『ハンナ』 グリムの国のアサシン少女 (original) (raw)
ジョー・ライト監督、シアーシャ・ローナン、エリック・バナ、ケイト・ブランシェット出演の『**ハンナ**』。
音楽はケミカル・ブラザーズが担当。
フィンランドの森の中に棲む少女ハンナ(シアーシャ・ローナン)は、父エリック(エリック・バナ)によってサヴァイヴァルと殺人術を叩き込まれていた。父から託された「外界に出るためのスイッチ」を押したハンナは、信号をキャッチしたCIAエージェントのマリッサ(ケイト・ブランシェット)によって捕らわれる。
以前、マット・リーヴス監督の『モールス』について、ある人が「クロエ・グレース・モレッツはがんばっていたけど、ヒロインはむしろシアーシャ・ローナンが演じた方が幸薄い感じが出てよかったのではないか」というような感想を書いていて「なるほど、それはあるな」と思った。
もっとも僕はこれまで彼女の出演映画は1本も観てなくて、日本でも注目されたピーター・ジャクソン監督の『ラブリーボーン』も、この『ハンナ』と同じくジョー・ライト監督作品でシアーシャがアカデミー賞助演女優賞にノミネートされた『つぐない』も未見。
でも「映画秘宝」誌上の写真やインタヴュー記事などで彼女のことは知っていたので、非常に納得がいったのだった。
現在17歳のシアーシャが2年前(『モールス』の撮影時)に12歳の役を演じるのはさすがに厳しかっただろうけど。
ただ彼女は今後ニール・ジョーダン監督の映画『ビザンティウム(原題)』でヴァンパイアを演じることが決まっている。それは実に楽しみ。
また次回作『**Violet & Daisy**』では殺し屋ペアのひとりを演じるなど、別に意識してるわけじゃないだろうに“ヒット・ガール”ことクロエとどこかカブっているのだった。
まるでマシュー・ヴォーン監督の『キック・アス』に登場したアサシン(暗殺者)少女ヒット・ガールとその父ビッグ・ダディのようなハンナとエリックの設定にはニヤリとさせられるし(その目的が妻の復讐というのも同じ)、彼らの敵を演じるのが『インディ・ジョーンズ4』でも悪役がじつに板についていたケイト・ブランシェットとくれば、いやがおうにも期待は高まる。
が、ほかの人たちの感想を読むとこれがあまり評判がよくないようなのだ。
えぇ~…。
『ラブリーボーン』を観なかったのも、けっこう評価が微妙だったからなのに。
でもまぁ、気になるんだったらあとで後悔しないためにも観とこう、と思って劇場へ向かったわけですが。
前もっていっておくと、たしかにこの映画はジャンルでいうとアクション物なんだろうけど、実はアクションシーンはそれほど多くない。
ゆえに、主人公ハンナが次々と敵をブチ殺しまくる痛快な「戦闘美少女映画」を期待すると肩すかしを食わされるかもしれない。
しかも映画の流れや編集が独特なのだ。
場面が急に飛んだりもする(もしかして、編集の段階でかなり切られてたりしないだろうな)。
旅先でロマたちの歌声と踊りに見入るハンナの様子がしばらく映し出されたりしてると、「これって、ナニ映画?」と若干困惑させられる。
むしろ、ちょっと変わったロードムーヴィーといった趣きだった。
観ているうちに、シアーシャ・ローナンという若手女優のドキュメントのようにすら思えてきた。
電気もTVも知らず、肌の色素が薄くて髪や眉の色がプラチナブロンドのハンナはどこか妖精めいていて、人間ならざるなにかのようでもある。
ちなみにシアーシャ・ローナンはニューヨーク生まれだが両親はアイルランド人で、「シアーシャ(Saoirse)」という名前はゲール語で「自由」を意味するという。
悪役のケイト・ブランシェットが『ロード・オブ・ザ・リング』でエルフの女王を演じていたことを思うと、なかなか興味深いものがある。
ピーター・ジャクソンもジョー・ライトも、シアーシャ・ローナンという女優のなかにどこか「純アメリカン」なものとは違う異国的な雰囲気を見ているのだろうか。
以下、
ネタバレあり。
先ほど“ロードムーヴィー”という表現を使ったけれど、それはこの映画が「少女の旅」を描いたもので、良くも悪くも一般的な「アクション映画」の枠から外れていることを意味する。
つまり、「伏線」を張ってそれをあとで回収する、といった作業がほとんどされない。
父親であるエリックはこれまでハンナを外界と一切接触させず、ただひたすら生き残るための殺しの訓練ばかりを強いてきた。
ハンナはそれに忠実に従ってきたが、そんな彼女にも「外の世界へ出たい」という欲求がうまれてくる。
