Scope-α (original) (raw)
北広島町・安芸太田町にまたがる山の上の集落、安中。この日は安中集落を奥へ奥へと進んで北側の峠まで到達しました。その後東の三角点神原、西の三角点安中山にもいきました。これにより安中の探索を終了しました。
今回のルート
登山ログgeographicaアプリより
屋敷跡探索
安中には屋敷跡が6つくらいあります。このうち地図に番号を振った2,3,4は以前のレポート(安中 東に峠越え)で探索しました。とりあえず1の屋敷跡について説明します。前に屋敷跡を探索した時は、1の屋敷跡は地図に書いていないから跡形もないだろうとおもって行っていませんでした。
航空写真を上に載せました。左下が1で、右上にぼんやりしているのが2の屋敷です。見てわかる通り、1の屋敷は結構規模が大きく探索する価値が十分あると考えたので今回訪れたわけです。それでは探索スタートです
▲2日ぶりの安中です
▲いつも通り道幅の広い農道を歩いていくと渡渉前に西に入っていく道があります。きちんと道が続いているのでトレースしていくと屋敷跡に着きます
▲屋敷跡のスロープです
▲角材が散らばっていて屋敷跡だと分かります
▲建物はいつの間にか崩れて行ったのでしょう
▲いろいろ残っています。木が盛り上がっているところは、その下にドラム缶などが下敷きになっているので注意深く見ていきます
▲かまど
▲鉄製の農具
▲大量の瓦。瓦をどかせば色々出てきそうです。タンスくらい残っていないのでしょうか
▲ここに三棟建っていました。
▲カエルの卵です
安中の奥まで
ここから安中の奥へどんどん進んで峠までいきます。
広島県の1/2500地図を参考にして歩きましたが、今回はそこまで活用できませんでした。というのも薮が酷くて歩けないところがあったからです。
▲とりあえず前回の探索の時も通った、農道の行き止まりになっているところに来たら、2の屋敷を目指します
▲高い杉が生えているのが目印
▲スロープです。前探索したので今日は素通りです
▲そこからトラバースして3の屋敷跡に向かいます。ここも杉が目印
▲つきました
▲川が近づいてきました
▲4の屋敷跡はあの杉のところです
▲川の脇に道が付いていますが、この先藪で歩けなさそうです。川も水量がおおくて歩く気がしないので、東側の山際まで行くことにします
▲山際から4の屋敷跡を目指します
▲つきました
▲石で作った導水トンネルがありました。埋もれずに向こう側の光が見えています。
▲前回はここで引き返しましたが、まだ1/3くらいしか進んでいません…
▲少し進めば洒落た道が出てきます。ここは歩くのが楽しい
▲薮が薄くなってきました
▲こういうタイプの道も良いです
▲ここで川が分岐。右の川を遡ります
▲川沿いを歩くとこのように段々畑の縁で歩けなくなるので、ここで西の山側を歩くことにしました
▲イノシシの通り道
▲庭園で見るやつ
▲ここで5の屋敷跡が出てきました。はじめはここに屋敷跡があると思っていなかったのですが、よくよく旧版地形図を見てみると屋敷跡でした。写真では右下に鉄製のよく分からないものがあります
▲ビンが散乱
▲見づらいですが右に数センチくらいの石の基礎があります。
▲もう随分上の方まで来ました
▲東側斜面の高いところに段々畑があります
▲用途のわからない石の囲い
▲この先道が分からなくなりましたが、左手に巻き道が付いていました
▲最上部の農地は楕円形ではなく長方形タイプ
▲もうすぐ農地が終わります
▲ここが自分が夢にまで見た安中の最奥の景色です(実際に夢の中で探索しに行きました
▲安中を後に森の中に入ります
▲ここはどちらかと言うと植林される前まで農地だった感があります
▲峠までややあります
▲峠に着きました。これは北向き
▲安中方面
▲地図にない林道が通っていました
三角点神原+谷筋
