今なら原作クラッシャーとして大騒ぎ? 戦後最大の脚本家・橋本忍の評伝を読む (original) (raw)

「鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折」 (文芸春秋社)を読みました。

いまもっとも活躍している 映画評論家 春日太一氏が12年かけて書いた力作です。
第55回大宅壮一ノンフィクション賞(2024年)も受賞しています。

私は映画ファンではなく、黒澤映画も小津も溝口もあまり見ていません。(昔の映画は退屈、今の邦画はつまらない)そんな私が、 へぇーと思ったポイントをいくつか紹介します。

”全身脚本家”驚愕の真実!

羅生門』、『七人の侍』、『私は貝になりたい』、『白い巨塔』、『日本のいちばん長い日』、『日本沈没』、『砂の器』、『八甲田山』、『八つ墓村』、『幻の湖』など、歴史的傑作、怪作のシナリオを生み出した、日本を代表する脚本家・橋本忍の決定版評伝。
著者が生前に行った十数時間にわたるインタビューと、関係者への取材、創作ノートをはじめ遺族から譲り受けた膨大な資料をもとに、その破天荒な映画人の「真実」に迫る。

1.デビュー作が「羅生門

橋本忍は修業時代、伊丹万作伊丹十三の父)に師事して書いた作品を見てもらっていました。

伊丹万作は亡くなってしまいますが、夫人が万作の弟子だった佐伯清監督に橋本を紹介、佐伯を通して黒澤明に渡ったのが「羅生門」の元になる脚本でした。

羅生門」はヴェネツィア国際映画祭で金獅子賞(グランプリ)を獲って、日本映画を世界に知らしめることとなる作品ですから、すごい!!です。

2.忠臣蔵は嫌い

映画全盛時、忠臣蔵といえば毎年つくられる人気作品でした。オールスターキャストを揃え、大規模なセットを構築するなどたいへんな費用がかかりますが、それがかえって映画会社のステータスにもなっていたのです。

しかし、橋本忍東映東宝からの忠臣蔵をやらないかというオファーをこう言って断っています。

「1人が47人斬った話なら面白いけど、47人かかって1人のジジイを斬って何が面白いんだ」

実はこれ、昔映画館をやっていた橋本忍の父のセリフでした。

3.社会問題を取り上げ共産党シンパと思われていたが、実は…

橋本忍黒澤明から離れて名を上げたのは、少年らの冤罪事件を扱った「真昼の暗黒」という作品です。さらに善良な床屋の主人が戦犯となって処刑されてしまう悲劇を描いた「私は貝になりたい」は大人気となりました。

こうした社会問題を扱った作品から橋本忍は、共産党シンパと思われていたそうです。

しかし実際には、橋本忍は親子や夫婦の家族のドラマとして捉えており、面白いかどうかだけを考えて書いていただけでした。エンターテインメントとしてだけ考え、思想性はありませんでした。

4.創価学会を利用する

それどころか、橋本忍は、共産党の天敵である創価学会を利用しています。
砂の器」の大ヒットの陰では、創価学会員が動員されていました。

さらに「人間革命」も制作することになります。

5.原作を腕力でねじ伏せる

松本清張原作の「ゼロの焦点」「砂の器」もそうですが、橋本忍はたいていの作品を大胆に変更しています。

砂の器」は、社会派推理モノの小説が、橋本の手にかかると、父と子のドラマになっています。そのために原作にはないハンセン病の父と子が迫害を受けながら全国を旅する場面が長々と挿入されることとなります。

6.「幻の湖」の大失敗

戦後最大の脚本家と評された橋本忍にも陰りがやってきます。
それが「幻の湖」という映画です。風俗の女性が愛犬の復讐のために男を殺す、という訳のわからないストーリーだそうです。

興行的にも大失敗しますが、橋本の年齢による衰え(70歳近い)が理由の1つになっているようです。

以降2作品出しますが、いずれもヒットしませんでした。

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鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折 (文春e-book)

感想に代えて

原作を大胆に変更することについて、今なら原作をリスペクトしてないと炎上案件になってもおかしくないものだと思われます。

親交のあった松本清張は黙っていましたが、司馬遼太郎からは抗議の手紙が来たそうです。

私も基本的には原作を大事にすべきだと考えます。

が、「砂の器」では先に映画を観ていて後から原作小説を読んだのですが、小説は話が無理やり進んでいる点に驚きました。僭越ながら映画は名作だけど原作は駄作だと感じました。

砂の器」は松本清張の作品のなかではつまらんと言った橋本忍に、この点では大いに賛同します。

八つ墓村」は 原作を読んでから→ 豊川悦司版(脚本:市川崑、大藪郁子) → 渥美清版(脚本:橋本忍) と観ましたが、市川作品の方が原作の良さが出ていて良かったと思いました。橋本脚本の渥美清版が成功したのは、宣伝のおかげじゃないかなと…。

繰り返しTVCMで流れていた「祟りじゃ、八つ墓の祟りじゃ」は耳に残りましたもんね。

訳が分からない怪作とさせている「幻の湖」ですが、これだけ酷評されているとかえって見たくなります。近所のGEOにDVDがありましたので、借りてこようかと思います。

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