娘が自分の意思を示したことを確認すると、父は「“グリムの家”で落ち合おう」といって姿を消す。
その直後にハンナはCIAに捕まるのである。
この父親の狙いはなんなのか。
この映画には「グリム童話」がモチーフとして使われていて、ハンナは森のなかの家で唯一自分の楽しみとしてグリム童話の本を読んでいる。
そして最終的な舞台となるのはグリム兄弟のお膝元、ドイツのベルリン。
いかにもな観光地というよりは、落書きだらけでくすんだ街並み、さびれた公園など、ロケ撮影による空気感に、僕は70年代以前の映画の雰囲気を感じたのだった。
それだけでも、ごく一般的なジェットコースター・アトラクション・ムーヴィーとは違っている。
さて、彼女を追うマリッサは劇中で“悪い魔女”と表現される。
もちろんハンナは童話のなかの“少女”である。
これは童話のなかの少女が魔女に逆襲する話だ。
とにかくマリッサを演じるケイト・ブランシェットがコワい。
異常なまでに歯のケアにこだわり、しばしば見せる射るような鋭い眼つき。もともと落ち着いた声の持ち主だけど、この映画のなかの彼女の声はいつも以上にドスが効いている。
冷酷で、邪魔な者はみずから手をくだして始末する。
まさに魔女。
最初にエリックとハンナをヒット・ガールとビッグ・ダディにたとえたけれど、この『ハンナ』のアサシン親子は『キック・アス』のコスプレ親子とは違って最初から最後までともに協力し合って戦うことはなく、ずっと別行動をとる。
ハンナは独りきりで戦わなければならない。
その目的はマリッサを殺すこと。
しかし用心深いマリッサによってその試みは失敗する。
「魔女は死んだ」と思い込んだハンナは「グリムの家」に向かうために、たまたま知り合った一家とともに旅をつづける。
この一家の主を演じているのが、ジェイソン・フレミング。
よく見るなぁ、この人。
マシュー・ヴォーンの映画では毎回あっけなく殺され、珍しくカッコイイ役だった『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』の瞬間移動できるミュータントは特殊メイクで素顔がわからなかった。
なんか好きになってきたぞ、この俳優さん
今回は珍しく普通のお父さん役。
しかしハンナとかかわってしまったということは早くも死亡フラグが立ってしまったわけで、「わ~、また無惨に殺されるのか」とものすごく気の毒な気分になったのだった。
妻役のオリヴィア・ウィリアムズは『シックス・センス』でブルース・ウィリスの妻役で見て以来、いろんな作品でお母さん役をやってるのを目にした気がする。
ロマン・ポランスキー監督の最新作『ゴーストライター』にも出てて、ちょっと観たいな、と思ってます。
とまれ、ハンナに逃亡されたマリッサは、なじみの殺し屋を雇って彼女の行方を追わせる。
この殺し屋たちのリーダー役のトム・ホランダーは、「パイレーツ・オブ・カリビアン」シリーズで東インド貿易会社のベケット卿を演じていて、最後にキャプテン・ジャック・スパロウに船ごと吹っ飛ばされていた。
今回は髪を金色に染めて、腹の出たオカマちゃんっぽいキャラ。
走って逃げるエリックを「走って、子豚ちゃん」とからかうが、子豚に似てんのはエリック・バナよりもアンタの方だろ
ただ、ネオナチっぽい感じのふたりの手下たちはなかなか健闘していたけど、このトム・ホランダー演じるアイザックスはいつも口笛吹いててなかなか面白そうなキャラクターにもかかわらず、意外と活躍しない。
マリッサから信頼されていながらハンナはとり逃がすし、あんだけエリックを挑発してたくせに実際に彼とタイマン張ったらあっちゃり瞬殺されていた。
なんのために出てきたんだ、お前。
とゆーか、あの悪党たちはなんで拳銃をもってなかったんだろう。
だんだんいつもの悪口大会みたいになりつつあるけど、結論からいえば、ほかのかたがたとほぼ同様「残念」というのが率直な感想です。
ハンナをはじめ、登場するキャラクターたちはそれぞれたとえ小さな役でもとてもいい。
なのに「イマイチ」なのは、なによりもシナリオの練りこみ不足が原因ではないかと。
ハンナが旅先で出会い、ともに行動した一家はやがてマリッサたちに捕らえられてしまうが、彼らがその後どうなったのかは描かれない。
マリッサは行く先々で人を殺してるから彼らだけが無事解放されたとは思えないが、それにしても釈然としない展開である。
普通はハンナが彼らを助けるために戦う、といった作劇になるはずなんだが。
また、ハンナは映画のエンディング近くにマリッサ本人が彼女の目の前に姿を現わすまで「魔女は死んだ」と信じているが、観客はマリッサが実は殺されていないことを知っているわけだから、どうもひどくもどかしい思いがしてしまう。