▲青色のルートの説明です。峠から三角点神原(731m)に行ったあと、西側の谷を下ります。その後、安中古道の峠道と合流したあと、峠道から稜線歩きをしました
▲峠から東向きに稜線歩きします
▲踏み跡が付いていて安心です。植林帯にアカマツが混ざって生えています
▲林業用らしいペイントやテープも沢山あります
▲2回目に方向転換するところの鞍部から杉林で暗くなります。地形を見ると分かりますが、鞍部から少しトラバースで斜面を巻くように歩きます。
▲夏の夕方みたいな雰囲気で心が安らぎます。先程まではずっと緊張状態だったので
▲そして三角点神原です。これにより安中周囲4つの三角点全てを登ったことになりました
▲ここから手前の鞍部まで引き返します。国土地理院の点の記では頂上から真西に急な尾根(写真)を歩くことになっていますが先行きが見えず出来ませんでした
▲鞍部から少し降りたところです。優しい雰囲気の沢になっていますが、この沢はこのあと落差300mもの急な沢を落ちる運命にあります。
▲すぐに倒木が現れます。
▲ここから倒木地獄です。古道と合流するまでずっと倒木を越えることになるので時間に余裕を持っていないと遭難してしまいそうです
▲リュックがクソ邪魔でしたがなんとか通過出来ました。20-30分くらいです。服を破らないよう。
▲ここで古道と合流します。この古道については安中 東の峠越えに詳しく書いてあります。
▲ここも2箇所際どい倒木があります。1つ目のは下をくぐりました
▲2つ目のはジャングルジムの要領で
▲ここを抜ければイージーモードです。しっかりとした道が付いているので安心です
▲一部茂っていますが
▲迷ったら電柱を探せば良いです
▲峠に着きました。ここは二度と来ると思わなかったのですが、縁があって来てしまったようです
▲安中方面です
▲峠からはまず稜線に取り付かずにルート通りに鞍部を目指す形でショートカットしました
▲先程と同様にテープがついています
▲これから登る安中山が見えています
▲そしてまた峠に戻ってきました
三角点安中山
青色の線の説明です。峠から尾根を通って三角点安中山に行ったあとしばらく林道歩きをします。その後安中-鹿籠頭の古道で安中に戻ってくるルートです。
▲尾根は比較的茂っています
▲地図の「展望」と書いてある場所です。間違っているかもしれませんが、右の高いのが牛が首山、真ん中のが椎谷山、左の幹で隠れているのが熊城三山?
▲ずっと林道が並行しているようです
▲踏み跡やら足跡が見えます
▲もうすぐです
▲つきました。三角点安中山です。芸藩通志では「鶉木向山」とある山です
▲ここは4年前に訪れてもう一生行かないだろうと思っていたのですがまた来てしまいました
▲頂上は平らで広いです。夏だとどういう景色になるのでしょうか
▲ここから植林帯の縁の尾根を降っていきます
▲車が2台停めてあって人が会話しているようです
▲林道にでました。法面が微妙に高いです。この林道は地図にあるもの
▲ここから林道歩きです
▲太い林道に合流して南西方向に歩きます
▲車が降りてきました。不審者だと疑われたくないのでこっちに来るなと願っていたら、向こうに行ってくれました
▲途中から地図にない林道の支線を通ります。ここは勘で次々分岐を選んでいきます
▲二輪車しか通れないことになってますが
▲峠に続く谷にでたら渡渉せず右岸の道を歩きます
▲冬ですが青々としていました
▲峠です。ここは1週間ぶりです
▲峠の先も綺麗な道です。詳細は安中 猪山から峠越えに書いてあります。
▲茂っていますが崩落はありません。道が無くなったと思ったら手前で渡渉ポイントがあります。
▲色々ありましたが無事安中に帰って来れました
▲約5年の安中探索はこれにて全て終了しました。したがってもう安中に来ることはないかも知れません。帰りの安中の景色は普段と違って見えました。
まとめ
いままでのをまとめます
▲いままで通った道
