingdom: Oxford University Press. p. 540. ISBN 0-19-852783-7
  16. Collier, Judith; Longmore, Murray (2003). “4”. In Scally, Peter. Oxford Handbook of Clinical Specialties (6 ed.). Oxford University Press. p. 366. ISBN 978-0-19-852518-9
  17. Lyall LM, Wyse CA, Graham N, et al. (May 2018). “Association of disrupted circadian rhythmicity with mood disorders, subjective wellbeing, and cognitive function: a cross-sectional study of 91105 participants from the UK Biobank”. Lancet Psychiatry. doi:10.1016/S2215-0366(18)30139-1. PMID 29776774.
  18. De Crescenzo F, Lennox A, Gibson JC, et al. (December 2017). “Melatonin as a treatment for mood disorders: a systematic review”. Acta Psychiatr Scand (6): 549–558. doi:10.1111/acps.12755. PMID 28612993.
  19. Why We Get Sick: The New Science of Darwinian Medicine, Randolphe M. Nesse and George C. Williams | Vintage Books | 1994 | ISBN 0-8129-2224-7