小さな地方鉄道の大いなる野望、上信電鉄の観光開発とは? (original) (raw)
乗ってみたかったな…
群馬県の一大ターミナルである高崎駅から、長野県と接する甘楽郡下仁田町の下仁田駅を結ぶ、全長33.7㎞の上信電鉄。
沿線には、ユネスコ世界の記憶にも登録された上野三碑、世界遺産の富岡製糸場、奇岩奇勝で知られる妙義山や荒船山があります。
沿線は、観光資源に恵まれている(地理院地図に加筆)
現在では主に地域輸送を担っていますが、沿線の地域資源を生かして観光開発を積極的に進めた過去があります。
いまでは想像もできませんが…ハイシーズンには上野駅と下仁田駅を直通する臨時列車、あらふね号も運行されました。登山客の利便を考え、上野発は夜行列車として設定され、下仁田駅からは山に向かう直営の路線バスに接続していました。
あらふね号ではなく、MAXたにがわ(令和3年廃止)で行ったよ
さて、荒船山の観光開発としては、群馬長野県境の物見平(標高1375m)周辺を「荒船高原」と名付け、直営の宿泊施設「山荘あらふね」を中心に売り出しました。
山荘あらふね、だった建物
開業以来このデザインなのかな?
雄大な荒船山が目の前に迫り、遠くに八ヶ岳も望むという素敵な景色が広がります。
荒船山が眼前に!
八ヶ岳も!
一方で妙義山の観光開発についても、他社と競合しながらも進められました。
山の麓から奇岩で知られる第一石門の直下まで、延長280m、高低差約70mのリフトを建設し、下仁田駅からリフトまで直営の路線バスでつなぎました。石門からは奇岩群を横目にハイキングを楽しみ、妙義神社から下仁田駅や信越本線の駅まで路線バスで戻れる周遊ルートが1963年8月に完成したのでした。
せっかくなので、上信電鉄の開発した妙義観光ルートと、小田急グループの「箱根ゴールデンコース」を比較してみましょう。(えっ?)
箱根と比較するのはあんまりでは…
妙義観光ルートも箱根ゴールデンコースも、ともに風光明媚な標高1,000m付近に連れて行ってくれます。しかしリフトを降りてから徒歩の妙義に対し、箱根はロープウェイです。
また、乗り物として珍しくもないバス区間が長い妙義に対し、日常生活では機会のない多様な乗り物(登山鉄道、ケーブルカー、ロープウェイそして船)を乗り継ぐ箱根はやはり魅力的です。
妙義は、周遊型の観光ルートとしては魅力が乏しいかもしれません。
実際、完成から5年後の1968年4月にリフトは廃止となっています。
原因は、モータリゼーションの進行と妙義山を縫うように走る群馬県道196号線の開通により、自家用車での観光が主流となったためです。
自家用車には、勝てなかったよ…
バス乗り場?から見る妙義の奇岩 階段を上ると…
…リフト乗り場がありました
石門に向かってリフトの支柱の基礎が続きます
荒船高原での観光開発も、1960年代後半以降に頓挫しました。
アクセスとなるバス路線(下仁田営業所-山荘あらふね間)の1968年度の利用者は約9,400人とピーク時の4割まで減少し、翌年には廃止許可申請が出されました。
それでは自家用車での来訪が増えたかといえば、そうでもありません。レジャーの多様化と登山ブームの沈静化、当の申請書にも記された山荘あらふねまでの道路事情の悪さによって、自家用車での観光客も減少したのでした。
1970年には山荘あらふねを佐久市に売却し、上信電鉄は荒船高原での観光事業からも撤退しました。
山荘あらふねは佐久市振興公社運営となるも、令和2年11月閉館
(参考)
高崎経済大学論集第58巻第 4 号 石関正典「高度経済成長期における交通事業者の観光開発と勢力拡大に関する考察−上信電鉄沿線の乗合バス事業と観光開発を事例として−」