北広島町・安芸太田町にまたがる山の上の集落、安中。この日は安中から東に峠を越えて、山の上にある廃屋を探索しに行きます。芸藩通志には「キツ中」、「田原」と記され、安中から破線道の古道が伸びています。
今回のルート
登山ログgeographicaアプリより
イントロ
▲芸藩通志の「戸河内町」「戸谷村」のページを拡大したもの
やや情報が多いので書き直した地図を下に載せました
地図には安中の下側(南東方向)に「キツ中」「田原」のふたつの住所が認められます。航空写真や今回の調査からこれらの農地を地形図に記したものを下に載せました。農地の場所はあっていますが形状については不正確なので気をつけてください
芸藩通志によると、安中から東の方向に古道を進むと途中で分岐して峠を越えて、その先で「キツ中」「田原」に至ることが分かります。今回はこれらを結ぶ古道の探索を含め、農地や廃屋の現状を視察する目的で山歩きをしました。
廃屋については、上に掲げた旧版地形図(加計 明治31年測量昭和7年修正)にはルート上に3箇所建物が確認できます。結論から言うと、キツ中の建物は確認する余裕がなく、田原は東側に一戸三棟、西側の小さいのは到達できませんでした。
安中→南東の峠越え
▲安中から東に伸びる古道は途中で分岐して南東方向の峠を越えます(分岐したもう一方もそのまま峠を越えて国道433号の所に合流します 参考:安中 東に峠越え)
▲2024年3月11日、スタートは林道安中線の終点からです。この日の最低気温はマイナス5度で霜が降りていました。
▲黄色い体で白い頭のテンが走っていきました
▲地図の通り車道を歩いていきます
▲安中の農地跡が青空に映えています
▲そこまで薮は酷くありません、一部トゲのある植物があるので服を破らないよう
▲ここで渡渉
▲渡渉してすぐ南側の農地に入ります
▲ルートの通りに農地の石垣を何段も登っていき、最上段の農地のところで古道の始点があります。自分が行った時は古い青色のテープが付けてありました
▲ここからだと微妙に道があるか分かりづらいです
▲少し進めば明瞭な道が出てきます
▲電柱と電線
▲芸藩通志にかいてある最初の農地の所に出ました
▲665m付近の農地の最上段あたりで古道分岐があります。直進すれば峠を越えて国道433、右に行けばキツ中・田原です。今日は右(見づらいですが、中央に分岐があります)
▲自分が来た時は分岐にやや古いピンクテープがありました
▲初めは盛り上がっているタイプの道
▲途中から凹んでいるタイプの道です。倒木が多くて歩けません
▲雪が残っていました
▲ずっと明瞭な道です
▲前回はイヌガヤでしたが、今回はモミの木を沢山見かけました
▲峠まではあっという間です
▲峠の南東側(国道433方面)
峠の北西側(安中方面)
キツ中周辺+撤退
▲青い線のところの説明です。3箇所の農地跡に到達することが出来ましたが、その先は道を見つけることが出来ず、尾根から稜線にエスケープしました。
▲始めは道が見えます
▲下っていくとササが茂ってきて道が全く分かりませんでした
▲藪漕ぎして尾根をひとつ越えると農地跡が見えてきました。杉が植えられています
▲ここをおりていきます
▲右手に道があるので降りていきます
▲3mくらいのとても高い石垣です。目線の高さから撮影したものですが、微妙に伝わりづらいですね
▲引き続き農地跡を歩いていきます。ぬかるんで歩きづらいです
▲植林帯と雑木林の境界の所にトラバース道が続いています
▲振り返って農地跡
▲太い道です
▲次の尾根のところでまた段々畑が出てきます。ここが芸藩通志にかいてあるキツ中にあたります。ここから迷走フェーズ開始
▲薄々気づいていましたが、段々畑を伝って向こうに進もうとしても大抵上手くいかずに進めなくなります
▲なかなか山奥です。不便なことが多そうですが
▲この辺りで道探しに限界を感じてとりあえず尾根の上に登りました。また旧版地形図にあるキツ中の建物は確認する余裕がありませんでした