ヒッチコックのいう「カバンのなかの爆弾のサスペンス」になっていないのだ。
ハンナがなぜもう一度あの「グリムの家」にもどったのかもよくわからない。
あそこにいた“手品おじさん”の存在理由も不明。
最初の問いにもどるが、そもそもエリックはなにがしたかったのか。
自分の妻を殺したマリッサを殺すのであれば、そしてマリッサの居場所があんなに簡単にみつかるのなら、わざわざハンナを彼女に捕まえさせるなどという危険な方法をとったりせずに、親子ふたりで協力し合った方が確実なはずだ。
僕はてっきり殺し屋としてハンナを独り立ちさせるための最終試験のような感じで彼女に使命を与えたのだと思っていたんだけれど、どうもそのへんがやけにあやふやで。
そして最大の問題が、この映画のオチともいえるハンナの出生の秘密。
おもいっきりネタバレしてしまうけど、ようするに彼女は生体実験と遺伝子操作によってうまれた子どもだった、ということ。
かつてナチスによって行なわれた非人道的行為のことなどが思い出されるが、それでもこの「オチ」によって物語としてなにがどうオチるかといったら、特になにもないのだ。
CIAの施設での検査によって彼女のDNAが「異常」と判断されてからすでに予想はついたことだし、エリックから「人間兵器を作るためだった」とまるで『キャプテン・アメリカ』みたいな真相を告白されても「…だから?」という感想しかわいてこない。
「そんな事実、重すぎる」というハンナの苦悩にまったく共感できないのだ。
しかも、映画はハンナがマリッサにとどめを刺してキメ台詞をいった直後に終わってしまう。
作り手は気の利いたラストだと思ったのかもしれないが、なんかかなりガッカリした。
思わせぶりに出てきたグリム童話のイメージや遺伝子操作がなにを意味していたのか僕にはわからない。
「おとぎ話」のなかでは、魔女というのはしばしば主人公の少女の“悪い母親(継母)”のことでもある。
この映画では、マリッサ=魔女の「わたしは子どもをもつことをあきらめた」という意味深な台詞がある。
かつてハンナの母ヨハンナは堕胎を望む女性の施設でエリックにスカウトされている。
ハンナの育ての親であるエリックは「本当は父親ではないんじゃないか」と問うハンナにはっきりと答えない。
マリッサがヨハンナやその娘ハンナに対して複雑な感情をもっているらしいことは容易に想像できる。
「おとぎ話」に照らし合わせれば、これは“怖い継母”マリッサと“娘”ハンナの話になる。
そこまではわかる。
でもそれになんの意味が込められているのだろうか?
どうしてマリッサは遺伝子操作によってうまれた子どもたちの「破棄」にあそこまでこだわったのか。
「なにか意味ありげ」な要素が散りばめられてはいても、描かれていない部分が多すぎてイマイチそれらがむすびつかないので、けっきょくなにが伝えたいのかわからない。
“メタファー”が“メタファー”たりえていないというか、つまり「赤ずきんちゃんみたいな灰色のフードをかぶった女の子が悪い魔女を殺しました」という内容以上のなにかを見出すことができなかった。
主人公が殺しのテクニックを身につけたアサシン少女という特殊なキャラクターである以上、通常のロードムーヴィーのように旅先での出来事を普遍化して解釈するのは難しいし、「エンターテインメント作品」としてはシナリオが根本的なところで破綻してるとしか思えない。
あの題材とあれら魅力的なキャラクターを使ったら、ぜったいもっと面白くできたはずだ。
あるいは感動的な作品にだってなったかもしれない、と非常にもったいない気持ちになる。
「シアーシャ・ローナンをながめる映画」として割り切れば、それはそれで観る価値はあるかもしれないし、実際、僕は途中からそういう気持ちで観てましたが。
彼女が旅の途上ではじめて見るものに目を凝らしたり驚いたり、そこで出会った姉弟と仲良くなったり、男の子にキスされそうになって反射的に組み伏してしまう場面などはなかなか微笑ましい。
そんな世間知らずで一見華奢なハンナが見せる男たちとの殴り合いや腕を振ってコンテナの上を走る姿は頼もしく、だからシナリオの不出来にもかかわらず、僕はこの作品を「つまらない」と一言で切って捨てたくないのだ。
シアーシャ・ローナンはこれからも出演作品が待機しているし、今後も劇場でお目にかかる機会はあるだろうから挽回してくれることを期待しています。
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