▲尾根まで行くと明瞭な道が出てきました。「なんだ」というかんじでした
▲分かりづらいですが、ここで丁字路になっています。引き続き西側に進んでいきます
▲その先で道が消えたところで、また農地が出てきました。キツ中の西側にある農地です
▲この段々畑は茂みもなく歩きやすいです。どんどん降っていきますが…
▲この先道がなさそうでついに気力を失ってしまいました。多分あの植林のとこまで行けば道が復活するはずですが、撤退することにしました
▲農地跡という人工物は沢山あるのに、道がなくて絶望するのは変な話です
▲道を少し引き換えして尾根を登って稜線に行きます。稜線上は前回三角点勝草を登った時に雰囲気が何となく分かっていたのでエスケープルートとして想定していました。
▲ピークに着きました。ここから田原まで稜線→尾根で行くことにします
尾根から田原
青色の線のところの説明です。稜線に出たので尾根を降って田原までいったあと少し散策してから安中に戻りました
▲田原まで終始踏み跡がありましたが、他に人が来ているのでしょうか、ずっとなにかの獣の足跡かと思っていました。写真の真ん中少し下、落ち葉が避けられて地面が見えているところがありますが、足で滑りながら降りている感じの歩き方が想像できます
▲次の岩のあるピークから尾根を下っていきます
▲笹が胸元まで茂っていて大変です。茎が硬いのか茎の先が脚の傷口に刺さってきて不快でした
▲丁川の上流、鶉木の家々が見えています。向こうも標高が高いですね
▲このあたり地形は簡単なはずなのに尾根を2回間違えました
▲途中から茂みが薄くなって歩きやすくなります。
▲ここに鉄板が落ちていて、ひっくり返してみると何か出てきました
▲木枠と蝶番のついた蓋?みたいなのがあります。なんでしょう?
▲旧版地形図の標高600mのところに建物が記されていますが、それがここにあったのかもしれません。それっぽい廃材は落ちていなかったですし石の基礎もなかったのでよく分かりません。また想定ではこの先でキツ中から続く古道が横切っているはずでしたが、それも分かりませんでした
▲そしてここから建物跡が出現します。まずは大量の瓦
▲奥にも列になっています。こんな大量の瓦をどうやってここに持ってきたのでしょう。策道なら行けそうですが。
▲このスロープはもしかして階段だった?
▲自分が確認したところから書き上げた田原の地図です。2に台所がついています。1が小屋で、西側の二棟も農業用の小屋だったのでしょうか。行ってみないと分かりません。
▲まずは1です。材木か少し残っています
▲正面から山側に撮影
▲金属の道具だけ錆びて残っています
▲よく見かける用途のわからないやつです
▲次は2です。南西方向。台所があります
▲台所
▲次は3の建物です
▲よく分からないものです
▲1-3の全体像です
▲あえてかくならこんな感じでしょうか
▲地図にかいたようにつづら折れが3の建物の先から続いています
▲その先で途切れていました。このまま道が続いていれば下界に降りそうですが。ここで引き返しました
▲2と3の間ですが、2の方が若干石垣で高くなっています
▲2と3の間から北西方向に道が伸びていましたが数十メートルで消えていました
▲炭焼き跡に見えます。ここで田原の探索を終了しました
▲ここから尾根を引き返して、稜線歩きをしたあと峠に降りてきます
▲確実に踏み跡です。
▲稜線歩きの終盤、ユズリハがしげっているところで進路変更
▲先程の峠のところです。行きは気づきませんでしたが、アカマツが綺麗でした
▲そのまま無事に安中に戻ってきました。これで終了です
まとめ
いままでのをまとめます
▲いままで通った道
北広島町・安芸太田町にまたがる山の上の集落、安中。周辺の古道を探索するレポート4回目です。今回は温井ダム近くの猪山から峠越えして安中に至り、そのあと安中から鹿篭頭に抜ける古道で峠に登ったあと稜線を歩いて戻ってくる周回コースを歩きました。また安中に存在した神社の探索も行いました。くわえて安中の周りには三角点が四つありますが、今回はこのうちのふたつ、三角点勝草、三角点安長にも行きました。この記事では登山レポートに加えて地形図や旧版地形図による調査についても述べています。
今回のルート
登山ログgeographicaアプリより
猪山から古道をたどって安中に
2024年3月7日、今日は安中周辺の古道探索と三角点視察のための山歩きをしました。猪山の山奥の林道の終点から登り始めます。
さて猪山~安中までの道は現在の地形図と旧版地形図でルートが異なっています。
▲左:地理院地図を加工したもの
右:旧版地形図(加計 明治31年測量昭和7年修正)を加工したもの
左の方では安中側で崖を降ることになっていて大変そうです。一方右の方は傾斜が緩そうな斜面をトラバースしたあと尾根を下って安中に降りるので道がなかったとしても歩きやすそうですし、航空写真を見るとわかるのですが植林帯と雑木林の境界を通るルートになっていて現実的です。
▲落ち葉に覆われた林道、倒木が沢山あります
▲舗装林道終点からも広い道が続いているので歩いていきます
▲腰丈のササとイヌガヤが繁茂している区間もありました。
▲峠が見えてきてもなお道が続いていて一安心です。
▲峠につきました。こちらは安中側(南東方向)
▲こちらは峠の猪山側(北西方向)
峠までは広い道がありましたが、峠の先からは一切道がありません。ここからは分岐に注意しながら沢下りをしていきます
▲イヌガヤがとても邪魔ですが突っ込みます
▲しばらくするとふみあとが出てきます
▲注意しながら下っていくと640mあたりで対岸に広めの平らな場所が出てくるので渡渉します。ここから沢から離れてトラバース道を歩くことになります。
▲写真だと道が見えるかのように写っていますが、実際はかなり分かりづらいので勘で歩いていきます。
▲ただ、確かに道は存在しています
▲基本的に640m~630mを水平にトラバースするイメージです。途中から植林帯と雑木林の境界を歩くことになるのでそこを狙います
▲谷は遥か下に
▲ササヤブに覆われています、夏なら地獄でしょう
▲尾根の上で朝日を拝みます、道が存在していてかなり順調です
▲お待ちかねの安中が眼下に。でもまだまだ
▲この先が少し大変でした、地形図でもわかる通り、少し急な斜面のトラバースで道も全くないので迷います。ササの根元を掴んで横移動しました。ルートとしては先に見えている植林帯と雑木林の境界に吸い込まれれば良いのですが、歩きやすい場所を適当に歩けば良いかと思います
▲ご覧の通りづらいですが、ササヤブ様々です
▲道が復活しました。
▲すこし展望
▲アセビの花
▲少し進んでここから尾根を意識して降下すれば安中です
▲安中の建物が見えています、あと180m降下くらい
▲途中までは道が見つけられませんでしたが、存在する可能性も多いにあります
▲だいぶ後半で道が出現しました
▲ふみあとに従って歩いていきます、ここに墓がありました
▲民家の脇におりてきます。適当なところで渡渉するのがよいでしょう
▲お馴染みの急カーブにでてはじめて安心出来ました
尾根線で三角点勝草
▲林道安中線にでたら今度は四等三角点勝草(726.5m)を目指します。ここは国土地理院の点の記を参考にしました。点の記に記されているルートでは青線のすぐ東の谷を登るような描写をされていたのですが、青線の尾根で登る方がリスクが少ないかと考えてこちらにしました。
▲そうはいっても谷には水は全くありませんから普通に登れそうではあります
▲ここで綺麗な作業道と交差します。ここは後ほど探索します
▲はじめは谷を登ってダメそうなら尾根を登るつもりでした。谷の左岸に獣道かわからないふみあとがあります
▲やはり谷筋は急傾斜で大変そうだったので尾根を登ることにしました
▲尾根はササヤブなのでこれを掴めば登るのも下るのも楽です
▲眼下の安中(北広島方面)
▲北側の山並みが望めます
▲さっきの峠も見えています、安長はこの後登る三角点のこと
▲稜線にでました。テープがあります
▲すぐに山頂につきます。三角点が見当たらず10分くらい探したのですが結局分かりませんでした
▲南側(丁川方面)の展望
▲頂上で食事休憩しました。みたらし団子です。このあとリュックの中でタレがこぼれてみたらしリュックになっていました
下山は一瞬でした。ササが下向きに生えていることもあったのでしょう
作業道探索
先程の作業道が気になったので道を辿ってみました
▲とても綺麗です。南方向に向かっています
▲すぐにブルーシートの構造物が現れました。見たところ炭焼き跡のようです。
▲北方向にずっと歩くとつづら折りのところにでました
安中の神社の確認
村影弥太郎の集落紀行 安中では安中に大歳社があったとあるのですが、サイト主さんは訪れていないようでした。広島県の2500分の1地図では少し気になるものがあり、これが大歳社の跡なのではと考えておりました。
▲左:広島県旧版2500分の1図を加工
右:対応する地形図
▲また侵食が進んだようです
▲鹿篭頭への峠道を途中まで辿って適当なところで直登しました
▲結構大変でした。写真を撮り忘れたのですが、尾根上に来たところで登山道が東側から伸びていました。神社への参道は東側に着いていたようです
▲そんなことを色々考えて、目線を前にやると何やら構造物が!勝手に土に帰っていたと決めつけていた神社が**まだ残っていました!!!!**このときは衝撃で言葉を失っていました。
▲精巧な装飾です。屋根には穴があいて雨が中に入る状態でしたので、時間の問題かと思われます
▲神社を後にして参道を東に辿ることにしました。と言っても途中からただの斜面のトラバースになります。そのまま行くと、地形図には書かれていない屋敷跡に到着します
▲スロープがあるので屋敷跡でしょう
▲途中で向こうの斜面に段々畑がビッシリ作られていたのが印象的でした
▲ここからは前回の記憶を元に、先程のところに戻ります
鹿篭頭-安中の峠道
安中山登山の時に通った峠道をまた通ります。前回はすごい迷ったのですが、今回は正確に辿ることが出来ました
▲青線のところの紹介です
▲車道のような幅の道を少し進むと山側に登山道があるのでこちらに行きます。というよりそのまま進んで段々畑に出てしまうようなら間違いで、山側に道があるということです
▲寄り道して屋敷跡
▲途中崩れていたり道が細いところがあって迷うのですが、基本的に山の斜面を巻くように歩けばあっています
▲安中を後ろに
▲途中からイージーモードになります
▲小さい滝
▲渡渉してから雰囲気が変わります
▲この渓流の綺麗なところで食事休憩にしました
▲綺麗な杉林ですが手入れされていないようです
▲順調に峠に着きました。これは安中方面
▲峠の鹿篭頭方面はなだらかです
稜線を歩いて三角点安長
峠についたら西方向に稜線を歩いて三角点安長(757.5m)を目指します。こちらは点の記では林道安中線から北向きに登ってアプローチしたようでした
▲先程の峠を通過する形です
▲峠の西方向です
▲気づいたら微妙にふみあとが付いていました
▲ずっと腰丈のササヤブです。分岐が複雑なので地図を常に確認しました
▲定期的に標柱がありました
▲先程の峠
▲とても順調に三角点安長につきました
これで探索は終わりです
まとめ
いままでのをまとめます
▲赤線:明確な道がある
緑線:道は分かりにくい
赤・青の四角:屋敷跡・神社
▲いままで通った道
安中の景色比較
最後に恒例の安中の写真の比較をしてみました
2024年3月
2023年3月
▲2019年12月
▲2019年5月
藝藩通志の説明
このブログでたまに載せている古地図は藝藩通志という古い本から持ってきたものなのですが、詳しく言うと
- 藝藩通志絵図 復刻版
岡田俊太郎編 全5巻など 白黒
サンプル
サンプル
藝藩通志を見る方法
復刻版
復刻版の方はとんぼ草というブログからオンラインで見ることが出来ます
とんぼ草 藝藩通志絵図
また、広島市立中央図書館や他の県の大学図書館にも置いてあることがあります。大体「藝藩通志 巻1~巻5」のように数冊の場合は岡田氏が編集したものになります
2. #### 原本
原本の方は国立公文書館デジタルアーカイブから閲覧・ダウンロードすることが出来ます。
藝藩通志 ダウンロードページ
藝藩通志 一覧
こちらは冊数がおおくて探しにくいので、とんぼ草のほうで目当てのページが何巻の何ページにあるかを知っておいてからデジタルアーカイブで検索するとすぐに見つけられます
復刻版と原本の比較
復刻版が原本を参考に書き直した以上、多少の誤りが存在します。たとえば、以下は戸河内村の東の端の所を拡大したものです
→横にスクロール
この比較では左端に「大仁古」という集落がありその右側の山を切り開いたところに「タヲ」という土地があります。これが、復刻版では「タキ」になっているのが分かります。実際には今の安芸太田町の温井ダムの東側に「鬼後(➩大仁古)」、「垰(たお)」という地名があるので、おそらく原本の方が正しいです。
一方でその逆として、「戸谷村」の文字の左上を見ると原本の方は何も書かれていないのに対し、復刻版のほうは「安中」と書かれてあります。これが、じつは私がたまに訪れている安中集落のことです。
ロードバイクに乗って、半年間悩まされ続けた異音の問題が解決したので、ブログに載せます。
サドルあたりから異音
症状:サドル辺りからベキベキ、バキバキ、パキパキなどの音がする。強く漕いだ時や路面の凹凸で振動した時に発生しやすい。立ち漕ぎすると音がしない。
音の再現:サドルの後ろ部分を下向きに強く押すと100%鳴ります。(画像参照)
対応:サドルをシートポストから抜いてグリスアップしましたが、しばらくすると再発しました。また、他の方のブログにあったサドルの裏の棒とサドルの接触部分にグリスを塗るというのもやってみましたが効果ありませんでした。
解決策と原因
原因はサドルの棒とシートポストの間に砂が入っていることでした。したがってサドルの棒をグリスアップすれば理論上は直りますが、泥水の上を走れば再発します。
解決策としてシートポストと棒の接触部分をマスキングテープとビニールテープで何重にも巻いて砂が入らないようにしました。(画像参照)
これによって異音は完全に無くなりました。いまビニールテープをまいて2ヶ月程たち、泥水の上は何度も通りましたが、テープで完全にシーリングされて全く音がしていません。
安中3回目のレポートです。1,2回目のレポートは下にリンクを貼りました。
2日前に安中に行ったのですが、帰って調査をするにつれてまた行きたくなったので訪れてしまいました。
安中に通じる林道に入ると林道整備の準備が行われていて作業員の方が何人かいらっしゃいました。前回のレポートで書きましたが、冬の間安中に出入りがなかったようで木が何本か倒れて車が通れないようになっていました。これを除去する作業をするとのことです。「危ないから通れないよ」と言われるのを恐れていたのですが「一昨日も安中まで行きました」と言って倒木の数などを伝えた後、普通に通していただきました。後で述べますが、この日の作業で倒木が全て除去されて車で通れるようになっています。
さて、この日の行程は
- 前回行けなかった安中のさらに奥地に行く
- 安中の東の峠を越えてR433に出る
- 国道、林道と歩いて安中に戻って自転車回収
です。自転車は安中に置いていったので回収しなければなりませんでした。まあ、この記事で③はほとんど述べませんが
安中の奥まで
まずは前回ものせた詳細な地図を載せます。
▲1/2500の安中の地図(旧版)
(土砂災害広島ポータル)
▲赤...歩行ルート
初めは地図のルートで行けましたが、途中から歩きやすそうな道が出てきてそちらに従いました。地図の番号は建物跡を表していますが、このうち1は現在の地形図には書かれておらず私も行くのを割愛しました。また、2は前回行ったので写真無しです。
▲ここで左折して2の建物に行きます。2日前にも来て道を覚えていたので15分ほどで着きました。地理院地図ではここは直進することになっています。また、前日に雨が降ったので霧がすごいです。
▲2の建物の前を通り過ぎて真っ直ぐ行くと川に出ます。対岸が歩きやすそうなので渡渉します
▲少し行くと西側の高いところに石垣があります。ここが3の屋敷跡にです。大きい杉が生えているのが目印です。
▲この屋敷跡もスロープがあります。階段ではないんですね
▲あまり物がありません。桶が2つくらいです
▲石垣から大きな杉が生えています
最奥の建物へ
3の建物から戻って川沿いに歩きます
▲川沿いの細い道
▲薮が現れる
少し行くと終わりの見えない薮が出てくるので東の段々畑に入って直接4の建物を目指します。基本的に段々畑は歩きやすいですので。
▲高い石垣
段々畑は歩きやすいといいつつも、しばらく行くと2m程の高い石垣にぶつかります。これが4の屋敷跡かと期待しましたが実際はただの段々畑です。もっとも東まで行けば石垣が低くなるので獣道を使って乗り越えます。
▲見えてきた屋敷跡
この壁を越えるとついに最奥の建物跡が見えます。やはり杉の巨木が目印です。
▲物が沢山あります。どれも見当がつきません
▲これはなんでしょう、下に壺が納めてあります
ここまで来ると訳が分からなくなってきます。道は下の方にあるのでしょうが薮がすごそうでここで引き返しました。
東に峠越え
まずは下の地図をご覧下さい
▲戸谷村の左上を拡大して回転
戸谷村の端っこに安中が描かれてありますが、注目すべきは安中から東に丁川にぬける峠道があることです。調べていくとこの峠道のルートを知る手がかりをふたつ見つけました。
・点の記
安中の東にある731mの四等三角点「神原」について、国土地理院によって作られた点の記を見るとこの峠道が用いられていることがわかります。(点の記は個人情報保護の観点から閲覧のみの利用に制限されておりここに載せることはできません)
・1/2500旧図
先程あげた安中の詳細地図には東側にのびる点線があります。実はこれが件の峠道です
峠道のルート
▲今回の山歩きログ
(アプリ ジオグラフィカ)
峠道は集落内の道路から分岐しているようですが、地図を見て探した感じはどこから分岐しているか分かりませんでした。仕方が無いので適当なところから東側の斜面に登ります。登っている時は、もう道は残っていないかと心配していましたが、斜面を登っていくと峠道に合流できます。下の地図に示された沢まで行けば必ずわかると思います。
▲峠道への取り付き方
▲明らかに道が通っている
ここから、尾根に取り付いて峠をめざします。この道はかなり歩きやすく、集落内の道とは大違いです
▲歩きやすい道
▲安中が離れていく
▲峠道にも電柱
基本的に電柱とテープを目印にすれば道がわかるようになっています。電柱についてですが、初めは安中川を電線が登ってきていたと思っていましたが、実際は丁川の集落から安中まで峠を越えて電気がやってきていたようです。
▲ここにも石垣
芸藩通志絵図の開けた土地にあたる場所には石垣がありました。屋敷があったかは分かりません。芸藩通志絵図が割と正しく描かれていて感激しました。
▲峠東方向
▲峠西方向
何事もなく峠に着きます。ここからは北側の斜面をトラバース気味に下っていきます
▲倒木箇所
1箇所、大木が沢山倒れていて通過が難しい場所があります。峠の東側の一瞬北に曲がるところです。ここを越えればもう大丈夫です。
▲川底がはるか下に
▲もうすぐ
▲県道308号線にでてくる
ついに丁川に出てきました。このあとは安中に置いてある自転車を回収しにいきます。朝会った作業員の方々のおかげで道がすっかり綺麗になっていました。